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15-11 過去の幻影に救われた者が、過去の幻影に囚われるなとお説教

 膨大な魔力を備えるミヤであったが、対魔王軍虐殺用魔道具『バブル・アウト』の対処と、致命傷級の攻撃を幾度となく食らってからの再生で、魔力は尽きかけていた。体力も限界間近だった。そしてその生命の火も消えかけていた。


(ここで終わりかい……。何とも中途半端な所で……無闇やたらと永らえた罪滅ぼしの人生も、終わってしまうのかね……)


 ミヤは最早諦めていた。他に打つ手が無かった。バブル・アウトを放置しておけば――先にアザミを狙って攻撃していたら、騎士達が殺されていた。


 あくまで尽きかけているだけだ。完全に力を使い果たしたわけではない。しかし残った力をどう使うか――とは考えていない。先に心が折れてしまった。追い詰められ、打つ手がないと悟ってしまった。


 まだ希望は二つだけある。しかし一つは運任せ。もう一つは――


「そのまま寝てろ。ミヤ。見逃してやるァ」


 アザミが憎々しい笑みをたたえて言い放ち、壺を持ち上げ、議事堂に向かって歩いていく。中に入って制圧するつもりだろう。中にいる貴族達を無理矢理従わせるか、あるいは皆殺しにするか、ろくでもないことをするのは確かだと、ミヤは見ている。


 アザミとシクラメがミヤの横を通り過ぎていく際、ミヤが微かに頭を上げた。


「ふん。誰に向かって……そんな生意気な口たたいてるんだい……。小便まみれの小娘が」


 ミヤが弱々しい声で悪態をつくと、アザミの足が止まる。


「ケッ、小便臭い小娘じゃなくて、小便まみれかよ。ひでえな」

「こちとらお前のおしめを変えてやったこともあるんだよ。小便まみれどころか、糞まみれだったわ」

「ああ、そうかよ。血塗れのドラ猫婆め」


 ミヤの悪態に対し、アザミは肩をすくめて歩を進める。


(時間稼ぎにもなりやしないか……。ああ……もう意識が……)


 目を開けているにも関わらず、ミヤの目の前が暗くなる。意識が消失していくのがわかる。


(やはり……駄目か……)


 今度こそ諦めかけたその時――


「ミヤ。負けないで」


 暗闇の中で声が響いた。懐かしい声が。


 自然と涙が出る。そしてミヤは思った。気絶するどころではない。これはもう死ぬと、思いこんだ。お迎えが来たと。


「ろ……ロジ……オ?」


 ミヤが顔を上げると、目と鼻の先に、一匹のクマネズミが直立し、ひくひくと鼻を動かして、至近距離からじっとミヤを見つめていた。


「その通りっ、勇者様ここで登場~」


 おどけた口調で明るい声をあげると、喋る鼠は二足で立ったままくるりと一回転して、前脚を人の片手のように上に上げて、ポーズを取ってみせる。


「お迎えに来てくれた……の?」

「違うよ。くじけそうなミヤを応援してやりに来たのさ。まだいけるだろ」

「もう……無理よ。私……ここまでみたい。ロジオの所へ……一緒に……連れてってよ……。もう……いいでしょ?」


 ミヤの口調も声音も変わる。精神年齢さえも変化する。


「ずっと辛かったんだね。可哀想に」


 鼠が優しい声と共に、小さな前足を伸ばして、ミヤの顔を抱え、自らの頭もミヤの顔に摺り寄せる。


「三百年……辛かった。犯した罪を背負って……少しでも罪滅ぼしをと……でも、ロジオ、これで終わりにしてよ。もう、死んでもいいでしょ? 私……どうせ地獄行きだろうけど……」


 泣き声で訴えるミヤの顔を、鼠は愛おしげに撫で続ける。


「あとひと踏ん張りだよ。君にはまだ死ねない理由があるだろ。君の弟子達がいるじゃないか。あの子達を一人前に育てるまでは死ねないって、そう誓ったじゃん」


 鼠の言葉を聞いて、ミヤは泣くのをやめた、顔つきも変わる。


「はあ……お前は人の頭の中まで覗いておったんかい。ここでや~~~っっっと死ねると思うて、弱気になって、昔の自分になっとったが、ちょっとイラっとしたおかげで、今の儂に戻ってしもーたわ」


 元の声と口調とメンタリティーに戻ったミヤが、憮然とした顔になって言った。


「ありがとさままま、ロジオ。そうさね。儂はまだ死ねんよ」

「うん、まだこっちに来ないでよ。来る時は、冥界にいる僕の残留思念が迎えに行く」


 ミヤが不敵に笑って礼を述べると、鼠は小さく頷いてミヤの顔から離れた。


(魂ではなく、残留思念と言うことは……まあ、そうだろうよ。こいつはとっくに転生しているのだろうさ。あれから三百年だし)


 鼠の台詞を聞いて、ミヤはそう判断した。


「ところでミヤ、訊きたいことがあるんだ」


 鼠が笑い声で言う。


「儂の頭の中を覗けるなら、訊くまでもなかろ」

「僕は美味しかった?」

「ふん、途中で吐き出したけど美味かったよ」

「飲み込むまで気付かないのもどうかと思うんだよなあ」


 ミヤの答えを聞いて、鼠は苦笑しながら姿を消した。


 希望はまだ二つある。そのうちの一つは、自分ではどうにもならない。運を天に任すしかない。呼んでいた助っ人の到着を間に合えと祈るしかない。しかしもう一つは、自分の残った力を使って行う、ミヤの奥の手だ。そして禁じ手だ。


「待ちな……」


 ミヤが立ち上がりながら、議事堂内に入ろうとしたアザミとシクラメに声をかけた。


「まだやる気かよ」


 アザミが振り返り、鋭い視線を向ける。


「ねえねえ、気を付けてアザミ。何か危険な気配だよ」


 シクラメが珍しく緊張感のある声を発した。


 刹那、ミヤの後方の空間に、巨大な空間の歪みが発生した。


「これは……あれじゃねーかよ……」

「人喰い絵本だねえ」


 突然人喰い絵本の入口が開いたので、アザミとシクラメは呆気に取られた。しかし、人喰い絵本は誰も吸い込もうとしない。現れた瞬間、近くにいる者を吸い込むのが人喰い絵本だというのに。

 それどころか、人喰い絵本の中から魔力他、様々な力が噴き出し、ミヤに力が注がれている有様が、アザミとシクラメの目にはわかった。


 数秒後、空間の歪みの入口に、ボロをまとい、体中にゴミをくくりつけた汚らしい男が現れた。


「あ~はっはっはっはーっ! ついにやっちまったなあミヤよぉ! だがいいぞぉ! それでいい! あははははっ!」


 現れたのは嬲り神だった。ミヤを見て、さも愉快といった感じに哄笑をあげている。


「何だ……? あいつ……」


 哄笑する嬲り神を見て、さらにぽかんとするアザミ。


「アザミ、あれはね、嬲り神だよう」

「んなこたあわかってるわ、馬鹿兄貴。何でこのタイミングで現れて、何を馬鹿笑いしてるのかってことだよ。つーかあいつ、こっちの世界からも見ることが出来るのかよ……」


 シクラメが言うと、アザミは顔を歪めて兄を見た。


「カウントダウンが早まっちまったなァ。ミヤ、お前が生きているうちに、次世代の魔王を御目にかかれるんじゃないかあ?」

「はぁ? 何だと?」


 嬲り神のその台詞を聞いて、アザミが声をあげる。シクラメも驚いている。


「嬲り神、お前、言ってたろ? 溜まっていると。もういい時期に来ていると。それならここで少しその時期を早めるのも、構うまいよ。むしろ……儂が生きているうちの方がよいかもしれん」

「あっはっはっはっはぁ~、そういう考えか~。猫猫にゃんこ思い切りのいいにゃんこ♪ 世界の破滅を早めて開き直り~♪」


 ミヤがうそぶくと、嬲り神はさらにおかしそうに笑い、歌いだす。


 やがて空間の歪みが閉じる。ミヤがゆっくりとアザミとシクラメの方を振り返る。


「三十年越しの復讐の邪魔をするなだって? たかが三十年で何をほざきおるか。こっちは十字架背負って三百年だよ」


 言うなりミヤは、念動力猫パンチを放つ。


 シクラメが大きく吹き飛ばされる。猫パンチが来る刹那、アザミはシクラメに押し飛ばされ、ミヤの攻撃範囲の外に出ていた。


「寝てりゃいいのによォっ、寝てろって言ったのによぉ! 死ぬまでやりてーのかよ!」


 アザミが激昂して、再び壺の蓋を開く。白濁クリームが猛烈な勢いで溢れて広がっていく。バブル・アウトの力は少しだが回復していた。


 さらには、アザミ自身が中指で突き刺す仕草を行い、ミヤそのものを攻撃する


「はん、こんな所で、お前達みたいな糞餓鬼相手にくたばる気なんて、さらさら無いよ!」


 威勢よく啖呵を切るなり、ミヤは先程と同じように、白濁クリームを魔法で消滅させていく。


(消滅させるスピードがさっきより速い。それに……)


 アザミは目を剥いた。アザミの魔法による直接攻撃を、ミヤは魔力の盾を作って全て防ぎ切っている。


(明らかにミヤの魔力が増大していやがる。さっきとは比較にならねえほどに)


 人喰い絵本の中から放出された魔力を受け取り、その影響であることは明白だった。しかしそんな方法で魔力を補うなど、アザミは聞いたことが無い。


「ま、さっきまでちょっと諦めかけていたけどね。禁じ手を使っちまった」


 ミヤがそう言った時点で、壺の中から溢れ出る白濁クリームが途切れた。すでに出ていたクリームも、全て消滅させられる。


「終わりかい? じゃあ……覚悟しな!」


 ミヤがアザミを睨みつけて凄むと、魔力を集中させた。


「空間歪曲シュレッダー」


 とっておきの奥義を用いるミヤ。

 アザミの周囲の空間が激しく歪む。


「何……避けれな……」


 転移して避けようとしたアザミが、出来なかった。アザミの周囲の空間はすでにミヤの支配下にあった。空間が激しく歪んでいる。

 空間の歪みはアザミの体にまで及ぶ。アザミは必死に抵抗したが、空間の歪みを止める事は出来なかった。


 やがて歪みが臨界突破し、空間に無数の切れ目が入る。空間の断層が幾重にも発生し、アザミの体は四方八方から切断されて粉微塵になった。


 細かくばらばらに切断されたアザミであるが、死には至っていない。残った魔力で再生していく。


 しかしアザミが再生したその瞬間、念動力猫パンチがアザミの体を叩き潰した。


 上半身がぺらぺらになったアザミであったが、先に右手だけ再生して、勢いよく中指を立てる。


 それまでアザミの刺突撃を防いでいた魔力の盾が破壊され、ミヤの体を貫いた。


 ミヤの体は瞬時に再生し、さらなる念動力猫パンチで、アザミの中指を立てた手を上から叩き潰して、ぺちゃんこにする。


「終わりかい? じゃ……そのまま寝てな!」


 ミヤが叫ぶと、すでにぺちゃんこになった状態のアザミの体めがけて、さらにもう一発念動力猫パンチを見舞う。ただパンチを放っただけではない。そのまま念動力を潰れたアザミの体に押し付けて、魔力の圧をかけ続ける。再生しても即座に潰れてしまい、アザミは魔力も体力も急速に消耗し続けていく。


「む……」


 そのままいけばミヤの勝利は明らかであったが、そうもいかなかった。


 つい今までミヤの全身に魔力が漲っていたが、その魔力が急速に奪われ、失われている事を実感する。

 見ると、ミヤの周囲は夥しいほどの大量の花が咲き乱れていた。花には皆メルヘンチックな顔がついている。


「僕もいるからねえ。こういう時……アザミがピンチになったらすぐ助けるために、お兄ちゃんはいつもアザミの側にいるんだよう」


 シクラメがミヤに向かって、屈託の無い笑顔で告げる。アザミと戦っている最中に、シクラメはこっそりと仕掛けを施していた。最小限に魔力を絞って、時間をかけて大量の種を蒔いていた。そしてここぞとばかりに一斉に、魔力を吸い取る花を開花させた。


「ふー……そうだったね。シクラメ。そのためにシモンも呼んだのに、あの馬鹿弟子ときたら……」


 せっかく人喰い絵本の中から得た魔力も、急速に吸い取られているこの状況にも関わらず、ミヤは笑っていた。


 アザミがゆっくりと再生していく。シクラメはミヤから吸い取った魔力を、アザミに与えていた。


「やあ、アザミ。よかったあ。どう? お兄ちゃんが今回も助けてあげ――」

「兄貴! 後ろ!」


 シクラメの台詞は、地面から生えるようにして、上半身だけ再生したアザミの叫び声によってかき消された。


 巨大な何かがシクラメに飛びかかり、その体を挟み込む。

 それは全身が煌めく黄金の大蠍だった。目の部分はダイヤモンドとなっており、頭の上には王冠を被っている。

 シクラメの胴体は、黄金の大蠍の鋏によって掴まれていた。


「これは……『王蠍』じゃねーか……」


 兄を襲い、掴んでいるものを見て、アザミが呻く。有名なイレギュラーだ。


「ふー……」


 ミヤが大きく息を吐く。もう一つの希望が現れてくれたのだ。


「ミヤ様……遅くなってごめん」


 黄金の蠍――『王蠍』の後方から、一人の少年が現れて声をかける。


「本っ当に遅いよ……。お前は昔からそうだ」


 容姿端麗な少年を見て、ミヤが文句を口にする。


 額からねじれた角を、臀部からは先端がスペードの尻尾を生やした少年だった。髪と瞳の色は同じ水色で、肌は青白い。煌めく光沢の水色の半透明の服を身に纏っている。


「謝ってるのにそんなこと言わないでよ。やる気失くす。念話の連絡も遮断されてるしさ。ま、念話を悟られたら不味いという理由なんだろうけど」


 水色の少年がアンニュイな口調で言う。


「ミヤ様のそんなぼろぼろな姿、皆、見たくなかったな」

「やかましいわ。お前がもっと早く来れば問題無かったんだよ」


 伏し目がちに言う少年に、ミヤが文句を言った。


「君ってもしかして……」


 蠍の鋏に挟まれたままのシクラメが声をかける。


「多分知ってるだろうけど、一応自己紹介しておこうかなあ。僕の名はアルレンティス。魔王様の忠実な配下。『八恐』の筆頭。はい、自己紹介終わり」


 水色の少年アルレンティスは、自己紹介をした後に、気怠そうに息を吐いた。


「欲望の使者アルレンティス……何でこいつがここに……しかも、何でミヤに味方してんだよ」

「ねえねえ、アザミ。お兄ちゃんももうぼろぼろだよう……。ミヤから力をそんなに吸収できてなかったし、あまり余力は無いかなあ。アザミもしんどそうだし、ミヤはまだ余力が有るし、逃げた方がよくなあい?」


 驚愕しているアザミに、シクラメが撤退を促す。


「ジャン・アンリを呼ぼう。あっちも手間取っているみてーだが」


 アザミがそう言ったその時、アザミとシクラメにジャン・アンリから念話が入った。


(申し訳ないが、こちらは失敗した。戦いの継続は困難という事にしておこう)

「マジかよ……」


 ジャン・アンリの連絡を聞いて、アザミは苦虫を噛み潰したような顔になって空を仰ぐ。


「アザミ、今回の成果はこれくらいで妥協しておいて、引き上げよう」


 鋏に挟まれたまま、シクラメが優しい声で訴える。


「ふざけんなよ……こんなんじゃ……」


 アザミが何か言いかけたその時、王蠍の鋏が溶け、シクラメの拘束が解かれた。


「おおっ?」


 アルレンティスがシクラメを見て、驚きと感心が混ざった声をあげる。


「お兄ちゃんの言うことが聞けないの? 潮時だよ?」


 シクラメの口調ががらりと変わる。いつもの甘ったるいそれではない、低いトーンで冷たい響きがある。目つきもいつもと異なり、鋭い眼光がアザミを射抜いていた。


「わ、わかったよ……。お兄ちゃん……」


 慄然とした表情で、震え声で頷くアザミを見て、シクラメはいつもの表情に戻ってにっこりと笑った。


 そこに、昆虫の翅を生やしたジャン・アンリが飛んでやってきた。


「アルレンティス。何故ここに?」


 ジャン・アンリの視線は、まずアルレンティスに注がれた。


「ああ、ジャン・アンリ。お久だね。フェイスオンとメープルFとも、さっき会ったよ。同窓会でもしてたの? マミもいれば完璧だけど、マミは死んだらしいよ」

「そうか。しかし同窓会ではない。革命だという事にしておこう」


 アルレンティスの言葉を真顔で否定するジャン・アンリ。


「撤退だ。手出しはしてくれないでほしい。後ろから撃つなら、こちらも考えがあると言っておこう」

「ふん。そんな余裕は無いよ」


 ジャン・アンリの警告を聞き、ミヤは皮肉っぽく鼻を鳴らした。


「アザミ……今を受け入れな」

「あん? 何言ってんだ? 糞婆」


 ミヤの言葉を聞き、引き上げようとしていたアザミが振り返った。


「儂も、お前も、シクラメも……同じだよ。キラキラと輝いていた過去を振り返り、いつまでも過去の甘い思い出に囚われておる。誰にでもそんな時代はあるさ。でもね……その頃が戻ることはないんだよ」

「うっせーな……婆の説教聞きてー気分じゃねーんだよ」


 ミヤの言葉を聞き、アザミはぷいっと顔を背けた。


「ミヤ、僕はもう前を見てるよ。懐かしむことはあるけど、アザミと一緒に、新たな世界を、未来を創っていくつもりでいるよ。何たって、お兄ちゃんだからねえ」


 シクラメがミヤを見て、にこにこ笑いながら告げる。


「そうかい。でも……アザミの方は違うようだよ?」


 からかうように言うミヤ。


「あはっ。アザミもそのうちわかるよう。あるいは本当はもう……」

「ごちゃごちゃうるせーんだよ。刺すぞ糞兄貴っ。さっさとずらかるぜっ」


 アザミがシクラメの言葉を遮り、シクラメの腕を乱暴に掴み、飛翔する。


「全ての成果は達成できなかったが、楔を打ち込んだと考えるのはどうか? そして、これで何も変わらないわけはない。私達の行いのおかげで、良い方に傾くということにしておこう」


 ジャン・アンリがそう言い残して、アザミとシクラメの後を追って飛んだ。

 インスタント・ゴーレムも皆消えて、魔術師達も一斉に撤退する。


 ミヤがアルレンティスを見上げる。


「遅刻は許さんが、それにしてもよく来てくれた。助かったよ」

「そう。それはよかった」


 礼を述べるミヤに、アルレンティスは覇気の無い声で返すと、さっさと立ち去る。


 ミヤはしばらく一人で休んでいたが、やがて、ノア、ユーリ、ブラッシー、スィーニー、チャバック、イリスがやってくる。


「師匠、何かぼろぼろみたいだけど、決着ついた?」

「師匠……大丈夫ですか?」


 ノアが尋ね、ユーリが案ずる。


「まあまあ疲れたよ。後でマッサージを頼むね」


 ミヤがユーリを見上げて微笑みかける。


「あー、猫婆が笑ったー」

「にゃんこ師匠のレアな笑顔。ていうか猫の笑い顔自体見ないけど」


 チャバックがはしゃぎ、スィーニーが驚く。


「俺がマッサージやるよ」

「お前のマッサージは乱暴すぎるからいらん。ユーリに頼む」


 ノアが申し出たが、ミヤはすげなく断る。


「ひとまず片付いたと見てよいのですかな?」


 議事堂の中から出てきたゴートが、ミヤに伺う。


「決着はついてないがの」


 議事堂前の地面に刻まれた、無数の巨大な肉球マークをぼんやりと見ながら、ミヤはニヒルな声で言った。

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