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12-2 略奪は戦禍の浪漫

 ユーリは自分の服装の変化を見て、眉根を寄せた。絵本の中で見て、コズロフの服装になっている。つまり自分が今からコズロフの役目を担う、絵本の物語進行のキーとなるという事だ。


「このキャラはノアの方があっていたんじゃないかなあ……」

「ん、何か言ったか?」


 ユーリの呟きを聞いて、前を歩いていた中年男の戦士、ソウヤ・ヒガシフが振り返る。


(とりあえず軽く祈っておこう。うまくやれますように。神様、意地悪しないでください、と)

「何を祈っておるか、コズロフ。お主は祈りなどから最も縁遠い所にいる者だろうに」


 ユーリの所作を見て、ソウヤがおかしそうに言った。


 周囲を見回す。相変わらずの岩石砂漠であるが、絵本に入った場所とは異なり、左手及び前報に岩壁が見受けられる。前方の岩壁には無数の大きな穴が開いていて、壁の先を見ることが出来た。


 ソウヤは岩壁の穴の中に向かって歩いていたようなので、ユーリもそれに従う。


 歩きながら魔法をかけて、周囲に敵がいないかを調べてみた所、岩の穴を抜けた先に、気配があった。


「ソウヤ、止まって。穴を抜けた先に誰かいる」

「うん。わかっとるよ。お主も感じたか。流石じゃのー」


 ユーリが呼びかけるが、ソウヤは止まろうとせず、笑いながら進んでいた。


「数は六か七と言った所か。お主と二人なら十分に切り抜けられる数じゃ。この間のように、百人以上ではお手上げだがな。死体の中で過ごすのはもう懲り懲りよ。ま、現時点で敵か味方かもわからん」


 岩穴を見据えて顎髭をいじり、不敵に笑うソウヤ。


「先程のハンチェン将軍、あれは何だったのであろうなあ。いきなり妖怪変化しよってからに。ま、上手く逃れられて何より」

「確かに……」


 絵本の中で見たハンチェンの唐突な変身、あれが何であるか、ユーリは知っているが黙っておく。


(嬲り神の改ざんだよね。嬲り神の悪戯と言ってもいいけど)


 あれはそうとしか考えられない。本来の物語とは考えにくい。


 警戒しながら岩穴を通り過ぎた先にいたのは、岩壁の裏側でキャンプしていた遊牧民ノマドの一家。ラクダを連れている


「おお、ただの遊牧民であったか。これは僥倖よ」


 ソウヤがニヤリと笑って刀を抜いた。


(ええ? 殺すつもりなの? 敵兵士でもないのに。それにこの遊牧民も、物語の住人として意味があるような気がする。殺すことが物語に悪影響を及ぼす気がする)


 倫理観だけではなく、計算も働かせるユーリ。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。殺しちゃ駄目ですよ」


 得物を抜いたまま、遊牧民のキャンプに近付こうとするソウヤを、ユーリが引き止める。


「何じゃお主。何故止める?」


 ソウヤが足を止め、不思議そうに尋ねる。


「兵士じゃないですよ。民間人ですよ」


 ユーリの喋り方が、コズロフのそれと全く異なるが、人喰い絵本内の登場人物相手に、喋り方の変化の違いは気にされないことが多い。たまに気にされることもあるが。

 しかし喋り方はともかく、振る舞いの変化ははっきりとおかしいと感じられてしまう。


「それがどうした。だからよいのではないか。食料を奪い、金品を奪い、オナゴは組み敷く。それが戦場の役得というものよ」

「駄目ですよ。そんなの僕は絶対に許せない。この人達が何かしたの? 賊みたいな真似したくない」


 不機嫌そうに顔をしかめるソウヤであったが、ユーリは断固として拒絶する。


(何やってんだよ。殺せよ。おっさんの言う通りだろ)


 ユーリの頭の中で声が響く。コズロフの声だ。


 コズロフの役をユーリが担ったわけだが、コズロフの意識が存在し、ユーリの視点で全て見ているし聴いているというわけだ。このような現象も、たまにだがある。役を担う際、オリジナルのキャラクターのエゴが強い場合や、役と相性がいい場合に、そうなる確率が高い。


(嫌だよ。認められない。どうして関係無い人間を殺して平気なんだ。おかしいよ)

(お前こそおかしい。知り合いでもない、関係無い奴なんて殺したって平気だろ。虫を潰すようなもんだ。そしてこれは御褒美イベントだ)


 コズロフの言い分を聞いて、ユーリは絶句してしまう。根本的に自分と異なる人種だと感じた。


(やっぱりノアの方が合っているキャラだよなあ。何で僕の方が代役として選ばれたんだろ)


 ミヤがノアの本性を微妙に見抜いている一方で、ユーリもノアの暗い部分は気付いている。人を殺しても平然としていられる性質であることもわかっている。


「わかったわかった。ま、お主が嫌がるならやめておこう。お主の意外な一面を見れた。それもまた良き哉」


 ソウヤが刀を納め、大きな溜息をつく。


「すみません。危害は加えないので、水と食料を分けて頂けますか?」

「ええ、構いませんよ。よろしければどうぞ、こちらでお休みください」


 ユーリが遊牧民達に近付いて、柔和な笑みをたたえてお願いすると、遊牧民達も笑顔で


「しかしお主、戦いの最中に頭でもうったか? さっきの襲撃で死んだかと思ったが、生きておって驚きはしたが」


 ソウヤの台詞を聞いて、物語そのものがある程度進行していると、ユーリは判断する。


(さっきの襲撃――多分そこで、コズロフの役に選ばれた人が死んで、それで僕が入れ替わったということだね)


 ようするに最初に吸い込まれた者の救出任務は失敗した。後は先発の救出部隊の捜索と救出という話になる。


「戦場だからって、兵士でも無い人を殺すのが御褒美イベントなんですか?」


 ユーリがソウヤに問う。


「ふむー。何らかのショックで人が変わってしまったようであるが、お主はそう感じる男だったぞ。ここは平和な日常ではないからな」

(その通りだ。あの糞ったれな世界じゃない。俺に相応しい世界だ。お前は否定するが、俺はこっち側の住人なんだ)


 ソウヤの言葉に同意するコズロフ。


(師匠はXXXX(クアドラエックス)を指して、向こう側とかあっち側とか表現していた。そしてコズロフも自分をこっち側と言っている。善と悪の境――と言うと、また師匠に、安直な二元論だの、二項対立に分けるなだのと、怒られそうだけど。でもコズロフも、師匠でさえも、そういう線引きをしているじゃないか)


 おかしなタイミングで、ミヤに対して反感を抱くユーリであった。


「これからどうします?」

(間抜けな質問するなよ……。さっきの俺の代わりよりひでーなあ)


 ユーリの質問に対し、コズロフが呆れる。


「何を言うておるか。拙者らは戦の最中であるぞ。敵でも味方でもよいから探す。敵を見つけて討ち取る。これ以外に何があるというのか」

「そうですね……」


 ソウヤにも呆れられ、失敗したと思うユーリ。


「ま、現実的に考えて、味方を先に見つけるべきだがな。如何に腕が立とうと、二人で出来ることなど知れている。おまけにあの化け物となったハンチェン将軍にはとても太刀打ちできん」


 ソウヤが言った。


(人を殺し続ける話か。この人達は殺し続ける道を楽しんでいるのか)

(ああ? それの何が悪いんだよ。俺にとっては天職だ。俺がやっと得られた、俺に相応しい生き場所だぞ)


 悲哀を覚えるユーリに、苛立たしげに言うコズロフ。


(こういう人達が現れてしまうのも、世界の厳しさ故じゃないかな。僕だって一歩間違っていたら、こうなっていたかもだ)


 と、ユーリは思う。


「神様、もう少し世界に優しくあってください」


 ユーリが思わず声に出して祈る。


「ん? 何か言ったか?」

「いえ、別に」


 振り返るソウヤに、ユーリは首を横に振った。


(マジで何なんだよ、こいつ。頭お花畑なのか? 何でこんな奴が俺になってるんだよ)


 ユーリの祈りの言葉を聞いて、コズロフは呆れ返っていた。


***


 ミヤ、ノア、イリス、アベルの四名は岩石砂漠を歩き続け、やがて村に辿り着いた。石造りの家が並ぶ村だ。


 村にはオアシスがあり、緑も多い。しかし活気は乏しい。通りにほとんど人の姿は無い。バザーが並んで出品している目抜き通りと思しき場所でさえ、村人の姿は乏しい。そしてバザーの売り子も村人も、暗い顔をしている。そしているのは成人男性ばかり。女子供は一人もいない。

 一方で明るい表情の者達もいた。村人とは明らかに違う人種と服装の、武装した兵士達だ。


「しんどかったー。ここに先輩いると思う?」

「さてね。それはわからないよ」


 ノアが伺い、ミヤが言った。


「ここ、随分と広い世界? ていうか絵本世界の端ってどうなってるの? いや、絵本世界に端なんてあるの?」

「儂等の世界にも端など無いんだよ。地面は平らなようでいて実は丸い。つまり世界の端は無く、繋がっている。一周してしまう」

「それは俺だって知ってるけどさ、ここは違うかもだし」

「儂は確かめておらん。しかし魔術師達の何人かは定期的に、そういった調査や探索をしているよ。結果、果ても端も確認できず、ずっと世界は広がっていたという話さ。幾つもの町、山、海があったってね。絵本世界は、絵本の舞台だけの限定的な世界ではなくて、本物の世界と変わりないような代物だって話さ」


 喋りながらミヤは思い出す。絵本世界は研究者達の間では、断片的な世界ではないかと言われている。嬲り神、宝石百足、図書館亀といったイレギュラー達と会話した者達の多くが、この世界は断片的だと、彼等に聞かされている。

 しかし調査結果はその逆だった。絵本世界はその一つ一つの世界が、大きく広がっている。この辺も、人喰い絵本の解明されていない大きな謎の一つだ。


「実は私、人喰い絵本の探索調査チームに混ざった事があるんですよねー。で、人喰い絵本の攻略が終わるまでの期間、ひたすら直進だけした所、平野の向こうに山があって、山の向こうに海があって、本物の世界としか思えなかったんですよー」

「ふーん。つまり人喰い絵本ってのは、実在する異世界説濃厚だね」


 ミヤとイリスの話を聞いて、ノアはそう思った。


「そう主張する研究者もいるし、この探索結果もその後押しをしているよ」


 と、ミヤ。


「おい、お前達はどこの者だ?」


 四人を兵士達が取り囲み、恫喝するかのような口振りで問うてきた。


 ミヤは兵士達に魔法で催眠にかける。


「この村はどうなってる? お前達は何者だい?」

「この村は……我々の占領下だ。我々はヒギナス公国の兵。現在ヒヨルド共和国と戦争の真っ最中で、ここ一帯が戦場になっている」


 ミヤが尋ねると、兵士の一人が虚ろな顔で答えた。


「じゃあこの村はヒヨルド共和国の支配下?」


 ノアが問う。


「いいや……ヒギナスとヒヨルドの間には、どの国の領地でも無い中立地域が広がっている。この地域は長らく両国の緩衝地帯となっていたが、この度、両国で戦争が勃発してしまったが故に、戦禍に巻き込まれた」

「それで~? 村人に酷い振る舞いとかもしているから、村人が家の外にほとんど出ずってことなんじゃなーい?」


 イリスが非難気味に言う。


「そうだろうな。女は見つけ次第手籠めにしたし、金品も奪いまくった。女も子供も奴隷として売りさばくために捕縛した。しかし家の中に隠れている女子供もいるはずだ。あまりやりすぎるのもよくないと隊長に命じられたので、今は村人には手出しをしていない」

「よし、隊長の元へと連れて行きな」

「私が隊長です」


 ミヤが命じると、兵士の後方から隊長が名乗った。もちろん彼も催眠魔法にかかっている。


「すでにこの場にいたんだね。兵士を全員集めな」


 ミヤが命じると、隊長と兵士達が移動する。


「ミヤ殿、どうなさるつもりですか?」


 アベルが伺う。


「全員に催眠魔法をかけて、盗んだ金品を返させて、奴隷として捕縛している連中も解放させるだけさ」


 と、ミヤ。


「つまんないなー」


 ノアがぼやく


「何か言ったかい?」

「別に」


 ミヤがノアの方を向く。ノアはとぼけた。


(全員集めたら皆殺しの方がいいのに。いや、やっちゃお)


 と、ノアは心に決める。


 兵士達が奪った金品を一ヵ所に集めと、村人達が自分のものを選別して、それぞれ持ち帰った。解放された家族と再会して泣いて喜ぶ者達もいる。


「流石ミヤ殿ですね~。救世主~」

「ま、出来ることをやったまでさ」


 イリスが褒めるが、ミヤは特に鼻にかけるでもなく、あっさりと答える。


「後はこの兵士達の始末だね」

「ノア……おまっ」


 ノアの殺気を感じ、ミヤが止めようとしたが、遅かった。


「うぎゃーっ!」

「ぎえええぇーっ!」

「あぢぃぃぃー!」


 兵士達が炎に包まれ、ミヤの催眠も解け、断末魔の絶叫をあげてのたうちまわった。

 ノアの仕業だった。イリスもアベルも村人達も、その光景を見て呆然とする。


「お前! 何やってるんだいっ!」

「何って? 処刑だけど? 何か問題ある?」


 全身の毛を逆立てて怒鳴るミヤであったが、ノアはあっけらかんとしていた。


「こいつらは罪を犯したんだし、これくらいされて当然。こいつらの罪を罰する者も必要だ。村人達の無念を俺が晴らしてあげた。いいことだよね」

「そうではないだろう? お前は殺しそのものを楽しんでないかい? この兵士達を燃やす時、随分と晴れ晴れとした顔をしていたよ」


 ミヤがかってないほど怖い顔と声で咎めたので、流石のノアも硬直し、微かに震えていた。


「ミヤ様怖ーい……」


 イリスはアベルの背後に避難する。アベルは息を飲んで見守っている。


「ノア、うちに来たのは、あの母親と共に悪事をしたくないからと、そう言っていたのは嘘だったのかい?」


 空気を操作し、ノアの耳だけに聞こえる声で囁くミヤ。


「嘘じゃないよ。師匠、何でそんなこと言うの? 何で俺を責めるの? 何を怒ってるの? まさかこいつらを見逃すつもりだったの? まあそもそもこの世界が、本当に存在する世界か、誰かの作り物の世界かもわからないけど、本物として仮定したら、やっぱり許せないじゃない? 正義感強い先輩ならきっと激怒していたよ。俺は別にどうでもいいけど、でも罰を与える役目を喜んで引き受けて、実行した。それは確かに楽しいからね。すかっとする行為じゃない? ざまーみろだよ」


 ミヤの迫力に圧されて震えながらも、ノアは悪びれずに思ったことを口にする。


「お前って子は……少し調教が必要だね」


 ミヤの怒気がさらに増し、ノアは後ずさりした。


「あれ? 師匠も俺を殴るの? 母さんみたいに?」


 ノアは恐怖する一方で、この状況を楽しんでいた。震えながらも、笑って挑発的な声を発する。


「ミヤ殿……どうかお気を鎮めてください」

「ちょっとミヤ殿~、落ち着いてくださいよ~」


 アベルとイリスが間に入って制してきたので、ミヤは息を吐いた。逆立てていた毛が元に戻る。


「相変わらずだなー、お前は。へへへ、相変わらずで嬉しいもんだ」


 その時、全員が聞き覚えのある声が響いた。


 空間が歪み、ボロを纏った汚い男が、大量のゴミを縄で引きずって現れ、真っ黒に汚れた顔の中で、並びの悪い黄色い歯を見せて、へらへらと笑っている。


「な、嬲り神っ」


 突然現れた嬲り神を見て、アベルが声をあげる。


「よう、ノア。やっぱりまた会っただろ? 俺の予感が見事当たったぜ~。あははは」


 嬲り神の視線はノアに向いていた。

 ノアの顔色が変わる。恐怖が解け、不快の表情になる。


「そっちこそ相変わらず不気味で不細工で不愉快」


 言うなりノアは、嬲り神に向けて攻撃魔法を放った。

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