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16-3 痛みだけではつまらない修行

 ルーグが呼び出したのは、王冠を被った全身黄金の外殻を持ち、目の部分がダイヤモンドになっている大蠍だ。


「これがあの有名なイレギュラー、『王蠍』か」

「上位巨人族とか、古竜とか、魔神とか、強い魔物を何匹も倒したって話だね」


 ルーグが呼び出した大蠍を見て、ノアとユーリが呟く。


 ふと、ユーリは宝石百足を連想した。


(もしかしてセントの知り合い? 関係ある?)

(面識は無いけど、私の眷属とだけは言っておくわ)


 ユーリが心の中で問いかけると、抵抗を示す声が返ってくる。


「じゃあ、始めるぜ」


 ルーグが言った直後、ユーリとノアの体に変化が生じた。


 痛みが断続的に襲ってくる。数秒で引くが、とても堪えられない。二人ともへばってしまう。


「こんなの……魔法の集中も途切れる」

「痛みを無視するんじゃねえぞ。ま、とても無視できねーだろうがよ。痛みをモノにするんだ」


 苦しみ喘ぐ二人を見て、優しい表情で指導するルーグ。


「マゾにでもなれっての?」


 ノアが不満げな顔で問いかける。


「それでもいいけど、そういうのとはちいとばかし違うな。ただの痛みじゃねーんだ。痛みの中に真理があり、深遠がある。魔力は、精神や魂と密接な関係がある。痛みを起点にして、てめーでてめーの精神をほじくりだし、そっから魔力もほじくりだすっていうか、ま、そいつは俺のイメージだが。お前達はお前達で工夫して頑張ってみな。それじゃあ――本番だぜ」


 ルーグが指を鳴らすと、王蠍が突進してきた。


 ノアが苛立ち任せに魔法を発動させて、向かってくる王蠍を炎で包む。

 しかし王蠍の動きは止まらず、外殻は焦げ跡一つつかない。


 ユーリが魔力で壁を作り、王蠍の突進を止めようとしたが、魔力の壁は打ち砕かれる。


 二人は王蠍の突進を回避しようとしたが、王蠍は二人の回避に合わせて動き、まずはユーリを、次にノアの体を吹き飛ばす。


 倒れた二人の体に、痛みがさらに襲ってくる。


「あぐぅあぁぁ!」


 ユーリが悲鳴をあげながら激しく身をよじる一方、痛みには堪え性があるノアは、顔をしかめながらゆっくりと立ち上がり、王蠍を見据える。


 ノアが激痛に堪えながら、王蠍に魔法攻撃を行うが。全く通じない。


「固い……。鉄をはんぺんで殴ってるみたいだ」

「はんぺんか。東洋の柔らかいあの食い物だな。美味しいよな」


 ノアの台詞話聞いてルーグが笑う。


(しかしあのシクラメってガキは大したもんだったな。一瞬で王蠍の性質を見抜きやがった。王蠍にダメージ与えた奴でさえ、大していねーってのによ)


 シクラメが王蠍の鋏をあっさりと溶かした事を思い出すルーグ。


 その後、十分経過した。


 疲労困憊になって、二人共倒れて、動かなくなった。


「おお、初めて十分ももったか。中々やるじゃねーかよ」

「十分!?」


 驚いて叫ぶノア。


「まだ、たった十分しか経ってないって……でも、もう無理です……」


 ユーリが弱々しい声で訴える。


「痛みのせいで、時間の感覚がゆっくりに感じられるんだ。痛い時とか、熱いもの持った時とか、小便漏らしそうな時とか、時間の流れがすげーゆっくりになるだろ? まあ五分休憩にしてやろう。その五分で回復してやる。引き続き頑張れ」


 そう言ってルーグは、人がすっぽりと入るくらいの大きさの、縦に長い半円型のドームのようなものをアポートした。


「中に入れ。こいつは魔力の回復を早める魔道具だ。瞬間的な回復は見込めないが、今のお前等なら一人二分もあれば全快できると思うぜ」


 ルーグに促され、まずユーリが入る。


「中……すごく熱い」


 ドームの中に入って顔をしかめるユーリ。


「汗だらけになるだろうけど我慢しな。魔力の回復だけじゃなくて、美容健康にも効果的だ」


 ルーグが告げた。


 交替でドームに入ったユーリとノアは、汗だらけになっていたが、ルーグが魔法で体と服の汗を全て消し去ってくれた。


「多少は回復した……よね?」

「完全に治った実感が無い」


 ユーリとノアが自分の体を見て呟く。


「精神的な疲れは残っているんだろうさ。そいつは気合いでカバーしろ。ああ、水分の補給もしっかりしろ。修行でも、回復装置でも、どっちでも汗だらけになるからよ」


 そう言ってルーグが水筒を取り出して、二人に渡す。


 それから二時間程経過した。その間幾度となく、痛みに満ちた戦闘と、汗だくドームでの回復と休憩の繰り返しだ。


「自分が何してるのかもわからなくなってきた。痛みが……いつになっても慣れないし……」


 ノアがドームに入っている最中、草の上に腰を下ろしたユーリが、呆然とした顔でぼやく。


「弱音はいくらでも吐いていいぞ。だが弱音を吐いてもやることは変わんねー。キツいならいつでも逃げてもいいぞ。止める義理もねーし。ただまあ、お前等は結構ガッツありそうだし、逃げる気はねーだろ?」


 ルーグが優しい声で言い、ドームから出たノアに水筒を渡す。


「いまいち効果が感じられない」


 水を飲み干したノアが言った。


「まだたった二時間だぜ? 焦るなよ」

「まだ二時間しか経ってないのも信じられないです……」


 ルーグの言葉を聞いて、ユーリが力無い声で言う。


「俺の目から見ると、ユーリは少しコツを掴もうとしているな。ノアはまだわかっていない。これは下地が出来ているかどうかの問題と見た。師匠の差とも言える。ユーリはミヤ様の下での修行が長く、ノアはそれほど長くないからだ」

「理屈はわかるけど、はっきりと言われると頭に来る。俺にはどうしょうもないことじゃないか」


 ノアが苛立ちを露わにしてルーグを睨む。


「どうしょうもあるぜ。そいつを埋めるのは自分テメーの頑張り次第ってわけよ。お前、随分と反発的で攻撃的な性格してるみてーだし、そういう奴は俺好みだぜ」


 そう言ってルーグは、ノアに向かって愛嬌に満ちた笑みを広げてみせた。


 その後、さらに二時間の修行を続けた。凄まじい痛みが断続的に襲ってくる中、王蠍が突進してくる。攻撃が全く通じない相手に、しかし攻撃を繰り返さねばならないという、どう考えても無為としか思えない、手応えを感じない作業が延々と続く。


「じゃ、今日は終わりとしとこう。初日だし、この程度で勘弁してやる。お前等、お疲れ。続ける気があるなら明日もここに来な」


 へとへとに疲れて草むらに突っ伏している二人に、ルーグが穏やかな声で告げた。ユーリもノアも、返事をする気力もない。肉体的にも披露しているが、精神的に堪えている。


「ああ、注意な。俺に会いに来た時、変な喋り方のガキだった時は、気を付けろ。出来れば接触を避けておけ。ノアと同じか、ちょっと年下くらいのガキだ」

「問題あるの?」


 ルーグの注意を聞いて、ノアが尋ねた。


「とんでもなくヤベー人格だ。だからなるべく出さないようにしているが、出ちまう時もある。控えめに言って糞野郎だ。悪事が大好きで、おまけにサディストだしな。嬲り神を見た目だけ上品にしたようなもんだ。中身の糞っぷりはどっこいだがよ」


 比較対象に嬲り神を出している時点で、相当ヤバそうだと、ノアもユーリも感じた。


***


 ユーリとノアがアルレンティスの修行に通うようになって、四日が経過した。


 その日の修行は、ムルルンという少女が担当した。これまでアルレンティスは、壮年の好漢ルーグ、のんびりした少女のムルルン、アンニュイな少年のアルレンティスの三人の人格を見せている。


 ユーリは初日にコツを掴んでいた。痛みが来る際に意識を傾け、痛みの中で意識が飛びかけた際、精神が別の世界のチャンネルに一瞬繋がる瞬間を見逃さず、その世界の中から魔力を引き出して、自分の中に流し込んでいた。


(ルーグさんは自分が魔力を引き出す量を増やすと言っていたけど、僕の場合違う。僕の魔力の器をこれで拡張している。無理矢理魔力を押し込むことで、器が広がっている。人それぞれってことかな)


 そう自己分析するユーリ。


 日が経つにつれ、ユーリとノアで差が出ていた。明らかに力が増しているユーリを見て、ノアは焦りと悔しさに駆られる。


「ノア、焦るとよくないのー。がむしゃらになったら駄目なのー。ユーリを意識して引け目に感じるのもよくないのー」


 アルレンティス=ムルルンが、御機嫌斜めなうえに荒い動きをしているノアを見て、のんびりとした口調で注意する。


(そんなこと言われても……焦るし、惨めだし、悔しいし、ムカつくよ)


 休憩中のノアが、声に出さず愚痴る。


(理屈でわかっていても、俺は受け入れられない。劣っているって意識すると、頭にくる)

「ノア、元気出すのー」


 うなだれて口の中で愚痴を吐き続けるノアの頭を、ムルルンが掌でぽんぽんと軽くはたく。


「やめてよ。慰められると余計に惨めだ」


 拒絶するノアだが、ムルルンに頭を軽くはたかれて、凄く落ち着いていた。


「ごめんなのー。でもぽんぽんしたくなるのー」

「すまんこ。やっぱりぽんぽんして。それやられると凄く落ち着く。何でか知らないけど、すごく懐かしい」

「昔ムルルンは、小さい頃のノアをよくこうやってぽんぽんしてたのー」


 ムルルンの言葉を聞き、ノアは驚いた。


「マミにひどいことされて泣いてたノアを見ていられなくて、こうやってよくぽんぽんしていたら泣き止んだのー」

「そっか」


 ムルルンの言葉を聞き、ノアは微笑んだ。


「先輩に嫉妬するのは凄く嫌な気分だ。先輩は俺を助けた恩人なんだ。それでも差が付くと凄く悔しいし妬ましい」

「だったら頑張って追いつき追い越すがいいのー」


 ノアの言葉を聞き、ムルルンが励ました。


 修行を再開する。


 ノアがとうとう王蠍にダメージを与えた。超低温に冷却する白いビームを王蠍の足に一点集中して浴びせ続け、王蠍の足を完全に凍結させて砕いた。


「凄い。魔力の増幅はともかく、僕より先に王蠍にダメージ与えられたじゃない」


 ユーリが驚いて称賛する。


「力押しでは駄目だってことはわかった。先輩の無形で魔力をぶつけるやり方も、王蠍には難しいかもね」

「うーん……こだわっているわけではないけど、それが一番使いやすいんだよねえ」


 ノアが得意げに言うと、ユーリは複雑な表情になる。


「ごめんなのー。今日は帰って欲しいのー」

「どうしたの? 突然」


 ムルルンが申し訳なさそうに言い、ユーリが怪訝な顔になる。


「ミカゼカが出てきそうなのー。抑えられないのー」

「あのヤバい人格って奴?」

「わかった。今日はもう帰るね。ありがとう」


 ムルルンの言葉に従い、ユーリとノアは修行を切り上げた。


***


 その日の夜、アルレンティスがミヤの家に訪ねてきた。


「どうしてここに?」


 ユーリがアルレンティスに尋ねる。


「報告。一応、ミヤ様に君達の修行の進捗も伝えようと思って。面倒だけど」

「はん、面倒だけどの一言は余計だよ」


 本当にダルそうに言うアルレンティスに、ミヤが鼻を鳴らす。


「ユーリは順調。魔力を無形のまま加工して直接作用させるのは上手い。ただ、ミヤ様に似て頑固なきらいがある。あと、一見冷静なようでいて、感情的になりやすい一面もあって、それが危うい」

「目の前で凄く色々と言われてる……」

「俺がどんな風に言われるか不安だよ。そして師匠が俺にまたマイナス飛ばすかと思うと憂鬱」


 アルレンティスが忌憚の無い報告を行い、ユーリはトホホ顔になり、ノアも表情を曇らせる。


「ノアは本来の魔力の増強が上手くいってない。でも応用力がある。王蠍を傷つけたのは驚いた。攻撃的で反社会的で反抗的で背徳的で不道徳的で、その辺、ルーグもムルルンも気に入ってるみたい。出てきてないけどビリーとミカゼカもね」

「やっぱり色々と言われてた」

「思ったよりマシなんじゃないかなあ」


 アルレンティスの報告を聞いて、肩を落とすノアに、ユーリが言う。


「あれで?」


 ノアが憮然としてユーリを見る。


「うん。だってそのまんまだし」

「先輩だってそのまんまだよ」

「えー……」


 ノアの言葉に、今度はユーリが憮然となる。


「ミヤ様の体調をユーリとノアも心配しているよ。大丈夫なの?」

「はんっ、余計な心配だよ。この馬鹿弟子共が一人前に育つまで、儂はくたばらんわ」


 アルレンティスに言われ、ミヤがユーリとノアの方を睨み、叱るような口振りで言い切った。


「師匠、ブラッシーさんが手に入れられなかった、ナイトエリクサーとカタミコを探すというのはどうでしょう? 僕とノアで探しに――」

「余計なことは考えないでいいんだよっ。半人前の分際でっ。今は修行に集中しな」


 ユーリが切り出すと、今度ははっきりと怒るミヤ。


「こっちは心配してるのに、あんな言い方しなくてもいいのにね」

「うん……」


 ノアがユーリの耳元で不満げに囁き、ユーリも仏頂面で頷いた。


***


 八日目になって、とうとうノアも自身の魔力の拡張が出来るようになった。


 そして十五日が経過した。


「今更なんだけど、これって実戦兼ねながらやる必要あったの? 痛みだけじゃつまらないからいいけど」

「実戦経験にも繋がるし、魔力の増幅以外の修行にもなるからね。そして今言った通り、痛みだけ与え続けるのも嫌でしょ」


 ノアの問いに、アルレンティスがアンニュイな口調で答える。


「そろそろ僕の指導はもういいかなあ」


 三回目の休憩時間に入って、アルレンティスは言った。


「約二週間で飛躍的に上がった感じはある。でもどうして婆は自分でこの修行を施さず、アルレンティスに任せたんだろう?」

「フェイスオンさんも言ってたじゃない。色んな人から指導してもらった方がいいって」

「魔力の短期の増幅に関しては、僕の方が適しているとミヤ様が判断したからこそだよ。ミヤ様ができないわけでもない。でも僕の方がよりいいと見たんだ。それに加えて、ミヤ様は自慢の弟子を僕に見せたかった……のかもしれない。僕と君達の縁を作りたかったのかもね」


 ノアが口にした疑問に対し、ユーリが推測し、アルレンティスは珍しく微笑みながら言った。

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