12-4 祈りの振りをした怒り?
コズロフは地方の大地主の五男として生まれた。
何をやっても満足に出来ない。しかも途中で投げ出す。そのうえ家族の誰に対しても反抗的だったコズロフは、とんでもない問題児として、当然の如く家族から冷遇されるに至る。
剣の腕には才があったが、家族は認めてくれなかった。加えて剣の道場でも、単純な強さ以外に、堅苦しい礼節だの剣士としての精神だのを求められることが、コズロフには受け入れ難かった。
村でも鼻つまみ者となり、家の恥だと勘当を言い渡され、村を離れて流浪の日々を送る。仕事についてもすぐに辞めてしまう。コズロフはおそろしく要領が悪く、誰でも出来るような単純作業でさえ、手間取ってしまううえにミスも多い。
コズロフは自身に絶望し、やがて働く気力も無くなり、十六歳で浮浪者生活を送るようになる。
そのうち戦争が始まり、コズロフは軍に入った。食事にはありつけるし、戦争になったら滅茶苦茶に暴れて派手に死んでやろうと、やけっぱちになっていた。
ところがコズロフは、極限状態で生き残ることに関して才があった。戦場でその才が芽生えたのである。
元々剣術に長けていた事もあり、何人もの敵を討ち取った。乱戦の中において、機を見て隙をついて襲いかかり、自分を狙って攻撃してくる者は、矢であろうと槍であろうと剣であろうと体当たりであろうと、即座に反応できた。
何日もの間戦闘が続いて、部隊の兵士達が疲弊している中で、コズロフだけは疲れ知らずだった。そして戦闘が始まれば、勢いよく敵の中に突っ込んでいき、次々と敵を屠っていく。そんなコズロフの勇猛果敢ぶりを見て、味方の兵士達の士気も上がる。
戦いの中に、己の価値を見出しせたことが嬉しかった。他者に認められ、褒めた称えられる事も嬉しかった。そして純粋に戦いそのものが好きだった。
意識の中で、コズロフとユーリが互いの姿で向かい合う。
「そうか……コズロフさんにとっては、戦場が大事な居場所になったんだ」
「ああ、そうだ。多くの人間が嫌がる戦争が、俺に命を吹き込んでくれた」
ユーリの言葉を受け、コズロフは嬉しそうに言い切る。
「僕は、戦争なんて悲しみしか生まない、どうしょうもないものだとばかり思ってたけど……。コズロフさんの心に触れて、そう思えなくなりそうだよ」
「そっか。俺が……俺なんかがお前の心を変えちまうのか? 影響与えちまうのか? 俺は何も出来ない男だと思っていたのになあ。つーかよ、さん付けはやめてくれ。コズロフで呼び捨てでいいよ」
「わかった。見た感じ、年上っぽかったからさ」
照れ臭そうに話すコズロフを見て、ユーリはより強い親しみを覚えていた。
***
戦闘後の休憩は、あまり長い時間取れなかった。
また敵部隊が現れた。その中に、見覚えのある異形の存在があった。下半身はラクダとなり、腕は六本、全身から棘を生やし、サイズは人間の二倍以上だ。
「何だあの化け物はっ」
「敵部隊の中に化け物がいるぞっ」
異形と化したハンチェン将軍を見てざわつく自軍兵士達。
「ふー、またあ奴か」
ソウヤがうんざりした顔で立ち上がる。
「おい……」
向かってくる敵部隊の方を向いて闘志を滾らせているユーリを見て、ソウヤが目を丸くした。
「化け物になったハンチェンは僕が相手をします。他の兵士達は頼みます」
ユーリはそう告げるなり、魔法で転移した。
ハンチェンの後方上空に転移したユーリは、不意打ちで魔力塊を放った。転移、空中浮遊、攻撃の三種の魔法の連続同時使用なので、若干疲労はかさむ。
魔力塊を受けたハンチェンの上半身がバラバラに吹き飛ぶ。ハンチェンの動きが止まり、周囲の敵兵士達が驚いて行軍を止める。
しかし次の瞬間、ハンチェンの吹き飛んだ上半身が瞬時に元通りになる。
「再生……いや、この直り方は復元と言った方がいいね」
ユーリがハンチェンを見て冷静に呟くと、ハンチェンがユーリの方に顔を向ける。
ハンチェンの体中から生えた湾曲した棘が大きく伸びて、ユーリに襲いかかる。
ユーリは軽やかに宙を舞って全ての棘を避けた。
「スピードはそれほどでもない。攻撃の精度も……やや雑。でも威力は大。食らったらヤバそうだ」
呟くユーリだが、攻撃を食らったとしても、ユーリには再生能力があるので、そうそう死ぬことは無い。
ハンチェンの伸びた棘が元に戻る。ユーリを見上げて憤怒の形相になるハンチェン。その六本の掌が光りだす。
全ての掌を一斉に突きだすハンチェン。掌から六つの光球が放たれ、ユーリに向かって飛んでいく。
(これは不味いかも)
一目見て、光球が相当な威力だとユーリは見抜いた。一発当たれば、体はばらばらになって吹き飛ぶと思われた。再生することは出来ても、損傷が激しければ、力を著しく消費してしまう。
ユーリは自分の周囲に無数の力場を作った。飛んでくる光球の弾道を逸らすためだ。
果たして目論見通り、六つの光球はユーリの直前で軌道を変えて、あらぬ方向へ飛んでいったが、ある程度飛んだところで、Uターンしてまた戻ってきた。
「追尾性能があるのか。それなら……」
ユーリは魔力塊を大量に空中に飛ばした。
魔力塊に触れた光球が爆発する。さらに光球の爆発に巻き込まれた別の光球が誘爆し、どんどん数を減らしていく。
六つの光球全てが消えたことを確認して、ユーリは空中から再びハンチェンの方を見下ろすと、ハンチェンの六つの手から再び六つの光球が放たれていた。
ユーリは同じように魔力塊のつぶてを大量に放ってガードする。光球が空中に浮かぶ不可視の魔力塊に触れて、次々と爆発していく。
光球が五つ爆発して消えた所で、予想外の事態が発生した。最後に残った光球が、鞭数の小さな光球に分裂したかと思うと、無数の光線をユーリに向かって放ってきたのだ。
ユーリは体中を光線で貫かれ、苦悶の形相を浮かべる。
「ははは、そんなことも出来るんだね」
大ダメージを負ったことで、ユーリは返って闘志を滾らせ、笑う。
(今度はこっちの番……ていうか、何してくるかわからないし、攻撃寄りの戦闘でいく)
ユーリが巨大な光の網を魔法で生み出し、上空からハンチェンに被せる。
光の網がハンチェンに触れると、ハンチェンの全身が炎に包まれて燃え上がった。
業火に焼かれるハンチェンだが、その体が燃え焦げる事は無い。凄まじい勢いで復元し続けている。
(力の底が見えない。あれだけの強い攻撃を放ち、一瞬にして体を復元するからには、力を相当消費しているはずだけど、こいつは元気いっぱいままだ)
驚異的な力を持つハンチェンを見て、ユーリは思案する。
「しつこいのー。この化け物。一体どうしてこうなったのかわからんが、こんなもんと真面目に戦っていられんだろー」
いつの間にか近くまでやってきてソウヤが、敵兵士と交戦しながら、ハンチェンの様子を見て言った。
(僕の魔法は認識できず、剣で戦っていると脳内変換されるみたいだけど、この化け物は、ちゃんと化け物に見えてるのか)
ソウヤの台詞を聞いて、ユーリは今更ながらに思う。
(僕の使う魔法は見えなくても、あのハンチェン将軍が化け物として認識されるって事は、将軍が化け物になるのは、嬲り神の改ざんではない可能性もあるのかな)
あるいは、両者の違いに深い意味は無いのかもしれないとも、ユーリは考える。化け物となった将軍を認識させた方が面白いという、嬲り神の悪戯であるだけだと。
(僕一人で、力押しで倒せる保障は無い。無理に戦って消耗して、ジリ貧で負ける可能性も出てきた。となると……有効かつ安全な手は……)
(おいおい、そんなこと考えていやがるのかよ。ま……俺でもそうしたけどな)
ユーリが思いついた案を知り、コズロフは上機嫌になった。
(やっぱりお前気に入った。俺の代わりとして選ばれただけはあるぜ。お前も戦いが好きなクチだ)
「確かに似ている所もあるようだね」
コズロフの好意に満ちた台詞を聞き、ユーリは微笑みながら認めた。
***
一方、ミヤ達四名は――
「このまま歩いて先輩探すの?」
ノアがミヤに尋ねる。
「ユーリの居場所がわからんね。念話も届かず、広範囲探知も通じやしない。ま、いつものことだが、嬲り神の仕業だろうさ。しかし痕跡を発見することは出来る」
「狭い範囲に探知を仕掛けて、足跡や臭いを辿るやり方?」
「その通り。加えて、ユーリが魔法で自分の居場所を報せる信号を送っているだろうから、それを補足する。ま、これも嬲り神の妨害で、信号は届きにくくなっているけどね。だが嬲り神の妨害も完璧じゃない。ある程度接近すれば、信号は拾える」
ノアが伺い、ミヤが解説した。
偵察のためにはるか上空を飛んでいたイリスが戻ってきて、三人の前で舞い降りた。
「この先にキャンプありますよー。ラクダ連れた遊牧民のー」
「羽ばたきすぎ。砂埃舞ってウザい」
「ちょっとーっ。偵察してきた私にそれはないでしょー」
ノアが文句を口にすると、イリスが声を荒げた。
その後四人は遊牧民のキャンプを訪れ、遊牧民達からユーリ達の手がかりを得た。
「先輩、ここで泊まったのか。やっと足跡見つけた」
ノアが言った。
「よしよし、どっちに行ったか、方角さえわかれば、探知魔法も多少はかけやすくなるねえ」
ミヤがにやりと笑った。
「猫なのに笑う顔がわかるのって凄いですよねー。いいなー」
ミヤを見て羨むイリス。
「イリスもオウムだけど、怒ってる顔わかるよ」
「オウギワシだと言ってるでしょーっ! 全然違うでしょーがーっ!」
ノアの言葉を聞いてイリスは怒鳴り散らした。
***
ユーリはハンチェンに攻撃しながら、少しずつ距離を取っていった。
ハンチェンがユーリを追い、戦場を離れて行く。
「お主、英雄気取りして死ぬつもりか」
ソウヤがユーリの下を走りながら声をかける。
「そんなつもりはありません。これはただの計算から導き出した最適解の選択です」
ユーリが飛びながら、ソウヤに向かって告げる。
「僕だからこの化け物を引き付けられるんです。僕が引き付けている間に逃げてください」
「それはわかっておるよ。それが最良の選択であることはな。拙者も戦場経験が長いからな。しかし……そこに拙者も加われば、少しはお主も楽が出来るであろ?」
ソウヤがそう言って、笑顔でウインクしてみせる。
「くれぐれも気を付けてくださいよ」
ユーリもソウヤに微笑みかけながら、ハンチェンに向かって魔法で攻撃する。
「ふっ、足手まといになるつもりはないわい。出過ぎた真似はせず、自分の出来る範囲内のことをやるさ。その辺の駆け引きや計測はこなれたものよ」
「亀の甲より年の功ですか」
「そういうことじゃなー」
ソウヤがユーリの側から離れ、ハンチェンに向かっていった。
「ほらほら、小童ばかりに気を取られてると、こうじゃっ」
ソウヤが弓を射る。矢はハンェチンの顔に刺さる。
大したダメージではないが、狙い通り、ハンチェンの気がソウヤの方へと向いた。
ハンチェンがソウヤに向けて光球を放つ。光線も放つ。ソウヤはハンチェンとユーリの戦いを見て、パターンを把握していたので、わりと余裕をもって避けていた。しかしこれも、ソウヤの並外れた体術があってから出来る芸当だ。
(ソウヤさんのおかげで凄く助かる。ソウヤさんの方に気が向くことが多いから、その間は休めるし、僕の消耗がかなり抑えられる)
空中で一息つくユーリ。
(これはもう祈るしかない。僕の魔力と体力がもつまで、引き付けている間に、師匠達が来ることを)
ユーリが両手を合わせて瞑目する。
(神様、今、ちょっとだけ僕に優しくしてくださぃ。運命の加護をください。今神様の加護をくれなければ、もう祈ることはありません。祈れなくなりますから)
祈りを捧げている所に、ユーリは空間の揺らぎを感じた。
(師匠、もう来てくれた?)
期待して目を開いたユーリだが、空間の門から現れた者を見て、がっかりとする。
「なあユーリよう……お前さ、よく祈ってるけど何に祈ってるんだァ~? ああ、あっちでもお前がよく祈ることは知ってるぜ。お前達のプライベートはわりと筒抜けだ。へっへっへっ」
唐突に現れた嬲り神が、ユーリの前に浮かんで笑う。
「神様にでも祈ってるのか? いや……お前は祈っているように見えるのは、ポーズだけでよォ、実は神様に怒りをぶつけているようにも感じるぜ。俺にはわかるぞ。何しろ俺だって嬲り神様だからよ~」




