14-4 八つ当たりされるペガサス
小屋に入る前にユーリが探知魔法をかけ、中の様子を探る。
「女の子が一人いますね。そして……本棚の下に、地下に降りる階段があります。本棚はスライドさせる事が出来るようです。地下室の中はわかりません。魔力に反発する術式がかけられています」
「探知魔法や転移魔法を封じるためか。怪しいのー。カカカ」
ユーリの報告を受け、シモンが顎髭をいじりながら笑う。
「問題は地下室に人がいるかどうかだね。まず普通に訪ねるんだ。小屋の中に入れたら、その本棚を警戒しておきな」
「承知っ」
「はいっ」
バスケットの中から出てきたミヤに命じられ、シモンとユーリが頷く。
小屋の扉をノックすると、大きな丸眼鏡をかけて、十代前半と思われる白衣姿の少女が出てくる。
「患者さん……には見えないのれすが、どちら様れす? 今日はここ、休診日れすよ?」
(患者さんに休診日。ここは病院なのか。確かにこの子も白衣姿だし)
少女の言葉を聞いて、ユーリは思う。
「拙僧はフェイスオンの師である。あ奴はおるか?」
ストレートに身分を明かすシモンに、ユーリはぎょっとしたが、ミヤはシモンの言動を予想していたようで無反応だった。
(そういえば先輩はこういう性格の人だった。僕とは違う意味で直球というか)
シモンが小細工無しに正面からぶつかるタイプであることを思い出すユーリ。
「ふえぇぇ? 先生のお師匠様? お医者さんではなくお坊さんなのれすか? 妙ちくりんな話れす」
「カッカッカッ、ちんちくりんなお主が拙僧を妙ちくりんと申すか。これは愉快。ちなみにフェイスオンも昔は教会にいたのだぞ」
「別に愉快でも何でもないだろうに。中年のダジャレは寒いわ」
笑うシモンに、ミヤが半眼になって吐き捨てる。
「カカカ、師匠は手厳しいのう。で、お主は何者か。フェイスオンの弟子か?」
「あたちは先生の助手れす。元患者れすが、先生の病を治してもらったお礼にと、助手になったのれす。いや、それだけじゃないれす。先生と一緒に、あたちのような苦しみの淵にいた病人を、一人でも多く救うためのお手伝いがちたいという、そういう気持ちもありまちたれす」
シモンに問われ、少女は愛想よく笑いながら答える。
「儂は魔法使いのミヤ。こっちは弟子のシモンとユーリだ。お前の名は?」
「ロゼッタれす。喋る猫ちゃん初めて見たのれす。感激れす。しかも魔法使いとか凄いれす」
ミヤを見下ろして言った後、ロゼッタはユーリに目を向けた。
「うわあ、そっちの貴方、髪の毛綺麗れすねえ」
「そ、そう……?」
ロゼッタが目を輝かして褒めると、ユーリは気恥ずかしそうに視線を逸らす。
「はん。女みたいに伸ばして、鬱陶しいだけだよ。シモンみたいに丸坊主にしちまえばいいのさ」
「カカッ、それはいいのーっ。よっしゃ、ここは一つ、拙僧が刈ってしんぜようぞ」
「冗談じゃないですよ……。師匠、先輩……」
丸坊主になった自分を想像して青ざめるユーリ。
「先生は出かけていますのれ、どうぞ中でお待ちくださいれす」
ロゼッタに促され、三人が小屋の中に入ろうとしたが――
(師匠、先輩。助けて。昔の知り合いが襲いかかってきて、負けちゃった)
ミヤとユーリ精神に、ノアからの念話が入る。
(師匠、ノアから念話が来ました)
(ああ、こっちにも来たよ。何やってるんだろうね、あの子は)
目配せしながら念話するユーリとノア。
「シモン、すまんがここはお前一人に任せてもいいかい? ノアがトラブルに巻き込まれて助けを呼んでいる」
「問題ありませぬ。もとより一人で解決する腹積もりでしたが故」
ミヤがシモンを見上げて言うと、シモンは鼻毛を抜きながら答えた。
「シモン、ポイントマイナス6」
「な、何ですか突然っ」
急にマイナスを食らい、シモンは動揺気味の声を発する。
「師匠の前で鼻毛を抜きながら話す奴がいるかい。この無礼者が」
「し、失礼。ついうっかり……一人でいることが多くて気が抜けておりました。しかし鼻毛を抜いただけで、そのマイナス量は堪えますな」
「妥当だよ。それじゃあ任せたよ」
落ち込むシモンにすげなく告げると、ミヤはユーリと共に飛び去った。
「ロゼッタちゃんや、ここに患者はよく訪れるのかね?」
小屋の中に入って椅子に座ったシモンが、お茶の準備をするロゼッタに尋ねる。
「よくってほどでもないのれす。近場に村があって、そこの人が来るのれす。れも、診療日は修に二日程度で、先生は往診で遠出することが多いのれす」」
「もっと村の近くに居を構えればよいのにのー」
「あたちもそう思うのれすが、先生は人里離れた場所にひっそりと暮らしたい人なのれす」
その後二人は他愛無い会話をして、時間を潰した。
***
それは二年前の話。
ノアはマミに連れられて、ア・ハイ群島の各地を転々とする生活を送っている。
「キーッ! 飛空艇が事故で出航遅れ!? ノア! 貴女のせいよ! 貴女のトイレが長いから、前の便を逃して、そのおかげでこんな目にあったのよ! 謝りなさい! 自分がノロマなせいでお母さんを巻き添えにして待ちぼうけにしてすまんこって、今すぐ土下座して謝りなさい!」
ヒステリーを起こして喚くマミを見て、ノアは言う通りにした。
(目的地はすぐ隣の島なんだから、魔法で転移も出来るだろうに……)
土下座しながらそう思うノアであったが。口にしたら殴られそうなので黙っておく。
「マミ、私のペガサスを貸そうか?」
港に見送りにきたフェイスオンが申し出る。彼の頭部にはいつも怒っている女の顔がくっついているのだが、今は帽子に隠れて見えない。
「あら、いいのよ、フェイスオン。でも貴方と一緒にペガサスに乗っていくのも悪くないわね」
でれでれとだらしない笑みを広げるマミを見て、ノアは呆れる。マミがフェイスオンに気があるのは明白だ。本気で惚れているというよりは、フェイスオンが容姿端麗なので発情しているだけだろうと見る。
「あ、いや……私は……」
「ああん? あんたみたいな馬鹿ヒス女と同じ馬に乗るなんてお断りよ。怖気が走るわ」
フェイスオンが困り顔になったその時、刺々しい女の声が発せられた。帽子の中にいるメープルFだ。
「何ですって……」
マミも怒りに顔を歪め、険悪な声を発する。
と、そこに、ロゼッテ、ガリリネ、ヴォルフの三名がやってくる。
「先生~、まだれすか~。早く早く~」
「早くピクニック行こうよ」
ロゼッタとガリリネが無邪気な笑顔で、フェイスオンに向かって手を振る。フェイスオンも爽やかな笑みを浮かべて手を振り返す。マミは舌打ちし、ノアも不機嫌そうな顔になる。
「まさかそっちの二人も連れて行くの?」
ガリリネが、マミとノアを見て、嫌そうな声を発する。
「ノアは悪態ばかりつくし」「馬鹿女はすぐヒス起こしてキーキー叫ぶし」
『そいつらはパス』
ヴォルフが二つの口を同時に動かし、はっきりと拒む。
マミは憤怒の形相になってぷるぷると震え、ノアもヴォルフを睨みつける。
「夢見る病める同志フェイスオン、その人達とは付き合いを考えた方がいいよ」
「夢見る病める同志ガリリネに同意」「親子そろってろくでなしだもんな」
「こらヴォルフ、ガリリネ、そんなこと言ったら駄目だよ。もうこの前みたいに喧嘩しないでね」
フェイスオンが穏やかな口調で、二人をなだめる。
「すまないね。同行したいのはやまやまだけど、この子達と先約があってね」
「全然構わないわ。ペガサスはありがたくお借りするわね」
マミがにっこりと笑うが、震えは収まっていないし、こめかみには青筋が浮いてひくついている。
フェイスオン達四人がいなくなった所で、マミは血走った眼を大きく見開き、こめかみや首や手の甲には血管をくっきりと浮き上がらせ、口を大きく歪めて歯を剥きだしにする。
「ウッキーッ!」
「ヒヒーン!」
マミが奇声をあげて、ペガサスの腹に手刀を突き刺した。ペガサスが悲鳴のようないななきをあげて、血を撒き散らしながら飛んで逃げていく。
「母さん、何やってんの。落ち着いて」
ノアがマミをなだめつつ、逃げたペガサスを魔法で転移させて呼び戻し、眠らせ、傷も癒す。
「あの人のせいよっ! あの人がさっさと私の腰が抜けるくらい激しくぶち込んでくれないから、私が手本を示してペガサスにぶち込んであげたのよ! キーッ!」
「母さん、興奮しすぎて意味不明なこと口走ってるよ。落ち着いて」
「ノア、あの餓鬼共、フェイスオンに気付かれないように、こっそり殺してきなさい。あとメープルFもこっそり殺してきなさい」
「嫌だよ。絶対無理だよ」
大きな溜息と共に拒むノアに、マミは思いっきりビンタを食らわせる。
「やりもしないで! 無理とか決めてんじゃ! ないわよォーッ! だから! 貴女は! いつまで経っても! 駄目な子なのよ! ええっ! キーッ!」
マミが悪鬼の形相で叫びながら、往復でノアの頬を容赦なくひっぱたき続ける。
「この前だってやって無理だったろ。喧嘩って事にしたけど」
先日もマミから邪魔なガリリネ達を殺せと言われて、ガリリネ達に襲いかかったノアであったが、失敗した。上手く喧嘩ということにして誤魔化したが、元々ガリネネ達からの心証が悪かったノアは、それによって決定的に彼等に嫌われた。
「ふー……わかったわ……。今度は私も一緒に行くから」
そんなわけで、二人で襲撃しに行った。
その後、マミとノアの襲撃は大失敗に終わり、二人が殺意を抱いてガリリネ達を襲った事はフェイスオンにも知られ、二人まとめて敵視される事となった。
***
「というわけなんだ。俺は別に君達が憎くて敵対したわけじゃない。母さんに言われて嫌々仕方なくだよ」
ガリリネ、ヴォルフ、フェイスオンによって連行されながら、ノアは二年前に襲いかかった理由を全て話した。フェイスオンに魔法の縄で拘束され、ノアの魔法は封じられた状態である。
「それで? 事情があったから水に流せってことかな? まさかだよね。今回は何の理由で襲ってきたの?」
「襲ってきたのはそっちだろ? いや、双方合意のうえで喧嘩したよね」
ガリリネが冷たい口調で言うと、ノアは悪戯っぽく笑いながら言い返す。
「まあ、腕試し。あれから俺、結構強くなったつもりでいたし、どれくらい腕を上げたか試したかった。それに、君等のことも懐かしくて、遊びたかった。つまり今回は望んで手を出した」
あっけらかんと話すノアに、ガリリネもヴォルフも毒気が抜かれてしまった。
「確かに以前のノアと違うな」
「前のような暗さを感じないぜ」
ヴォルフの二つの頭が順番に口を開く。
「ところで、実験て何するの?」
「うん、今考えている所だよ。やりたいことは色々あるんだけどね」
尋ねるノアに、フェイスオンが言ったその時、二つの魔力の接近を感じて、空を見上げる。
ノアも気付いて上を向くと、木々の葉の間から降りてくる、ユーリとミヤの姿が見えた。
(先輩、師匠、思ったより早かった)
ほくそ笑むノア。
「おおおっ、猫の魔法使いだっ」
地面に降り立ったミヤを見て、ガリリネが感激の声をあげる。
「大魔法使いミヤだな。ノア、もしかしてあの人に弟子入りしたのか?」
「人じゃなくて猫だろ」
ヴォルフの右の頭が尋ねると、左の頭が突っ込んだ。
「喋れるなら人扱いだろ」
「まあそうだが」
ヴォルフの双頭が互いに喋り合う。
「夢見る病める同志フェイスオンはこのにゃんこと知り合い?」
「いいや、初見だよ。私の師匠の師匠にあたる。ア・ハイ群島で最高の魔法使いとの話だ」
ガリリネの問いに、フェイスオンが答えた。
「異形……って言ったら失礼かな。何だか独特ですねえ。師匠? どうしました?」
三人の姿を見やり、ユーリが伺う。
ミヤは答えなかった。ミヤの意識は、一点に向けられていた。フェイスオンの頭部に張りついた怖い女性の顔に。
「メープルF……何でここにいるんだい?」
「ふん……何でかしらねえ」
ミヤが低い声で問うと、フェイスオンの頭の上の顔――メープルFはせせら笑う。
「化け物扱いは慣れてる」
「どいつもこいつも失礼だが、失礼と感じる分マシだ」
『これでも人間だとは言っておく』
「いつも言っている」「いつもこの受け答えだ」
ヴォルフがユーリの台詞に反応し、交互に喋る。
「別に化け物扱いしたわけじゃないよ。ごめんね」
謝罪するユーリ。
(シモンに連絡しとくか。念話でアクセスできるように言っておいたし、通じるだろ)
そう思い、ミヤはこっそり念話でシモンに、フェイスオンと遭遇したことを伝える。
「メープル一族のことも知っていたんだね。流石は大魔法使いミヤと言えばいいのかな」
フェイスオンがミヤを見て、優しい微笑をたたえて言った。




