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1-3 王様だってスケープゴートにできるもん

 ユーリとアベルは徒歩で王城に向かいながら、会話を交わしていた。


「ユーリ殿は幾つで?」

「十五歳です」

「ほう。その年でもう……。私は今十九で、黒騎士団に入って三年ですから、私が騎士になる前の歳にはすでに、魔法使いとして最前線で活躍されている事になりますね。大したものです」

「いえ……そんな……」


 アベルがにこやかな顔で褒め、ユーリは謙遜する。


「それよりその格好、元に戻しましょう」


 暗殺者の格好をして街中を歩いているアベルをどうかと思い、ユーリは断りを入れてから、魔法を用いた。


 本来の黒騎士団の武装に戻ったアベルは、自身の変化を見て驚いた。


「こんなこともできるとは……魔術に比べて、魔法の応用性はすさまじいものですね」

「僕はまだ半人前ですから、出来ることに限りがありますけど」


 アベルの言葉を聞いて、ユーリは照れ臭そうに微笑む。


「民の目が皆死んでいますね」


 行き交う通行人を見て、アベルが言った。


「絵本の内容から察するに、王の圧政のせいなんでしょう」

「なるほど……。人喰い絵本に入るのは初めてではありませんが、そういった設定のディティールも細かく反映し、リアルに造られていますね」

「彼等には命がありますし、人生もあります。魂もあるんですよ」


 アベルの発言を聞き、正しい知識を知らないと見たユーリが告げた。


「そうだったんですか……。では何者かの作り物……架空の世界ではなく、実在する異世界なのですか?」

「人喰い絵本に関しては様々な説が出されています。誰かの妄想が実体化した世界という説。法則性が異なる異世界説。あるいは実際に起こった出来事を、閉鎖世界内で繰り返している説とか」

「なるほど。魔王が今際の際に災厄を撒き散らして三百年も経つのに、人類は未だその正体もわからないのですね」


 ユーリの話を聞いて、アベルは眉をひそめて唸る。


「でも魔王の残した災厄の一つ、『破壊神の足』は退けましたね。しかもユーリ殿の師である、大魔法使いミヤ様のお力によって。その偉業で、ミヤ様の名は一躍有名――」

「その話をすると、師匠は何故か凄く機嫌が悪くなるので、師匠の前で口にしないでくださいね……」


 ユーリが少し慌て気味にアベルの話を遮る。


「そうなのですか。何か事情があるのですね」


 喋って歩いているうちに、二人は王城に着いた。


「では侵入しましょうか」


 ユーリがアベルの方を向いてにっこりと微笑む。


「承知しました。魔法で侵入するつもりですか?」

「その通りです。行きますよ」


 伺うアベルに、ユーリが答えた直後、二人は城の中にいた。


「凄い。転移は上級魔術なのに……いや、これは魔法でしたね」


 驚き、感心するアベル。


「僕は、長距離転移は無理ですけどね。だから城に近付く必要がありました」

「ばぁぁぁやぁーっ! 婆やは何処ーっ!」


 ユーリが喋っている最中に、叫び声が響いた。通路を王様が歩いてくる。


「婆や、婆やはどこだ……」


 今にも泣きそうな顔で王は婆やを呼び続けている。


(王様は改ざんされていないのかも……)


 こちらに目もくれずに婆やを呼び続ける王様を見て、ユーリは思う。


「王様を探れば、絵本の改ざん前の内容がわかるかもです。ただ、それは賭けになります。王様は後回しにして、先に被害者を探した方がいいでしょうね」


 ユーリが提案し、二人は城内を歩く。


 しばらく城内を探った所で、通路に無造作に転がる二つの惨殺死体を発見した。


「これは……最初に吸い込まれた被害者ですか」

「駄目だったか……」


 アベルが顔をしかめ、ユーリは両手を合わせて、被害者二名に黙祷を捧げる。


「物語を進めて終わらせれば、全員が絵本の中から解放されるのでしょうけど、この絵本の場合、どう解決すればいいのかわかりません」


 アベルが言った。


「婆やと王様と暗殺者がキーパーソンであることは、間違いありません。しかし今回の話は、王様を殺害すると物語の収束にはならず、事態は悪化しそうです。ここは王様と接触して、絵本の内容を改ざん前に修正できるかどうか、試してみます」


 ユーリとしては、王様を殺すのではなく、狂った婆やを殺害することで、人喰い絵本の中から解放されると推測しているので、そちらを進めた方がいいと考えている。おかしな力を手に入れたうえに凶暴化した婆やの存在こそが、絵本の改ざん結果だ。


「わかりました。全てお任せします。私は全力でユーリ殿を護ります」


 アベルが気合いを入れて己の胸を叩く。素早く頭を巡らせて方針を決定する、自分より四つも年下の少年が、非常に頼もしく感じられた。


 王様がいた場所に戻り、その前方に回り込むユーリとアベル。


「其方等は何者だ?」


 王様が不審を露わにして問いかける。


「他所の国の者です。王様に尋ねたい事があります」


 ユーリが話しかけた。


「王様は何故婆やにだけ心を開くのですか?」


 尋ねながら、ユーリは催眠魔法をかけていた。絵本の住人にも効果がある代物だ。絵本の住人全員に効くわけではないが、今回は効果があった。


「婆やだけが……余に優しくしてくれたからだ……」


 王様が穏やかな微笑をたたえて、掠れ声で答えた。


「他の者は、余に王の役割を押し付けるだけだった。余には……心を開ける者は婆やしかいない……」


 王様がアベルを見る。


「其方は他国の騎士か。我が国の騎士には無い気品を感じる」

「勿体無い御言葉です」


 賛辞を受けたアベルが恭しく一礼する。


「其方は変わった格好をしているな。異国の道化師か? 女かと思ったら男か。其方の国では男も女のように髪を長く伸ばすのか?」

「いえ……そうではないですが……」


 今度はユーリを見て問いかける王様に、ユーリは困る。


「実は私も最初は女性かと思いました」

「よく言われます……」


 アベルが笑いながら言い、ユーリは息を吐く。


「実は僕達、王様の世話係のお婆さんの知り合いなのですが」


 催眠魔法もかかっているので、ユーリは大胆に踏み込んで、情報を得ることにした。


「婆やの知己か。それなら快く受け入れよう――と言いたい所だが、今、婆やはおかしくなってしまっている。きっとあの汚らしい……おぞましい男に、何かされたせいだ……」


 王様の台詞を聞いて、アベルとユーリは顔を見合わせた。


「嬲り神でしょうか?」

「ええ。そうとしか考えられません」


 この辺は特に驚かないユーリであった。想定の範囲内だ。


「婆やだけが王様に優しくしてくれたと言いますが、他の人達は違ったのですか?」


 さらに尋ねるユーリ。


「うむ。幼い頃から、誰も余を人としては扱ってはくれなかった。王という役割を求め、その型にはめるために、あれこれと口うるさく、失敗すると……嗚呼、酷い思い出ばかりだ。何度父から鞭で打たれたことか。拳で殴られたことか」


 悲しげな顔で語る王様。


「今の余も……酷い扱いを受けている。今この国は、大臣達に実権を握られ、奴等はやりたい放題だ。余の悪評を流布され……酷いものだ。余が気に入らない者を処刑しただの、家臣の妻を手籠めにしただのと……。その結果、皆が余を化け物のような目で見ている」


 泣きそうな顔で語る王様。


 アベルが不思議そうにユーリの方を見る。


「絵本の内容、嘘だったんですか? そういうケースもあるのですか? あるいは嬲り神の干渉でおかしくなっているのでしょうか?」

「嬲り神の干渉を抜きにしても、そういう歪みは多々あります」


 ユーリが言った。人喰い絵本の中に入った際、頭の中で見る絵本によって、絵本世界のあらましを途中まで見ることになる。しかしその際に見た内容と微妙に異なる。


「王様、その噂のせいで、王様の命が危うくなっていますよ」


 ユーリが王様に告げる。


「家臣の娘を手籠めにしたという噂を信じ、王様の家臣が怒って斬りかかった事件があったでしょう?」

「ああ、あったな……。あんなデタラメを真に受けるなんて……嘆かわしい。その男は護衛の騎士に殺された」

「その家臣の家族も、王様に皆殺しにされたという話になっていますよ?」

「何だと!? そんな馬鹿な!」


 ユーリの報告を聞いて、王様は仰天する。


「確認してみる……」


 王様が小走りに駆け出す。二人も後をついていく。


 城内の兵士や給仕の何人かに聞き込みを行う王様。聞き込みをされた者は、言いづらそうに、ユーリから告げられた内容が真実であることを口にした。

 聞き込みをされた者の反応を見るに、彼等も王様が汚名を着せられている事は知っているようであった。


「本当だった……。その家臣の家は火事になり、家族は皆死んだらしい。その火事が、余の命で火をつけられたという話になっている」


 頭を抱えて嘆く王様。


「王様、その家族の親族が、王様に腹を立てて、暗殺者を放ちました」

「何ということだ……。余は汚名を着せられたうえに、殺されるというのか? 使い捨てられるのか? あんまりだ……」

「王様、お気持ちはわかりますけど、嘆いている場合ではありません。汚名を晴らしましょう。王様を陥れている者も突き止めましょう」


 絶望して泣き出す王様に、ユーリが力強い声をかける。


「このまま悪い人達に利用されたまま終える生涯なんて、あんまりですよ。僕達が力を貸します」

「そうか……。ありがたい。心より感謝するぞ」


 初対面の者に力を貸すと言われても、催眠魔法の効果で疑うことのない王様であった。


「上手く話が進んでいる……と見ていいでしょうか?」

「ここまでは――ですね。この先どうなるかわかりません。王様の無実を証明し、婆やを正常に戻しと、結構大変そうですよ」


 アベルが伺うと、ユーリは微笑みながら小さく肩をすくめる。正直王様の無実の証明は、プランに入れていなかったが、ここまで聞いてしまっては、放っておくのも忍びない。


「取り敢えず王様、この国の実権を握っている大臣を教えてください」

「大臣全員がグルだ……。余が幼い頃に即位させて、その時からずっと、余を無視して好き放題やっている。余が、出来が悪くて気弱であるから、何もできず……」

「何も出来ないまま使い捨てられていいのですか? そんなの嫌でしょう? 悔しいでしょう? 頑張りましょう」


 不安げな顔になってうつむく王様を、ユーリが力強く励ます。


「う、うむ……。わかった。そうか……婆やの友人達であると言ったな。婆やに頼まれて、余を助けにきてくれたのか?」

「まあそんなところです」


 都合の良い方向に解釈してくれた王様に、ユーリはにっこりと微笑んだ。

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