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40-1 強く、賢くなる理由「しんどいから」

 チューコは走り続ける。必死に、必死に、必死に逃げ続けている。

 怨嗟と憤怒と憎悪に満ちた形相の追っ手達が、怒涛の勢いでチューコを追っている。それぞれ頭や胸や腹から血を流していたり、腕が折れていたり、顔が潰されていたり焼かれていたり溶かされていたり、敗れた腹から臓腑がはみ出ていたりと、多くが一目で致命傷を負っているとわかる状態だ。


「お前達なんかに! 恨まれる謂れは無い! あんたらなんかに! 私を恨む資格も! 復讐する資格も無いでしょ!」


 泣きながら喚くチューコ。

 追ってくる者達は全て、チューコに殺された者達だった。


 やがて追いつかれたチューコは、自分が殺した者達に、殴られ、蹴られ、噛みつかれ、罵られ、反吐をかけられ、引き裂かれる。

 元型を留めぬ姿になったチューコが、下へと引きずり込まれる。下に何があるか、チューコは意識する。地獄だ。自分が殺した者達に、地獄で延々と嬲られ続けるまだ。


 そこでチューコの意識が覚醒する。汗だくになったチューコが、荒い息をつき、急いで灯りをつける。


「ふざけんな……。畜生……。何で私がこんなに苦しまなきゃなんないの……」


 何度も何度も見る悪夢。その悪夢を見る原因はわかっている。チューコの中にある罪悪感だ。


 殺人は楽しい。しかし同時に辛い。殺人を働いて楽しむ一方で、同時に罪悪感も強く湧きおこり、チューコの心は苛まれ続けている。

 悪夢だけではない。殺した時の記憶が、頻繁にフラッシュバックする。罪悪感で気が狂いそうになる心を、毎日懸命に繋ぎ止めている。女神の神徒の大教皇として、魔道学園の生徒会長として、必死に振舞っていた。


 カーテンをめくる。朝日が入る。魔法の灯りを消す。


「この世界の朝も――同じね。当たり前だけど……」


 憂鬱な気分で窓の外を見るチューコ。


(朝日は綺麗で、窓の外もいい景色なのに、最悪の目覚め……。高級宿にしては寒い。魔道文明が未熟な世界みたいだから仕方ないか)


 部屋の暖房器具の働きが悪い。一応魔道具で暖められてはいるが、魔道具任せにせず、チューコが自分で魔法をかけて部屋を暖める。


「女神さまの神徒になっても、この性質サガカルマからは逃れられない――か」


 チューコは己の性質サガカルマを心底忌み嫌っている。自分の中にある殺人衝動と、殺人を楽しむ心が、嫌で仕方が無い。

 自分が悪であると否が応でも認識させられる。いずれ自分は悪として罰せられると、地獄に堕ちる時が来ると、怯えている。しかしそこで疑問が生じる。ではどうして自分は悪として生まれてきたのか。


「私は望んでない……。自分が悪であることを……。嫌だよ、こんなの……。私はどうして悪として生まれたの?」


 自分が自分であることが、最悪の罰であり地獄――そんな意識がチューコにはある。


「お嬢さん、ア・ハイ群島の外から来たと言ってたわね。どこから来たの? ア・ドウモ?」


 宿の一階の食堂に行くと、年配の店員が気さくに声をかけてきた。


「内緒。記憶喪失」

「ははは、何だいそれは」


 チューコがはぐらかすと、店員は朗らかに笑った。その笑顔で、チューコは救われた気がした。悪夢で蝕まれた心が癒された気がした。


 食堂で朝食をとっていると、ドームが降りてきた。彼の骸骨のような容姿に、他の客達はぎょっとしている。


「夜と朝は冷えますね。寒暖差の激しい土地のようです」

「標高が高いせいもあるかもね」

「つい今しがた、グロロンとズーリ・ズーリから連絡がありました。わりと近くの街にいます」


 ドームの報告を受け、チューコの食事の手が一瞬止まる。


 ドームが地図を開き、先遣隊としてこの世界をすでに訪れている、二人の神徒がいる場所を示す。


「区分的には同じソッスカーという都市内部ね。島一つ、山一つが都市扱いで、離れ離れにぽつぽつと繁華街や住宅街がある、と」

「ええ」

「朝御飯が終わったら合流しに行きましょう」

「承知しました」


 チューコが方針を決め、ドームが恭しく頷いた。


***


 その日、ユーリとノアはレオパと共にサユリの家に遊びに行った。ユーリ達がここに訪れるのは二度目だ。


「あはっ、豚がいっぱいだー」


 サユリの庭の豚を見て、レオパが弾んだ声をあげる。


「ノアちんにユーリ。あたくしの豚さんを崇めに来たのでして? 感心なのだ。そしてそれが噂のアザラシであるか」


 サユリは家の門に置かれた巨大な黄金の豚の彫像を、念動力で複数の雑巾を操って磨いていた。


「俺、話題になってるの?」


 おかしそうに尋ねるレオパ。


「魔術師魔法使い界隈でね。レオパさん、最近魔術学院の教師になったし、異界の勢力に狙われている件もあるからさ」


 サユリではなく、ユーリが答えた。


「待て待てー」


 レオパが空中を泳いで庭にいる豚を追い回す。豚は逃げ回る。


「逃げちゃうよー」

「追いかけるから余計に空飛ぶアザラシが怖いのではなくして? 体もやたら大きくて見慣れない存在でありまして」


 不思議そうに言うレオパに、サユリが指摘した。


「逃げられるとつい狩猟本能が刺激されちゃうんだよねー。あはっ」

「もしかしてレオパ、豚を食べようとしていた?」

「食べたいという気持ちはあるけど、俺は人のペットを食べるような見境無い奴じゃないよ」


 尋ねるノアに、レオパは苦笑いを浮かべる。


「あたくしが飼っている豚を勝手に食べたら駄目なのだ。サユリさんが美味しい豚肉料理をふるまってやるのだ」

「サユリさん……豚食べるんだね」


 サユリの台詞を聞いて意外に思うユーリ。


「飼っている豚は流石に食べないのである。豚は美味しいのだ。生きるためには食べる。それは仕方のないことなのだ」


 サユリが言った。


 その後、三人はサユリの家の中へと招かれ、サユリの豚肉料理を御馳走になる。豚の味噌漬け焼きだった。


「美味しい。サユリが料理得意だなんて意外な一面」

「ノアちんは酷い偏見であたくしを見てまして」


 ノアの感想に頬を膨らませるサユリ。


(この程度の料理なら、得意とかの問題じゃなく、誰でも出来そうなものだけど……)


 そう思うユーリであったが、口には出さない。


「俺、魔術学院で教師の仕事し始めたんだけど、知ってるー?」

「知ってる。チャバックから聞いた」


 レオパが話題を振ると、ノアが頷く。


「あはっ、そっか。見返りとしてさー、この国の魔術を色々と学び、魔法と魔術の知識も学ばせてもらっているんだ。魔道具造りなんかもねっ」

「女神に対抗するため?」


 ユーリがその台詞に反応する。


「うん。最近サボっていたけど、そろそろ真面目に取り組もうかなって思ったっ。でもそうしたら神徒の連中が来ちゃったねー」


 レオパが溜息をつく


「俺としては、女神とその神徒なんかに関わりたくないし、自分のやりたいことがいっぱいなんだ。生物園も立て直したいんだよねー。そのためのお金稼ぎでもあるよっ。結構な額が必要なんだけどさー。あははっ」

「新たな力を求めているなら、サユリのみそ妖術教えてあげたら?」


 レオパの話を聞き、ノアがサユリの方を見る。


「あたくしとて、人に教えるほど完璧に習得したわけではないのである。まだ修業中の身でして」


 サユリが言った。


「ねね、サユリっ。あの豚は調子悪そうだよっ」


 レオパが窓の外を見ながら、サユリに声をかける。


「むっ、見てくるのである」


 サユリが外に出て、レオパの視線の先にいた豚の元へと小走りに向かった。


「軽い風邪だったのだ。すぐ治したのだ。しかし距離も離れていたのにはよくわかりまして」

「あはっ、俺は生物園の園長していたんだよっ。動物の不調はすぐわかるさー」


 戻ってきたサユリが感心すると、レオパが得意げに胸を反らしてみせた。


***


 女神の神徒であるグロロンとズーリ・ズーリは、ソッスカーの山頂平野繁華街に滞在していた。


「この世界の魔法文明はいまいち停滞気味なのです」


 街中を歩きながら、ズーリ・ズーリがトホホ顔で言う。いちいち不便と感じる部分が目につき、滞在がしんどくなってきていた。


「あるいは国が、かな? 利便性のある製品があまり普及してねえ。魔力から抽出したエネルギーを用いて、照明や暖房器具を使用する仕組みはあるが、性能はいまいちだ」


 グロロンが顎の下を掻きながら言う。


「でも魔法使いと術師は強いのです」

「この世界も呪文や触媒を要する術師と、意思一つで魔力を揮える魔法使いが分かれているわけか。それはそうとして、女神様を封じているアザラシ――レオパに与するあいつら、女神様の存在を認識したうえで、あっちについているのかねえ? それともただレオパの知り合いで、成り行き上助けたのか?」

「両方という可能性もあるのです」

「ま、女神様はあちこち世界を侵略しまくってるからな。そういう世界跨ぎの神が復活するとあれば、見過ごせないと考えるのは無理もねえ」


 ズーリ・ズーリとグロロンが会話を交わしながら歩いていると、チューコとドームが現れる。


「大教皇様。お待ちしていました」


 グロロンが嬉しそうに笑い、軽く一礼する。ズーリ・ズーリは深々と頭を垂れていた。


「敵は手強いみたいね。あんた達が敗走するなんて、珍しくない?」


 からかうように言うチューコ。


「女神を封じているレオパもそうですが、この世界の奴等は、他の世界に比べてかなり強そうなのです」


 ズーリ・ズーリが真顔で告げる。


「魔道文明レベルが低い世界なのに、魔法使いや魔術師は強いって理屈。考えてみると面白いわね。個人が強い分、文明の発展の妨げになっているのかも。文明が発展する世界、進歩して優秀になる種族や民族って、しんどい環境下にあることが多いのよ。私が生まれた国なんか災害ばっかりだったけど、そのせいで国民は賢く辛抱強くなって、世界でトップクラスの国に発展したから」


 そこまで喋ってから、チューコは嫌な記憶を思い出しかける。自分の生まれた世界に、いい思い出は無い。


「さてと、方針だけど――」


 話題を変えるチューコ。道の真ん中で、作戦会議を始める。


「女神を封じているレオパだけならともかく、レオパの味方する奴がいるのは面倒ね。レオパ一人を誘き寄せる作戦が理想的。あるいは分断する方法ね。ま、こっちは四人もいるし、魔物を召喚して使役できるドームもいるんだから、何とかなるでしょ」

「具体的に担当を決めた方がよいかと思われます」


 チューコの案を聞いて、ドームが進言する。


「レオパと私が一対一になった所で、私が女神さまの封印を解くわ。取り巻きの排除を先にね。一対一に上手く持ち込めたら、他の奴を寄せ付けないように頑張って」

「大教皇様よう、簡単に言うけど、封印を解析して、解除できるかどうか見定めなくちゃならねーし、それが必ずしも可能かどうかもわかんねーんだぞ。そんなアバウトな作戦で大丈夫か?」


 チューコの案を聞いて、グロロンが意見する。


「封印の解除にはこれを使うわ」


 カモメのペンダントをかざすチューコ。


「ただ世界を渡り歩くだけじゃないのよ。これは」


 そう言ってチューコは自信に満ちた笑みを浮かべてみせた。

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