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15-2 火に油を注ぐ愚者はどこにでもいる

 首都ソッスカー、中腹の繁華街。


「王政が廃され、貴族の議会制度になって三十年、いいことがあったか!?」

「無い!」

「何もねーぞ!」

「悪いことばっかりよ!」

「ぷにぷにっ」


 街頭演説を行っている男の叫びに対し、集まっていた聴衆が険しい顔で叫ぶ。


「エニャルギー不足による高騰も、貴族共が魔術師を抑制したせいだ。魔術師ギルドや魔術学院があれば、もっと魔術師の数も多かっただろうに、自分達の脅威となりうるという理由で魔術師の数を減らした。その結果がこれだ!」

「そーだそーだ!」

「そのうえ貴族共は経営者共とズブズブの関係で搾取を続け――」

「あー、もー聞いちゃいられないわー。もう行きましょうよー」


 少し離れた場所から演説を聞いていた黒騎士団副団長のイリスが、うんざりした様子で、周囲にいる黒騎士団を促した。その中には団長のゴートもいる。


「これは大規模な一揆に発展すると私は見るぞ」


 ゴートは歩きながら口髭をいじり、神妙な面持ちで言う。


「一揆どころか、革命になるんじゃなーい? K&Mアゲインの思惑通りねー」

「いや、思惑通りにはさせんよ。何とか対処せんとな」

「どー対処するっていうんですー。つーか私達は命令されなきゃ、動けない立場ですしー」

「命令されずとも動ける領分で動くことは出来る。出来ることなら、しなくてはならん。そうでなければ治安維持などできん」


 イリスとゴートが繁華街を歩きながら喋っていると、平民ではなく、貴族で街頭演説をしている者がいた。

 貴族連盟議員でもあるカイン・ベルカが、お立ち台の上に立って演説を行っている。


「身なりだけではなく心の底まで――魂まで薄汚い平民共よ! 分を弁えろ。身の丈も弁えよ。何より身の程を知れっ! 我々高貴で知的な貴族の導きと管理があるからこそ、貴様等無能な蛆虫共でも、この世に生存できるのだ! そんな愚鈍な己を省みず、我々貴族に感謝するではなく不満を訴えるなど、不遜であり不敬の極みである! 言語道断! 傲慢も甚だしい!」


 目を血走らせて、悪鬼の形相で、明らかに常軌を逸した様子のカインの演説を聞いて、立ち止まった民衆達の顔が怒りに染まっている。


「いかんぞ。あれでは火に油を注いでしまっておる」

「全くだわー。暴動の引き金になっちゃう。止めなくちゃっ」


 ゴートとイリスが止めに向かったが、それより早く止めに入った者がいた。


「父上! 何をしているんですか! おやめください!」


 アベルがカインに組み付き、壇上から引きずり下ろそうとする。


「おお、アベルじゃないですかー。今日はせっかくの非番だっていうのに、大変なことになっちゃって、非番が台無しですねー」


 イリスが苦笑する。


「放せアベル! こ奴等の不遜で厚顔無恥な所業、私はもう黙って見ていられんのだぁっーっ! 愚鈍な平民共を調教して導く貴族の義務、私は今こそ果たさねばならーん!」


 カインが喚きながら、アベルを必死に振りほどかんとする。


 そのカインを上空から、イリスが嘴で突っつきにかかる。


「痛い痛い痛い!」


 たまらずに頭を覆って壇上から降りるカインだが、イリスはなおも執拗に突っつく。


「こーの糞親父ーっ! 自分が何してるのかわかってんのーっ!? あ、アベル、すまんこー!」

「いえ……いいんです……」


 イリンが謝罪すると、アベルは肩を落として力無く言った。


 その時、貴族連盟議長ワグナーからの音声が、ゴートとイリスの耳に届く。ワグナーが魔術を使っているわけではなく。遠方と音声のやり取りが出来る魔道具を使っている。念話装置とはまた異なるものだ。


『カイン・ベルカ、エドウィン・マイアー、バティスタ・アンヘル、ロベール・グランジェといった選民派貴族達が、平民批判と自己正当化の街頭演説を始め、事態をより悪化させようとしていいます。至急彼等の演説をやめさせて、拘束連行してください』


 ワグナーからの命を受け、ゴートとイリスは顔を見合わせた後、壇の下で蹲るカインを見た。


***


 チャバックは宅配の仕事で、山頂平野の貴族達の住宅街に訪れた。

 いつもは閑静な住宅街であるが、今日はここも雰囲気が違う。井戸端会議を行う上流階級の奥様方も、不安げな面持ちをしている。遠くからは怒声も聞こえる。


「あーら、チャバック君が来たわ」

「チャバックちゃん、今日もお仕事なのねー。偉いわねー」


 上流階級の奥様方が、チャバックの姿を見て笑顔で声をかける。様々な障害を持ちながらも、真面目に働くチャバックを見て、親切にしてくれる者達も多かった。


「あい、今日もオイラ宅配の仕事だよう」

「でも今日は気を付けた方がいいわよ。何か変な演説している人がいてね。人も多いし……下の人達が沢山来てるから」

「また一揆とか起こるのかしら。やーねえ……」

「今日は寄り道とかしないで早めに帰りなさい」

「うん、わかった。おねーさん達も気を付けてねえ」


 奥様方に注意され、チャバックは笑顔で頷く。


 よたよたと歩いて宅配を続けている途中、チャバックはうっかり転んでしまう。


(今ヤバい音した)


 宅配物の中を確認するチャバック。すると、袋の中にあったガラスの容器が見事に割れている。


「ど、どどどどうしよう。大変なことしちゃったよう……」


 チャバックは青ざめた顔で、その場にへたりこんだ。


「ユーリか猫婆がいれば、魔法で直してもらえるけど、いないし……ううう……」


 頭を抱えるチャバック。


「あらあら、大変だねえ。宅配物を壊しちゃったんだあ」


 そんなチャバックに、のんびりした口調の、妙に甘ったるい声がかかった。

 声をかけたのは、全身真っ白な服装の魔法使いの少年だった。髪と肌の色から見て、ユーリやノアと同じく東洋人だ。


「今、魔法で直してもらえるって言った? 知り合いに魔法使いがいるけど、今は不在ってことかな? それなら~、僕も魔法使いだから、僕が直してあげるねえ」


 白ずくめの少年が笑顔で言った直後、袋の中で割れていたガラスの容器は、宣言通り元に戻った。


「はい、これで元通り~」

「あ、ありがとさまままーっ。助かったよう」

「よかったねえ。次からは気を付けるんだよう」


 笑顔で感謝するチャバックの頭を、白い魔法使いの少年が撫でる。


「むー、子供扱いしないでよう。オイラと歳近いだろう?」


 照れくさそうに抗議するチャバック。


「ううん。多分遠いよう。僕、こんな見た目だけど、実際は四十歳過ぎのおじさあん。うふふふ。だから僕から見たら君は子供だよう」


 似たような喋り方をする両者だが、白い魔法使いの少年は、より語尾を伸ばし、大袈裟に甘えたような口調だった。それはチャバックから聞いても、若干疎ましさを感じるほどだ。


「あれあれ? 引いちゃってるう? 子供の姿の実年齢おじさんは気持ち悪いってことかなあ? でも僕は頭の中もこんなもんだからねえ」


 言葉を失っているチャバックに、白い魔法使いはあっけらかんと笑いながら言った。


「猫婆やユーリから、魔法使いって七人いるって聞いたけど、君もその一人?」

「そうだよ~、公に名前が知られている魔法使いは七人だね。僕はその一人で、席次四番目のシクラメ・タマレイっていうんだ。知ってるぅ?」

「ごめん。知らなかった。オイラはチャバックだよ」


 互いに朗らかに微笑みながら、自己紹介しあう二人。


「そっかあ。猫婆ってのはミヤだよねえ? 君はミヤの友達なら教えて欲しいなあ。最近のミヤの様子はどう? 最後に会った時は、すごく弱っていたんだよねえ」

「んー……体の調子はよくないって聞く。でもユーリが、最近少しよくなったとも言ってたよう」

「そっかあ……」


 チャバックの答えを聞いて、シクラメは微笑を消して憂い顔になった。


「チャバックの体も、色々と障害があって大変そうだねえ。その体……昔のミヤなら治せたかもなのになあ」


 シクラメがチャバックの障害を指して言う。


「それ、ユーリに聞いたよう。でも今の猫婆には出来ないって。オイラは生まれつきの障害を持っているから、その体をいじって変えるのは、魔法でも大変なことだって言われた。でもユーリはもっと力をつけて、いずれオイラを治してくれるって約束してくれたんだ」

「ねえねえ。そのユーリって子は、君の友達で、ミヤのお弟子さんなんだねえ。話を聞いた感じ、とってもいい子そうだ」


 チャバックの話を聞いて、シクラメは憂い顔から笑顔に戻る。


「じゃあ、まあねえ、チャバック」

「うん。またー」


 手を振って立ち去るシクラメに、チャバックは何の疑問も不信も抱かず、手を振り返していた。


***


 スィーニーは、ソッスカーのあちこちに赴いて、平民の演説と、選民派の演説の様子を伺っていた。


「張り紙を貼った少年の命が何だと言うのだ! 平民など我々の消費物に過ぎん! 我々貴族とは命の価値が違うのだ! そんな者が一人死んだからといって、大袈裟に騒ぐなど馬鹿げている! そんなに大事なら、死ぬ前に救ってやればよかっただろうに、死んでから同情して騒ぐなど滑稽極まりない!」


 選民派の貴族が声高に叫ぶ。


(酷い……あんなこと思ってる奴がいるんだ。いや、それを人前で堂々と口にするなんて……)


 演説の内容を聞いて、スィーニーは怒りに震える。


(こんなことしたら、余計に民衆の怒りに火を注ぐじゃない。馬鹿なの? それがわからないの?)


 選民派貴族の演説に怒りと呆れを覚えつつ、スィーニーは宿へと戻った。


 室内に入り、遠隔会話装置を起動させて、現在ソッスカーで起こっている事態を報告する。


『スィーニー、任務御苦労様です。そのまま第三者の立場で観察していてください。間違っても関わろうとはしてはいけませんよ』

「は……はい……」


 連絡相手の答えは予想通りであったが、スィーニーは落胆にも似た気持ちを抱く。


(あの時と同じか……)


 南方の国に調査に行った際も、スィーニーの直属の上司である人物は、騒動に巻き込まれないよう、一切の関与をせず、観察するに徹しろと命じた。そしてスィーニーは言いつけを守った。


「そりゃそうだよ。メープルCが正しい……。ア・ハイ群島の動向のチェック。そしてターゲットMの監視が私の任務じゃんよ……」


 声に出して、己に言い聞かせるスィーニー。理屈ではわかっている。しかし感情が拒んでいる。


(でも……あの時私は……その気になれば、何人か助けることだって出来たのに、助けずに……)


 任務を遂行した結果がそれだった。それは大きな棘として、スィーニーの心に突き刺さっている。


***


 ジャン・アンリと会話を交わしていたアザミは、その後アジトの部屋を移動し、今度は元魔術師ギルドの長であるパブ・ロドリゲスと会話していた。室内にはロドリゲスだけではなく、他に女性が一人いる。


「アザミ、笑ってくれ。私は夢想しているよ。もうすぐ、かつてのあの輝かしい日々が戻ってくると。いや――あの頃はあれが当たり前の普通の日常と感じていたけどね。失ってからその大事さが、素晴らしさがわかってしまった」


 夢見るような眼差しで語るロドリゲスを見て、アザミは不機嫌そうになる。


「爺、てめーはギルドの金を横領していたって話だが、その私腹を肥やしていた日々が、お前の失われた輝かしい栄光だってぇのか? ふざけた野郎だなァ」

「後悔も反省もしている。二度と不正には手を染めない」


 アザミが意地悪い口調で指摘すると、ロドリゲスは神妙な面持ちになる。


「ケッ、果たしてあの時代が帰ってくるかどうかなんて、わかんねーぞ。昔とは別物になる可能性が高いと、あたしは見ているね」


 ソファーの上で胡坐をかいた格好になって、小さく息を吐くアザミ。


(失った連中は戻ってこねーんだよ……畜生め。あいつらと過ごした時は戻りやしねーんだ……)


 三十年前、まだ魔術師ギルドや魔術学院があった時代を振り返り、アザミは表情を曇らせて息を吐く。


「それはそれで仕方ない。しかし現状のままでよいわけがないし、魔術師と魔法使いの社会的地位は元に戻さなくてはな」


 と、ロドリゲス。


「ケッ、階級上では、貴族より上ってことになっているけどな。詭弁もいい所だぜ。クソッタレが」


 アザミが悪態をつく。魔術師と魔法使いの地位は貴族より高いが、様々な制約を受けている。


「選民派の貴族四名が、平民の神経を逆撫でする演説を行っている。一斉にな」

「エグい手を使うもんだ。これもジャン・アンリの奴の策謀か?」


 ロドリゲスの報告を受けて、アザミは微かに眉をひそめる。


「それらは彼女が手配した。貴族達に取り入り、彼等を薬と魔術で操ったそうだ」


 そう言ってロドリゲスは部屋にいるもう一人の人物――白衣姿の女性の方に顔を向ける。


「ジャン・アンリが昇華の杯を使わせた女か。医者か?」


 アザミも白衣の女性の方を向き、尋ねる。


「はい。旧鉱山区下層で医療を営んでおります。ケープと申します」


 白衣の女性――ケープが立ち上がり、一礼した。

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