39-6 結局南極二号大転生物語 後編の後編
気が付いたら一匹で狩りをする毎日だった。幼い頃は母と一緒だったが、母はいつの間にかいなくなっていた。
その動物にとっては、それが当たり前のことだ。単独生活が当然の生き物。しかしどういうわけか、彼は寂しがり屋で、一引きでいる日々を辛いと思っていた。
そんなある日、妙ちくりんな生き物達と出会った。ペンギンとは異なる二足歩行の生き物達。
その生き物達は複数いた。雪の上で笑い合い、語り合い、遊び合い、とても楽しそうだった。
孤独な彼は、その中に混じりたくて近寄っていった。
その生き物達は彼と触れようとはしなかったが、よく話しかけてくれたし、芸を見せてくりもした。彼はすっかりその生き物のことが気に入ってしまった。
何とかもっと仲良くなりたいと、彼はコミュニケーションを取り続けたが、その生き物達は一定の距離を置き続けていた。
しかしある時、ペンギンを食べたら、彼は高い知性を得て、急にあの二足歩行の生き物達の言葉がわかるようになった。
言葉がわかることはしばらく黙っていた。言葉がわからない振りをして、その生き物達の本質をもう少し探り続けようと考えた。
その生き物達は人間という名前の種であり、非常に高い知能を持つことが、まずわかった。そして自分の知能も以前より高くなっていることを、彼は自覚した。
「こいつに名前欲しいなー。ヒョウアザラシだから、レオパでいいか」
「隊長、そのまんますぎますよ」
「奇をてらってもしゃーないだろ」
「奇をてらえとは言ってませんが」
「じゃあスネークマンにするか?」
「何でそうなるんです」
「だってヒョウアザラシってスマート体型で、他のアザラシみたいにぼてっとしてないじゃん。身体が妙に長くてにょろっとした感じで、蛇っぽく見える」
「いやいや、だからといってそのネーミングはどうかと。それならレオパでいいですよ」
人間達の会話から、自分はヒョウアザラシという種で、自分にレオパという個体名をつけてくれたこともわかった。
自分がすでに言語を理解していること、喋れることを、人間達に明かすかどうか、レオパはますます迷った。それによって相手の態度も異なるのではないかという不安があり、中々できない。
ある日、思い切って話しかけてみた。驚かれはしたが、あっさりと打ち解けたように思える。
それはそれでよかったのだが、他に気にかかることが生じた。
「不思議な力を持つペンギン達が、何やら動いている。怪しいな」
食事をしている最中、レオパはぽつりと呟く。食べているのはカニクイアザラシの幼獣だ。ヒョウアザラシはアザラシやオットセイも捕食する、南極の頂点捕食者である。
まだ食べきっていないにも関わらず、レオパは猛烈な胸騒ぎを感じ、食事を止めた。
南極観測基地がある方へと首を向ける。口の周りはカニクイアザラシの血で真っ赤だ。
「何か嫌な予感がする」
レオパが呟くと、その体が空中に浮きあがった。魔法の力で、彼は空を飛べるようになっている。
基地に向かって飛翔するレオパ。
ヒョウアザラシは海中を旋回して泳ぐ。そして今まさに海中を泳ぐように、長い胴をくねらせて旋回しながら、飛行速度を上げた。
***
夕方。魔王タロー、勇者リッキー、ジロロ姫、魔王の部下エーイ、ビィ、シーの六匹は、南極観測基地へ辿り着いた。
「つ、疲れた……」
魔王タローは基地前で肩を落とす。一人だけ雛なので、すでに成鳥のペンギン達に比べて体力が低い。
「やっと来たか」
基地の中から僧侶クマーが現れ、魔王タロー達と合流を果たす。
「無事合流できたな。少し休んでから、あのヒョウアザラシを探しに行くぞ」
「その必要は無い。わざわざ探しに行かなくても、あのヒョウアザラシはこの基地にこまめに訪れているのだ。奴の来訪を待てばよい」
魔王タローが言うと、僧侶クマーが主張する。
「寝込みを襲う必要があるのだがな」
「それなら奴がここに来た際、帰路に就く所を尾行するのだ」
魔王タローが言い、僧侶クマーがまた主張したその時、観測隊員二名がやってきた。
「こいつら、お前達の仲間の喋るペンギンか?」
隊長が僧侶クマーに話しかける。
「おおお……人間だ」
「しかも言葉が通じているし。何かの力で自動変換機能でも働いているのか?」
「この世界の人ですか。初めまして。私達も元は人間でした」
「我々は魔族だったが」
魔王タロー、勇者リッキー、ジロロ姫、エーイがそれぞれ喋る。
「これから我々は元の姿に戻るのだ。そのために集まった」
僧侶クマーが、観測隊員に向かって言った。
「おいおいクマー、無関係な者相手にぺらぺらと喋りなさんな」
「この者達には世話になったからな。しかし――余計な争いに巻き込むかもしれん。下がっていてくれ」
勇者リッキーが僧侶クマーを注意すると、僧侶クマーは観測隊員達に注意する。
「ペンギン同士の争いに巻き込まれるってか?」
「命の危険があるぞ。我等に近付くでない」
肩をすくめる隊長に、鋭い声を発する僧侶クマー。
「取り敢えずあのヒョウアザラシを待つぞ」
「レオパに何の用があるんだ?」
魔王タローの台詞を聞き、隊長が訝る。
「この者達はレオパと懇意のようだ」
僧侶クマーが言った。
「懇意ってほどでも……」
「まあ、顔なじみだし、ダチってことでいいだろ」
何故か照れ笑いを浮かべる隊員と、笑顔で断ずる隊長。
「レオパは我々の敵だ。我々の仲間を殺して食った」
魔王タローが告げる。
「まあヒョウアザラシとペンギンだから、そういうことにもなるか……。とはいえ言語を介する者同士だから、ちょっと剣呑さが増して感じられるぜ」
と、隊長。当然ながら、両者の争いを快く思っていない。
「どう感じられても仕方ないな。こちらの問題だ。関わらないでくれ」
「いや、そうはいかねーな。俺はおせっかい焼きで有名なんだ。誰かが傷つくようなことは放っておけねーよ」
拒絶する魔王タローだが、隊長は腕組みして仁王立ちになり、頑として引かない構えだ。
「その結果自分が危うくなってもかね?」
「おうよ。俺は馬鹿だからな」
脅すように言う魔王タローが、隊長はにやりと笑って言い放つ。
「姫、勿体無いが魔法を二つ使ってくれ。彼等を建物の中へ入れる魔法と、眠らせる魔法だ」
「それなら催眠魔法一回で済みますよ。では、いきます」
魔王タローが促し、ジロロ姫が頷いた。
「魔法だと? 何しや……」
ジロロ姫が魔法をかけ、隊長と隊員の自由意志が失われる。
虚ろな目になった隊長と隊員が、ふらふらとした足取りで基地の中に入ろうとしたその時だった。
「俺の友達に何をした?」
空から飛んできたレオパが着地し、いつになく鋭い声を発する。
「むう……来やがった……。最悪のタイミングでよ」
勇者リッキーがレオバを見て唸る。
「ヒョウアザラシのレオパよ、慌てることはない。そして誤解するでない。彼等を争いに巻き込まないようにするための処置だ」
僧侶クマーが告げる。
「争い? 誰か喧嘩でもするの? 君達と誰かが?」
不思議そうに尋ねるレオパ。
「眠られせる魔法、こいつにも効かないかな?」
「数人がかりならいけるかもしれませんが……」
「どうでしょうか……」
魔王タローが部下達に囁く。
「ああ、わかっちゃった。俺と戦いたいんだね? 俺に仲間を殺されたから、その復讐かな? 何か見た感じ、俺に敵意や殺気向けてるペンギン多いもの」
レオパがペンギン達を見渡す。
(ただ復讐したいだけではないんだが……)
魔王タローがそう思ったその時、レオパは魔王タローの顔を見てピーンときた。
「何か企んでいるみたいだなー。よし、魔法を使って何を企んでいるか暴いちゃうぞっ。そーれ、読心~」
「頭の回る奴だなー」
読心魔法話かけるレオパに、勇者リッキーは感心する。
「そうか。俺を魔法の触媒――生贄にして、体を取り戻したいのか。うーん……君達がどうしてペンギンになったのかまでは読めなかったけど、流石にそのために殺されたくはないよー」
「全部バレてしまったぞ……」
「はあ、何てこったい」
レオパの台詞を聞き、魔王タローは呆然とし、勇者リッキーは絶望的展開のあまり天を仰いで口を開けた。
「じゃあっ、そんなわけでー、相手してやろうかなっ。あはっ」
レオパが闘志を漲らせる。
「不意打ち作戦は完全に失敗だな」
「人間達に気を取られているうちに、こいつの接近に気付かないとはな……」
魔王タローが吐息をつき、僧侶クマーもかぶりを振る。
レオパが蛇のように身をくねらせ、海の中を周りながら泳ぐかのような動きで、空高くへと舞い上がっていく。
ある程度まで上がった所で制止し、地上を見下ろすと、レオパが空から一直線に突っ込んでいった。
狙いは魔王部下ビィだった。ビィもそれ気付く。
「くっ!」
魔王部下ビィが魔法障壁を張り、レエパの攻撃を防ごうとする。
だが突っ込んでくるレオパに当たった瞬間、障壁は砕け散った。何しろ魔法で高速飛翔している状態で、体重300キロ近い体での体当たりだ。その威力は相当なものになる。
「ぶぎゃ!」
「ビィィィィ!」
レオパの一撃をまともに食らい、魔王部下ビィが潰れる。その光景を見た魔王タローが叫ぶ。
「これを食えば、さらにパワーアップかな」
氷の上で潰れているビィの亡骸を見て、レオパはにやりと笑うと、ビィの体に食らいついた。
「やめろ……やめろぉぉっ!」
目の前で部下を食い殺される光景が展開され、魔王タローは激昂し、攻撃魔法を放とうとする。
「駄目だ魔王! 魔法の使用回数は限られている! お前はあいつを相手に魔法を使うなっ! 俺とお前は女神が来た時に温存しとかねーと駄目だろ!」
勇者リッキーが怒鳴り、魔王タローを思い留まらせる。
「シー、いくぞ! 私達二人でこのヒョウアザラシを倒すしかない!」
「ああっ!」
エーイとシーが同時に攻撃魔法を放つ。
光の柱がレオパに向かって降り注ぐ。銀色の刃が大量に出現してレオパを取り囲み、一斉に放たれる。
光の柱の圧力によって、レオパが潰される。そのレオパの体を、銀の刃が徹底的に切り刻んでいく。
「いけるぞっ!」
「いや、油断するなっ」
歓声をあげるシーだったが、エーイは慎重だった。
「ふんっ!」
レオパが気合いの声をあげると、光の柱が砕け散り、銀の刃も全て粉微塵になった。
「何と……呆気ない……」
「ビィとデイとイイイとエフフと遊び人ゴロン、五人分の魔力を吸収した力か」
僧侶クマーが絶望的な声を発し、エーイが唸る。
「二人がかりでその程度? あはっ、全員でかかってきたら?」
挑発的に笑いながら、レオパが魔法を放つ。
地面より怒涛の勢いで水柱が噴射する。そして噴射された水柱が蛇の如く動きで、エーイとシーに襲いかかる。
水柱に当たったらどうなるかわからないが、エーイが魔法障壁を張って防御する。水柱は障壁で止まったが、消滅はしない。水柱が激しく渦巻き出し、魔法障壁を削り始める。
「おのれっ! 食らえ!」
エーイが防御している最中、シーが攻撃した。巨大な光の槍がレオパめがけて飛来する。
「おっと」
レオパは寸前まで引き付けた所で、横に飛んで光の槍を避けた。光の槍は氷雪に突き刺さり、深い穴を穿ち、消滅する。
(こちらの魔法回数は決まっていて、決して多くない。そんな状況でこんな戦い方をしていて、果たして勝てるのか? エーイとシーだけでは、正直勝てる気が全然しないぞ。私とリッキーも加勢すべきではないのか?)
女神の襲来を警戒して温存しておくつもりであったが、そんなことをしていたら全滅しかねないと、魔王タローは思う。
「皆さん……注意を……」
ふいにジロロ姫が、震える声で警戒を促した。
「女神が……向かってきています……」
女神に最も近しい聖女であった、ジロロ姫が真っ先にその気配を察した。
「何だと……」
「冗談キツいぜ……」
魔王タローは呆然とし、勇者リッキーは再び天を仰ぐ。
「ぐぬぬぬぬ……よりによってこの状況で……」
僧侶クマーも唸りながら、女神の気配を強く感じていた。
やがて一羽のオオフルマカモメが飛来し、一同の近くに降りた。
「はあ? あんた達――何でアザラシと戦ってんのー? ていうか、このアザラシは何者よ?」
奇妙な状況を見て、オオフルマカモメ――女神は小首を傾げる。
「あはっ、オオフルマカモメが喋ってるー。ペンギンが食べたいのかな?」
レオパがおかしそうな声をあげる。このオオフルマカモメが只者ではないということは、一目見てわかっていた。
「勇者よ。これこそが本当の最悪の展開なんじゃないのか?」
「そーだろーねー。あははは……」
魔王タローがニヒルな口調で伺うと、勇者リッキーは力なく笑った。




