表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/302

12-5 超越者達の会談

 嬲り神の指摘を聞いて、ユーリは血が凍り付くような、同時に沸騰するような、そんな感触を覚えた。


「人の心の中まで勝手に覗いているの? 覗かれたくない領域にも踏み込むの?」

「いいだろぉ~? 神様なんだからよ。ま、心の中覗いているわけじゃねーから安心しろ。へっへっへっ。逆だぜ。お前が心の中を伝えているんだよ」

「僕が?」

「祈る時に感情が噴き出している。俺にはそいつが見えちまう。祈っている時に、怒りも放たれているってわけだ」


 おかしくて仕方ないといった感じのいやらしい笑みを浮かべる嬲り神に、ユーリは羞恥と怒りを同時に覚える。


「あ……」


 ユーリの怒りが覚める。


(反応あった)


 振り返るユーリ。何も見えない。


「お~い、余所見していると危ないぜ」


 嬲り神が言った直後、ユーリめがけて光球が飛んできた。


「これっ、何を余所見しておったかっ」


 ハンチェンに弓を射かけたソウヤが叫ぶ。ソウヤやハンチェンには、嬲り神が見えていない。


(信号を捉えてもらったから、嬉しくて油断しちゃった)


 光球を防ぎながら、ユーリはほくそ笑む。


「おおう、今度はこっちか。上手い具合に交互に来てくれるものよっ」


 ハンチェンに追い回され、笑いながら逃げるソウヤ。


「おや?」


 ハンチェンの上空の空間に歪みが生じたのを見て、嬲り神が目を細めた。


 空間の歪みから何かが勢いよく飛び出し、猛スピードで彗星の如く斜めに落下していった。

 落下した何かが、ハンチェンの頭部を打ち付けたように、ユーリ達の目には見えた。ハンチェンは頭部から血を撒き散らして、大きく体を傾けたが、すぐに復元する。


「何よこの化け物ーっ。仕留めたと思ったのにあっという間に治っちゃってさーっ」


 不満げな声が辺りに響く。空からハンチェンを攻撃したのはイリスだった。


 そのイリスめがけてハンチェンが攻撃しようとした所に、ユーリがまた光の網をかける。今度は燃やしたりはしない。ただの一時凌ぎの拘束のためだけだ。


 藻掻くハンチェンの前方の空間が歪み、空間の門から、ミヤ、ノア、アベルが現れた。


「ふん。少し腕をあげたんじゃないか?」


 ミヤがユーリを見上げて称える。ユーリの戦闘を称えたのではない。ユーリはハンチェンと戦う一方で、断続的かつ広範囲に、魔法で信号を出していた。

 例え嬲り神によって、探知や信号の発信を妨害されていても、ある程度接近すれば魔力の効果も強まり、嬲り神の妨害よりも強まる。ミヤ達が探知してこの場に来られるようにだ。ミヤはその信号を捉えて、この場にやってきた。ユーリがその信号を放った範囲の広さに対して、ミヤは称賛したのだ。


「大きいね。バワーもかなり」


 光の網を引きちぎるハンチェンを見たノアが呟き、魔法を用いる。


 網の拘束を解いたハンチェンの体が、何かに押し潰されるようにして、前のめりに倒れた。ノアが不可視の重力弾を放ち、ハンチェンの上空から降らせたのだ。


「潰れたカエルにしてやるつもりだったのに、潰れない。頑丈だな」

「そうなんだよね」


 ノアの言葉を聞いてユーリが苦笑し、魔力の槍を大量に生み出し、倒れたハンチェンの上空から次々と降り注いだ。


 全身串刺しの穴だらけになったハンチェンだが、その穴があっさりと塞がる。


「削りきれないな。本当タフだ……」


 ユーリが呻く。完全な不死身など有り得ないし、いつか底は尽くであろうが、その底が見えない。


「ふん。どいてな」


 ミヤが鼻を鳴らして魔法を発動させる。


 岩盤で覆われた大地に、巨大な肉球マークがついた。その中心には潰れたハンチェンがいる。ミヤの放った大サイズの念動力猫パンチだ。


「凄い。復元もしない……。俺がやりたかった潰れたカエルになってる。この違いは何?」


 大地に刻まれた巨大肉球マークの中心で、潰れてぺらぺらになったままのハンチェンを見て、感心しつつ疑問を覚えるノア。再生する気配は全く無い。


「こいつの力を放出霧散させたのさ。正確に言えば、こいつの力ごと完全に潰してやったのさ。風船を破裂させて、中の空気を全て外に飛び散らせてやったようなもんだよ。力がそういう風に流れる意識でもって、攻撃している。外に飛び散った力は、もうそいつの力とは言えない。闇雲に攻撃するんじゃないよ。敵の性質に合わせて魔力を想像力で瞬時にコントロールできるのが、魔法使いの強みなんだよ。魔術師には出来ない芸当さ。あんたらの戦い方は、魔術師のそれと大差無いよ。ポイントマイナス4」


 念動力猫パンチ一発で仕留めたミヤが、得意ぶるでもなく、淡々と解説した。


「それを先に教えてくれない師匠が悪い。ということで、師匠はマイナス256」

「お前って奴は……師匠からポイント引くとは、不遜にも程があるわっ!」

「痛い痛い痛いっ。師匠、すまんこ」


 ミヤが怒り、ノアの頭に飛び乗って猫パンチを高速連打する。


「よっ、御見事だったな~。ミヤちゃんよぉ。うへへへ」


 そこに嬲り神がやってきて、ミヤを見てへらへらと笑う


「全員、向こうに行ってな」


 地面に降りたミヤが、有無を言わせぬ口調で命じた。その視線の先には嬲り神がいる。


「嬲り神、二人で話したいことがある」


 ミヤの台詞を受け、嬲り神は一瞬不審な表情になってから、またいつものへらつき顔になる。


「へっへっへっ~? 弟子にも聞かせたくない話をするのか? そいつは面白いな。俺がこっそりお前の弟子に教えちゃうかもだぜ?」

「手短に済ませたいが、あんたが乗り気じゃないなら構わないよ」

「ふん、俺だって好奇心という名の特大の魔物には勝てないんだ。世界を滅ぼすほどの力を持った化け猫でさえ、好奇心は殺しちまうんじゃないか?」


 嬲り神の台詞を受け、ミヤは一瞬強烈な怒気を放ったが、すぐに鎮める。


(師匠……何だったの今の?)

(婆、凄く怒ってた……)


 怒気と共に全身の毛が逆立っていたミヤを見て、ユーリとノアは慄く。イリスとアベルも驚いていた。


 ユーリ達が距離を取る。


 二人になった所で、ミヤは魔法で自分と嬲り神の姿を見えないように隠す。


「単刀直入に訊くよ。お前、ユーリを第二の魔王にする気かい?」


 ノア達がこっそり魔法で聞き耳立てていないかも確認して、ミヤが切り出した。


「第二ってのは正しい表現じゃねーな。お前等の世界で伝わるあの魔王が、最初の魔王じゃねーんだよ。俺が知る限り魔王は二人いるし、その前にもいるかもしれねえ。最低でも次は三人目の魔王。あるいは四人目なのか五人目なのかもな」


 嬲り神が口にしたその話は、ミヤも知らなかったことだった。


「ユーリが魔王か……。ま、確かにあいつにはその素質があるとも言えるな。ミヤ、お前と同じようになっちまう可能性も、無きにしも非ず……か。つかよ、お前、そんなこと恐れていたのかァ……。まあ……俺のこのリアクションで答えは言っちまったようなもんだなあ。考えてもいなかったぜ」

「そうかい。話はそれだけだ」


 ミヤがあっさりと話を締めくくらんとする。


「しかしよお……。もう『坩堝』はいい時期に来てるんだぜ? へへへへへ、そろそろ次の魔王が現れても不思議じゃねえ。『坩堝』に溜まっているんだ。受け継ぐ者――引き出す者が現れるいい頃合いではある。ユーリには明らかに素質があるが、魔王にしたくなけりゃ、お前がユーリを善導してやればいいだけのことさ。それともそんな時間も残されてねーのか?」

「プラス3だ」


 唐突にプラスをつけるミヤ。嬲り神はその意味を理解している。


「おやおや、もうちょっとサービスしてくれよ。あはははは」

(ったく、こいつは相変わらず、不意打ちで正論ぬかしてくるね……)


 笑う嬲り神を見て、ミヤは憮然とする。


「俺からも訊きたいことがある。ちょっとした好奇心なんだが、もしかしたらこれ、世界を滅ぼそうとした化け猫でも殺せる好奇心かもな~?」

「それを次に言ったら、あんたを絶対に滅ぼしてやる。これは脅しじゃない。親切な警告だと思いな」


 ミヤが再び怒気を放つが、今度は毛を逆立てはしなかった。


「勇者ロジオって何者だ? 俺もそっちの世界に関して、ちったあ知識があるんだぜ~。しかし得られる知識は断片的だ」

「それは知識というより情報ですね。私もその話には興味があります」


 突然、別の声がした。穏やかで柔和な女性の声。

 空間の門が現れ、中から宝石百足が姿を現す。


「話に参加してもよろしいですか? お二人」

「どーぞどーぞ」

「構わないよ。むしろ丁度いいじゃないか」


 嬲り神とミヤの両者が、皮肉めいた声をあげる。


「魔王と刺し違えた勇者の伝説。魔王は死んでも、世界は魔王の残した災厄に蝕まれ続けてるってのに、それでも勇者として称えられ、語り継がれている――俺に言わせりゃ哀れで滑稽なピエロ。ま、その伝説が一部すんげえ大きな間違いであることは、今、俺の目の前で証明されちまっているが、その勇者様とやらはどっから出てきたんだ? 勇者が現れ、魔王と戦い、刺し違えて、魔王は討伐された。そんな話しかない。それとも俺の調査不足か?」


 嬲り神がそこまでまくしたてた所で、一旦間を置き、ミヤの言葉を待つが、ミヤは何も語ろうとしない。


「私からもいいですか?」


 宝石百足が発言する。


「ロジオは魔王を討てる勇者としての適性がありながら、とても臆病者で、魔王と戦うことを拒んでいたという説もあります。そんなエピソードも含めて、勇者ロジオの存在は創作ではないかという説もありますね。しかし生ける伝説であり、魔王を直接知る者である、魔王の直属の配下『八恐』の、アルレンティスと吸血鬼ブラム・ブラッシーは、勇者ロジオは確かにいたと口にしています。八恐の言だけが証拠です。私も疑問でした。魔王と対等に戦える力がある存在とは――」

「はんっ、知らなくていいさ」


 宝石百足がそこまで話した所で、ミヤが話を遮った。


「だが一つだけ教えてやる。腐った耳をかっぽじってよく聞きな」


 それからミヤは、ロジオについて一つのことを告げた。シンプルに、そして抽象的に、ある一つのことを伝えた。


「なーるほど、何となくわかったわ。そういうことか~。今、ミヤがこうして目の前にいることを考えれば、それだけ言われれば想像もつくってもんだ~」


 嬲り神が口にした言葉に、ミヤは苛立ちを覚える。


「じゃあな。話はそんだけだ」

「突然話に割り込み、失礼いたしました。御自愛ください」


 嬲り神と宝石百足が姿を消す。


(謎が一つ増えちまったね。あいつらどうやって、こっちの世界の情報を得ている? 何かしらの方法で行き来できるってのかい? あるいは……誰かの精神に干渉して……)


 ふと、ユーリが宝石百足になったことを思い出すミヤ。


(しまった……宝石百足にユーリの件を訊きそびれちまったよ。はあ……物忘れが酷くなったもんだ)


 ミヤが渋い顔になって、後ろ脚で頭を掻く。


(まあいい。今は保留しておくよ。だが……お前達を放ってはおかない。近いうちに必ず、三百年越しの因縁のケリをつけてやる)


 嬲り神と宝石百足のいた場所を見やり、ミヤは決意する。


「ふんっ、それまでは死ねないね」


 声に出して呟いた直後、ミヤは人喰い絵本の中から排出された。


***


 ミヤに言われ、ユーリ、ノア、イリス、アベルの四名は移動した。


「師匠、あの汚物と何の話をするんだろ? あ、見えなくなった」


 ノアが歩きながら振り返ると、二人の姿が消えていた。魔法で姿を隠したのだ。


「おいおい、英雄殿。何でそんな方に行っているのか。この者達は? 加勢してくれたようだが」


 ソウヤがやってきて明るい表情で声をかける。


「以前別の部隊にいた時の知り合いです」


 適当に誤魔化すユーリ。


「コズロフ、お主のおかげで敵を退ける事が出来たようじゃ。妖怪変化したハンチェン将軍も討ち果たせたし、全くお主は大した奴じゃよ」


 自軍近くに戻ると、ソウヤがユーリを称賛してくる。


(確かにお前はすげーよ。ユーリ。ありがとうな。おかげでソウヤのおっさんも俺も生き延びる事が出来た)


 コズロフもユーリの意識の中で礼を述べる。


(それとユーリ、お前のこと見くびってすまなかった。お前は大した奴だった。また会いてえな。今度はこんな形じゃなくて、互いに見える形でよ。くれぐれも死なねーように気を付けな)

(うん、お互いに気を付けよう。それとコズロフ。敵兵士を殺すのは戦争だから当然だけど、罪の無い人からの略奪はやめてね)

(わかったよ。助けてもらったから、その礼も兼ねて約束してやる。そんで、今度会った時は、お前に引けを取らない、百戦錬磨の強者になってるからな)


 ユーリの頼みに、コズロフは笑顔で応じた。


***


 ハンチェンから逃れた俺とソウヤは、幸運なことに、遊牧民のキャンプに辿り着いた。

 俺とおっさんで、キャンプを襲う。略奪は戦場の御褒美だ。そこで思う存分にこれまでの鬱憤を晴らした。何人か逃げだしたようだが、それは仕方ない。こっちは二人しかいないからな。


 その後、自軍と合流したが、またあのハンチェン将軍が大部隊を率いて現れやがった。しつこいったらありゃしない。


 ハンチェンの部隊に歯が立たず、俺達は散り散りになって逃げる。

 逃げている際に、ソウヤのおっさんが殺されている場面が見えた。俺は悲痛に胸を痛めながら、必死で逃げる。


 逃げきったはいいが、俺は満身創痍かつ疲労困憊だった。体中傷だらけで、夜の岩石砂漠を彷徨う。


 その後、岩石砂漠を一人で何日も彷徨い続けた。水も食料も無くなった。


 疲労も乾きもピークに達した。もう駄目かと諦めかけた所で、人影を発見した。敵ではない。遊牧民達だ。


「おーい……助けてくれ……」


 掠れ声で助けを求めるが、とても届かない。仕方なく、ただ両手を振り続ける。


 遊牧民達は気付いたようで、こちらに向かってくる。助かったと、俺は心底安堵した。


 しかし側に迫った遊牧民達を見て、俺は凍り付く。先日、俺とソウヤで襲ったキャンプの、逃げた生き残りだったのだ。

 疲労でろくに動けない俺を、遊牧民達が冷たい眼で睨み、得物を手に取る。


「助けて……くれ。許してくれ……」


 無理だとわかっていたが、俺は泣きながら必死で許しを請い、助けを求めた。


 槍が、剣が、俺の体を貫いていく。


 嗚呼……悔しい。俺の人生、何だったんだ……?

 戦場こそ俺の居場所だと思ったが、その居場所にいられた時間は短かった。俺の命はまるで虫けらのように……塵芥のように……


***


 人喰い絵本を出る際に、五人はまた絵本を見た。


「今のが絵本の結末ですか。こんな何の救いも無いバッドエンドだったのが、私達の干渉によって、ハッピーエンドに変わったんですね」


 アベルが言う。


 本来のバッドエンドで終わる形を、出る時にも見せてくれたおかげで、自分達が人喰い絵本に干渉して、物語を変えた成果も実感させてくれているように、ユーリには感じられる。人喰い絵本そのものに、何らかの意思があるとも思えてしまう。


「人喰い絵本は、バッドエンドのまま終ってしまう事もありますけど、やっぱりハッピーエンドな形で終わらせると、気分いいですねー」


 イリスが明るい声で言った。


「とはいえ、先発隊も、最初に吸い込まれた者も、今回は救助できんかったから、ミッションとしては大失敗だ。ま、仕方ないことだけどね」


 息を吐くミヤ。


「人喰い絵本はハッピーエンドにしたくて、人を吸い込んでいる。多分嬲り神も」


 神妙な口調で言うユーリ。


「でも嬲り神って、絵本を改ざんして攻略難易度上げてるから、絵本の中の話を救ってほしいというなら、矛盾ありますよー。簡単にしてくれるならともかくとしてね~」

「全くだよ」


 イリスの言葉に、ミヤが同意する。


「俺、何のために来たの? ってくらい、大して戦わなかった」

「こっちは中々しんどかったけどね」


 つまらなさそうに言うノアに、ユーリが微苦笑を零した。

十二章終わり。

ソウヤとコズロフは地味に作者お気に入りキャラだけど、再登場は難しい……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ