14-8 無理矢理でも仲直りした方がお得
ミヤ、フェイスオン、メープルFの大人組が離れて会話を交わしている間、ユーリ、ノア、ガリリネ、ヴォルフ、ロゼッタの子供組で喋っていた。シモンは木にもたれてへばっている。
「夢見る病める同志フェイスオン、どうなっちゃうんれしょうかあ……。心配で心臓がびっんくびっくんれすう」
「大丈夫だよ。話をしているだけだから」
不安げな様子のロゼッタの肩にガリリネが手を置く。
「その夢見る病める同志って何なの? 夢見るはともかく、病める? もう病は治っているんだよね? それとも治ってないの?」
「確かにそうだな」「過去形にすべきだ」
ノアの疑問に、ヴォルフが賛同した。
『夢見る病んでた同志』
ヴォルフの二つの口が同じ言葉を発した直後、妙な沈黙が流れた。
「語呂が悪いわ……」「呼びにくいわ……」
「なるほど。語呂は大事だね」
同時に渋い顔をする二つのウルフフェイスを見つつ、ノアは納得した。
「ノア、母親を殺したとさっき言っていたけど」
「お前も母親に虐げられていたのか?」
ヴォルフが質問する。
「うん。母さんの魂はこの中」
手甲を現出させてかざし、自慢げに微笑むノア。
『俺達もだ』
しんみりとした口調で、同時に言うヴォルフ。
「ノアもあたち達と同じれすね」
「僕達は血の繋がる家族と離別したからこそ、夢見る病める同志で寄り添っている」
ロゼッタとガリリネが言う。
(僕もそうだけど……少し違うかな。この子達は、心が家族と離れているようんじゃないか? 僕はそういうわけじゃなくて、事故で母さんを亡くしたわけだし)
ユーリが思う。
「君達との争いも、母さんの命令だった。あの頃は母さんに逆らえなかったから」
「そうだったんれすかー。ノアも大変だったのれすねえ」
ノアの話を聞き、ロゼッタが同情する。
「しかしそのわりには楽しそうだったな」
「今回も楽しそうに殺しにかかってきたぞ」
「戦うのは楽しいよ。君達は丁度いい遊び相手。またいつか遊びたいね」
ヴォルフが指摘すると、ノアはあっけらかんと笑う。
「何はともあれ、仲直りできてよかったね」
ユーリも微笑みながらいう。
「ええ? これって仲直りなの?」
ユーリの台詞を聞いて、ガリリネは憮然とした顔になり、ノアを見た。
「反目しあうより仲直りした方が、面倒で無くて済むし、お得というのが、先輩の考え方だと思う」
ノアも嫌そうな顔になってガリリネを見返し、補足する。
「少し無理矢理な気もするぞ」
「まあこの後行動を共にするなら、その方がいいな」
ヴォルフの二つの口が明るい声で言う。
「仲直りできたことを感謝しておこう」
「先輩はお祈りが好きなんだ。お祈りフェチ」
祈りを捧げるユーリを見て、ノアが補足する。
ミヤとフェイスオンとメープルFが戻ってくる。シモンもそれを見て腰を上げた。
「師匠、その人はどうするんです?」
ユーリがフェイスオンを見て尋ねる。
「殺すに決まってるじゃない」
清々しい笑顔であっさりと言い切るノア。
「ふざけるな」「笑顔でさらっと言うな」
「そんなこと言う子とは仲直りなんてれきないのれす」
ノアを半眼で見るヴォルフとロゼッタ。
「殺しはせん。しばらく拙僧の元に置いて監視するつもりでいる。制約の呪いもかけたが故、もう人体実験は当分できんが、その呪いも勝手に解くかもしれんしの」
「それなら僕達も一緒に行くよ」
『当然同行』
「あたち達は夢見る病める同志フェイスオンとは離れないのれす」
シモンが告げると、ガリリネ、ヴォルフ、ロゼッタが申し出た。
「師匠、この子達を連れてきてもよいかな? それと、行く前にまだ診察中の人達がいるから、村々をまわって断りを入れておきたい。治療もしておきたい」
「構わんが、危険もあるだろうから、お主が護ってやれよ。カッカッカッ」
フェイスオンが伺うと、シモンは笑いながら了承した。
「で、メープルFはどうする気だい?」
ミヤがメープルFを見て尋ねる。
「やっと自由になれてさ、正直ミヤ達には感謝してるのよ。ただ、自由になって、これから何をしようかとか決まってないし……。シモンに用が会ってここに来たの? もし人手が必要なら、恩返しも兼ねて、協力してもいいわ。ミヤが欲している情報も、大して教えてあげられなかったし……」
「そうかい。それなら来てもらおうか」
メープルFの申し出を聞いて、機を良くするミヤ。
「このおねーさん、おっかない顔しているのに、結構優しいね。ギャップ萌え狙ってる?」
「ミヤ、どういう教育してるの? 弟子の言葉遣いがなってないわよ」
にっこりと微笑みながら告げるノアを見て、メープルFがミヤに文句を言う。
「ノアはまた儂に恥かかせおって。マイナス1」
「えー、俺は褒めたつもりなのに、二人しておかしいよ」
「手を焼かせる子ってことね」
ノアとミヤのやり取りを見て、何となく察するループルF。
「急いで戻らないとね。首都ではもう、暴動が発生しちまってるらしいし」
「それは楽しそう」
「いや、楽しくないよ。それを抑えるための人員として、シモンさんを呼びに来たんだよ。そういうこと人前で言わないようにね……」
ミヤが言うと、ノアがまた朗らかに微笑み、ユーリは他の者達の目を意識しながら注意した。
「単純に戦力というだけではなく、拙僧の王族としての血も、彼等を抑える材料になりましょう」
「しかし革命を起こしたとあれば、向こうは王族を擁立しているだろうから、一筋縄ではいかないよ」
シモンがうそぶくと、ミヤが釘を刺す。
「王族を擁立?」
「K&Mアゲインの本懐は、王政と魔術師の復権だからね。賛同している王族を立てなくちゃ、大義名分にならないってわけさ」
訝るユーリに、ミヤが解説した。
「師匠、御言葉ですが、皆消耗してます。急いで戻らなくちゃならない状況なのはわかりますけど、ちゃんと休息をとって、万全を期して戻った方がいいと思いますよ」
「確かにそうだね。今夜は一泊ゆっくり休んで、明日の朝に飛空艇に乗るよ」
ユーリが進言し、ミヤは聞き入れた。
「で、寝ている間にソッスカー壊滅してて、戻ったら町の建物全部焼けてて、黒焦げ死体ごろごろとかだったら面白いよね」
「面白くないよ……。何でそれが面白いのさ……」
口にした光景を頭の中で思い描いてにやにや笑うノアに、ユーリが呆れる。
全員で移動を開始する。ミヤがバスケットに入ろうとする前に、メープルFがやってきた。
「ところで……ふと気になったんだけど、魔王の幹部の『八恐』にまつわる話って、アルレンティスとブラッシーしか伝わってないわね。残りの六人は名前くらいしか伝わってなくて、ほとんど逸話が無いのはどういうこと?」
「さてね。儂に聞くんじゃないよ」
メープルFの疑問に、ミヤはうるさそうに言って、バスケットの中へと入った。
***
一行は港町の宿に泊まった。
フェイスオン、ガリリネ、ヴォルフ、ロゼッタも港町まで連れて来られて、同じ部屋に入れられている。
「師匠に呪いをかけられ、監視のためのマーキングもされてしまった。もう私は師匠から逃れられないだろう。殺されなかっただけ御の字だけどね。しかし私の夢は潰えた」
三人の少年少女を前にして、フェイオンはすっかりしょげた顔で話す。
「私が不甲斐ないばかりに、皆も巻き込んでしまったね。ごめんよ。これからどうなるかもわからないし……不安だろう」
「僕には不安は無いよ、夢見る病める同志フェイスオンや、他の夢見る病める同志が一緒にいれば、怖いことなんて何も無い」
暗い面持ちのフェイスオンとは対照的に、ガリリネが朗らかな笑顔で言い切る。
「私は凶星の元に生まれた存在だ。また君達を危険に巻き込むと思うよ。覚悟は出来ているかい?」
「今更れすよ。夢見る病める同志フェイスオン、御言葉れすが、そういうのを偽善的って、メープルFにいつも怒られていたんじゃないれすか?」
「自分への言い訳のための気遣いだよね。夢見る病める同志フェイスオンの、そこは悪い所だ」
なおも不安げに伺うフェイスオンに、ロゼッタとガリリネが明るい声で言う。
「俺達は命を助けてもらったうえに」
「居場所も与えてもらった。家族にも見捨てられた俺達に……」
「俺達は共にいる」
「俺達は共にいたい」
『危険が付きまとったとしても、共にいたい』
ヴォルフの双頭が交互に喋った後、同時に同じ台詞を口にした。
「夢は潰えたと言ってたれすけど、やり方を変えればいいらけす。夢を諦めることはないのれす」
ロゼッタが眼鏡の奥で目をキラキラと輝かせながら言い、顔の前で拳を強く握りしめてみせる。
「こんな子供達に説教されまくるなんてね。私はつくづく駄目大人だ」
フェイスオンは虚空を見上げ、力なく笑った。
***
翌日の朝早く、一行は飛空艇で首都ソッスカーへと戻っていた。
ミヤは一人で、飛空艇のへりで外の景色を眺めている。大海原がただ延々と広がるというわけではなく、あちこちにある小さな群島が見受けられる。この辺は特に群島が多い。眼下の海を見渡すと、サンゴ礁が朝日を浴びて輝いている
「絶景ですな」
シモンがやってきて声をかける。
「師匠とこうして巡り合い、同じ時を過ごせた事、仏に感謝せねばなりませぬ」
「しょうもないおためごかしするんじゃないよ」
景色を眺めたまま、鼻を鳴らすミヤ。
「K&Mアゲインが王族を味方に取り入れているとして、どの辺の奴が賛同すると思う?」
「皆目見当がつきませぬ。拙僧は王族と縁を切り、何十年もの間誰とも接しておりませぬ故」
ミヤが意見を伺うと、シモンは禿げ頭を掌でこすりながら答えた。
「師匠、正直な所、お体の具合はどうなのです?」
真顔になって尋ねるシモン。
「よくないさ。でも……あの子達を一人前にするまでは、骨だけになっても頑張るつもりでいるよ。まあ……ユーリだけかと思ったら、最近弟子が増えちまったからね。しかもあの子ときたら、随分な捻くれ者で、頭が痛いったらありゃしない」
ノアを指している事は、シモンにもすぐにわかった。
「ユーリもユーリで難有りの性格だよ。最近はちっとは融通効くようにもなってきたし、暴走も抑えるようになってきた感もあるけどね。うん……多分」
そこまで喋った所で、ミヤはシモンの方を向いた。
「ブラッシーに色々と調達してもらって、大分落ち着いてはいるんだけどね。時間稼ぎに過ぎん」
「気は心と言いますぞ。大丈夫。師匠が強い決意をもって臨まれているのです。その分、命も長引きましょうぞ」
「ふん。今は仏の御心だろうと、縋れるもんなら縋りたい気分だよ」
シモンが覇気に満ちた声で鼓舞すると、ミヤは皮肉げに鼻を鳴らし、また船の外に広がる景色に顔を向けた。
14章はここまでです。




