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1-5 神様は世界に優しくない

「アベル、無事で良かった」

「団長、力及ばず魔術師殿二人と同胞を死に追いやり、私はおめおめと生き永らえてしまいました。申し訳ございません。そして被害者も助けられないという不始末です」


 ゴートがアベルの肩に手を置いて労うと、アベルは申し訳なさそうに謝罪する。


「婆やっ!」

「大丈夫です。生きてます。危険なので入らないでください」


 倒れた婆やを見て王様が叫ぶと、ユーリが柔らかな口調で告げた。


 婆やは倒れたまま動かないが、生きていることはわかっている。


「師匠、婆やにかけられた洗脳を解く魔法をお願いします。僕もかけます」

「ふん、師匠に指示とは、立派になったもんだ。しかし頑張った分、プラス4やろう」


 ユーリに頼まれ、ミヤは満足げに言うと、婆やに魔法をかける。


「この者達は其方等の仲間か?」

「はい、その通りです。陛下」


 王様が問うと、アベルが頷いた。


「王様が婆やにだけ優しかった理由がわかりました」


 アベルがこれまでの経緯をゴートに耳打ちして伝えた。ミヤも魔法でアベルの声を拾って聞いている。


「駄目だね。これは洗脳の類とも微妙に違う。そして……恐ろしく強い力が作用している」


 忌々しげに言うミヤ。洗脳解除の魔法は効かなかった。


「ミヤ様の力でも無理なのですか?」


 ゴートが驚く。


「うむ。どうもこれは……意識の塊のようなものに侵されているというか、憑依されているというか。狂気の塊かね……」


 婆やに解析魔法をかけ、婆やが狂った原因を突き止めようとするミヤ。その正体は、おぼろげながらにわかてきたが、解明しきれてはいない。


「お、の、れぇ~……」


 婆やが憎悪のこもった声と共に立ち上がる。


「やれやれ。この人喰い絵本からスムーズに脱出するには、ユーリの判断が正しそうだ。残酷なことをしないとけいけないね」

「そうですね」


 ミヤが重々しい口調で言い、ユーリがうなだれる。


「どういうことですか?」


 魔法使い二人だけで通じているようだが、新米騎士の一人が理解できずに尋ねた。


「この絵本から出る方法は、婆やか王を殺すことさ。ユーリが王から聞き出した話と、絵本の中に引きずり込まれた人物が暗殺者になったという事を照らし合わせれば、この絵本の本来の結末は、暗殺者が婆やか王様のどちらかを殺す展開だった可能性が高い。そしておそらくは暗殺者も死ぬ展開だったのだろうよ」

「なるほど……」

「そんな……私達を殺すだと……」


 ミヤの話を聞いて、新参騎士が納得し、王様は絶句していた。


「絵本の住人とはいえ、そこにいるのは本物の人間だ。儂等の世界の住人を救うために、絵本の住人を殺害する事はキツかろう。それが嬲り神によって狂わされた者だとしても、物語の都合上、脱出するには殺すしか選択肢が無い相手だとしてもね」


 ミヤが優しい口調で言ったその時だった。


「くきゃーっ!? お前等全員不敬罪で処刑よぉぉ~!」


 婆やが金切り声をあげて立ち上がった。


 ミヤが素早く王様の頭の上へと飛び乗る。


「おっと、それ以上近づくんじゃない。王様がどうなってもいいのかい?」


 ミヤが婆やを見据えて、王様の喉元に爪を這わせる。


「王様を人質にとるとは! 狼藉にも程があるわあぁっ! おのれぇえぇ!」

「婆や……。余をいつも助けてくれる婆や……」


 婆やが叫ぶと、催眠状態の王様が、すがるような目つきで婆やを見て、涙を零す。


 次の瞬間、婆やの全身が激しい炎の渦に包まれる。ミヤが容赦のない攻撃を見舞っていた。


「うわあアアァーッ! 婆やーっ!」


 王様が正気を取り戻し、大声で泣き叫ぶ。


「ふん、これで戻れればいいけどね」


 焼け落ちる婆やと、泣き崩れる王様を見て、ミヤは鼻を鳴らした。


「む……?」


 ゴートが不審がる。炎の中の婆やが動いている。


「まだまだーっ! この婆やがこの程度で死ぬものかーっ!」


 婆やは生きていた。炎で焼かれた体が、みるみるうちに元に戻っていく。


「これは間違いですか? 王様を死なせる方が当たり?」


 ユーリが問う。


「いや……嬲り神の余計な干渉の結果だろうさ。面倒な話だね。暗殺者役がとどめを刺さないと駄目なんだろうよ。如何にもあいつの考えそうなギミックだ」


 ミヤが吐き捨てるように言うと、アベルの方を見た。

 実際には、より強大な力で攻撃すれば、ギミックも問答無用で破壊して婆やを屠る事もできるだろうが、それよりも確実かつ、余計な力を使わずに済む手段を用いた方がよいと、ミヤは判断した。


「嬲り神の思惑通りに踊るのは癪だが、頼むよ」

「はい。では……」


 ミヤに促され、アベルが剣を構え、婆やと向かい合ったその刹那――


 空間が破れた。


 破れた空間から這い出してきた巨大なそれに、全員の視線が集中した。

 それはムカデだった。鎌首をもたげただけで人の倍以上の高さを持つ、巨大なムカデだった。全身を色とりどりの宝石で覆われた、派手なムカデだった。宝石で覆われずに露出した部分は、透き通るように白い。


「宝石百足殿!」


 巨大ムカデを見上げ、ゴートが表情を輝かせ、歓声をあげる。


 宝石百足と呼ばれたそれは、煌めく白い牙を一閃させて、婆やの首をあっさりとはねとばした。


「婆やーっ!」


 再び悲痛な叫びをあげる王様。


(セント……)


 ユーリが宝石百足を見て、心の中で名を呼びかける。


「宝石百足よ、良い所に来たな。助かったぞ」


 ミヤが宝石百足に向かって、神妙な顔つきで礼を述べる。


「余計なことじゃなかったかしら? ある意味、改ざん前の物語に戻されたし、脱出できる一歩手前だったでしょう」


 柔らかで優しい女性の声が響いた。


「うむ。婆やに変化の兆しが有ったねえ。でもお前が来てくれれば、全部それで解決さ。何より、あの王様まで、儂等の手で殺めずには済むよ」


 皮肉げに言うミヤ。


「これでこの世界は絵本の通りに進行した事になります」

「え? 暗殺者の役にされた私が、とどめをささないといけないのではなかったのですか?」


 宝石百足の台詞を聞き、アベルが不思議そうに問う。


「宝石百足殿には、人喰い絵本の中に入った者を外に出す力がある。つまり宝石百足様が絵本世界に現れてくだされば、それで解決だ。お前達、この件は口外するなよ」


 ゴートが解説し、アベルともう一人の騎士に釘を刺した。


「前にも言ったけど、絵本の種類にもよるし、嬲り神の干渉が強すぎると、私の力も及ばないわ。私が現れたから、確実に解決できるというわけではありませんよ」

「そ、そうでしたな。これは失礼した」


 宝石百足に訂正され、ゴートは頭を掻く。ゴートも知っていた事であるが、部下への説明の仕方が悪かった。


「では皆さん、お疲れ様でした」


 宝石百足が穏やかな口調で告げる。周囲の景色が歪む。


(神様、もう少し世界に……人に……優しくあってください)


 泣き崩れている王様を見やりつつ、ユーリは祈る。


(こんな悲劇、無い方がいいです)


 ハッピーエンドに修正する方法はあったかもしれないが、見つけられなかった。あるいは導けなかった。


***


「何故王様が私にだけは心を許し、特別扱いするか、御存知ですか?」


 暗殺者達を前にして、婆やは穏やかな表情で話します。


「子供の頃、王様は先代の王様にとてもとても厳しく躾けられました。家臣からも厳しくされました。勉強をさせられ、剣の修行も毎日させられ。国を背負う者は強く賢くなければならないからと、何度も言い聞かされて」


 婆やは哀しげに語ります。暗殺者達も黙って聞いていました。


「私は……私だけは、王様が可哀想になって、先代の目を盗んで、優しく接していました。あの子を……何度も慰めていました。あの子はとても素直な子です。優しくした者には優しさを返します。この国はあの子にずっと優しくしなかった。だから国に対して、そのお返しをしているだけなのですよ」


 婆やは暗殺者達と向かいながら、終始笑顔で話していました。


「私は王様を裏切りません。どうぞ殺してくださいな」

「然らば御免っ」


 暗殺者達はよってたかって老婆をナイフで突いて、婆やを殺してしまいました。


「うわあアアァーッ! 婆やーっ!」


 その場面を、王様が偶然見てしまい、悲痛な叫び声をあげました。


 暗殺者達は王様に襲いかかりましたが、王様は剣の達人でした。暗殺者達を返り討ちにして、切り捨ててしまいます。


 悲しみに暮れ、怒りに燃えた王様は、国中に火を放ちました。王様の一番大事なものを奪った国に対し、そのお返しをしたのです。


 王様の気持ちに呼応するかのように、強い風が吹き、火はたちまち国を焼き尽くし、多くの国民が焼け死にました。


「地獄に堕ちろ。悪魔共。これぞ因果応報よ」


 燃え盛る城下町を見渡し、王様はたっぷりと呪いと嘲りを込めて吐き捨てます。


「婆や……感謝に尽きない。婆やがいたおかげで、余はどれだけ救われたか……」


 王城のバルコニーより、焦土となった城下町を見下ろし、王様は清々しい笑顔で礼を述べると、バルコニーから飛び降りました。


***


 ユーリ、ミヤ、ゴート、アベル、他の騎士は、元の街中に戻っていた。空間の歪みは消えている。


 人喰い絵本を出る際に、全員の頭の中に、また映像と音声が流されていた。絵本の本来の結末だ。

 人喰い絵本を脱出する時、その経緯がどうであれ、絵本の本来の物語の結末を見せられる。


「こんな物語だったんですね……」

「改ざん後は酷い話だったと思ったが、改ざん前の話の結末も、何の救いも無い胸糞の悪い話であるな。まあ、人喰い絵本は大抵こんなものだが」


 アベルは呆然とし、ゴートは苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「私達の関与によって、絵本の世界はどうなったのでしょうか? 本来の話から、少しは変えられたのでしょうか?」

「王様が国を亡ぼす展開にはなっていないと信じたいけど、婆やが死んでしまったことには変わりないし……。わからないです」


 アベルが曇り顔で疑問を口にすると、ユーリも浮かない表情で言った。言葉とは裏腹に、良い展開にはなっていないだろうと考えている。


「師匠……嬲り神はやはり物語を救……」

(シッ、騎士達もいるんだ。滅多なことを口にするんじゃないよ)


 ユーリが口にしかけた台詞を、ミヤは念話で制する。


(この物語を悲劇から救うとしても、どういう方法で救えばよかったんだろう……。嬲り神の改ざん後のままで良かったの? でもそのためには、吸い込まれた人が生贄になって殺されなくちゃいけない事になるし……)


 色々と考えてしまうユーリだが、答えは見つからなかった。


(ありがとう……セント)


 ユーリが心の中で礼を述べると、ユーリの頭の中に鮮明な映像が浮かぶ。


(お安い御用よ、ユーリ)


 ユーリの頭の中に、先程人喰い絵本の中で二人を助けたあの宝石百足の姿が現れ、先程と同じ柔らかな女性の声で告げた。


***


 騎士達に途中まで馬車で送ってもらったユーリとミヤは、繁華街で降りて、買い物を行っていた。


「おお、ユーリとにゃんこ師匠じゃん」


 繁華街を歩く二人に声がかかる。

 露出度の高い衣服を身に纏った、金髪に鮮やかな青い瞳を持つ小麦色の肌の少女が、二人を見てにこにこと微笑んでいた。見た目や衣装からして、南方の生まれとわかる。名はスィーニー。世界各国を巡る行商人で、ユーリと同い歳の十五という話だ。ユーリ達とは知己だった。


「仕事が終わった帰る所さね」

「つまりまた人喰い絵本退治かー」


 ミヤが言うと、スィーニーがうんうんと頷く。


「退治というのはどうなんだろう。人喰い絵本は魔物というより現象に見えるものなんだ。ひょっとしたら魔物の一種かもしれないけど」

「魔術師も人喰い絵本のこと、わかってないん? 魔術師は正体知ってるんじゃないかって話聞くよ。」


 ユーリの言葉を受け、スィーニーが言った。


「儂等は魔術師じゃなくて魔法使いだと何度言わせるんだい。人喰い絵本については、わからないことだらけだよ。現れて三百年も経つってのにね。調査は進めているけどね」

「嬲り神とか宝石百足なんていう奴等がいるって聞いたよ。会ったことあるん?」

「『イレギュラー』だね。宝石百足はさっき――」

「こらユーリ、仕事の内容を軽々しく他人に言うでない」


 口外してはいけない情報まで口にしようとしたユーリを、ミヤが叱る。


「お前って子は、抜かりないかと思えば、途端に迂闊になることもあるね。ポイントマイナス1」

「すみません……」


 ミヤに指摘され、ユーリはしょんぼりとする。


「ところで、何か買っていかね? この西の大陸(ア・ドウモ)産のお菓子とかさあ」

西の大陸(ア・ドウモ)の食い物は嫌だと、前にも言ったろうに」


 心底嫌そうな声を発し、ふーっと猫の唸り声まで漏らすミヤ。


「にゃんこ師匠は西方大陸ア・ドウモ嫌いなん?」

「はんっ、良い思い出は無いよ」


 スィーニーに問われ、吐き捨てるようにミヤ。


「西の大陸、憧れるんだよね。ア・ハイ群島よりも文明が進んでいるって話だしさ。僕も行ってみたいな」

「お前も西の大陸(ア・ドウモ)なんかに興味持つんじゃないよ。儂がいい思い出無いって言ってる傍から」


 ユーリの台詞を聞いて、ミヤが険のある声を発した。


「えー……興味持つくらいいいじゃないですか」

「駄目だと言ったら駄目だ! わしの言うことが聞けぬなら破門で勘当だからね!」

「えー……酷いですよ。理不尽ですよ」

「ははは、にゃんこ師匠、今日は御機嫌斜めみたいね」


 ミヤとユーリのやり取りを聞いて、スィーニーはおかしそうに笑っていた。

第一章はここまでです。章の変わり目ごとに一日~数日空けて更新します。

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