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14-1 死体にたかる蛆虫や禿鷹みたいな商売

 ユーリ、ミヤ、ノアはホンマーヤ地方に向かうため、港へと降り、午後最終便の飛空艇に乗った。

 ホンマーヤ地方はア・ハイ群島の中でもかなりの僻地だが、ユーリは昔ミヤに連れられて行った事がある。その時はただの旅行だった。


「最近ホンマーヤは魔物が増えているって」

「凶暴化しているとも聞くよ。白騎士団の出動率も上がってるってさ」


 同じ飛空艇に乗った乗客達の噂話が、ユーリの耳に届いた。


「着くのは夕方か夜になる?」


 ノアが尋ねる。


「そうなるね。着いたら宿場町で泊まれそうな宿をすぐ探すよ。午前にあった会議が長引かなければ、こんなにせわしない旅にならなかったろうに」


 ミヤが船べりに乗って、後ろ脚で首を掻きながら言った。


「魔法使いが三人も……」

「あれは大魔法使いミヤ様だ」


 一部の乗客達がミヤ一向を見て囁き合っている。


「飛空艇、半年振りですねえ。仕事でしたけど」


 ミヤの隣で、船べりに寄りかかったユーリが言った。


「人喰い絵本の発生で田舎まで行くの?」

「たまに田舎で人手不足の時とかね。あと<たまにだけど、魔物討伐で遠征した事もあったっけ」


 ノアの質問に、ユーリが答える。


「昔は仕事じゃなくて、よく旅行に連れていってもらいましたよねえ」

「ああ……そうだったね」


 ユーリが懐かしそうに口にした台詞を聞き、ミヤはキャットフェイスを曇らせ、沈んだ声を漏らした。


「楽しかったー……って、どうして師匠そんな顔してるんです?」

「いや、もう三年も旅行に連れていってやってないからさ。最後に行ったのはお前が十二の頃だろう。その後は遠出するとしても、仕事ばかりだ。儂の体が悪くなったばかりに……」

「そんなこと言わないで下さいよ。師匠。五歳の頃に、僕を引き取ってくれてから、師匠はア・ハイのあちこちの観光名所に連れていってくれたし、僕はとっても楽しかったですよ」


 申し訳なさそうに言うミヤに、ユーリはにっこりと朗らかに笑ってみせる。

 ユーリのこの笑顔を、ミヤは何度も見てきた。この笑顔を見る度に、魂が癒されるかのような感覚を覚えていた。自分の中に積もり積もったあらゆる穢れが浄化されるような錯覚すら覚えた。


「まだお前は半人前だし子供だから、もっと楽しませてやりたかったんだよ」

「あははは、今日はやけに優しいですね。師匠。船旅で昔を思い出したからですか?」

「ふふっ、からかいおって。それ以上言うとポイント引くよ」


 笑い声をあげるユーリに、ミヤもつられて笑う。


「師匠と先輩だけでいちゃいちゃして俺は蚊帳の外。つまらない」


 一方、すぐ隣にいたノアはぶーたれていた。


「あ、ごめんノア」

「すまんこって言おう」


 謝るユーリに、訂正を求めるノア。


(母親を失ったお前に……少しでもいい思い出を多く作ってあげたくてね、それであちこち連れ回してやっていたのさ。お前のお母さんも、天国で安心してくれるようにってね)


 届かぬ声で本心を告げつつ、ミヤはユーリを見て、それからノアを見た。


(ノアもユーリと同じように、あちこち遊びに連れていって、良い思い出を作ってあげたいね。仕事で遠出しても観光なんて気分にはなれやしないし)


 ノアを見て思うミヤであったが、ノアは気付いていない。飛空艇の外の風景を見ていた。


「シモン先輩と会うのも久しぶりですね」


 ユーリが話題を変える。


「先輩の先輩か。どんな人なんだろうね」

「頼もしくて優しくて、とってもいい人だよ。ノアにとっても先輩だからね」

「ふん。ろくでなしの変人だよ。おかげで儂等はこうして御足労ってなわけさ」


 ミヤ達三人がホンマーヤ地方に向かう目的は、ある人物を探して、ソッスカーに連れ戻すことが目的だった。その人物の名はシモン・ア・ハイ。ミヤの弟子であり、ア・ハイ群島で名の知られている七人の魔法使いの一人であり、王族でもある。


「いくぞーっ! うんこーびーむ!」

「こらこら、飛空艇の中で走っちゃ駄目だろー」


 小さな男の子が奇声をあげて走り回り、父親が追い掛け回す。


「うるさい餓鬼だ。師匠、あの餓鬼、殴って黙らせてきていい? ついでに餓鬼の管理もろくに出来ない馬鹿親を、餓鬼の前で飛空艇の外に放り捨てていい?」

「いいわけないだろ。馬鹿なことぬかしてんじゃないよ。マイナス1」


 不機嫌顔で許可を取ろうとするノアに、ミヤはもっと不機嫌になって叱る。


「そう言えば僕は父さんの思い出は無いな。物心ついた時から母さんと一緒だったし」


 ユーリが呟き、ノアの方を見る。


「ノアのお父さんは?」

「知らないよ。きっと行きずりの男か男娼だ」


 不機嫌どころではない、暗い怒りの炎を灯して、ノアは吐き捨てた。


「父親の話はしないで。母さんは年中発情している雌犬みたいな女だった。俺がエニャルギー精製して稼いだ金で、男娼買いまくってさ」

「そ、そっか……ごめん」


 ノアの話を聞き、ユーリが謝罪する。


「すまんこって言おう。俺は絶対一生処女でいるからね。母さんみたいに穢れたくないんだ。そもそも男と裸で抱き合うとか、その時点で気持ち悪い。不潔すぎる。男って汚いだろ。髭とかすね毛とか生えてるしさ」

「そ、そっか……」


 ノアの主張を聞き、ユーリは複雑な気分になる。


「先輩はもうすね毛とか腋毛、生えてる? 魔法で永久脱毛しておいてね。別に先輩と性交するわけじゃないけど、すね毛が生えてる男なんて、側にいるだけで嫌だから。そもそも先輩のなよなよした女顔で、すね毛ぼーぼーだったりしたら、悪い意味でのギャップで、キモさ百倍だからね」

「まだどっちも生えてないけど、そんなこと言われても……」


 ノアの要求を聞き、ユーリは困り顔になる。


 やがて飛空艇はホンマーヤの港に着く。すでに陽は落ちかけていた。


「ホンマーヤは久しぶりに来るな」


 ノアが夕日に染まった港を見渡して呟いた。


「ふうん、ノアもここに来たことがあるのかい」

「俺は母さんと一緒に、ア・ハイ群島のあちこちを転々としていたからね」


 ミヤの方を向いて言うノア。


(そしてホンマーヤと言えば……あいつらだ。どうしてるかな? ちょっかい出しに行ってみようかな)


 かつてホンマーヤで関わった者達のことを思い出し、ノアはにやにや笑っていた。


***


 その少年は人里から離れた山の中で暮らしていた。

 その少年が人里から離れた山の中で暮らす理由は、一目見れば明白だ。顔が半分無い。顔の欠けた部分には、黒い輪のようなものが埋め込まれている。あるいは輪が生えているといえばよいのか。

 顔だけではない。服の下のわからない部分も含めて、身体のあちこちが顔同様に欠損し、代わりに黒い輪が埋まっていた。


 その少年の名はガリリネ。食料や雑貨品を仕入れ、山中の獣道を歩き、山の岩肌にぽっかりと開いた洞窟の中とへ入って行く。


「夢見る病める同志ヴォルフ、ただいま。体調はどう?」


 洞窟の中に入り、明かりをつけて、ガリリネは声をかける。


「夢見る病める同志ガリリネ、おかえり」「俺は元気だ。夢見る病める同志」


 同じ声が二人分、それぞれ違う言葉を発して同時に響いた。


 洞窟の中は住居になっていた。家具があり、寝具がある。ベッドの上には、狼の頭を持つ男がいた。しかも二つの狼の頭が首の上にある。

 双頭の狼男の名はヴォルフ。黒い輪の少年ガリリネと共に、この洞窟で暮らしている。


「夢見る病める同志ロゼッタは元気か?」

「夢見る病める同志フェイスオンの所で働いているのか?」


 双頭の狼の口が、同じ声で異なる言葉を順番に紡ぐ。


「あの子はいつも元気に働いているよ。それより、山道で懐かしい顔を見たよ。ノアがいたんだ。魔法使いの格好をしていたね」

『奴が来たか』


 二つの狼の口が全く同時に同じ言葉を発する。


「マミも一緒か?」「二人は魔法使いだが、魔法使いの服装はしていなかった」


 片方の狼頭が尋ね、もう片方はかつてのノアとマミの姿を口にする。


「マミの姿は無かったよ。同じように魔法使いの姿をした男の子と猫がいた。魔法使いの猫は、大魔法使いミヤなんじゃないかな?」

『なるほど」


 ガリリネの言葉に納得するヴォルフ。ア・ハイで猫の魔法使いと言えばミヤである。


「どうする? 夢見る病める同志ガリリネ」「夢見る病める同志ガリリネ、仕掛けてみるか?」


 ヴォルフの二つの口が、それぞれ異なる質問を口にする。


「行こう」


 にやりと笑い、ガリリネは決定した。


***


 ミヤ、ユーリ、ノアはホンマーヤの港町で一泊を明かした後、高い樹木が立ち並ぶ合間にある、細い山道をひたすら歩いていた。

 魔法で飛んでいくことを提案したノアだったが、ミヤは一蹴した。歩くことも肉体の鍛錬の一つだと言って。しかしミヤ自身は体調が思わしくないので、バスケットの中に入り、ユーリに運ばれている。


(あいつらと会った場所に近い。夢見る病める同志だのと呼び合っている変な子達)


 ノアが周囲を見渡しながら思う。


 やがて三人は、開けた場所に出た。森の中に、奇妙なデザインの建物が建っていた。ア・ハイの文化には無い建造物だ。おそらくは東洋の建物だと思われる。


「この施設は?」

「仏を祀る寺――お堂だよ」


 疑問を口にするユーリに、バスケットの蓋を開けて、顔だけ出したミヤが教えた。


「仏って確か、教会の神様とは異なる、東の神様? ブッキョーとかいう宗教」

「神様とはまた異なるが……まあそんなようなものさ。宗教上の崇められる存在さね。ア・ハイでもこうして僻地のごくごく一部にいるみたいでね。もちろんア・ハイでは非公認宗教になってるが」


 ノアの問いに答えるミヤ。


「般若波羅蜜多呪即説呪曰羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶」


 お堂の中に入ると、奇妙な黒衣を着た大柄な男が座し、木の塊のようなものを棒で叩き続けながら、呪文のような言葉を口にしていた。


「ぎゃーてーぎゃてー腹ぎゃ痛え?」

「これ、やめいノア」


 ふざけるノアをミヤが注意する。


「おお……これはこれはっ、師匠っ」


 男が振り返り、胴間声を発して立ち上がる。身長2メートルを優に超え、ゆったりとした服の上からでも体の厚みがわかり、腕も太く肩幅も広い、褐色の肌の南方人の巨漢だった。年齢的には中年にあたり、頭髪は一切無いが、口髭と顎髭は真っ白だ。


「久しいね。シモン。念話を嫌うせいで、用があってもこうして直に来なくちゃならない。大した師匠孝行だよ。マイナス6」

「カカカ。申し訳ありませぬ。どうしても念話には抵抗がありましてな」


 ミヤが皮肉たっぷりにぼやくと、シモンは悪びれずに笑ってみせる。


「見慣れない服装」

「あれはブッキョーの僧衣だよ」


 訝るノアにユーリが教える。


「シモン先輩、お久しぶりです」


 ユーリがシモンを見上げて微笑みながら挨拶する。ユーリとシモンは面識がある。何度も会っている。


「やあやあユーリよ、大きくなったなあ。うむうむ、背だけではなく、内在する魔力も大きくなっているのがわかるぞ。そのうえ人喰い絵本で実戦をこなしていると見える。しっかりと修行を積んでいるのだな。結構結構」


 シモンも笑顔で大きな手を伸ばし、ユーリの頭を撫でる。


(手、大きい。先輩の頭蓋骨握り潰せそう。腕も俺の脚より太い)


 シモンの手と腕を見て、ノアが思う。


「ふん、ユーリだって儂の弟子だよ。当たり前だろ、そんなこと」


 鼻を鳴らすミヤ。


 シモンの視線がノアに向けられる。


「こちらの弟弟子とは初めましてだな。よろしくのう」

「あまりよろしくしたくないな」


 愛想のいい笑顔を近づけるシモンに、ノアは不快を露わにして身を引いた。シモンの体臭が結構キツかったのだ。


「む? どうしてじゃ?」

「僧侶は嫌い。人を騙して、死体にたかる蛆虫や禿鷹みたいな商売して稼いでいる、どうしょうもない奴等だ。それならまだシリアルキラーの方がマシ」

「カッカッカッ! 師匠っ、この弟弟子はどえらく口が悪いでありますなっ」


 ノアの遠慮ない物言いを聞いて、シモンは豪快に笑う。


「儂もこの子の性格矯正には難儀しておるよ。今までの弟の中子で二番目に厄介だね」

「ひどいよ師匠。俺ってそんなに悪い子なの? 傷つくなあ」


 憮然とした口調で言い切るミヤに、トホホ顔になって肩を落とすノア。


「カカカッ。ちなみに一番厄介な弟子は誰だったかと聞いてもよろしいですか?」

「聞くまでもなくわかってるだろ。お前だよ」

「カッカッカッ、でしょうなあ」


 ミヤの答えを聞いて、シモンが笑う。


 それからミヤはK&Mアゲインの話をして、シモンにも対処するよう命じた。


「魔法使いというだけでなく、王家の血も引くお前なら、この騒動の収束にはうってつけの人材だろう」

「確かにそうですがね。こちらが抱えている魔物討伐の仕事を片付けてからにできませぬかのー。あれは捨てておけんので」


 つるつるの頭を掻きながら、シモンは微妙な表情で言う。


「こっちも時間が惜しいんだがね。儂等がここでもたもたしているうちに、K&Mアゲインの奴等が何をしでかすかわからないんだよ。儂等も魔物討伐とやらを手伝うから、済んだらさっさとソッスカーに来な」

「む……わ、わかりました」


 ミヤの申し出に、シモンはますます微妙な表情になった。目が泳いでいる。そんなわかりやすいシモンの表情の変化を見て、ミヤは目を細める。


「そう言えば結婚式で魔物に殺されたっていう、ほっこりする事件があったよね」

「だから全然ほっこりしないから……」


 ノアがにっこりと笑って言うと、ユーリが呆れ顏で突っ込んだ。

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