8-3 裏切りのタイミングは重要
「XXXX、覚悟しろ!」
マミ達の後方から黒騎士団が駆けてくる。馬に乗ったゴートがマミに向かって叫ぶ。すでに全員得物を抜いている。
「ははは、騎士なんかが何の役に立つってのよ」
嘲笑する一方で、マミは解析魔法をかけて見抜いていた。騎士達がいるように見えるのは幻影だ。遠方にいる騎士達をこの場に映し、騎士達にもこの場が見えている。そういう魔法か魔術をかけている。
実際この場に騎士を連れてきても、戦力として勘定されない。呪文の詠唱もなく魔法を発動させ、傷を受けても再生し、空を自在に飛べ、空間転移も行える魔法使い相手に、騎士が何をどうやっても太刀打ちできるものではない。
(気を散らすため? 何でわざわざそんなことするかわからないけど、向こうには向こうで策があるみたいね)
警戒し、マミは騎士達の幻影に手出しをしないことに決める。
「突撃ーっ!」
ゴートが命じると、騎士達がランスを構えて、一斉に馬を走らせる。
(幻影に攻撃されたからといって……どうなるというの?)
不審に思いながらも、マミは空に飛びあがり、騎士達の攻撃の届かぬ場所へと移動する。
「クロスボウ!」
ゴートの掛け声に応じ、騎士達が得物をランスからクロスボウに持ち替え、空中にいるマミに向け、射出した。
マミは嫌な予感がして、魔法で空を舞い続け、クロスボウの射撃も避けたが、一発だけ避け損ね、腕を撃ち抜かれた。
矢が肉を貫く確かな感触。魔法ですぐに矢を引き抜いて傷口も再生する。しかし精神的な衝撃は大きかった。
(当たると刺さる? 攻撃が通じる? そうか……そういう魔法をかけたわけね。そんなことが出来るなんて……)
騎士達の存在は幻影だ。本物は遠方にいる。しかし遠方で騎士達も実際に動いている。馬を走らせ、クロスボウも射かけている。そして騎士達の幻影の攻撃が、マミに当たるその瞬間だけ、それは幻影ではなくなる。攻撃そのものが一瞬だけ転移されるのか、幻影が実体化するかのどちらかだ。
マミがミヤを見る。ミヤのキャットフェイスが笑っているかのように、マミの目には映る。
「これが大魔法使いミヤの実力ってわけね」
マミが震える。恐怖と武者震いが半々の震えだ。
幻影そのものを解除することも、マミには出来る。しかしかなりの力を消耗すると見なし、騎士の幻影は放っておくことにした。厄介ではあるが、致命的なものでもなければ、戦局を大きく左右するほどのものではないと判断する。
マミが片手を軽く上げ、人差し指と中指と親指を立て、合図を送った。
魔法で隠れていたノアが姿を現し、大きな魔法を発動させた。
草原の風景が一変した。夜空が赤く染まる。月も草も赤い。赤い世界。騎士達の幻影も赤い。しかしその場にいるミヤ、マミ、ユーリ、ノアの四人の色だけは正常だ。
「ふん、空間変化の結界か。隠れていたあの子に準備させていたわけだね」
ミヤがノアを一瞥して鼻を鳴らす。実はこの手でくることも承知済みだった。ノアが飛ばした紙飛行機の手紙に書いてあった。
どういう作用をもたらされるかは不明だが、ミヤとユーリは現在、周囲の空間と遮断されている。この真っ赤な空間内では、世界の法則性からして異なると思われる。魔術で言うなら、大規模な儀式魔術による結界術の類だ。本来なら、幾つもの触媒を用意したうえで、魔術師数人がかりで時間をかけ行う代物だが、短時間でノア一人が作りだした。
「魔法使い二人組であるからこそできる芸当だ。お前が儂等の気を惹いている間に、あの子に準備させていたわけだね」
ミヤがマミ達の企みを言い当てる。これはノアの手紙に書かれていなかったので、マミが即席でこしらえた手だと思われる。
「ま、こっちも魔法使い二人組だ。半人前だけどね。ユーリ、あの子の相手をしてあげな」
「はいっ」
ミヤに促され、ユーリはノアの前方へと移動した。
「やあ、ユーリ」
ユーリの顔を見たノアは、自然と嬉しそうな微笑を零した。
ノアはユーリと向かい合い、自殺しようとした時の事を思い出していた。ユーリにあの時自殺を止められたからこそ、今があると意識する。
「君のその魔法は――」
「この結界の支柱は四つ。魔術だろうと魔法だろうと、結界の仕組みは一緒ってことは知ってるよね? 最低三つの支柱が必要で、その支柱が三つ未満になると、結界は破壊される。俺は破壊されないように支柱を護る」
ユーリが何か話そうとするのを遮り、ノアが自分のかけた魔法の解説を行う。
「別に支柱を破壊する以外にも、結界を破壊する方法はあるけど、支柱の破壊が最も楽で確実な方法って話だよ」
喋りながら、ノアは魔力を練り上げ、形にしていく。不可視だが、確かに魔力の形が出来上がっていく。常人の目には魔力は不可視だが、ユーリの超感覚をもってすれば、その魔力の形が見えた。
(せっかくだから、少しくらいは遊びたい。ユーリと腕試ししたい)
「僕と力比べしたいの?」
ノアがそう思った矢先、ユーリが尋ねてきた。
「言わずとも伝わった。嬉しいね」
にっこりと笑うノア。
(その気になれば支柱なんて無視して、結界そのものを内側から破壊できるけどね。そいつは消耗が激しくてわりがあわない。ユーリに――いや、ユーリとノアに任せた方がいいって話さ)
ミヤがユーリとノアがいる方を一瞥して思った矢先、マミが攻撃してきた。
何十もの真っ赤な草が巨大化して伸び、鋭い刃と化して、ミヤを全方向から串刺しにせんとする。
ミヤは自分の周囲に魔力の渦巻きを発生させる。ただの渦巻きではない。渦巻きの中に薄い魔力の布切れのような物を混ぜていた。
真紅の赤い草の刃が渦巻きの中に入り、魔力の布に触れた瞬間、草の刃が布に絡まり、ぼろぼろに崩れて消滅する。何十本の草の刃は、一つとしてミヤに届かない。
マミは続けて攻撃しようとしたが、出来なかった。騎士達の射撃に気を取られた。大したダメージにはならないが、意外と鬱陶しい。特に頭を狙われた時は流石に不味い。頭を撃ち抜かれたら、再生するまでの間、思考が完全に途切れてしまう。
(畜生……戦局を致命的に左右するほどじゃないけど、わりと効果があるわね)
そうこうしているうちに、ミヤが自分を攻撃してくるだろうと思っていたマミだが、ミヤからの攻撃は無かった。
マミがミヤを見ると、ミヤは激しく喀血していた。
「げふっ、げほっ」
苦しげな顔で、咳と共に血を吐き出すミヤを見て、マミは一瞬ぽかんとする。
「ミヤ殿!?」
ゴートがそれを見て叫ぶ。その叫び声を聞き、ユーリもミヤを見た。
「師匠!」
ミヤが喀血する様を見て、ユーリはノアとの戦いを放り出し、ミヤの側へと転移した。
「何? 私の攻撃で深刻なダメージを与えたようには……」
戸惑っていたのはマミも同様だった。
(病気? いや、そんなの魔法で治すでしょ、普通。魔力切れを起こすにしても早すぎるし、何でいきなり倒れたの? 私達と戦闘する前に魔力を大量に使うようなことでもしたの? というか、ミヤからはまだ大量に魔力を感じるし、それであんな風になるのは……)
ミヤが突然おかしくなった理由が何であるか、マミは頭を巡らせる。演技して、油断を誘っているという可能性も考えられたが、このタイミングでそのようなことをする理由も無い。
「こんな時に……げほげほっ」
血を吐き、顔をしかめるミヤ。
(これは本当に体調不良みたいね。それなら攻めるのみ)
マミはチャンスと見て、地面から血が滴る赤い触手を何本も伸ばし、ミヤに向けて放った。
ミヤの前にユーリが立ちはだかり、伸びてくる触手を片っ端から衝撃波で弾き飛ばす。
「師匠、ブラッシーさんから頂いた健康グッズ、試してなかったんですか? それとも全部効き目が無かったんですか?」
マミの攻撃を防ぎ、ユーリが後方のミヤに尋ねる。
「アホかい。まだ一つも試していないよ。連盟会議に行ってたおかげで、そんな暇も無かっただろうに」
(そういえばブラッシーさんと入れ違いにアベルさんがやってきて、すぐに家を出たんだった)
忌々しげに答えたミヤに、ユーリは納得した。
(今がチャンスなのに、あの子は何してるの?)
ノアがユーリに攻撃を仕掛けない事を、不審に思うマミ。
「ノア! 貴女、どうして何もせずにぼーっとしてるの!?」
「俺は結界の支柱を護る方に専念しないと、隙を突かれて壊されるかもしれないよ? あれだって、油断を誘う演技かもしれない」
マミが怒鳴ると、ノアはしれっと答えた。
「理由はわからないけど、あれは演技ではないと思うわ。そんな演技をして隙を突くようなセコい手を使う意味がわからない。向こうが実力的に大きく劣っているわけじゃないし」
口調を和らげて告げるマミ。
ノアは思案する。これは思わぬ展開だった。そしてこのままマミと共にユーリとミヤを攻撃してしまえば、一巻の終わりになりそうだとも思う。
大魔法使いミヤに挑み、その際に自分がマミを裏切る形になれば、マミを殺すことも出来ると踏んでいたノアだが、ミヤがあのような状態になった事で、その望みが遠のいてしまった。
(予定よりはちょっと早いけど、仕方ないね。あの猫が戦えないとなれば、ユーリと騎士の幻影だけじゃ、とても母さんを止められないだろうし)
ノアが息を吐き、マミの後方へと移動する。
マミの後ろから、ノアはユーリに向かって軽く手を上げ、握った拳の親指を立てたかと思うと、親指を下に向けた。それが合図だった。
ユーリがマミめがけて攻撃する。様々な軌道で魔力弾を連続で放つ。たとえ避けても、ホーミングして当たる代物だ。
マミが魔力の障壁を用いて、魔力弾を防ぐ。避けても、例え転移しても追撃してくる攻撃だと、すぐに見抜いた。それなら防いで無力化するしかない。
そのマミの背中に、凄まじい衝撃が加えられた。マミの体が前方に吹き飛び、自分で作った魔力壁に当たった。
そのはずみに魔力壁が破壊され、マミに全ての魔力弾が降り注いだ。
常人なら致命傷のダメージを負ったマミだが、魔法使いは脳や心臓が破壊されても、魔力がある限りは自動的に再生できる。マミが受けた傷はたちどころに治っていく。しかし精神的なダメージは残っている。
マミが身を起こして振り返り、憤怒の形相でノアを睨む。後方からの攻撃は、どう考えてもノアによるものだ。
「ちょっと……何してんのよ、ノア。何やってるのよ。貴女……何してるのよ! 答えなさい! ウッキーッ!」
「母さん、見てわからない? 俺が母さんを裏切った」
金切り声で叫ぶマミに、笑顔で言ってのけるノア。
「な……何で私を裏切るのぉ……」
地の底から響くような唸り声と共にマミは立ち上がる。
「何で私にちゃんと支配されないの……? 何で一から十まで全て私の思い通りにならないの? 私が求めている子はそういう子だったし、そのためにあんたを作ったのに、何で私の期待に応えないの……?」
「肉体の痛みは耐えられる」
マミの言葉に対し、ノアは脈絡の無い台詞を口にした。
「歯茎を細い刃物で刻まれえぐられた事も。舌を熱した釘で刺された事も、爪を剥がされた後にやすりでこすられた事も、耐えられた。すぐ忘れた。あの痛みには及ばない」
母親を見て、にこにこと嬉しそうに微笑みながら、ノアは静かな口調で語る。しかし目は笑っていない。
「言葉で俺のことを否定されるあの痛みは、罵られる辛さは、どうしても慣れなかった。耐え難かった。俺はそれが一番苦しかったんだ」
喋っているうちに、ノアの声は次第に暗い響きになっていった。そして瞳には、何かが爆発する前触れかのような、強い光が宿っている。それは単純な怒りと怨恨と闘志と決意と、何より絶対的な殺意が混ざった目だった。
ノアの凶暴な眼差しに、マミは恐怖する。そして所有物である娘に恐怖させられたという事実に腹を立てる。
「自分は母さんの言いつけ通りに動けない愚か者です役立たずです無能ですごめんなさい……こんな台詞もう二度と言いたくない。いつもいつも強要されていたけど、もう嫌だ。今言ったけど。もう二度と言わない。母さんが死ねば、母さんを殺せば、言う必要は無くなる」
マミを睨みながら、ノアが力強い声で言い放つ。マミはノアの視線を受け止め、怒りと闘志を募らせる。




