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8-2 ヒューマン・ドッジボール

 それはユーリが五歳の時。ユーリの母が死んで、ミヤに引き取られて間もない頃。


「何を祈ってるの? これは何?」


 祭壇に祈るミヤに、ユーリが質問する。


「祭壇だよ。祈りを捧げるためのものさ」

「何に何を祈ってるの?」

「内緒だよ。あんたもお祈り」

「え……うーん……」


 ミヤが柔らかい声で促すと、ユーリは難色を示した。


「僕は……祈りたい時に祈るよ。母さんに、祈りを忘れるなって言われた。自分のために祈るだけじゃなく、誰かのためにも祈ってあげるようにって」

「よい母さんだったんだねえ」


 ミヤが思ったことを口にすると、ユーリは半べそ顔になる。


「ユーリや、泣くんじゃない。泣いたらポイントをマイナス0.2するよ。悲しいのはわかるけど、いつまでも悲しんでいたら、お母さんが天国で安心できないよ。男の子なんだ。強く真っすぐ生きていくんだよ」

「男の子だと強く真っすぐ生きないと駄目なの? 女の子だったら強くなくてぐにゃぐにゃぷよぷよでもいいの?」

「ぷよぷよは余計だけど、女の子も出来れば強く真っすぐな方がいいね。でも男の子は余計に責任重大だってことさ。男の方が力も強いし頭も賢い。そして強い分、女の子を守ってあげないといけないからねえ」

「じゃあ男って損なんだ」


 頬を膨らますユーリを見て、ミヤは目を細めて小さくかぶりを振った。


「どうだろうねえ。ユーリもそのうち自然とわかる時が来るさ」


 そう言ってミヤは、ユーリの胸に飛びついた。


 慌ててミヤを受け止めようとしたユーリであったが、勢いに押されて尻もちをついてしまう。


「ほーらね。力の弱いお前は、猫一匹受け止めて抱いてあげられない。格好悪くないかい? マイナス1だ」

「師匠、今のズルい」

「ズルいかもね。でもお前にもっと力と知恵と注意力があれば、そんなズルさにも負けないよ? お前は弱いから負けたんだよ」


 抗議するユーリに、ミヤは面白がるかのような口振りで喋りながら、自分の頭をユーリの胸元にこすりつける。


「しくじった罰だ。儂をマッサージしな。いいと言うまでするんだよ」

「ううう~……」


 悪戯っぽい声で要求され、ユーリは不承不承、唸りながらミヤを撫でる。


(犯した罪への贖いのために祈っているのさ。決して許されない罪ではあるがね。それでも儂は少しでも祈るのさ。殺めた者達にね。今もなお失われている命への供養と謝罪のためにね。ユーリ、お前の母親にもだよ)


 ユーリに撫でられながら、ミヤは声に出さずに語りかける。


(ユーリのお母さんや……。お前さんを殺しちまって悪かったね。罪滅ぼし……というのもおこがましいが、私の命をもう少し引き延ばして、この子を一人前にするまで育てると誓うよ。天国からこの子を見守ってやっておくれ)


***


 夜。首都ソッスカーの山頂平野。ユーリとノアは街道をゆっくりと歩きながら、待っていた。XXXXの襲撃を。

 街道の周辺は草原だ。しかし生い茂る草は皆低く短い。とても見通しがいい。


「ここまでこちらに有利な条件だと、相手は攻撃を躊躇するかもしれませんね。あるいは僕達が襲撃を予期していて、待ち構えているようにも見えてしまうかもです。警戒されて、攻めあぐねている可能性がありますね」

「ふふっ、そうだね」


 ユーリの言葉を聞いて、おかしそうに笑い声を漏らして頷くミヤ。


「1ポンイトやろう。お前は戦いとなると、本当に良く頭が回るもんだよ。他の事にも頭を巡らせられるようになると、いいんだけどね」

「そ、そうですか……」


 褒められると同時に釘を刺されたことで、ユーリは苦笑いを浮かべる、


「儂等はXXXXの攻め方を予めわかっている。それも大きなアドバンテージだ。ノアの報せを信じるならの話だけどね」

「僕は信じますよ」


 先程飛ばされた紙飛行機の手紙には、襲撃を伝えるだけでなく、どのような手段で攻めてくるかも、二つほど書かれていた。しかしノアの母は、他にも手段を用いる可能性があるとも書かれている。


「何を根拠に信じるんだい? 鵜呑みにするのは危険だとは思わないのかい?」


 ミヤが鋭い口調で問う。


「ノアからは――最初の出会いでも、その後のやり取りでも、あの子の切実さが伝わってきたというか……」

「それもあんたを騙すための方便で、全て仕組んだ事という可能性だってあるよ」

「僕にはそう思えません」


 むきになって言い張るユーリを見て、ミヤは溜息をつく。


「お前は一度言い張ると聞かないね。誰に似たんだか」

「そんなのわかりきってるでしょ」


 ユーリが相好を崩す。


 その後、夜の街道で待つこと数分。


「来た。南からだ」


 探知魔法を断続的にかけて警戒していたミヤが報告した。ユーリも同じ魔法を用いて警戒を行っている。

 人間サイズのものが複数、明らかに常人では出せない速度で接近してきた。しかも地面を走っているわけではない。飛んできている。


「南と西からも来ましたよ。空を飛んでいます」

「東からもだ。これは……あれだね」


 何が来るのかは、大体わかっていた。ノアの手紙に書いてあったからだ。


「これでもノアを信じませんか?」

「少し信じてやってもいいけど、最後まで油断はしちゃ駄目だ。99%信じさせて、最後の最後で裏切るって事だってあるんだ。あるいは、事が終わった後に裏切ることも――」

「そこまで疑っていたら何もできませんよ」

「まあそうだね」


 喋っているうちに、二人に向かっている物体が、肉眼でも確認出来た。


 それは空を飛来する人間だった。人が飛んでいるというより、飛ばされていると言った方がいい。飛ぶ向きが滅茶苦茶だ。進行方向が頭からの者もいれば、背中や足先の者もいるし、横向きに飛んでいる者もいる。

 それが何を意味するか、わかっている。また人間爆弾を使っている。たっぷり時間をかけて用意してきたと、ノアの手紙には書いてあった。


 草原のあらゆる方角から、人間爆弾はユーリかミヤに向かってくる。


 これら人間爆弾は、魔力に反応して時限装置のスイッチが入る。しばらくすると爆発する。その爆破までの時間内に、爆弾化の解除はとても不可能だと、ノアは報告していた。


「うわぁぁぁぁっ!」

「何何!? 私以外にも飛んでる人いるーっ!」

「誰か助けてくれー!」


 飛来してくる者達の何人かが悲鳴をあげる。意識があるまま、飛ばしている。


 ユーリは爆破を抑える方法を予め考えてある。


 距離があるうちに、ユーリとミヤは魔法を使う。爆発しないように魔力で人間爆弾を全方角から押さえつけて圧迫する。そのうえで爆弾化と強制飛翔の術式を解除していく。

 解除には大した魔力を消費しないが、魔力で押さえつけるのに、そこそこ魔力を消耗した。これを何度も繰り返せば、かなり消耗してしまうと思われる。

 そして飛んでくる人間の数が多いので、一瞬で、そして二人で上手くタイミングを合わせて、魔法を使わないといけない。かなり神経を使う。


 次から次に魔法で爆弾化を解除して、飛ばされていた人々が地面に下ろされる。


「こうすれば人間爆弾化の魔法は解除できると、儂等に見抜かれることも、XXXXの計算のうちだね。そしてこれを繰り返させて、こちらの消耗を促しているんだよ」


 ミヤが心なしか苦しげな口調で言った。


「消耗しきって、じり貧になった所で、一気に仕掛けてくるはずだよ」

「わかってます……」


 一瞬表情を曇らせたユーリであったが、ここでユーリの脳は高速回転した。最適解と言える答えが、瞬時に導き出された。


「ユーリ……お前……」


 ユーリの表情が引き締まり、悲しみと決意と冷たさが同居した表情になっていた。それを見たミヤは、気が付いた。いや、ユーリと同じ考えに行き着いた。ユーリがこれから何をしようとするかもわかってしまった。


(やめろとは言えないね。それが最善の手だから……。そしてユーリはこういう子なんだよ。最善の手、最効率の手を、瞬時にして考えついて、突っ走っちまう。しかし……)


 ユーリの考えを見抜いたミヤは、思いついたことを実行した後のユーリのことを思い、胸を痛める。


「数が多すぎる」


 際限なく飛来し続ける人間爆弾を見て、ユーリは思いついたことを実行する決意をした。


「師匠、このままじゃ埒が明かないです。受けに回っては駄目です。僕達が生き残るために――」

「全部言わなくてもいいよ。お前の考えはわかっている。XXXXはそう遠くにはいないはずだ。儂が爆弾の対処をするから、お前はXXXXの居場所を探しな」

「一人でですか?」

「儂を誰だと思っている。大魔法使いミヤだぞ」

「はいっ」


 うそぶくミヤに、ユーリは微笑を浮かべて威勢よく返事をすると、視覚と聴覚と嗅覚を、遠距離にまで及ばせるための魔法をかける。それらの感覚を宿した魔力の塊を複数、無数の方角へと飛ばす。単純な探知魔法では、防ぐ方法がいくらでもある。探知魔法より手間と時間はかかるが、視覚、聴覚、嗅覚頼りで探した方がよいと判断した。


***


 ノアとマミは二人がかりで、用意した人間爆弾を途切れることなく飛ばし続けていた。

 一度に全ては飛ばさない。そうすればミヤとユーリも対処を諦めてしまうだろ。諦めざるを得ない。そして人間爆弾を見捨てて逃げざるを得なくなってしまう。


「人間爆弾の対処方法を見抜くのは想定内。でも見抜くの早くない? そりゃ解析魔法くらいはかけるでしょうけど……。それに対処速度も早い。一人も爆発してないじゃない」


 ミヤとユーリの対処の素早さを見て、マミは不審に思う。


「母さん、以前の戦いで一度使ったから、それで警戒されているんだと思うよ」

「確かにそれはそうだけど……それにしても対処が早いわね」


 ノアの言うこともわかるが、どうにも腑に落ちないマミであった。


「誰か来る。これ、馬だ」


 ノアが後方を向いて報告する。マミが振り返る。


 ゴートと黒騎士団が馬に乗って、街道を外れた草原を走ってくる。


「騎士団も来たよ」

「こっちの待ち伏せへの対処が早過ぎる。それも妙だわ。ていうかこれ、私達の居場所に気が付いているんじゃない?」


 そうでなければ、街道でもない草原を、こんな夜に黒騎士団が集団で走ってくるなど、考えにくい。


「本当に?」


 ノアがマミの顔を見ると、マミは呆然とした顔になっていた。


「ちょっと……何これ……」

「どうしたの?」

「人間爆弾を全部こっちに連れてきているわ」


 マミの言葉を聞き、ノアは大きく目を見開いた。


「ノア、貴女は隠れてっ」


 マミに命じられ、ノアは魔法で姿を隠す。


「ごめんね……」


 一方、ユーリは謝罪しながら、人間爆弾になった子供をマミのいる方に向かって飛ばし返す。


 念動力で人間爆弾を操作した時点で、魔力反応によって、時限装置のスイッチが入る。しかしすぐには爆発しない。


 ユーリとミヤは、飛来する人間爆弾の解除を諦めた。解除するよりも、投げ返した方が魔力を消費しないし、攻撃という手にも繋げられる。


(ごめん。でも貴方達を助けていたら、僕達が死ぬ。とても助けきれない。ジリ貧になって殺される。そしてXXXXも見逃して、また被害者が出続ける。これが唯一無二の最良の手だ)


 心の中で謝罪しながら、ユーリは次々と飛来してくる人間爆弾を、肉眼で確認するより早く、飛ばし返した。肉眼で確認できる位置で投げ返すのでは、相手にぶつける前に爆発してしまうからだ。


 ミヤとユーリは続け様に爆音を聞いた。肉眼では見えない場所で爆発している。ユーリが飛ばした、感覚機能を取りつけた魔力の塊で、ユーリはそれらを認識している。


「糞っ! まさかこんなことを!」


 マミは毒づきながら、魔力の障壁を作って、投げ返された人間爆弾の爆撃を防ぐ。


「ノア! 貴女は飛んできたのをまた飛ばし返しなさい!」

「それでもいいけど、とても向こうには届かないと思う」

「キーッ! 口ごたえすんじゃないわよ! いいからやりなさい!」


 マミにヒステリックに命じられ、ノアは溜息混じりに従う。


(ユーリ、ただのいい子ちゃんだと思ったら、こんな手も使うんだ。君のこと、ますます気に入ったよ)


 投げ返された人間爆弾を魔力でキャッチし、さらに投げ返しながら、ノアは感心していた。


「もういいっ! 残りも全部使うわ! 方向はこだわらないで、一直線にいくわよ!」


 マミががなり、残りストックの全ての人間爆弾を一斉に飛ばした。簡単に投げ返されないように、かなり強めの魔力を込めてだ。


 十人以上の人間爆弾が大きな塊となって、ユーリとミヤのいる方に飛んでいく。


「ふん、とことん外道だね。まあ……こっちも……人のこと言えんか」


 ミヤが鼻を鳴らす。


「これはやけくそですね」


 ユーリは冷たく呟くと、先にばらばらに飛ばされていた人間爆弾をひとまとめにして、こちらも人間爆弾の塊を作り、飛んできた人間爆弾めがけて飛ばす。


 二つの人間爆弾の塊が空中で激突し、大爆発を起こす。


「師匠……僕は……」

「何も言わん。ポントはプラス4やる。辛い手だが、これしかあるまいよ。今は戦いの最中だ。いちいち感傷的になってんじゃないよ」


 何か言おうとしたユーリを、ミヤが厳しい声で制する。


 ミヤは幼い頃からユーリに、人を思いやる心が一番大事だと、しつこいくらい何度も言い聞かせてきた。 そしてユーリは実際、優しい子に育った。

 しかし今、その優しい性格のユーリが、人を武器として扱い、命を消耗品として扱い、敵を攻撃するという手段にあっさりと踏み切った。


 ユーリはこういう時、迷わない。躊躇わない。頭の中で、最大最善最良最速最強最適解最効率と思われる手段にすぐ行き着く。そして実行に移す。それはユーリを最もよく知るミヤから見ても、異様と感じてしまう。

 ミヤはこんなことをユーリに教えた覚えはない。ユーリが生まれつき備えた才覚か、あるいは実の母から教わった事なのか、知らない所で誰かから倣ったのか、書物から学んだのか、何かの出来事で影響を受けたのか。ミヤにはわからないし、知らない。


(セント……これでよかったんだよね?)


 ユーリが頭の中で問いかける。


(ええ。それしか無い。迷っていたら、悩んでいたら、状況は悪化していたわ。辛いでしょうけど、それでいいの)


 ユーリの脳裏に宝石百足のヴィジョンが浮かび上がり、優しい声で告げる。

 別に宝石百足から教わったわけでも、命じられたわけでもない。あくまでユーリが結論に至り、実行したことだ。ただ、悪球の中の宝石百足に確認したかっただけだ。


 そっと手を合わせ、祈りを捧げるユーリ。


(神様、もう少し世界に優しくしてください。こんな悲劇を作らないでください。いい加減にしてください)


 戦闘中であるが、祈らずにはいられなかった。これはユーリの心を平静に保つたるめの大事な行為だ。


(こんな非情な手段を取ってしまったことを、この子はきっと、後々ずっと苦しむだろうよ。この子にこんな真似させたXXXX、お前は絶対に許さないよ)


 ミヤが怒りを孕んだ視線を、敵がいる方向に向ける。


 すると、ミヤの視線の先から、マミが飛んできた。


 マミが地面に降り、ミヤとユーリと対峙する。


「久しぶりねえ、大魔法使いミヤ様」


 マミが歪んだ笑みを浮かべて声をかける。


「XXXX、随分と時間がかかったじゃないか。儂を斃す備えを整えるに、そんなに時間を要したか」


 ミヤが挑発した直後、複数の蹄鉄が大地を踏む音が近付いてきた。

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