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15-9 倒れる者達

 ソッスカーの港町の暴動は、騎士団と兵士団によって収束しつつあった。しかし診療所には負傷者がどんどん運ばれてくる。


「この長蛇の列は……? というかこの騒ぎは何?」


 列の整理をしている兵士に、一人の少年がアンニュイな口調で声をかける。


「あ、貴方は……」


 少年の容姿を見て、兵士は目を丸くする。水色の髪の色と水色の瞳、青白い肌を持つ美少年だ。額にはねじれた角、臀部からは先端がスペード状になった尻尾が生えていた。露出度の高い格好で、きらきらと光沢が煌めく水色の半透明の服を着ている。


「怪我人を運んでいる最中です。昨日から暴動が発生していまして……」

「そう。つまり治療の手が足りない、か。じゃあ……僕が少しだけ手伝おうか」

「よろしいのですか? 是非っ」


 覇気に欠けた声と表情で少年が申し出ると、兵士は診療所の中へと少年を案内した。


「おや、こんな所で――」


 治療にあたっている者の中に、少年は知っている顔を見つけた。


「何年振りかな。フェイスオン、メープルF。二人、分離できたんだ」


 アンニュイな口調で少年が告げる。


「偶然……なのかな?」

「ただの偶然だと思うけど、このタイミングで再会するのは、運命的なものを感じるわね」


 フェイスオンとメープルFは若干警戒気味な眼差しで、少年の顔を見ていた。


***


「随分と暴れたんだねえ。ミヤ」


 インスタント・ゴーレムの群れの残骸と、地面の肉球マークを見て、シクラメがおかしそうに言う。ゴーレムは大半がミヤに破壊されていた。


「この方が味方で本当によかった」


 ミヤを見てぽつりと呟くゴート。


「マーモ、それがお前の答えなんだね。そっちでいいんだね」


 マーモに視線を向け、冷めた声で伺うミヤ。マーモは答えない。


「残念だが、裏切り者を許しておくほど、儂はお人好しではないよ」

「どっちが裏切り者だ。ミヤ、あんたこそどーしてそっちなのさ」


 ミヤが言った直後、アザミが曇り顔で口を開く。


「三十年前、どいつもこいつもあっさり降伏しちまいやがった。ミヤ、あんたもだ。何で戦わなかった。こっちは何人も殺されてんのによ。戦わず、これ以上犠牲を出したくないと言って、あっさりと全面降伏して言いなりだ。おかしいだろ! ふざけやがって! 三十年経ってもあの時の恨み、あたしは全く忘れてねーぞ!」


 話ながら段々と怒りを表情に出し、しまいには怒声をあげるアザミを見て、ミヤは悲しげな顔になる。


「お前も知ってるだろ。王が拒んだからだよ……」


 ミヤの口から悲哀に満ちた声が発せられ、アザミの表情も曇る。


 当時の王――最後の王は、十一歳になったばかりの少年だった。王族のなかでの争いが酷く、暗殺が横行し、王室は腐敗していた。

 王は暗愚とまでは言わないが、気弱で優柔不断でお人好しだった。貴族達の内乱が起こった際も、戦うよう求められたが応じなかった。魔術師ギルド内で、貴族達の放った暗殺者達が、魔術師数人を殺害する事件が起こり、その惨劇を目の当たりにした事が原因だと言われている。


「王が争いを嫌がったのは……アザミ、友人を殺されて泣くお前を見たからだよ。わかっているだろ?」

「ああ……そうだよ……」

「そのうえ王族達を人質に取られ、戦う気力も意欲も無くなった。お前の家族みたいに殺されると、王は恐れたのさ。魔術師達もそうだよ。儂は……失うものは無いし、お前と一緒に戦ってやってもよかったが、結局日和ってしまったよ」


 ミヤがそこまで喋って、大きな吐息をついた。


 貴族達の革命が起こった翌年、王は十二歳で自殺した。王族と魔術師達に詫びる内容の遺書を残して。

 アザミもその時はどうにもならないとして、諦めかけた。しかし諦めきれず、機会を待った。準備を進めていた。同志を集めた。そして三十年経った今、アザミは国を変えるための準備が整ったと判断した。


「で、今は日和見決めず、貴族に与して戦うつもりかよ」

「今は失いたくないものがある。そしてお前達の目指す先はともかく、やり方に賛同できん。三十年前だって、今ほど酷い事態にはなっていなかったじゃないか。こんな混乱を、悲劇をもたらしたくないから、戦わずして貴族共に降参したのさ」


 嘲るように指摘するアザミに、ミヤは凛然たる口調で告げる。


「平行線だな。ま、話すだけ無駄だってのはわかってた。んじゃ、殺し合いでケリつけるとしようぜィ」


 アザミが不敵に笑いながら左手の親指と人差し指で輪を作り、右手の立てた中指を、その輪の中に通す。

 その瞬間、ミヤのいた場所の地面に、鈍い音と共に大穴が開いた。


 ミヤは横に跳んでアザミの魔法攻撃を避けたが、回避直後のタイミングを狙って、シクラメが仕掛けていた。


 無数の魚が空中を泳ぎ、ミヤに突っ込んでくる。魚は皆、子供向け絵本のようにメルヘンチックなデザインにデフォルメされていて、どれも笑顔だ。


 空中が横向きに何回転もしながら、魚の間をくぐり抜けるミヤ。シクラメの魔法がどのようなものか、どのような戦いを仕掛けてくるか、ミヤは知っている。魚に当たっても、あるいは近づいても、魔力を吸い取られると予測している。


 ミヤが通り抜けた後、全ての魚が空中で三枚下ろしにされて、ぼとぼとと音をたてて地面に落ちて行く。地面に落ちた魚はすぐに消えた。


 さらにマーモがカラフルな腐敗ガスを猛烈な勢いで噴射して、ミヤを腐らせにかかる。


(何げにこいつ、儂に対して一番相性いいかもしれないね。今の老体の儂からしてみれば、一番面倒な攻撃だよ)


 マーモを見てミヤは思う。単純な肉体破壊のダメージよりも、腐らされた肉体を元に戻す方が、老いたミヤにとっては困難だった。


 魔力の風で対抗するミヤであったが、マーモもガスをただ噴射しているわけではなく、空気を操作してミヤに集中して向かわせるようにしている。空気の操作に関しては、マーモは非常に長けていた。


「ああ、そうかい。それならこうするまでだ」


 少しカチンときたミヤは、念動力猫パンチをマーモめがけて放った。


 地面に肉球マークがまた一つ増える。肉球マークの中心には、はみ出した中身と共にぺちゃんこに潰れたマーモの姿があった。


「ケッ、もう終わりかよ。役に立たねー奴だ」


 無残な姿になったマーモを見て毒づくと、アザミは中指を上にめがけて突き立てる。そのアザミの動きに合わせて、ミヤの足元から魔力の刺突が突き上げられる。


 ミヤはアザミの攻撃をかわしたが、そこにまたタイミングを合わせて、シクラメが魔法を使ってきた。今度はファンシーな巨大カマキリが二匹、にこにこ笑いながらミヤの前方に出現し、ミヤを待ち構えている。


「でーいっ!」


 かけ声と共に、シモンが巨大カマキリに背後から襲いかかり、手刀でカマキリの首を撥ね飛ばした。


 もう一匹のカマキリが、シモンめがけて目にもとまらぬ速さで鎌を繰り出すが、シモンは両手でカマキリの二本の鎌をそれぞれ受け止める。


「そいやあっ!」


 カマキリの鎌を掴んだまま、シモンは両脚を前に突き出すようにして、跳びあがると両足の間にカマキリの首を挟み、そのまま全身を捻って回転して転がり、カマキリの首を胴体からもぎ取った。


「おやおや、お兄ちゃんはシモンさんを相手しなくちゃならないみたい。アザミ、心細いだろうけど、しばらく一人で頑張ってねえ。お兄ちゃんなるべく早く助けにいくからねえ」


 シクラメがシモンとアザミを交互に見て、にこにこ笑いながら告げる。


「ミヤとタイマンてのは結構キツいぜ。かといって、ロドリゲスの援護じゃ豆鉄砲みてーなもんだしな」

「まあ、そうだろうな……」


 アザミの容赦ない台詞に、ロドリゲスは苦笑する。


 ミヤがアザミに連続して魔力の矢を放つ。


「しゃらくせいっ」


 アザミが中指を横に突くと、魔力の刺突波が発生して、ミヤから放たれた魔力の矢を全て弾き飛ばした。


 刺突波はそれだけに留まらず、Uターンして、ミヤへと迫る。


「はっ」


 ミヤが鼻を鳴らすと、光り輝く盾のようなものが三重に現れ、アザミの放った刺突波を受け止め、霧散させた。


「大人しく刺されろ!」


 アザミが怒鳴り、中指を下向きに差す動作を行う。その動作に合わせて、ミヤの上空から無数の赤い光弾が長い尾を引いて、ミヤの居る場所へと降り注いだ。


 ミヤは左右にステップを踏み、軽やかにかわしていく。地面に小さな穴が次々と出来る。


 中指を前に突き出すアザミ。先端が尖った魔力の渦が、地面と平行に凄まじい勢いでミヤめがけて伸びていった。この攻撃をミヤはかわすことも防ぐ事も出来ず、食らってしまった。


(重い……強い……。そして儂の念動力猫パンチと同様に、魔力の強制放出効果まで備わっているのか)


 アザミの攻撃が想定を遥かに上回る威力と、想定外の効果があった事に、ミヤは驚いていた。

 ミヤの体がずたずたにされて吹き飛び、地面に打ち付けられる。しかし地面に打ち付けられたその瞬間、再生は完了して元通りになっていた。


「ケッ、再生速度やべーな……」


 アザミがそれを見て息を飲む。


「ふん、あの小娘が、随分と強くなったもんだ。褒めてやるよ」


 立ち上がったミヤが笑い声で告げたその時、念動力猫パンチがアザミの体に降り注いだ。


 アザミは転移してかわす。しかし転移したその場所にも、念動力猫パンチがくりだされた。こちらはかわせなかった。転移することも、転移先さえも、空間の歪み具合を見て、ミヤは全て読んでいた。


 マーモと同じくぺちゃんこになるアザミだが、マーモのように潰れたままではなく、すぐに再生して元通りになる。


「強えな……わかってはいたことだが……」


 顔をしかめるアザミ。


「マーモはあの様だし、ジャン・アンリの奴がこっちに来てくれれば何とかなったが、しゃーねえ、気は乗らねーが、西方大陸ア・ドウモで仕入れてきた切り札を出すとしようか」


 アポートの魔法を使い、アザミは己の足元に、大きな一つの壺を呼び出す。


(あれは、アザミが西方大陸から運んできた、大荷物の中身か)


 管理を任されていたロドリゲスは、その壺の存在だけは知っていた。しかしそれがどのような魔道具であるかまでは、聞かされていない。


(『バブル・アウト』か。ブラッシーから聞かされてはいたけど、まだ残っていたのは驚きだよ)


 表面に不気味な紋様が描かれた壺を見て、ミヤの目の色が変わった。ミヤは壺の正体を知っていた。


「こいつは重いし、持ってくるのは苦労したわ。他にインスタント・ゴーレムの核も大量に運んできたけどよー。西方大陸からアポートするには、距離が離れすぎてるしさァ」


 自分の腰ほどの高さもある大きな壺を見下ろし、アザミは不敵に笑う。


「あたしも出来ることなら使いたくなかったがよォ。ミヤ、お前が手強いから悪いんだぜィ?」


 獰猛な笑みを広げ、アザミは壺の蓋を開いた。


 ミヤは知っていた。この魔道具はかつて西方大陸の英雄、闇の大司教シリン・ウィンクレスが造り、魔王軍との戦いの際に使用した、対魔王軍用決戦兵器であった事を。


(今の儂で……これを受けきれるとは思えんが……それでもやらなくちゃならないね)


 ミヤが振り返る。


「全員建物の中へ避難せい! シモン! お前も……!」

「仏罰砲!」


 ミヤの叫びをかき消すかの如く、シモンは必殺の魔法をシクラメに繰り出していた。


 魔力の奔流がシクラメの体を飲み込んだが――


「あはは、凄いすごおい。ぱんぱんになっちゃったよう」


 シクラメが笑顔ではしゃぐ。彼の周囲には、ファンシーな顔がついた、シクラメの背より高い大きさの丸いスライムが、七匹転がっていた。それぞれ色が違う。


 シモンが放った魔力の奔流は、全てこのファンシースライムによって吸収されていた。


(馬鹿者が……。あのシクラメめがけて、魔力を直接放つ魔法を用いるなど……防いでくれと言っているようなものだろうに)


 シモンを一瞥して、憮然とした顔になるミヤ。


 そうこうしているうちに、壺の中から白濁したクリームのようなものが溢れ出し、議事堂前の地面に休息に広がっていく。


 ミヤが高速で動く。力を放出しすぎたあまり、膝をついて荒い息をついているシモンの横に行く。


「ミヤ様……」

「この馬鹿者め。マイナス17」


 ミヤと叱責すると、シモンの体を前脚で触れ、魔法でシモンを強制転移させる。この場に留まっていたら、シモンの命が危ない。


 シモンの姿が消えた後、ミヤは逃げようとしなかった。もし自分が逃げたら、壺から溢れた大量の白濁クリームは、騎士達に襲いかかる。例え騎士達が議事堂の中に全て逃げても、きっと議事堂の中にまで入って襲う。そしてこのクリームのようなものに触れたら、常人は一瞬で全身が泡状になって蒸発してしまう。


(かつて魔王軍の魔物達を大量に殺し尽くした虐殺兵器――『バブル・アウト』。味方である人間達も見境無く殺しまくったけどね)


 ミヤにはわかっていた。自分が逃げても、アザミはこの魔道具の白いクリームを引っ込めることは無いだろう。そしてアザミは、ミヤが性格的に、騎士達や議事堂内にいる者達を見捨てて、この場を逃げないとわかっていたからこそ、この大量虐殺兵器たる魔道具を使用した。


 ミヤはありったけの魔力を放ち、増殖する白濁クリームを消滅させていく。

 この魔道具に対処できないわけではない。しかし自分が対処した結果どうなるか? それもわかりきっている。


 アザミがほくそ笑み、中指を突きあげる。


 ミヤの体が下から突き上げられ、貫かれ、胴体が両断される。


 しかしミヤは意識を失うことなく、自身の体を再生させながら、同時に白濁クリームの対処を行い続ける。


 そんなミヤに対し、アザミは魔法攻撃を何度も食らわす。何度も何度も刺す。何度も何度もミヤの体に大穴が開き、千切れ飛び、魔力が強制放出され、再生し、また刺されて大ダメージを負う


 ミヤは魔法でクリームの対処をしながら、同時に魔法で再生を行っていた。だがその二つに追われ、アザミに攻撃を仕掛ける余裕は無かった。加えて、アザミの刺突による魔力の強制放出でも、魔力を急速に失っていく。


(これはかつてないてほどの窮地だね……。せめてこのバブル・アウトだけでも……全て消して……)


 体を何度も貫かれながら、ミヤの意識は次第に薄れていった。


「すげーな……おい。こいつは驚きだわ。『バブル・アウト』がエニャルギー空っぽになっちまったぜ。かつて魔王軍を蹂躙した切り札をも凌ぐとは、大魔法使いミヤ、どんだけだよ。だが……それで精一杯だったな」


 驚愕し、称賛し、嘲笑するアザミ。


 気が付くと、ミヤは倒れていた。再生速度も遅くなっている。


「終わりか? 大魔法使いミヤ。ア・ハイ群島の魔法使い序列一番のてめーが、二番のあたしに負けるとは、情けねー話だな? それとも歳を言い訳にするか?」


 アザミは攻撃の手を止め、白濁クリームの増殖も止めて、ミヤを煽る。

 ミヤは反応が無い。倒れたままだ。


「返事無しか。せっかく親切に燃料入れてやったつもりなのに、立ち上がるどころか、言い返す気力も尽きたか。ざまーねーな。ミヤ、あんたは選択を間違った。最初からこっちにつけばよかったのによぉ」


 悲しげな顔でアザミが言う。これは本心だ。


 ミヤにアザミの声は聞こえていたが、何も言い返さなかった。体が動かない。力はほぼ使い果たした。


「そのまま寝とけ。邪魔すんじゃねえよ……。ミヤ。あたしの三十年越しの復讐の邪魔すんな。この時のためにあたしは生きてきたんだ。その邪魔すんな」


 反応の無くなったミヤに、アザミは静かな口調で言い放った。

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