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15-4 おねーさんとお呼び!

 首都ソッスカー各地で、かつてないほどの規模で暴動が引き起こされていた。


「彼等はただ無差別に暴れているだけですね。白騎士団も動員していますが、制圧率は67%とのことです。発生件数が多く、範囲が広いので、手が足りません」


 貴族連盟議事堂内の一室にて、白騎士団団長マリアが報告する。部屋には他に三名いる。


「暴徒を殺してしまえば簡単だが、できるだけ殺さずに取り押さえるとなると、その方が困難ですな」


 黒騎士団団長ゴートが顎髭をいじりながら、しかめっ面で言う。


「暴徒の死者も、暴徒に襲われての死者も、多数出ていますな。腕利きの冒険者や傭兵、あるいは魔術師が、自発的に彼等と戦い、退けているようですが、騎士団、兵士団と違って、彼等は容赦なく殺してしまっているとのことです」


 そう言ったのは、連盟議会議長ワグナーだ。


「貴族が襲われているだけじゃなくて、店も襲われて、商品が略奪されているわよー。酷い有様だわ」


 黒騎士団副団長イリスが呆れ気味に発言する。


「動ける魔術師達に動員を命ずるわけにはいかないのでしょうか?」

「これ以上魔術師を失うわけにもいきませんし、向こうに寝返る可能性もあります。ミヤ殿とシモン様の帰還待ちですね」


 マリアが誰とは無しに伺うと、ワグナー議長が答える。


「魔法使いは他に三名いましたが、それはどうなりました?」

「新緑の魔女アデリーナ殿と腐滅のマーモ殿と、連絡がつきません。序列三位の魔法使いサユリ・ブバイガ殿は……協力を要請しましたが、無視されました」


 ゴートが問うと、ワグナーは渋い顔で答えた。


「すでに敵の手に落ちた……か」

「サユリはしゃーないわねー。期待しても無意味だわ、あんなの」


 嘆息するゴートと、侮蔑を込めて吐き捨てるイリス。


「で、この見境いの無い暴動もK&Mアゲインの陰謀ですかな? 張り紙の少年の死も含め」

「そう見ていいんじゃなーい?」


 ゴートの発言に、イリスは同意したが――


「私の考えは微妙に違います」


 貴族連盟議長ワグナーが否定した。


「全てがK&Mアゲインの描いたシナリオだとしたら、あまりに露骨かつ強引すぎます。少年の張り紙と、それを起爆剤にしたこの暴動は、計算外だったのではないでしょうか? 少年の訴えと死に乗る形で、暴動を密かに煽る事はしたようですが」

「なるほど。そう言えば選民派の貴族共も余計なことをぬかしてて、火に油を注いでいたな。むむっ? ……暴動を密かに煽ったとは?」


 ワグナーの考えを聞き、ゴートが眉をひそめて尋ねる。


「エドウィン・マイアー、カイン・ベルカ、バティスタ・アンヘル、ロベール・グランジェの四名の貴族ですね。彼等は拘束してあります。つい先程報告がありまして、彼等全員から薬物反応と、彼等にまつわる記憶を掘り起こす魔術を妨げる、プロテクトがかかっているという事です」

「何と!?」


 ワグナーの報告を聞き、ゴートを目を剥いて思わず叫んだ。


「つまりそれって、K&Mアゲインに操られて、平民蔑視の演説して、平民達を怒らせて暴動の後押ししていたってことー?」


 イリスが首を左右に傾げながら尋ねる。


「断定はできませんが、状況から見てそうであるとしか思えません。火に油を注ぐ役割を担わされたと見ていいでしょう」


 両手を組み、渋面のまま答えるワグナー。


「彼等の次の手は何なのでしょう?」


 マリアが疑問を口にする。


「革命――いえ、内乱を起こすに至るかもしれませんね。貴族そのものに戦争を仕掛けるつもりかもしれません」

「えー……そんな馬鹿な……」

「騎士団兵士団全てを敵に回して勝てるほどの戦力があるというのか?」


 ワグナーが口にする推測が、イリスにもゴートにも信じられなかった。


「現在の時点でも、これだけ大胆なことをしているのですよ? 彼等がそこまで計画し、なおかつ何かしら決定打が有り――勝機があって動いていると考えた方がよいでしょう」


 ワグナーが述べる推測の根拠を、ゴートもイリスも否定できなかった。


***


 K&Mアゲインのアジト。


「あの張り紙の少年が暴動の起点となった。我々が少年を仕向けたわけではないが、少年を動かしたのはK&Mアゲインと言える」


 元魔術師ギルドマスターのパブ・ロドリゲスが主張する。


「勇者ロジオの影響もあったらしいよう。勇者ロジオの詩を聞いて、勇気を出して一歩踏み出したんだってさ。死んだ子の日記に書いてあったって。可哀想だねえ」


 シクラメが悲しげな顔で、張り紙の少年の件で知ったことを口にする。


西方大陸ア・ドウモは勇者信仰なんて、わけのわからんもんが流行ってたな。神を崇めるんじゃなく、勇者ロジオを崇めてやがるんだ。あっちでも、勇者ロジオの容姿は伝わってねーから、肖像画も彫像も一切無しだけどな。魔王に関しても、どんな姿か全く不明だけどよ」

「あっちでもロジオの逸話はほとんど無かったよねえ」


 アザミとシクラメが言う。


「創作も無いのか?」


 マーモが尋ねる。


「下手に創作しても、絵を描いても、魔王とロジオを直接知る『八恐』のブラッシーやアルレンティスが否定しちゃうからねえ。例の有名なロジオの詩も、創作と言われているし」


 と、シクラメ。


「ケープ、君も御苦労だったな。君の仕込みがあったおかげで、平民達のヘイトを増幅できた」

「いえ」


 ロドリゲスが労うと、ケープは恭しく頭を垂れた。


「で、次のフェーズに移行するのか? 準備は整っていると言っておこう」


 ジャン・アンリがアザミの方を向いて伺う。


「いんや。本番は明日だ。今日は一切動かねーでいい」


 テーブルの上に片足だけ乗せて、アザミは微笑みながら、顔の前で手を小さく横に振った。


「アザミ~、一気に畳みかけた方が得策なんじゃなあい?」

「糞兄貴は、付き合い長いのに、未だにあたしの考えがわかんねーんだな。一晩置いた方がいい。騎士団と兵士団も、暴動とあたしらの動きを警戒して、一晩中、気が休まらねーだろ。今日中に暴動が収まり、暴徒達は一旦がっかりするかもしれねーが、明日また火をつければ、今日以上に燃え上がるってもんよ」


 シクラメの意見に対し、アザミが考えを述べる。


「そっかあ、アザミは頭いいねえ。いい子いい子してあげる~。はい、いい子いい子~」

「人前でそれやめろ。刺すぞ」


 笑顔のシクラメが妹の頭を撫でようとしたが、アザミはすげなく兄の手を払う。


「私にはシクラメに撫でられた時のアザミは、存外悪い気はしていないように見えるのだが、どうだろうか」

「刺されてー奴が増えたな。お前は刺す」


 ジャン・アンリの台詞を聞いて、その場で中指で刺すジェスチャーを行うアザミ。


「おっと、危ない」


 椅子から転げ落ちるジャン・アンリ。次の瞬間、ジャン・アンリが座っていた椅子の背もたれに穴が開く。


「よくかわしたな」

「私はずっと観測していたのだと言っておこう。アザミが本当に刺してくるタイミングを、身をもってな。シクラメの次くらいには、察知できるのではないかと思うぞ。理解して頂けたかな?」

「理解したくもねーよタコが」


 淡々と述べるジャン・アンリに、アザミは毒づいた。


***


 暴動発生中の山頂平野の住宅街を、ランドは一人で歩いていた。


「あちこちで暴動起きちまって、おかげで俺は茶番劇をしなくて済むことになったな。ははは……」


 ランドの用事は別なものになってしまった。今や単身で、上流階級の者達が住む住宅街にて、暴動を収める立ち回りをしている。


「おーい、お前っ、そこのお前っ。それどっからパクってきたんだ。返せ」


 旧鉱山区下層の顔なじみの労働者を見つけて、ランドが声をかける。


「片目の旦那、皆ここぞとばかりに盗んでいるのに、俺だけ見逃さねーのかよ。そりゃないぜ」


 両手に大荷物を抱えた労働者が、不服な顔で訴える。


「アホか。お前、盗まれた人間はそれだけ被害被ってるんだ。それを無視して、皆がやってるから自分もやらなきゃ損だと、盗んでいいと思ってるのか? お前、子供もいるのによ、その盗品を子供の土産にするのか?」

「う……そ、そうだな……」

「元の所に戻してこい。そうしたら見逃してやる」

「わ、わかったよ……ありがとうよ」


 ランドに言われ、労働者はトホホ顔で来た道を引き返す。


 それからまた少し移動した所で、ランドは放火している者達を見つけた。


「こらーっ! 何やってんだ馬鹿野郎が!」


 ランドが怒声を張り上げると、放火をしている者達が一斉に振り返る。


「おっ、黒騎士だっ」

「やっちまうか?」

「待て。ランドさんには手をあげないでくれ。この人は俺達の住む地域で、平民の俺達にもよくしてくれたんだ」

「頼む。片目の騎士さんは見逃してくれ」


 暴徒の中の、ランドを知る者が仲間を制する。


「お前達が見逃してくれても、俺はお前達のしたことを見逃さねーぞ。さっさと火を消せっ」


 厳しい声で命ずるランドだが、暴徒達は苦虫を噛み潰したような顔になる。


「ランドさんっ、俺達もう我慢できなくて蜂起したんだよっ」

「あんたはいい人だが、貴族達の搾取には我慢ならねえ。しかも昨日の選民派の貴族の演説……あいつらやっぱり俺達を人として見ちゃいねえっ」


 暴徒達が訴えると、ランドは大きく息を吐いた。


「俺はお前達を人として見たいから、止めるんだよ。お前達に罪を犯してほしくねーんだ。俺だってお前達がしんどい思いしてるのは知ってるよ。俺も色々しんどいもん抱えてるから、痛みも苦しみもわかる。だからあの詰め所で、治安維持のためのお仕事を真面目にやってるんだ。お前達の暮らしを、俺の手の届く限り、守るためにな」

「わかったよ……」

「ランドさんの顔を立てる」

「あんたは他の貴族と違うようだし、こいつらが信じるようだから、俺も信じてみる」


 真摯に、そして和やかな口調で説得するランドに、暴徒達も折れて、火を消しにかかる。


「あー……もうこんなクサいこと言わすんじゃねーよ、恥ずかしい」

「中々の名台詞だったんよ」


 ぼやくランドに、スィーニーが声をかけた。今はもう流石に下着姿ではない。宿屋に一旦戻り、身支度は整えた。


「お、お前等……何でここに……」


 すぐ近くに、スィーニー、チャバック、そして貴族の女性と子供達の姿があった。


「オイラは宅配の仕事していたら、おねーさん達が襲われてて……」

「皆で逃げてる最中だったってわけ」


 チャバックとスィーニーが言う。


「あら、ランド君じゃない。お久しぶり」


 婦人の一人が、ランドに声をかける。


「嫌な奴と会っちまった」


 ランドは思いっきり顔をしかめる。


「おねーさんと知り合いなのー?」

「幼馴染よ。昔はよくままごと一緒にしたものよ。しかも私の姉さんがこいつと結婚してるから義兄でもあるわ」


 チャバックが尋ねると、婦人が懐かしそうに微笑みながら答えた。


「ランドさん、既婚者だったんだ……」


 意外そうに呻くスィーニー。


「お前……チャバックにおねーさんとか呼ばせてんのかよ。ひでーな。こいつ俺と同い年だし、どう見てもおばはんだろーに……ぐへっ!」

「チャバック君、こういう大人になっちゃ駄目だからねー」

「う、うん……」


 呆れるランドの頭を、婦人が剣の柄で殴りつけて、チャバックに向かってにっこりと微笑む。チャバックは脅えた眼差しで婦人を見ながら頷く。


「おーい、ランド。暴徒以外は避難所に誘導しろーっ」

「わーったよ」


 他の黒騎士が現れて声をかけ、ランドが返答を返した。


「てなわけでこっちに来な」


 ランドが手招きして歩き出し、チャバック達はランドの後に続く。


「山頂平野には幾つもの住宅街が転々としているが、ここは一番被害多いみたいだ。強盗だけじゃなく、火つけてる奴もいるしな。だから騒ぎが沈静化して安心を確認できるまでは、緊急避難所に全員こもるって寸法よ」


 ランドが知っている限りの状況を報告してから、方針を伝えた。


「私達も?」


 スィーニーが尋ねる。


「そうだな。スィーニーとチャバックも避難しておけ」


 ランドが告げる。


「スィーニーおねーちゃん強いから、皆を守って欲しいなー。もちろんオイラも戦うよ」

「え? お前戦えんのかよ?」


 ランドがチャバックを見て目を丸くする。


「攻撃魔術一つ覚えたー」

「マジかよー。こないだ初級魔術の明かり照らす奴、覚えたばかりだったろー」

「魔術は相性の問題があるからね。あと、一度コツを覚えたってのもあるかも」


 得意満面のチャバックに、ランドが驚き、スィーニーが解説する。


 そこにイリスが飛んでくる。


「おおっと、私の昔の上司だったランドさんはっけーん。しかし今では私が副団長で立場は逆ダーッ」

「はいはい、何の用ですかい? 副団長様よ」


 現れるなりやかましいと思いつつ、ランドがイリスに問うた。


「避難所の守備を私が担当するのでーす。暴徒がやってきたらダイブアタックしまくって、片っ端から首撥ね飛ばしてやるのよー。オホホホっ」


 上空を旋回しながら高笑いをあげるイリス。


「この騒ぎを起こした発端て……K&Mアゲインって奴等なんよね?」


 スィーニーがイリスを見上げて尋ねる。


「そうとも言えるしー、ちょっと違うとも言えるしー、んー……断定できない段階なのよー」


 ランドの肩の上に降りたイリスが、左右に首を傾げながら言った。


「何にせよ、自分達の野心のために、こんな騒ぎを起こすなんて……許せない」

「全くだ。おかげで俺はのんびりできねえ」


 スィーニーが純粋に怒りを燃やし、ランドは冗談混じりに同意した。

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