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10-4 打ち解けることがいいこととは限らない

 物語は二日前に遡る。


 ウルスラと悪魔達の前で、シルヴィアが踊っている。悪魔達もウルスラも、シルヴィアの踊りに魅せられている


「勿体無いね、シルヴィア。そんなに素晴らしい踊りが出来て、顔も可愛いのに、自殺しちゃったなんて」


 踊り終えたシルヴィアに、ウルスラが忌憚ない感想を口にする。


「あの時、私は弱かったからね。味方もいなかったし」


 苦笑するシルヴィア。


「私には味方が――いない事も無かった。でも……」


 ウルスラが言葉を詰まらせたその時だった。カトリーヌの娘であるシルヴィアの記憶が、ウルスラの頭の中に流れ込んでくる。


「カトリーヌの娘のシルヴィアは……両親に愛されている。でも、それが枷になっているのよ」


 シルヴィアの記憶を見たウルスラが、目の前のシルヴィアに向かって言う。


「何でそんな他人みたいな言い方してるの?」

「他人だもの。あのね……私は別の世界から来たの。シルヴィアの役をする事になったけど、シルヴィアじゃないの」


 その後、ウルスラは全て話した。人喰い絵本の話もした。あちらの世界の自分のことも。


「ここが絵本の世界で、ウルスラは絵本の外から来たとか……普通なら絶対信じられない話だし、頭おかしいとか思っちゃうけど。うーん……。でもウルスラが嘘ついているようにも思えないし、うん、信じた方が面白そうだから信じる」


 そう言ってシルヴィアが歯を見せてにかっと笑う。


「シルヴィア――貴女と打ち解けることが出来て嬉しい。似たような子と会えて、話せて、嬉しい。何か……夢を見てるみたい」


 ウルスラがシルヴィアに顔を寄せて、言葉通り、夢見るような眼差しで話す。


「私もだよ。ウルスラ」


 シルヴィアがそっとウルスラに手を伸ばす。


「協力できることなら協力するよ」


 シルヴィアの手を取り、ウルスラは言った。


***


 最初に決めた予定通り、ミヤとノアはカトリーヌの家で待機していた。シルヴィア達がカトリーヌの襲撃を行う可能性もあったからだ。


 まずはユーリ達に地獄とやらの調査をさせ、シルヴィア達が騙し討ちをする気配が無ければ、約束通りカトリーヌを連れて、地獄に向かう手筈である。


「馬鹿な親で苦労している子の構図か。嫌なものだね」


 ソファーに寝転んだノアが虚しげに言う。


「今も馬鹿な親かい?」

「え?」


 ミヤの質問に、ノアはきょとんとする。


「今のお前の保護者は儂なんだがね。いわば親代わりだ。馬鹿で苦労してるのか?」

「まさか。馬鹿だとは思ってないし、苦労なんて感じてもいない。ポイントのつけ方はおかしい」

「ははは、こだわるのー」


 ノアの言葉を聞いて笑うミヤ。猫の顔が、確かに人が笑っているように、ノアには見えた。


「師匠の言う通りだった。突然の暴走。先輩って、本当にいきなり変なぜんまいが巻かれるんだね。大人しいだけじゃないよね。見た目大人しいのに、熱い一面もある」

「うむ。急に変なスイッチが入りよる。儂にも原因がわからん。持って生まれた性質か、何かしら過去にトラウマがあるのか……」

「宝石百足の変身と関係ある?」

「さてどうだろねえ……。今度宝石百足に会ったら尋ねてみたいところだね」


 その時、ミヤの眼差しが少し険悪なものになってように、ノアには見えた。


「俺、人喰い絵本の中に入ったの二度目だから、こんなこと言うのもアレだけど、これって、嬲り神が関わってなくても、結構厄介なケースなんじゃない? 難易度高そう」

「はっ、そうかもしれないね。もし絵本に選ばれたウルスラがしくじったら、他の者で解決できるかどうかわからない。ユーリはそこまで計算して答えを導きだしたのかもしれないし、場合によっては、ユーリの決断こそが最適解だったって話になるさね。ま、それにしてもあのタイミングでいくもんじゃないけど」


 ユーリの暴走を思い出し、ミヤは息を吐いた。


***


 ユーリ、イリス、他騎士二名は、スラムへと向かう。


 カトリーヌの話通り、先発隊がスラムに向かってそのまま消息不明になったのであれば、地獄とやらの入口もスラム近くにあるのではないかと、ユーリは見ている。


(どうしても突っ走る。考えた瞬間、あるいはカッとなった瞬間、動いてる。それが絶対正しいと感じちゃってるし……)


 頭の中に浮かんだ宝石百足と対峙して、ユーリは自己嫌悪に苛まれながら話す。


(ユーリ、それが良い結果に繋がることもあるでしょうけど、それは大きな間違いにも繋がりかねない。とても危ない性質よ。私もミヤも何度も注意しているけど)


 宝石百足セントが、腹部の女性の顔をユーリに寄せ、優しい声音で警告する。


(どうしたらいいんだろう……)

(ユーリはどんなに注意されても、反省したつもりになっても、心のどこかで自分が正しいと思っているでしょう? だから直らないのよ)

(そうなの……?)


 セントの言葉に衝撃を受けるユーリ。


(素直に改めようとしているユーリがいる一方、反抗し続けているユーリがいるからね。反抗しているユーリの方が強いのかも。それを抑えるには、ユーリ自身の努力しかない。そして……これは言いたくないけど、さっき言った大きな間違い――物凄く痛い失敗をすれば、ユーリの心に楔が打ち込まれて、その結果、ユーリのその性質も抑えられるかもね)

(その失敗が取り返しのつかないものだったら……と考えると、嫌だな……)


 ミヤもセントを自分の暴走癖を憂慮しているし、改めなくてはならないと、ユーリは強く思う。


(それに、シルヴィアのお父さんやお母さんのことを、単純に悪者扱いして怒っていた事もね……。人は過ちを犯すものだし、それを簡単に悪と断じて怒るのは、どうかと思うのよ。確かに腹立たしいし、よくないことは事実だけど、彼等には彼等の苦悩があったのよ。そして間違いがあった)

「ユーリきゅ~ん、ずーっと悩みながら歩いてるけど、油断しないでほしいですねー。今ここは絵本世界の中で、いつ何時何が起こるかわかんないんですよ?」


 歩きながら頭の中でセントと会話していたユーリに、イリスが注意を促す。


「あ、す、すみません」


 頭の中の宝石百足を消し、ユーリは頭を下げる。


「ふっふ~ん。でもユーリ君の憂い顔、私は好きですけどねー。悩める美少年の顔、眼福でしたわー」

「ははは……」


 イリスの台詞を聞いて、乾いた笑い声を漏らすユーリ。他にリアクションの仕様がない。


「おやおや、血の臭いがしますねー。そして……人の屍の臭いも」


 イリスが不敵に笑い、前方に向かって飛び立つ。


 イリスに送れる格好で三人がスラムの中を歩いていくと、魔術師と騎士達の死体が五名、十字架にかけられて晒し物にされていた。その周囲をイリスがせわしなく旋回して飛んでいる。


「酷い……」


 死体を見上げて顔を歪めるユーリ。


 騎士二人が隣で黙祷を捧げている姿を見て、ユーリも倣い、両手を合わせる。


「一口くらい食べちゃおっかなー。これならまだいけそー」

「い、イリス様……どうかおやめくださいっ」

「イリス様、ユーリ殿も見ておられますぞ」


 同胞の死を全く悼んでいないどころか、とんでもない発言をするイリスに、騎士二人が慌てる。


「食べた事あるんですか?」

「冗談に決まってるでしょー」


 尋ねるユーリに、イリスはけらけらと笑う。


(それにしては、騎士さん達が必死になって止めていたような……)


 恐々とイリスを見るユーリ。


「それより入口を見つけたわよー。こっちこっちー」


 やはり同胞が晒し物にされて殺されたことなど何とも思わぬ風で、はしゃぎ声をあげて飛び、ユーリ達を招くイリスであった。


***


 シルヴィアとウルスラは、悪魔達が待つ地獄へと帰った。


「畜生……あいつら何だってのよっ」


 毒づいてから、シルヴィアは自虐的な笑みを零す。


「畜生だってさ……。こんな言葉知らなかったのに。貴方達のおかげで私もすっかり下品になっちゃったわ」

「悪魔さん達、私にも下品な言葉、教えて。元の世界に戻ったら使ってみたい」


 シルヴィアの台詞を聞き、ウルスラが悪魔達に頼む。


「あははは、それなら私が教えるよ~。下品なジェスチャーもいっぱい教えてあげる」


 それからシルヴィアと悪魔達で、ウルスラに下品な言葉やジェスチャーをたっぷりと教えた。


「こうやって手でしごく動きね。こう」

「こうね」

「そうそう、筋いいよー。あと、片手でこうやるのもいいけど、両手で相手の顔に向かって突き出すようにこう中指を立てて――」

「インポ野郎……。腐れマ××、ふぁっきゅー、短小包茎早漏の童貞豚、あすほーる、まざーふぁっかー……アホ面晒したロリコン野郎……頭の中に糞ため込んだド低能、うーん、ほとんど意味わからない。あ、クソガキャーはわかる」

「意味教えるのは面倒だから、ウルスラが自分の世界に帰ってから調べて」


 にっこりと微笑むシルヴィアを見て、ウルスラは胸が温かくなる。


 この三日間、シルヴィアとたっぷりしお喋りして、ウルスラはすっかりシルヴィアに共感を抱いていた。同調していた。シルヴィアのことが好きになっていた。似たような境遇故にそうなった。


 しかしウルスラとの大きな違いとして、シルヴィアは自ら命を断ってしまった。そのうえ、地獄に落ちたシルヴィアは、悪魔と友達になり、性格はすっかりと荒み、自分を死に追いやったカトリーヌに、復讐をしようとしている。


「あの人達強そうだし、争いは辞めた方がいいかも?」

「私だって争うつもりはなかったし。昨日の奴等もそうだけど、こっちの邪魔するからそうなったのよ。ま、今度は悪魔達もいるから。ていうか、さっきのあいつは何なのよ……。女の子みたいな顔して大人しそうだと思ったら、いきなり凶暴化して攻撃してきたしさ」

「他の人達もあわあわしていたよね。あの子があんなことしたのは想定外だったんだと思う」

「そっか……あいつ一人の暴走なら、他の奴は話がわかりそうだし、計画通りカトリーヌ達をここに連れてくることも出来そうね」


 ウルスラの言葉を聞き、シルヴィアは思う。


「シルヴィア、入口近くにまた黒い鎧の者が二人来たぞ。それと、帽子とマントの餓鬼と、これまた黒い鎧を着た大きな鷲だ」


 悪魔が報告する。


「あいつらね……。ここを嗅ぎつけて、もう来たんだ。お出迎えしてあげましょう」


 シルヴィアがにやりと笑い、立ち上がった。


 全員で入口へと向かうと、ユーリ、イリス、騎士二名がいた。


「あらあら、さっきキレて攻撃してきた子じゃない」


 ユーリを見て、シルヴィアが嘲笑する。


「えっと……さっきは悪かった。ごめん。ところで……ここが地獄?」


 謝るユーリ。


「おーおー、悪魔達もいるねー」


 悪魔達を見て、イリスが弾んだ声をあげる。


「そうよ。地獄まで入ってくるなんて、覚悟は出来ているんでしょうね。外の連中と同じようにしてあげるから」

「争うために来たんじゃないのよねー」


 挑発的なシルヴィアに対し、イリスがお気楽な口調で告げた。


「さっきの貴女達の提案通りに進めてあげてもいいと思ってねー。ただし、カトリーヌや、そこのウルスラに危害が及ばない保障付きでね」

「私達は復讐が目的なのよ?」

「ははっ、何言ってるのー。貴女だけでしょー。ウルスラを勝手に巻き込んでんじゃないよ。ウルスラもさあ、そのシルヴィアって子に同情だか同調するのは勝手だけど、それで貴女も手を汚す気ですかー? 絵本の中の話だろうと、人を殺せばそれはリアルな現実の記憶として残っちゃいますよ?」

「う……」


 イリスがからかうような口振りで警告すると、ウルスラは臆した顔つきになって呻いた。


(シルヴィアを殺す以外で物語を進行させるとなると、シルヴィアの思惑にある程度乗ってやるしかない。その過程で、ウルスラの身に危険が及ぶ寸前に、ウルスラを助ける。そのためにウルスラとシルヴィアから目を離さないようにしないと)


 ユーリはずっとウルスラとシルヴィアを見て、特にシルヴィアがおかしな動きをしないか警戒していた。現時点では何かする可能性は薄いと思われるが、それでも何が起こるかわからない。


「カトリーヌにどんな復讐するつもりなのか知らないけど、ウルスラを傷つけるようなことはしないでよね~。体だけじゃなくて心もね」


 と、イリス。


「それはわかってる。最初は違ったけどね」

「最初は違ったってどういう意味?」


 シルヴィアの台詞を聞いて、ユーリが質問した。


「カトリーヌの娘を、カトリーヌへの復讐のために、殺してやるつもりだった。でもウルスラと話しているうちに、その気は無くなったってことよ」

「鵜呑みにするわけにもいかないけど、ま、信じてあげるわー。ユーリ君、ミヤ殿とノアちゃんを呼んでくださいなー。カトリーヌと旦那もセットでねー」

「はい」


 イリスに要請され、ユーリはミヤに念話を送った。

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