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39-2 結局南極二号大転生物語 中編

「ん……大丈夫。ジロロ姫も俺達と一緒に転生してるよ……。記憶もあるし、生きている」


 勇者リッキーは魔王タローから目をそらし、歯切れの悪い口調で言った。


「して、ジロロ姫はどこにいる?」

「仕方ない……。呼ぶよ……おーい、ジロロ姫~っ!」

(嫌そうに……まあ無理もないけどな)


 勇者リッキーが気乗りしない顔で声をはりあげる様を見て、魔王タローは苦笑する。


「はい。何でしょうか、勇者様」


 一羽のペンギンがよちよち歩いてやってきた。そのペンギンから発せられた声を聞き、魔王タローの心臓が高鳴る。


「ジロロ姫の声……。このペンギンがジロロ姫なのか?」


 やってきたペンギンの前に立つ魔王タロー。


「ま、まさか貴方は魔王様……。魔王様もペンギンに……」


 自分の前に立つ雛ペンギンを見て、少女の声を発するペンギン――ジロロ姫が声を震わせた。


「ああ……そうだよ。私だ。魔王タローだ」


 魔王タローも声を震わせ、両腕を広げたつもりで、両翼を広げた。


「魔王様ーっ」


 ジロロ姫が魔王タローに抱きつこうとして突進したが、まだ雛の魔王タローは勢い余ったジロロ姫の足で蹴り飛ばされた。


「うわっ。姫強いっ」

「だはははははっ、ざまあっ」


 転んだ魔王タローが驚きの声をあげ、勇者リッキーが嗤う。


「ご、ごめんなさい……嬉しくてつい……」

「まあペンギンだし、抱き合うこともできない体だからな……うん……」


 謝罪するジロロ姫の横で、魔王タローは身を起こす。


「でもこうやって身を寄せ合うことなら……」

「う、うむ……」

「ぐぬぬ……俺の前でいちゃつくなっ。この寝取り野郎っ」


 魔王タローとジロロ姫が身を寄せ合う姿を見て、勇者リッキーが苛立ちを露わにした。


「説明しようっ。魔王タロー様にさらわれたジロロ姫は、さらわれる前は勇者リッキーとラブラブだったが、さらわれた後は魔王タロー様とラブラブになってしまって、ジロロ姫を寝取られた勇者リッキーはプンプンなのだっ」


 魔王の配下エーイが、虚空に向かって語りかけた。


「誰に向かって説明してるんだよ。そこに誰かいるのかよ」


 勇者リッキーがエーイに向かって言う。


「こんな場所で勇者も姫も部下達も、ペンギンとして一緒にいるなんて……これも全て女神の呪いか?」

「だろうなあ」

「ええ、そうとしか思えません。私達を殺す前に、そう宣言していましたし」


 魔王タローの問いかけに、勇者リッキーとジロロ姫が言った。


「死したその先の運命も操るとは、女神の力は絶大だな。そしてどこまで悪意に満ちているんだ」


 虚空を睨み、そこにいない女神を意識して、魔王タローは歯噛みしようとして、また歯が無いことに気付く。


「勇者の仲間の魔法使いが魔法を使い過ぎて、ただのペンギンになり、遊び人は殺されたというが、誰に殺されたんだ。僧侶も行方不明とは……」

「遊び人ゴロンは、海に狩りに行ってる際、ヒョウアザラシに殺されたよ。酷い殺し方だったぜ。嬲り殺しだ。あいつ……死体を弄んでいやがった。食うために殺すならわかるが、あいつは……ほとんど食ってねー。ぐちゃぐちゃになったゴロンの死体は、小魚達の餌になっていたよ。糞っ、思い出しただけでも腹が立つっ」


 勇者リッキーが悔しげに吐き捨てる。


「勇者の仲間だけではありません。デイとイイイとエフフを殺したのも、そのヒョウアザラシです」


 と、魔王の配下シーも悔しげに報告する。


「そうなのか。しかし……制限付きとはいえ、我々は魔法が使えるではないか。それなら皆でその危険なヒョウアザラシを、やっつけることも可能なのではないか?」


 魔王タローが疑問を口にする。


「最初はそのつもりでした。しかし……そのヒョウアザラシも魔法を使うのです」

「はい?」


 魔王の配下ビィの言葉を聞き、魔王タローは上擦った声をあげた。


「海の中で魚を獲っている最中、あいつにゴロンが殺され、デイとイイイが殺された。あのヒョウアザラシの存在が脅威だと思った俺達はよ、敵討ちも兼ねて、あいつを殺そうとしたんだ。そうしたら魔法で反撃してきやがった。魔法の使用回数に制限ある俺達では太刀打ちできず、エフフも殺されたってわけだ」


 経緯を説明する勇者リッキー。


「で、僧侶はいないと」

「いや、僧侶クマーは最初いたんだよ。でもあいつ、頭固い奴でさあ。さっきの魔王みたく、『魔王軍の部下と一緒にいられるか』と言って、一人でどっか行ったよ」

「危険を承知で出ていったというのか」

「うん。頭固いどころか馬鹿だね。昔から面倒な奴だったわ」


 勇者リッキーが小さく息を吐いたその時、ペンギンの群れが慌ただしくなった。それまで固まっていた彼等が、一斉に同じ方向に向かってよちよちと歩き始めている。


「どうしたのだ? 皆移動しているぞ」

「狩りの時間です。ここから海まで歩いていきます」


 魔王タローに、シーが説明した。


「海……見えないが」

「はるか先にあります。かなりの距離ですが、ペンギン達は歩くのです」


 と、ジロロ姫。


「海の側にいられない理由でもあるのか? 何で狩場からわざわざ離れた場所で……」

「わかりません。敵から距離を置くためかもしれませんな。内陸部に入るほど、ペンギン以外の生物は見えなくなりますし」

「それでもたまに、オオフルマカモメやトウゾクカモメが飛んでくるけどなー」


 疑問に思う魔王タローに、エーイと勇者リッキーが言った。


「では魔王様、私達は魚を取ってきます」


 シーが断りを入れ、歩き出す。勇者リッキー、ジロロ姫、エーイとビィも歩き出す。


「待て、私も行く」


 魔王タローもそれに続こうとしたが――


「お前は来ても雛だし、泳げねーぞ」

「魔王タロー様、お心遣いはありがたいですが、どうかお留守番をなさっていてくださいませ」

「ぐぬぬぬ……情けないが仕方ない。いや、せめて途中まで見送るっ」


 勇者リッキーとジロロ姫に言われるも、魔王タローはついていこうとした。


「ついてきてもよー、俺達が海の中入って餌取っている間、魔王一人で待ってることになるぞ。あるいはコロニーに一人で帰ることになる。その間にカモメに襲われるぜ?」


 呆れ気味に警告する勇者リッキー。


「まだ使用できる魔法回数が五つ分もあるんだ。何とかするっ」

「はー、やれやれ。うちの馬鹿僧侶クマーに負けず劣らずの頑固っぷりだ」


 魔王タローが折れないため、勇者リッキーは諦めた。


「魔王様、魔法の力そのものがかなり低下しているので、ご注意を」


 ジロロ姫が注意する。


「ペンギンだからか?」

「それもありますが、この世界の影響もあります。この世界は魔法の出力が限られています」

「言われてみれば、大気中の魔力も薄いな」


 ジロロ姫に言われ、魔王タローはその事実に気付いた。


「魔法使いジャックがただのペンギンになる前に、この世界の人間と接して、情報を仕入れてきた。読心魔法を使ってな。この世界では魔道文明が極めて未発達であり、魔術も魔法も無いものとされているようだ。だから俺達の魔法も抑えられちまうてーなんだわ」

「人がいるのか? こんな不毛な氷雪の大地に。しかしなるほど……世界の法則でそのような違いがあるのか」


 勇者リッキーの話を聞き、魔王タローは納得する。


 そして移動する一行。


「ペンギンのこのヨチヨチ歩きはキツいな」


 少し進んだだけでは、魔王タローは早くも辟易としていた。


「斜面になるまでの辛抱だ」

「すでに斜面でキツいぞ」


 現在その斜面を登っている所だ。


「上り坂は大変ですね。しかしほら、下り坂になりましたよ」


 エーイが言う。


「いくぞー、それっ」


 勇者リッキーが弾んだ声をあげ、うつ伏せになって氷雪の斜面を滑っていく。


 一緒にやってきたペンギンの群れも、次々と腹を氷雪につけて滑っていった。その光景が、魔王タローの目には壮観と映った。


「おおっ。皆一気に滑っていくな。よーし、私もっ」


 魔王タローも真似て、うつ伏せに倒れて斜面を滑り降りようとするが、うまく進まない。


「あれ……? 私はあまり滑らんのだが……」

「タロー様はまだ雛ですからね。体重が軽すぎるのです。私にお乗りください」

「すまんな、ジロロ姫」


 トホホな気分で、魔王タローはジロロ姫の上に乗る。


「おい、ふざけんなよ、お前等。俺の前で堂々といちゃつくなってんだよっ。糞がっ。拷問かよっ」

「いちゃついているわけではないぞ」


 魔王タローがジロロ姫の上に乗って滑ってきた様を見て、勇者リッキーがぶーたれていた。


 やがて海が見えてきた。


「やっと海か……長かった」


 安堵にも似た吐息をつく魔王タロー。


「魔法を一回消費してしまいますが、魔王様、帰りは高速飛翔魔法でコロニーに戻られた方がよいと思います」

「その方が安全ですな」

「うむ……そうする……。歩いて帰るのはあまりも辛い」


 ビィとシーに促され、魔王タローは聞き入れることに下。


「むう……奴がいます」

「何?」


 エーイが陰にこもった声を発し、魔王タローがエーイの視線の先を見た。


 まだら模様の表皮を持つ大きなアザラシが、蛇を連想させる長い胴をくねらせて、氷の上に寝そべっている。


「あそこに寝ているヒョウアザラシですよ。あ奴に、デイとイイイとエフフを殺されたのです」

「うちのゴロンもな……」


 エーイと勇者リッキーが言った。


「確かに強い魔力を感じるな」


 ヒョウアザラシを見て、魔王タローは一目で脅威と感じた。


 ペンギンの群れが、よちよち歩きで平然と、ヒョウアザラシのすぐ真横を横切っていく。ヒョウアザラシは片目を開けてペンギンの群れを認識したが、すぐに目を閉じた。


「ヒョウアザラシとやらは、ペンギンを捕食するのだろう? あれはどういうことだ? 満腹なだけか? それにしてもペンギン達もまめで警戒していないが」


 不思議がる魔王タロー。


「どうもヒョウアザラシがペンギンを襲うのは、海の中だけに限るようです。ペンギン達もそれを知ってか、陸上のヒョウアザラシは外敵として認識致しません」


 ビィが説明した。


「不思議な話だな」

「ペンギンにしてもアザラシにしても、陸や氷の上では動きが鈍いからな。狩るのも逃げるのも大変な者同士だから、狩りも逃げもしないって感じじゃねーの?」

「あるいは互いに認識が食い違っているのかもしれないですね」


 勇者リッキーとジロロ姫が言った。


「認識が食い違うとは?」

「ヒョウアザラシは海の中でのペンギンを魚の一種と思って、襲っているのかもしれません。そしてペンギンも、陸で寝そべっているヒョウアザラシが海に入ると襲ってくるものだと、知らないという可能性もあります」

「陸では無害、海では危険な存在ということか」


 ジロロ姫の話を聞き、魔王タローは納得した。


「そういうことだねっ。あはっ」


 突然弾んだ声が響いた。


 寝ていたと思われたヒョウアザラシが身を起こし、魔王タロー達を見る。


「今のは……」

「俺だよ俺。今君達が話題にしていたヒョウアザラシだよ」


 魔王タローが周囲を見回すと、ヒョウアザラシがさらに声を発した。


「アザラシが喋った!?」

「こっちの言葉もわかっていたのか?」

「知能の高い動物なのか?」


 驚く一同。


「あははっ、喋れるようになったんだよー。君達だってペンギンのくせに喋っているだろ」

「まさかこいつも前世の記憶が蘇って? 女神に畜生道に堕とされた者か?」


 笑うヒョウアザラシに、魔王タローが勘繰る。


「前世なんて知らないよ。俺が喋れるようになったのは、君達喋るペンギンを食べたからさ。それだけじゃない。君達をおかげで魔法だの魔術だのが扱えるようになって、魔力とかいうものも身につけたのさっ」

「何だ……と……」

「マジかよ……」


 ヒョウアザラシの話を聞き、魔王タロー達はさらに驚愕した。


***


 観測基地近く。


「俺達ゃ遠路はるばる日本からやってきた~♪ 南極観測隊~♪」

「来る日も来る日も雪と氷~♪ あれ?」


 基地の周辺で作業していた観測隊員二名は、コウテイペンギンが、たった一羽だけはぐれて歩いている姿を見て取る。


「どういう事情があって一匹であんなところにいるんでしょうね?」

「ブリザードの中ではぐれたとか?」

「コロニーに戻してやるとかできませんか? ええ、できませんよね」

「南極では野生動物に干渉しちゃいけないルールがうんたらかんたら――なんだけど、こっそり助けちゃおうぜ。このままにしていても死ぬだけだ」

「い、いいんですか?」


 隊長の決定を聞いて隊員は動揺した。


「よくないよ。だからこっそりだ」


 隊長がニヤリと笑い、ペンギンの方へと向かっていく。隊員もそれに続く。


「大分衰弱してるなー。このベンギン。歩き方が酷い。うわ、足を怪我しているな」


 ペンギンの状態を見る隊長。ペンギンは足を止め、観測隊員二人を見上げている。


「餌食べますかねえ」


 隊員が小魚を与える。先程釣り上げたものだ。


「お、食べてる」


 小魚を食べるペンギンを見て、隊員が口元を綻ばせた。


「治療してから、少し様子を見て、近くにあるコウテイペンギンのコロニーに戻そう」


 隊長が言ったその時――


「ふう……助かった。こんな所で人間と出会うとは……」


 聞きなれない低い男性の声が響いた。


「え?」

「お前何か言った?」

「言ってません。今……ペンギンの方から声が聞こえたような……」


 隊長と隊員が顔を見合わせ、それからペンギンの方を向いた。


「喋ったのは私だよ。そう。ペンギンが喋っているのだ」

「ええええっ!?」

「マジでーっ!?


 ペンギンの言葉を聞き、仰天する二名。


「こっちの言葉わかるのか? わかるなら右の翼上げてみろ」

「ほれよ」


 隊長が促すと、ペンギンは指示通りに右の翼を上げてみせる。


「マジか……じゃあ次左二回っ」

「ふん。疑り深いな。ほれっ」


 隊長の言葉に従い、ペンギンは左の翼を二度上げてみせた。

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