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16-2 それでも人は禿と戦わねばならぬ

 翌日。チャバックは改めてフェイスオンの診療所に、治療を受けに行った。スィーニーとユーリとノアも同行する。


 施術室の寝台に横向きになったチャバックに、フェイスオンが次々と魔法をかけていく。ユーリ達は外で待っている。


 チャバックが施術室から出てきた姿を見て、ユーリ達三人は驚いた。頭のコブが無くなっている。姿勢が常におかかしったが、まっすぐ立っている。


「足も治っているので、リハビリすればそのうちスムーズに歩けるよ。服の下のあちこちにあった奇形部分も、正常に治した。内臓にも異常があったけど、それも治した」


 フェイスオンも出てきて、治療の結果を報告する。


「残念だけど、腕は私の魔法技術ではどうにもならなかった。頭髪も駄目だ。この二つを癒すには、相当な力量の魔法使いではないと無理だろうね」


 少し表情を曇らせてフェイスオンが告げると――


「何だと……! 禿を治すとは、そこまでの力を要するというのか!? 禿とはそこまで重い病なのか! 何故神は、髪の損失という重く悲しき呪いを人体に課したのか!?」


 ユーリ達の後ろに座っていた、頭髪が薄くなった患者が、泣きそうな顔で叫んだ。


「だ、誰?」

「だがそれでも人は生きている限り、禿と戦わねばならぬ! 戦え少年! 私も戦う! 君も禿と戦え! 禿から逃げるな!」

「う、うん……わかった……」


 頭髪が薄くなった患者が、目を血走らせて力説し、チャバックは引きながらも頷いた。


「凄い。楽に歩けるよー」


 多少びっこは引いていたが、それでも目に見えてスムーズに歩けるようになったチャバックは、ほくほく顔で喜んでいた。


 診療所を出る四人。


「ところでユーリとノア、どうして猫婆の弟子なのに、他の人の元で修行するのー?」


 チャバックが話しかける。


「昨日フェィスオンも言ってたの忘れたん? 魔術師も複数のメンターに指導されるケース多いし、魔法使いも似たような物じゃないん? メインとなる師匠は決まっているけどさ」

「うん、その話を昨日僕達も初めて聞いた」


 スィーニーが言い、ユーリが頷く。


「昨日フェイスオンにも少し手ほどき受けたけど、新鮮だった。自分の技術に取り入れられる」


 まんざらでもない顔でノアが言った。


 その後ユーリとノアは、チャバックとスィーニーと別れ、アルレンティスを訪ねに向かった。今日は流石に居場所を聞いてある。


「ちょっと待ってて、先輩」


 旧鉱山区下層の繁華街を出る前に、ノアは本屋に入った。


「はい、先輩にプレゼント」


 出てきたノアが、買った本をユーリに手渡す。


「何? 本? って……」


 本を開いてぎょっとするユーリ。中には女性の淫靡な姿の絵が描かれていた。


「春画だよ。先輩もお年頃だし、こういうの好きでしょ?」

「いや……あのさあ……そういうのはやめて欲しいかな……」

「せっかく買ったんだよ? それを拒むの? ひどいよ先輩。傷つくな」


 困り顔で拒絶するユーリの反応を見て、ノアは唇を尖らせ、本を鞄の中にしまった。


「あのさ……訊こう訊こうと思っていたことがあるんだけど。先日のノアの台詞で、気になってたことがあるんだ」


 歩き出し、ユーリが話題を変える。


「師匠を婆って言ってること?」

「違う。それはいつものことだし。その……暴徒を手にかけた時、世界一不幸だったとかさ」

「ああ……」


 ユーリの台詞を聞いて、ノアは自虐的な笑みを零す。


「今はどうなの?」

「不幸じゃないよ。見ればわかるだろ。今は違うよ。毎日が楽しい。気持ちが楽。ふわふわしてるしぽかぽかしてる。婆とユーリのおかげだよ。ユーリと婆は俺の救世主だ」


 自虐の笑みをすぐに朗らかな笑みへと変えて、臆面もなく言い切るノア。


「それならいい……と言いたいところだけど、ノアが暴徒を攻撃した時、ダークな感情が爆発していた感じがあって、まだ過去の不幸を引きずっているのかと」

「引きずっているよ。でも気にしなくていいよ」


 今度は歪んだ笑みを浮かべて、ノアはさらりと言った。


「母さんと一緒の時は、いつも陰鬱としてた。重苦しかった。消えてしまいたかった。だけども、今はそんなことない。これが幸せなのかな。俺って、幸せになったのかな?」


 自身に問いかけ、ノアは笑みを消す。


(いや、まだだ。あの時の気持ちを忘れるな。決意を忘れるな。誓いを忘れるな)


 ノアの中に、誓いを立てた時に見た光景が脳裏に蘇る。夜空と草原の光景が蘇る。


(過去の不幸――溜まった鬱憤を晴らすために、俺はいずれ魔王になって、何もかもぶち壊す。その時、俺は本当の幸せを手に入れるんだ)


 ノアの瞳に暗い炎が灯っていたが、ユーリは気付かなかった。


「不幸と言えば、ケープ先生がK&Mアゲインの一員で、アベルさんのお父さんに薬を盛って洗脳していたなんて……。しかもそれをチャバックとスィーニーも知ってしまってさ。特にチャバックがずっと落ち込んでいるよ」

「うん。チャバックずっと元気無い。可哀想。ううう……」


 つい数秒前まで暗い野心の火を滾らせていたノアの瞳から、涙がぽろぽろと零れだす。


「ノア、何でそんなに涙もろいの?」

「その質問に俺はどう答えろって言うの? 涙が自然に出ちゃうから仕方ない。それとも涙が出やすいのって悪いこと?」


 ユーリが苦笑しながら尋ねると、涙声で抗議するように問い返すノア。


「ごめん。ちょっとした冗談のつもりであって、非難したとか、馬鹿にしたわけじゃないよ」

「すまんこって言おう」


 訂正を求めたノアであったが、ユーリは言い直さなかった。


***


 ユーリ達と別れたチャバックとスィーニーは、繁華街へと向かった。

 スィーニーがチャバックを誘った格好だった。ケープの件でチャバックがずっと落ち込んでいるので、少しでも元気づけてやりかたかった。


「凄い……。スィーニーおねーちゃんと同じ速さで歩ける。凄いっ。オイラの世界が変わっちゃった」


 ところがチャバックはすっかり元気を取り戻していた。フェイスオンに体の治療をしてもらい、特に足の障害を治してもらったことに感動しながら喜悦満面で歩いていた。


「元気出てきたみたいねー。チャバック。心配して損しちゃった」

「あうあう、心配かけてごめんよう、スィーニーおねーちゃん」


 微笑むスィーニーに、チャバックも微笑み返したその時――


「あれえ? チャバックの見た目が微妙に変わってるねえ」


 白ずくめの魔法使いの少年が現れ、チャバックに声をかけた。


「シクラメ……」


 チャバックが息を飲む。シクラメがK&Mアゲインの一員であることは、もうチャバックも知っている。


「K&Mアゲインの奴が、こんなに堂々と人前に姿話現すとか、いいん?」

「いいんだよう。どうせ僕を捕まえられる人なんていないもの。もし捕まえられる人が来たら、すぐ逃げちゃうからねえ」


 スィーニーがシクラメを睨みつけて問うと、シクラメは朗らかな笑みをたたえたまま答える。


「ケープ先生がそっち側だったことで、チャバックが……いや、皆傷ついてる」

「つまりそれって、ケープが君達の親しい人で、裏切った形だったっていうことお?」


 スィーニーの言葉を聞いて、シクラメは戸惑いの表情を浮かべる。反応を見た限り、知らなかったようだと、チャバックとスィーニーは見る。


「ええ、そうよ」

「そっかあ……ごめんねえ」


 シクラメが申し訳なさそうな顔をすると、その場に膝をつき、地面に手をつき、土下座しだす。


「ケープに変わって僕が謝るよう。ごめんなさい、チャバック。それにエロい子」


 道の真ん中で土下座する魔法使いという物珍しい光景に、通行人達の視線が集中する。


「シクラメが謝っても仕方ないよう」


 チャバックが嘆息し、シクラメの腕を掴んで立たせようとする。


「誰がエロい子……って言っても、説得力無いんよね。ええ、この服は自覚してますとも」


 別の意味で嘆息するスィーニー。


「チャバックの体、少し治っているのは、この前言っていたユーリって子に治してもらたのかい?」

「ううん、違う人に治してもらったんだ」

「あの障害、生まれつきだったんだよねえ? それを治すって、かなりの力の魔法使いだよう。医療特化してる人なのかなあ」

「フェイスオンさんていうお医者さん」


 シクラメの疑問に、チャバックが答える。


「どこにいるの?」

「えっと――」

「ちょっとチャバック、この子はK&Mアゲインの幹部なんよ。教えない方がいいと思う。フェイスオンて人に危険が及ぶかもだし」


 答えようとしたチャバックをスィーニーが制した。


「興味はあるけど、闇雲に危害を加えるなんてことはしないよう。でも気になるならもう聞かないでおくねえ。じゃあ、またねえ」


 警戒するスィーニーを見て、シクラメは明るい笑顔で告げると、背を向けて立ち去った。


(君達に聞かなくても、こちらで調べればいい話だしねえ)


 歩きながら、口の中で呟くシクラメ。


「暴動起こした連中が、隠れもしないで堂々と歩いているなんて……おかしいよ」

「うん。でもそれだけ強いってことだよねえ……」


 スィーニーとチャバックは、複雑な表情でシクラメを見送り、歩き出す。


 しばらく歩いた所で、二人は人だかりを目にして立ち止まった。


「何があったんかな?」

「見てみよー」


 人だかりをかき分け、何故人だかりが出来ていたかを確かめようとするスィーニーとチャバック。


 そこにあったものを見て、二人は絶句した。

 横たわる死体。あるいは倒れて死にかけている者。倒れている者達は死者も生者も皆、干からびてミイラのようになっている。


「何……? 魔術師と……騎士の人達?」


 誰かが呻いた。倒れている者十数名はローブ姿や黒い甲冑姿。つまり魔術師と黒騎士団だ。魔術師はカラカラの状態でかろうじて生きているが、騎士達は完全にミイラになって、ぴくりとも動かない。


 スィーニーが生存者に癒しの魔術をかけるが、回復する気配はない。


「何があったの? ていうかこれ……どうすれば助けられるのよ……」


 ひくひくと動く干からびた魔術師に、スィーニーが戸惑いながら声をかける。


「K&Mアゲインの幹部……シクラメを……発見した報があって……捕まえようとしたが……返り討ちに……」


 スィーニーに手当てをされている魔術師が、掠れ声で言う。スィーニーとチャバックはそれを聞いて、ぞっとした顔つきで互いを見た。


(あいつ……あんなににこにこ笑いながら、こんなことを平然と出来る奴なんね)


 シクラメのあどけない顔に広がる朗らかな笑みを思い出し、スィーニーは計り知れないおぞましさを感じていた。


***


 ユーリとノアが、アルレンティスが宿泊している高級宿を訪れる。


 出迎えたのは、水色の髪と瞳、青白い肌、ねじれた角とスペードの尾を生やした、精悍な顔立ちの屈強な男だった。衣装はこの前のムルルンという少女と全く異なり、戦士風の皮鎧を身に着けている。


「初めましてだな。俺はルーグだ。アルレンティスの人格の一つと言えばわかるか?」


 多重人格なうえに、人格が変わると容姿も変化するアルレンティスの一人が、自己紹介した。


「ややこしいけど面白いね」

「ふっ、初対面でいきなり面白いときやがったか。俺からすればお前が面白いぞ」


 ノアの台詞を聞き、微笑むルーグ。そしてノアのことを遊佐しい眼差しでじっと見つめる。


「マミの娘か。大きくなったもんだぜ」


 懐かしむ口調でルーグが言った。


「皆すぐにわかるんだね」

「面影がある。幼い頃のお前も知っている。マミの奴はまだ一歳か二歳くらいのお前を、ひどくぞんざいに扱っていたが、よくその歳まで生きてこられたな」

「自分でもそう思う。毎日殴られていたよ」


 微笑みながらさらりと言ってのけるノアに、隣のユーリが少し表情を曇らせる。


(ノアが色々おかしいのは、そんな環境で育ったからだ。でもノアは、芯まで悪い子にはならなかった)


 ユーリはノアを信じている。そしてノアが腐らなかったのは、不幸中の幸いだと思う。


「マミの代わりに俺がお前の面倒もよく見ていたが、流石に覚えてねーか。ジャン・アンリとフェイスオンもだ」

「つまり三人に俺の世話押し付けて、母さんは遊んでた?」

「言いにくい話だが……そうだったな……。ベビーシッターも雇っていた」


 ノアに言い当てられて、ルーグは苦笑した。


「ジャン・アンリと母さんとフェイスオンとで、四人でチームだったと聞いたよ?」

「人喰い絵本を秘密裏に探索するためのチームだ。あの世界の知識と、イレギュラーを取得するためにな。さて、それよりミヤ様から聞かされた本題に入ろうか」


 ルーグが宿を出て歩き出す。二人もついていく。


 三人は街を出て、山頂平野の草原の中に入る。街道からも外れて、人気の無い場所までやってきた所で、ルーグは足を止めた。


「短期間での力をつける……。あまり感心できねえが、ミヤ様が許可している時点で、必要と感じているんだろーなあ」

「必要と感じている?」

「それって……」


 ノアはルーグの台詞を訝り、ユーリは何を指しているのか理解して青ざめた。


「ユーリはわかっているようだな。ミヤ様の時間が残り少ねえんだ。覚悟はしておいた方がいい」


 ユーリの顔を見てルーグが静かに告げた。ノアもユーリ同様に血の気が引く。


「覚悟なんてできませんっ!」


 思わず大声で叫ぶユーリ。


「何か……師匠を救う方法は無いんですか? この前ブラッシーさんが色々持ってきてくれて、それで元気になったのに……まだ駄目だと……」

「ナイトエリクサーと聖果カタミコは試してみたのか?」

「ブラッシーさんに聞いてみないとわかりません」


 ルーグがの質問に、ユーリはうなだれて答える。


「探してみる価値はある。聖果カタミコは入手困難だがよ」

「カタミコなら俺も知ってる。不老不死が得られるって話」


 ノアが口を挟む。


「うん。僕も知ってるけど……西方大陸ア・ドウモにあるっていう話だよね」


 西方大陸の時点で、入手難易度は高い。ユーリがそんな場所まで探しに行くと言って、ミヤが許してくれるはずもないし、ミヤの反対を押し切ってまで行くのも躊躇われる。


「話が横にそれちまったな。魔力を短期間で増幅させるための修行な。幾つかあるが、俺が施せるのは、効果はそれなりにデカいが、ハードだぞ」

「効果が大きいなら、どんとこいだね。ジャン・アンリより強くなりたい」


 ルーグが前置きすると、ノアが不敵に笑った。


「そいつは難しいんじゃねーんか。あいつ、一目見てわかったが、人喰い絵本の中で横軸の魂と融合して、力を劇的に上げてやがる」

「知ってます。僕と師匠の前でそれを行いました」


 お鼠様を取り込んだ場面を思い出すユーリ。


「修行方法だが、体に耐え難い苦痛を加える。その状態で、王蠍と戦ってもらう。その苦痛も、王蠍が与えるんだがなー」


 ルーグが告げた。


「戦闘そのものは王蠍ではなくてもいいがな。相手は俺でもいい。王蠍に飽きたら、俺か、俺以外の俺が揉んでやるよ」

「痛みを受ける意味ってあるの?」


 ノアが質問する。


「幾つもある。こいつがすげー大事だ。痛みが魔力そのものを生み出す。また、痛みで集中力が増して、一度に魔力をより多く引き出して使用できるようになる。痛みによって意識が飛ぶことで、意識が夢の世界に繋がる。夢の世界ってのは魔力を引き出せる力がある」

「夢の世界なんてあるんだ」


 ルーグの話を聞いて、ノアが言った。


「夢を見ている時、どいつもこいつも夢の世界にいるぞ」


 断言するルーグ。


「夢の世界は人喰い絵本の世界に繋がる事もあるぜ。それと、フェイスオンと戦ったらしいな。あいつも夢経由で、高次元と繋げる魔法を使えるぞ。しかもその中の住人を呼び出し、操れる」

「見たよ。あのキモいのね」


 ミヤが尽く対処したヘンテコクリーチャー達を、ノアとユーリは思い出した。

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