15-6 やっぱり悪者じゃん
早朝にホンマーヤの港を出航した高速飛空艇は、朝のうちにソッスカーの港に到着した。
ミヤ、ユーリ、ノア、シモン、メープルF、フェイスオン、ガリリネ、ヴォルフ、ロゼッタの九名は、港に降りてしばらく港町を歩いた所で、それと出くわすことになる。
港の繁華街に大量の暴徒が発生し、店を襲い、品物を奪っている。
「一揆……? いや、それにしても……」
ユーリが呆然として呟く。平民の反乱は何度か見たが、平民が平民の店を見境なく襲う光景など初めて見た。
「昨日念話で報告にあった通りだね。これがソッスカーのあちこちで起こっているってよ。このままじゃソッスカー以外に波及するかもね」
ミヤが不機嫌そうな声で言う。
「そんな……あんな小さい子が怪我しているれすよ……」
頭から血を流してとぼとぼと歩く七歳か八歳くらいの男子を見て、ロゼッタが声を震わせる。
フェイスオンが駆け寄り、男の子の様子を伺い、魔法で治療を始める。
そのフェイスオンに向かって、二人の暴徒が無言で襲いかかる。
「喝!」
シモンが一喝すると、二人の暴徒が吹っ飛んだ。
「まさしく見境無いようであるな。嘆かわしいことよ」
顔の前に手をかざして瞑目するシモン。
「怪我人は他にもいそうだ。君達は暴徒に気を付けて、怪我人をここに連れてきて」
「はい」
「はーいなのれす」
「了解」「承知」
フェイスオンが声をかけると、ガリリネ、ロゼッタ、ヴォルフが返事をして、散開した。
一方、両手を合わせて瞑目し、祈りを捧げるユーリ。
(神様、こんな騒ぎを起こして楽しいですか? いい加減にしてくださいね)
祈りの内容はこのようなものであった。
「フェイスオンはもう大丈夫だと思うわ。でも一応は私が監視しておく」
メープルFがミヤの方を向いて確認を取る。
「頼んだよ」
ミヤが頷く。
(意外と義理堅いというか、まともな子だよね)
メーブルFを意識しつつ、ミヤは思う。
「痛え……」
シモンによって吹き飛ばされたうちの一人が、頭を押さえて身を起こす。
「貴族が憎いんじゃなかったんですか? 平民が平民の店を襲ってどうするんですか」
その暴徒に、ユーリが静かな口調で尋ねる。
「いいじゃねえか。せっかくのお祭り騒ぎだし、皆やってることだ。乗らなくちゃ損だろ」
「こいつらには散々金払って飯買ってるんだぞ。なのに値上げはするし、飯の量は減らすし、こいつらも俺達から搾取しているんだ。このくらいのお返しじゃ全然足りねえよ」
もう一人の方も起き上がり、相方の暴徒と同じく、自分勝手な主張を口にする。
「自分が傷つけられたら、傷つけられる者の気持ちがわかりそうなものなのに、貴方達は逆なんですね。自分が傷つけられたから、人にもその思いをさせてやれっていう考えか。僕には理解できないし、理解したくもない」
胸のむかつきを覚えながら呆れるユーリ。
「こいつら、醜い」
そのユーリの隣にやってきたノアが、暴徒二人に冷ややかな視線をぶつけて言い放った。
「あんたらは俺より不幸なの?」
「な、何だ?」
ノアの脈絡の無い問いと、恐ろしく冷たい視線に、戸惑う暴徒二名。
「毎日母さんに殴られ、なじられ、土下座させられて自分の悪口を強要されていた、そんな俺より不幸だから、暴れているんだよね? いや、そんな俺みたいな人間いる? そんな俺より不幸な奴、いる? いないよ。俺が世界で一番不幸だ。でもさ、俺は世界で一番不幸だったけど、あんたらよりずっと不幸だったけど、あんたらみたいに、醜く、見苦しく、浅ましく、無様に、穢らわしく、見境なく、暴れるような真似はしなかったよ?」
「こいつ何言ってるんだ?」
「頭足りねーガキか? お前のことなんか知るかよ! 俺は自分のことだけで精一杯だバーカ!」
ノアの話を聞いて、一人はせせら笑い。一人は怒りを露わにして罵った。
「俺より幸せな分際で、何馬鹿みたいに暴れ回ってるのさ。そんなこと許されるんだ? 俺は許されなかったのに、我慢してたのに、あんたらは――お前達は……」
ノアが魔法を発動させたので、ユーリとシモンが驚いてノアの方を見た。
二人の暴徒は腹部を切り裂かれ、大量の血と共に内臓がぼとぼとと零れ落ちた。
「う、うわああぁぁっ!」
「は、はらがぁ……はらわ……たが……ごぽっ……」
一人は悲鳴をあげ、もう一人は避け暴徒したところで逆流した血を途中で吹き出し、二人同時に崩れ落ちた。
ノアはそれだけでは止まらなかった。少し離れた場所で暴れている暴徒達も、魔法で攻撃しだした。
「ちょっとノア!」
「お主っ! 何をしておるか!」
ユーリとシモンが止めようとしたが、遅かった。暴徒四人があっという間に殺害される。それを見た他の暴徒達が、混乱しながら逃げ出す。しかし一人は驚きと恐怖のあまり腰を抜かしてへたりこんでいた。その逃げ遅れた暴徒の頭が、ノアの魔法によって爆発させる。
「はい、ゴミ掃除完了。すっきり」
瞬く間に七人の暴徒を殺害したノアが、満足げな笑顔で言った。
「ノア、いくらなんでもやりすぎだよっ」
「どこが? こいつらだって人を殺したかもしれない。殺すかもしれない。そうする前に駆除するのが最適解」
非難するユーリに、ノアは冷然と言い返す。
「そうだね。ノアの言う通りさ」
「師匠っ」
「そんな……」
ミヤもノアに負けず劣らず冷ややかな目で、ノアに同意した。シモンとユーリが驚いてミヤを見る。
「害を成すようになった瞬間、それは社会の秩序を脅かす敵だからね。人道的な生温い処置をして、犠牲者を増やす方が間違っているよ。放っておけば悪さをする。ここで殺しておいた分、泣かされる者も減ったことだろう。そして今ノアが殺したことで、逃げた暴徒に恐怖を植え付けた。あいつらはもう過ちを犯さんだろうよ」
「むう……それは……そうですが……殺すのは乱暴すぎなのでは……。いや、何でもありませぬ」
ミヤの言い分に反論しかけたシモンであったが、ミヤの冷たい怒りを感じ取り、口をつぐんだ。
「師匠、俺のこと評価してくれて嬉しい。俺にプラス幾つくらい?」
ノアが笑顔でミヤを覗き込む。
「マイナスはせんけどプラスもせん。やりすぎであるのも確かだ。お前はユーリと違う形で暴走しているよ。少しは改めな」
「プラマイゼロか。渋いなあ」
ミヤの評価を聞いて、ノアは苦笑して肩をすくめる。
(確かに……ノアと師匠が正しいか……。ノアの怒りもわかるし、僕、やりすぎだと言いつも、ノアがあいつら殺した時、正直すかっとしてた)
ノアと暴徒の死体を交互に見やり、ユーリは思った。
***
「ロドリゲス、ずっと反乱の機を伺っていたのですか?」
ワグナー議長がロドリゲスを見て伺う。
「そういうわけだ。チェックメイトとは言い難いが、最早限りなくそれに近い。我々がそこまで駒を進めている間、君達は何も手を打たなかったのだから、こうなるのも仕方が無いな」
「手を打たなかったわけでもありませんけどね」
嘲笑するロドリゲスに、ワグナーは小さくかぶりを振る。
「マーモがそちらに降ったということは、連絡がつかなくなったアデリーナもそちら側か」
ゴートが言うと、マーモは渋い表情になる。その表情の変化を見て、ゴートとマリアは怪訝になる。
「で、この後我々を皆殺しにすると?」
「三十年前のお返しで済ませるつもりだ。三十年前、王家も魔術師達も、抵抗を諦めた。おかげで犠牲はほとんど出なかったが、王家は実権を失い、魔術師の活動も制限され、この国は色々と酷いことになった。貴公等も、犠牲を出さぬうちに降伏すればよい。我々はそれを受け入れる」
ゴートの問いに、ロドリゲスが厳かな口調で答えた。
「私は生まれていないのでわかりませんが、三十年前は貴族側がそこまで圧倒する戦力を有していたのですか?」
マリアが尋ねる。
「そうとも言えない。三十年前に貴族達は、王家と魔術師達の家族を人質に取るという、卑劣な手段に及んだ。そして王家は衝突による争いで、国が弱体化することも避けた。他にも色々な理由があったがな。当時の王……王家の事情と言った方がいいか」
三十年前の複雑な事情を思い出し、複雑な表情になって語るロドリゲス。
「で、今回は貴公等が人質作戦もやり返すというわけか」
「そうだ。しかし状況はこちらにより有利だ。戦力も整えてある。平民達は我々に賛同するだろう。何より今この国は深刻なエニャルギー不足であろう?」
ゴートが皮肉げに言うと、ロドリゲスは憎々しげな笑みを広げた。
***
スィーニーは母親の連れ子だった。実父は知らない。母親は酷く奔放な性格であり、スィーニーの前で平然と男を取っ換え引っ換えしていた。
母親は義父と結ばれてすぐに病死した。スィーニーが八歳の頃だった。そのショックもあってか、スィーニーは性格的に荒れだして、義父に対して反抗的になった。
元々スィーニーはあまり躾をされずに甘やかされて育てられたせいで、我儘な気質もあった。しかし義父はそんなスィーニーの我儘を許さなかったため、ますます反抗的になった。
「お母さんが死んでしまって、悲しいのはわかる。私も両親と、君と同じくらいの頃に死に分かれたからね」
スィーニーが悪いことをしても、義父は決して声を荒げたりはせず、穏やかな話し方でスィーニーを諭す。
「だからといって、やけになってはいけないよ。それは自分を傷つけし、自分と関わる他の人達も傷つける。私もそうしてしまったことがあった。君に同じことをしてほしくない。間違った道に進んではいけないよ」
優しい口調でそう諭した義父は、その翌年、喧嘩の仲裁をした際に、喧嘩をしていたゴロツキに刺されて他界した。
義父は正義感が強く、誠実な男だった。そんな義父の振る舞いや、自分への接し方を見ているうちに、スィーニーは次第に義父に心を開いていき、義父のような真っすぐな人間になりたいと思うに至る。
スィーニーは義父に憧れ、尊敬しつつも、同時に疑問を抱いていた。義父は余計なおせっかいをしたせいで死んだのではないか? 死ぬくらいなら、そんな余計なおせっかいはしない方がよかったのか?
しかし今のスィーニーは、その疑問も氷塊している。割り切ることが出来た。例え自分の命を脅かすことになろうとも、義父と同じように生きると。それが自身の望みであり、性質であると、スィーニーは受け止めた。
「ケープ先生? そんな……貴女はK&Mアゲインの一員だったのですか……」
ケープの姿を見て、アベルが呆然とした顔のまま尋ねる。
「ケープ先生まで……そっちだったんだ……」
「嘘でしょ……? ケープ先生、悪者だったの?」
「悪者ではありませんよ。悪者は、ここにいる貴族達です」
スィーニーとチャバックの言葉を聞き、ケープは毅然たる口調で告げた。
「悪者じゃんよ……。おまけに嘘吐きだし、どの面下げて私達の前に来れたん?」
軽蔑の眼差しをケープに向けて、非難するスィーニー。
「ただの不幸な偶然です。むしろ何故貴女とチャバックがここに?」
「不幸? 悪いことしている自覚あるじゃん」
ケープの台詞をスィーニーは一笑に付した。
「私……この前ケープ先生の前でした話、覚えてる? 革命という名の糞のような暴動の話。あの時と全く一緒だよ。何も変わらない」
「いいえ。違うわ」
スィーニーの台詞をケープは真顔で否定した。
「ただの暴動ではないのよ。制御できます。制御します。そういう前提です」
「せーぎょする? 多くの人が傷ついているのに、ケープ先生……何言ってるの? 先生、おかしいよ……」
ケープの台詞にチャバックは愕然としていた。
「チャバック、貴方にはわからないことかもしれないけど、その犠牲を払ってでも、もっと大事な――」
「黙んなよ。わかってないのは先生だっての。チャバックの方がよっぽどわかってるわ。チャバックを馬鹿にすんな」
ケープの言葉を、スィーニーがキツい口調で遮る。
「傑作だなあ、先生よ、チャバックを下に見て、上から目線で御高説垂れようとしたら、言われちまったなあ。今のはウケたわ」
本当にケラケラ笑うランド。
「話し合いは無駄のようです」
特に気を悪くするでもなく、ケープは隣にいるジャン・アンリに向かって言った。
「無駄ではない。互いに腹の内をぶつけた。魂の光と光を照らし合った。有意義なことだ。無駄と捉えてはいけない」
しかしジャン・アンリは極めて前向きな姿勢で、ケープの言葉を否定する。
「ジャン・アンリ、あの子――スィーニーは……私に担当させていただけませんか?」
「では、許可するとしておこう」
ケープの申し出を受け入れるジャン・アンリ。
「いきますよ。スィーニー」
「どこにでも行っちまえっての」
ケープがスィーニーを見据えて闘志を燃やすが、スィーニーは冷めた目で悪態をつく。
スィーニーも攻撃の矛先をジャン・アンリからケープへと変えた。敵同士のやり取りから見て、ジャン・アンリが途中でちょっかいをかけてくることは無いと踏んだ。
「え……?」
次の瞬間、スィーニーは全身に衝撃を感じた。自分が吹き飛ばされたと意識しながら、困惑の声をあげていた。
ケープが魔術師でもあることは知っている。魔力の奔流がケープから放たれたこともわかっていた。しかしケープは呪文を唱えず、触媒を使いもせず、いきなり魔力を攻撃の形に変えて放ってきた。
(魔法? ケープ先生……魔術師の振りをした魔法使いだったってこと?)
地面に倒れた格好でスィーニーは、ケープが魔術ではなく魔法を用いたという結論に行き着く。
スィーニーは戦闘に自信があるが、これは厄介な相手だと認識する。
幅広い形で魔力を扱える魔法使い。呪文が必須なうえに、定められた魔術という形でしか魔力を扱えない魔術師。双方の間には大きな壁がある。
(さっきジャン・アンリを癒したのもケープ先生の仕業?)
訝りながらスィーニーは跳ね起きて、再びケープに突っ込んでいく。
一方でイリスは、ジャン・アンリめがけて急降下攻撃を見舞う。
「ぶっ!?」
イリスは思わず途中で目を瞑った。ジャン・アンリのいる場所から、大量の黒い小さな粒のような物が噴射されたのだ。イリスはその中に突っ込んでしまった。
黒い小さな粒は、全て小さな虫だった。体長数ミリ程度の羽虫だ。
「くぅううぁああぁぁぁっ!」
急降下をやめて、途中で飛び上がるイリス。高速で飛びながら身体を回転させて、体についた羽虫を必死で振るい落とさんとする。
「どう見てもこっちが不利だなあ……」
自らもゴーレムと戦いつつ、ランドはゴーレム達と戦う騎士や元騎士の婦人達を見てぼやく。
ゴーレムの多くは人型サイズで、殺傷力や破壊力に秀でてはいないが、素材によっては頑丈だ。もしくは物理攻撃そのものが効きづらい。死人は出ていないが、負傷者は続出しているし、このままでは数で押し切られてしまいそうだ。
スィーニーが再びケープに突っ込む。
今度は不可視の魔力の壁を作るケープ。スィーニーは勢いよく壁に激突してしまう。
魔力の壁にスィーニーが激突した瞬間を見計らって、ケープは魔力操作を行い、壁ごとスィーニーの体を吹き飛ばし、そのまま避難所の壁にぶつけさせて、避難所の壁と魔力の壁で、スィーニーの体をサンドイッチにする形にした。
「スィーニーおねーちゃんっ!」
頭から流血し、鼻血も吹き出しながら壁をずり落ちるスィーニーを見て、チャバックが叫ぶ。
「痛~……今のは効いたんよ……」
衝撃で頭ががんがん鳴っているうえに、目がちかちかしているが、スィーニーはそれでもすぐに立ち上がる。まごまごしていると、続けて攻撃されるだけだ。
実際ケープは追撃してきた。魔力の矢を連続で何本も発射している。
スィーニーは魔力の矢を避けようとせず、ハルパーから生じる青い光の刃で弾きながら、ケープに向かって駆けて行く。
ケープは慌てることなく、次の魔法を発動させていた。スィーニーがアタックレンジに入るポイントで、地面から魔力のブロックを勢いよく打ち上げて、スィーニーの体に下からぶつけようとしていた。すでに地面の中に魔力のブロックは作ってある。
しかしケープの思惑通りにはいかなかった。
「うおっ!?」
突然スィーニーは強い力で引っ張られ、後方へと引きずり戻された。スィーニーは知らぬ間に攻撃を食らったのかと混乱しかけたが、引っ張られて位置を戻されただけで、それ以上のことは怒らない。
「危ないわね~ん。カウンターで魔力のアッパーのトラッブ仕掛けられていたのに、見えなかったの~ん? 頭に血が上りすぎよ~ん。ちょっと頭冷やしたらーん?」
避難所の横から、身なりのいい銀髪の青年が現れ、オネエ言葉でからかうように言った。




