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10-1 猫撫でスキルの存在を知ったノア

 ノアがミヤの弟子になって、一週間目。


「また……平和すぎる一日が始まる」


 大の字に寝転がり、穏やかな表情で、広間の天井を見上げて呟くノア。


「母さんのいない一日が始まる。まだ慣れない。穏やかさにも慣れない。緊張感ゼロだ」

「何を一人でぶつぶつ喋っているんだい」


 ノアの側に寄ってきたミヤが声をかける。


「婆接近。こうして独り言を言っても、怒られることはない。婆が変な顔するだけで。そして婆と暮らしているうちに、猫の表情というものが段々わかるようになってきた。この婆、猫なのにたまに笑うし」

「お前は師匠を婆呼ばわりするのを、意地でもやめないつもりだね……」

「ごめん、師匠。今のは独り言だから。師匠の前ではちゃんと師匠って言うよ。婆がいなくなった所で、師匠のこと婆って呼ぶようにするよ」

「それを儂の前で言うかね。大したタマだよ」


 いけしゃあしゃあと言ってのけるノアに、ミヤは呆れを通り越して感心すらしていた。


「師匠、喉ナデナデしてあげるからもっとこっちおいで」


 ノアが身を起こし、ミヤに向かって手を差し伸べ、手招きする。


「それは師匠にすることじゃないだろ。それに、誰に向かっておいでとか言ってるんだい。そして儂は師というだけではなく、お前を家に置いて、食わせてやっている保護者でもあるんだよ。ついでに言うとお前よりずっと年上だ。きちんと敬意を払って接しな」

「母さんみたいに接しないと駄目ってこと?」

「へりくだれとかへつらえとかじゃないよ。親しき仲にも礼儀ありって言葉を知らんのかい? 家族だろうと親友だろうと、最低限の礼節は尽くすもんさ。目上の者だったら余計にね」


 ミヤの言葉の数々を聞き、ノアは腕組みして、しばし思案する。


「つまりちょっとだけ礼を尽くす。俺の方針であってるはず。師匠の目の前では師匠呼びってことであってる。でも撫でるのは駄目なの? 先輩は師匠をよく撫でてるし」

「あれはマッサージなんだよ。儂の体がよくないからね、儂は頼んでもいないのにユーリは自発的にやってくれる。でもね、お前はただそこに猫がいるから、自分が撫でたいだけだろう? これはあまり言いたくないことだけど、お前に撫でられても、撫で方がえらく下手だから……いまいちなんだよね……」

「ええ……? 猫の撫で方にスキルって必要だったんだ……。つまり猫は撫でられる際、撫でる相手のスキル鑑定をいちいちしてるの?」


 ミヤの話に衝撃を受けるノア。


「うむ。儂はしてるよ。ポイントもつけている」


 ミヤがにやりと笑った。猫であるにも関わらず笑顔を作るミヤを見て、ノアの心が奇妙な疼きを覚える。


「さっさと部屋の掃除をしな。それと、エニャルギーの精製もやるんだよ。それもうちらの大事な仕事だ。ま、儂等は人喰い絵本の対処なんかの治安維持がメインの仕事だから、エニャルギーの精製はほどほどでいいけどね」

「それも母さんによくやらされていたな」


 懐かしい表情になるノア。気絶するまでエニャルギー精製をやらされ、気絶したら頭を足で蹴り飛ばされて起こされ、エニャルギー精製を無理矢理再開させられるという毎日だった。そうしてノアが作ったエニャルギーを売り払った金を、マミはレストランや酒場やカジノや男娼相手に散財しまくっていた。


「最近エニャルギーが高騰しているって噂聞いたけど」


 と、ノア。


「魔術師の数が減ってきちまっているからね。人喰い絵本の対処で死人が増えている。そのうち人喰い絵本の対処に、魔術師を投入はしなくなるかもしれないね」

「魔術学院があれば、魔術師の数を増やせるんですよね?」


 ユーリが広間に現れ、会話に混じった。


「ああ、そうなるね。貴族に解体されちまったけど、これは魔術師ギルドと魔術学院を復活させるチャンスにもなるかもね。魔術師が減り、エニャルギーも減っていけば、そういう声も強くなっていくだろうし。まあ、その前に対立が起こりそうだけど」


 ミヤの声が憂いを帯びる。


「対立……K&Mアゲインがその辺を利用してきそうですね。僕だったら絶対に大義名分にする」

「そりゃするだろうさ。お前でなくてもさ」


 案じるユーリに、ミヤは皮肉げに言う。


「エニャルギーって名前の由来、師匠なんだよね?」

「は? 違うぞ。 誰からそんなこと聞いた?」


 ノアの質問に、ミヤは鳩が豆鉄砲を食ったような顔になって問い返す。


「エニャルギーを最初に創り出した魔法使いが猫だったって聞いたから」

「儂が生まれるよりずっと昔、猫の魔法使いが初めに創り出して、名付けたとは聞いている。儂ではないよ」

「あ、そうなんだ。何か勘違いしてた。如何にも師匠がつけそうなネーミングだし」

「ふん、無自覚に儂をディスりおったな。マイナス1、と。儂がそんなダサい名前つけるかい」


 ミヤが不機嫌そうに吐き捨てる。


「K&Mアゲインもひどいネーミングセンスだね。安直すぎ」


 ノアが言った。


「はっ、アザミに会ったら、直接言っておやり。そうしたらプラス1してやるよ」


 何故か小気味よさそうに言うミヤ。


「ねえ先輩、この婆、マイナスは頻繁にするし、マイナスの数字は大きいのに、プラスは滅多にしないうえに、プラスされるポイント低めじゃない?」

「う、うん……」


 ノアに率直すぎる疑問をぶつけられ、ユーリは困ったようにミヤをチラ見しながら頷く。


「それはお前等がプラスに値することをせず、マイナスの言動がデカいからだよ。それとまた婆と言ったね。ノアはマイナス3、ユーリはマイナス1だ」

「ええっ? 何で僕までマイナスなんです?」

「ふん。ノアの言葉に否定しないで頷いたじゃないか。そりゃマイナスに決まってるよ」


 心外そうな声をあげるユーリに、ミヤが鼻を鳴らした。


 呼び鈴が三回鳴る。黒騎士団からの依頼を示す合図だ。


「おはようございます。ミヤ様」


 扉を開けると、ゴートが恭しく頭を取れた。


「とある貴族の屋敷で人喰い絵本が発生しました。そこのウルスラという娘が行方不明になっています。昨日派遣した救助部隊は帰還しなかったので、ミヤ様にお願い参りました」

「あのウルスラが……」


 ゴートの依頼を聞き、ユーリは驚く。


「話題の踊り子だね。あれ? 役者だっけ?」

「両方」


 ミヤとノアが言った。


(ざまあみろって気分。でも口に出して言うと怒られそう)


 こっそりほくそ笑むノア。


「人喰い絵本の発生頻度が異常に上がっていますね」


 ユーリが憂い顔で言い、ミヤを見た。


「三百年前、まだ人喰い絵本が世の中に現れ始めた頃は、年に数回程度だったよ。今ではほぼ毎日もしかも一日に二回以上の発生も珍しくないときた。どうなっているんだかね」


 ミヤが後ろ足で頭を掻きながら、しみじみと言う。


「ノア、お前は人喰い絵本の中に入ったことがあるんだよね」

「ちょっと前にね。ちゃんと攻略して、いい感じに物語を紡ぎあげたよ」


 ミヤが伺うと、ノアが自慢げに答える。


「じゃあ大体の流れはわかっているね。とはいえ、パターンは無数にあるし、いつも同じようなもんだと思わないでおきな。儂の元で修行するなら、これからずっと、人喰い絵本の対処に追われる。しかも、救出班が入って帰って来ず、失敗の可能性が高いと見られる、難易度の高い人喰い絵本が多い」

「やり甲斐あるね。楽しそう」


 ミヤの説明を受け、言葉通り楽しそうな顔になるノア。


 三人は準備を整える。


「ほう、ノア殿はミヤ殿と同じく、帽子を中折れにしているのですか」


 帽子を被ったノアを見て、ゴートが微笑む。


「こっちの方が俺は好き。とんがったままなのは俺にあわない」

「うーん……僕はとんがったままの方がいいけどなあ」


 ノアが堂々と主張すると、ユーリが控えめに述べた。


***


・【少女の霊は地獄で踊り続ける】


 往年の踊り子カトリーヌは、娘を幽霊にさらわれた。


 娘をさらったのは、娘と同じ年頃のプラチナブロンドの少女の霊だった。怨嗟に満ちた目で自分を睨む少女を見て、カトリーヌは悲鳴をあげた。

 それはかつてカトリーヌが少女だった頃、カトリーヌと並び立つ実力を持つ踊り子だった。名前はシルヴィア。カトリーヌは自分がのし上がるために、シルヴィアを蹴落としにかかる事に決めたのである。


「親の七光りで舞台に立っている苦労知らずのくせに」

「不必要に客に媚びてない?」

「舞台監督を色仕掛けで篭絡して、いい役貰ってるんでしょ?」


 カトリーヌはシルヴィアの顔を見る度に罵った。シルヴィアは気が弱かったため、それらのそしりを受けてもただ耐えて、言い返さなかった。その気の弱さは、カトリーヌにとって好都合であり、カトリーヌの嗜虐心を余計にかきたてる。


 やがてカトリーヌは罵倒するだけでは物足りなくなり、シルヴィアに暴力まで振るうようになる。ただし、舞台に影響が出ないように、狙いは腹や胸などに絞った。

 さらにはシルヴィアの物を盗んだり、悪評を広めたりと、カトリーヌの行いは次第にエスカレートしていく。

 最初はシルヴィアを業界から追い出すためという目的のために、カトリーヌはシルヴィアをいじめていたが、いつしかシルヴィアをいじめことそのものが楽しくなっていた。


 ありとあらゆる行為で追い詰められたシルヴィアは、ある日、舞台で演劇を行っている最中に、短刀を取り出して、自分の喉を突いた。カトリーヌと共演している最中の出来事――カトリーヌの見ている前で、自害した。

 カトリーヌはその時見た。シルヴィアが自分に向かって浮かべた、安らぎに満ちた微笑を。


 その後、カトリーヌは心を病み、踊れなくなってしまう。


 長年にわたって罪悪感に苦しんだカトリーヌだが、年月を経て、少しずつ心の傷も和らいでいった。


 やがてカトリーヌは裕福な男性の元に嫁いで、息子と娘を一人ずつ儲けた。

 カトリーヌは何を思ったのか、娘にシルヴィアという名をつけた。そして娘を踊り子にしようと決めた。その名をつけた事には、様々な理由がある。


「きゃあああぁっ!」


 ある嵐の夜、カトリーヌは窓の外に浮かんでいる二人の少女を見て、悲鳴をあげた。


 娘と同じ名を持ち、かつてカトリーヌが追い詰めて死なせたプラチナブロンドの少女が、幽霊となってカトリーヌの前に現れ、家の窓の外に現れたのである。その腕には、カトリーヌの娘が意識を失った状態で抱かれ、二人して宙に浮かんでいた。


「シルヴィア……」


 悲鳴をあげた後、カトリーヌは震えながら、二人の少女の同じ名を口にする。


「私はずっと踊っていたの。地獄でね」


 かつてカトリーヌが死に追いやったシルヴィアが、歪んだ笑みを広げて語りだす。


「恨みを抱き、呪い殺してやるつもりで死んだ私は、あんなにいじめられて辛かった後、地獄に落ちちゃったのよ。そして地獄の悪魔の前で踊り続けた。悪魔達は凄く喜んでくれて、私の踊りを評価してくれたわ。例え悪魔が相手でも、私は嬉しかった。ずっと踊り続けながら、生きていた頃にいかに酷い目にあったか、悪魔達の前で嘆いていたの。悪魔達はとても優しくしてくれた。私に同情してくれた」


 ねちっこい口調で話していたシルヴィアであったが、悪魔達が優しくしてくれたと口にした所だけ、口調も優しくなっていた。笑みも穏やかなものに変化していた。


「私は悪魔達とすっかり仲良くなって、力と知恵を借りて、復讐する方法も教えてもらって、こうして今ここに来たの。貴女……娘が出来て、しかもその娘に私の名前つけたのね? どういうつもり? 私の名前まで奪おうっていうの?」

「違う……そうじゃない……。私は……」


 カトリーヌがシルヴィアの名を娘にもつけた理由は、悔恨と戒めのためだ。そしてもっと特別な理由もある。しかしそれを口にするのは躊躇われた。


「貴女の一番大事なもの、私が貰っていくね。私のいる地獄に連れて行って、私のお友達の悪魔達の前で踊らせる」


 カトリーヌが死に追いやったシルヴィアが宣言した直後、雷鳴が轟く。


「やめて! それだけはお願い! 娘は関係無い! 恨みを晴らすなら私だけにして!」


 必死に懇願するカトリーヌを見下ろし、シルヴィアは鼻で笑った。


「私がどれだけ辛かったと思うの? カトリーヌ、私は貴女こそが悪魔に思えたわ。そんな貴女の血を引いている娘なんだもの、ろくでもない娘に決まってる。同罪よ。貴女を苦しめるために役立って貰うわ。あはははははははっ!」


 哄笑と共にシルヴィアが飛び上がり、二人のシルヴィアは嵐の夜空の彼方へと飛び去った。

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