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10-2 地獄で打ち解ける踊り子の娘達

 物語は三日前に遡る。


 ウルスラが空間の歪みにひきずりこまれた先には、少し年上のプラチナブロンドの少女と、恐ろしい姿の悪魔達の姿があった。


 空間の歪みを抜ける時点で、ウルスラの頭の中で映像と音声が流れ続けた。自分が人喰い絵本の中へと引きずり込まれたのだと、理解する。

 そして目の前にいるのは、いじめられて自殺して、地獄で悪魔達と仲良くなった少女シルヴィアだという事も理解する。


「シルヴィア……ああ、変な感覚ね。自分と同じ名を他人に向かって呼ぶなんて。しかも貴女は、あのカトリーヌの娘」


 シルヴィアがウルスラを見つめて喋る。


「ようこそ。地獄へ。これは私の友達の悪魔達よ。シルヴィア、これから貴女も友達になれるかもね」


 嬉しそうに話しかけるシルヴィアに対し、ウルスラは無言だった。恐怖しているわけではない。何を話せばいいかわからないだけだ。


「ねえシルヴィア、何黙ってるの? あまり怖がってもないようだけど――」

「私のこと、シルヴィアって呼ぶのやめて。私はウルスラよ。それに、貴女の名前もシルヴィアで、私もシルヴィアって、ややこしいと思わない?」


 プラチナブロンドの少女に向かって、ウルスラは訴える。咄嗟に思いついたことがそれだった。


「そうね。確かにややこしい。でもウルスラって? そっちが本名? シルヴィアは芸名? さもなきゃ愛称?」

「え、ええ……そんなところ。うん、ニックネーム」


 シルヴィアに問われ、適当に誤魔化すウルスラ。


「じゃあウルスラで呼ぶわ。私ね、昔は大人しくて、こんなに喋る子じゃなかったんだ。でも、地獄に落ちてから性格変わったのよ。地獄に落ちてから明るくなったの。おかしな話でしょ。悪魔達は、悪魔なのに皆優しかったから、私は救われたんだ」

「それで……私をここに連れてきて、何をするの? 何が目的?」


 ウルスラの問いに、シルヴィアはにんまりと笑ってみせた。


「聞きたい? 何か貴女この状況で平然としているけど、流石にこれを聞けば震えるんじゃないかと思う」


 声のトーンを下げて脅しにかかるシルヴィアであったが、ウルスラは動じない。


「私はずっと貴女の母親であるカトリーヌへ復讐するつもりでいたの」

「私をそのために利用するのよね?」

「そうよ。私はみじめにいじめ殺されたのに、カトリーヌはさっさと結婚して幸せになって、許せないと思わない? その娘である貴女も許せないわ」


 シルヴィアの声に憎悪の響きが宿り、笑みが消え、目つきが暗くなる。


「好きにすればいいよ……」

「何その態度? いや、何その台詞……」


 先程から一切脅える様子を見せず、平然としているウルスラを、シルヴィアは不思議に思った。


「私もずっといじめられてたから、貴女の気持ち、わからないこともない。いじめられ続けて、最後は似たような子の復讐に役立てる? それで私は死ぬの? そういう死に方も……悪くないかな?」

「ウルスラ……貴女は……」


 儚く微笑むウルスラを見て、シルヴィアは衝撃を受ける。


「シルヴィアは、助けてくれる人はいなかったの?」

「いたら自殺なんてしないよ」


 ウルスラの問いに、シルヴィアは吐き捨てる。


「あんたの親は? 私みたいに……いじめられていることに気付いてないの?」


 どうやらウルスラも自分とよく似た境遇だと察し、シルヴィアは尋ねる。


「私が踊り子として成功していることが、お父さんとお母さんとお婆さんの自慢だった。私に期待していたのはそれだけ。親にとって、私はそれだけの存在。友達を作って遊ぶことも許してくれなかったし……」


 暗い顔で語るウルスラに、シルヴィアと悪魔達の表情も曇った。


「計画変更かなあ……。カトリーヌの奴、自分の娘がいじめられて辛いことにも気が付いてないのね。ったく……」


 大きく息を吐くシルヴィア。ウルスラに自分を重ね合わせ、憎むことができなくなっていた。


(この絵本のカトリーヌって人は、私のお母さんじゃないんだけどな。でも、説明してもわかってもらえなさそう)


 その辺は面倒なので、今は黙っておこうと心に決めるウルスラ。


「皆で相談しよう。ウルスラ……貴女を復讐のために利用して使い捨てるつもりでいたけど、やめるわ」


 そう言ってシルヴィアは、悪魔達を見渡した。


***


 人喰い絵本の中に入った、ユーリ、ミヤ、ノア、黒騎士団副団長のイリスと他二名の騎士の計六名は、都市の中へと出た。


 取り敢えず拠点に出来る宿を見つけ、六人は情報収集に出る事にする。魔法使い組と騎士組で、それぞれ三人ずつ別の部屋を取ることにした。


「この絵本の中には嬲り神の気配は無さそうだね。まずはカトリーヌとかいう踊り子について、情報収集だ。ああ、もちろん先に入った連中の捜索もしないとね」


 宿の部屋の中で、ミヤがユーリとノアを前にして言った。


「あの騎士達は役に立つの?」


 ノアが尋ねる。少なくとも戦闘になれば、騎士達など不要に思える。


「人喰い絵本の攻略の要である魔術師を、身を張って護るための騎士様達さ。脆い魔術師は、誰かに護られてなくちゃ、ひとたまりもないからね。とはいえ、魔法使いの護衛なんていらないけど、それでも護衛以外に役立つ事もあるよ」


 魔法使いは魔術師と違い、呪文の詠唱は不要であるし、瞬時の再生や転移や肉体強化等が出来るため、騎士達の護衛が必要かと言えば、ノアの考え通り、限りなく不要な存在である。それでも人喰い絵本の中では、戦闘以外にもある程度の人手を要する事もあるために、魔法使いが入る際も、騎士達が同行する決まりになっている。


「嬲り神は、本当に僕の母さんを殺したんですか?」

「藪から棒に……またその話かい。直接手をかけたわけではないだろうね。あいつは絵本を改ざんしただけだろうよ。そして絵本に選ばれ、お前と一緒に吸い込まれ、絵本の中で殺されたのさ」


 ユーリが脈絡もなく口にした話題に、一気に機嫌を悪くするミヤ。


「嬲り神が僕を助けたのは……」

「それを言うのはやめなって言ってるだろ」

「師匠、どうしてそれを口にすると怒るんです?」


 ユーリの発言を抑えようとするミヤだが、ユーリはこの時退くことなく、挑みかかるような口調で問い詰めた。


「何の話してるの? 嬲り神がどうこう言ってたけど」


 ノアが割り込んで尋ねる。


「僕は五歳の頃に母さんと一緒に人喰い絵本の中に吸い込まれて、そこで母さんは死んだんだ。僕は嬲り神に助けられて……その後師匠に助けられた」

「嬲り神に助けられた……?」


 あんなものが人助けをするのかと、ノアにはおかしく感じられた。全然イメージに合わない。


「あんなのに恩義を感じるんじゃないよ。ただの気まぐれかもしれない。あるいはもっと悪いことかもしれない。お前を利用するためかもしれないんだよ」

「俺も師匠に賛成。一回しか会った事ないけど、あれはろくな奴じゃない」

「うむ。あんなもん、悪以外の何物でもないわ。人喰い絵本を操作して、大勢の人間を死に追いやってるんだよ」

(私もミヤとノアに賛成よ。嬲り神に気を許さないで)


 ミヤとノアが否定的な言葉を口にした後に、頭の中に響く柔らかな女性の声まで、否定的な発言をした。


(セントもか……。僕が間違っているのかもしれないけど、どうしても釈然としないんだよ。一度嬲り神と話をしてみたいよ。どうして僕を助けたのか、貴方は何なのかってさ)


 孤立してしまった気がして、ユーリはがっかりとする。


(それを言えば、セントも何なのかって話だけど)

(ごめんなさいね。答えられなくて)


 ユーリの心の中でもぼやきに、セントは申し訳なさそうな声を発した。


 その後、魔法使い組三人は部屋を出て、騎士達六人と共に宿の外に出る。


「うぃーっす、んじゃ、皆さんよろしくちゃーん」


 イリスが翼を大きくはためかせながら、軽い声を出す。


「この鳥が副団長なんだ。鳥だけど強そう」

「ちょっとノア、失礼だよ」


 ノアが言い、ユーリが注意する。


「オウギワシですよ。別に失礼じゃないですしー。褒めてくれてるみたいだから、ありがとさまままって言っておきまー」


 ノアの方を向いて、明るい声を出すイリス。


(確かにイリスさんの戦闘力は、黒騎士団では群を抜いているんだよね。下手な魔術師よりずっと強い。一番頼りになる人だ)


 ユーリが頼もしそうにイリスを見やる。過去何度かイリスと同行し、その強さを見せつけられている。


「ここに入る際に見た絵本の内容さ、途中で話が終わっていたけど、これは復讐の話だよね?」

「そうだね。どういう展開になるか、パターンは幾つか予想できるよ」


 ノアが伺い、ユーリが言った。


「シルヴィアって名前が二人分なのは面倒。幽霊シルヴィアと娘シルヴィアで呼ぼうか」


 と、ノア。


「それでもいいですけどー、多分私の推測だと、絵本に吸い込まれたウルスラちゃんが、二人のシルヴィアちゃんのどっちかになってると思うんです」

「多分、幽霊にさらわれた娘の方の役を、ウルスラがやらされているんだろうさ」


 イリスとミヤが言う。


 その後予定通り二手に分かれて、町の中で聞き込みを開始する。


 得られた情報は、カトリーヌの娘のシルヴィアのいる劇団の劇場と、シルヴィアの評判くらいのものだった。


「確かにさらわれたシルヴィアは、ウルスラと色々かぶる」


 ノアもミヤの読みが正しいと感じられた。


「手がかりは掴んだけど、すでにシルヴィアさんはさらわれていますよね。母親のカトリーヌさんの居場所を知りたいところですが」


 と、ユーリ。


「カトリーヌに対する復讐なのだから、カトリーヌを張っていればシルヴィアの霊がいずれ現れるって寸法ですねー、ユーリ君」

「ええ、ただ、それだと後手になってしまうのが難です」


 イリスが確認し、ユーリが頷いた。


「取り敢えず劇場に向かってみるのがいいさね。そこならカトリーヌとシルヴィアの家もわかるだろう」


 ミヤが言い、全員で劇場へと向かった。


 劇場の職員に催眠魔法をかけて、カトリーヌの家を聞き出し、カトリーヌの家へと向かう。


 家を訪れると、カトリーヌとその夫が出てきた。カトリーヌは赤ん坊を抱いている。


「おお、美味そうなガキがいる~。じゅるり」

「これ、やめんか」


 ふざけるイリスをミヤが小声で叱る。


「ていうかイリスは人食べるの?」

「いや、ナマケモノとか猿が大好物なんですけど。赤ん坊って猿に似てるし、どうしても食欲湧いちゃうっていうかー。えへへへ。あ、もちろん食べたことは無いですよー。私っだってこんなナリしても、一応、人扱いになっているわけですしー」


 ノアの疑問に答えるイリス。


「あの人達の同僚さんですか……?」


 恐る恐る尋ねるカトリーヌ。


「あの人達って、もしかして……」


 昨日この人喰い絵本に入った先発部隊ではないかと、ユーリは勘繰る。ミヤもイリスも他の騎士達も、同じことを考えた。


「昨日も来たわ。そこにいるお二人のように、黒い甲冑を来た人と、ローブ姿の人。娘を取り返してやると言った人達」


 カトリーヌの言葉が、思い浮かんだ推測を即座に裏付けた。


「そいつらどこ行ったか知ってますー?」


 イリスが尋ねた。

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