38-4 藁人形を作ろう
夕方。ソッスカー山頂平野。繁華街を出た場所の草原にて。ノア、ユーリ、チャバック、ブラッシーで、イベントを開催していた。ミヤも一応来ている。
参加者はわりと多い。ノアの会社のイベントは、精製エニャルギーが商品に貰えるというだけではなく、純粋に楽しめるということで、常連客がついていた。そして評判も良いため、イベントを重ねるごとに参加者の数が増えていっている。
「ノア君、このまま参加者増えると、エニャルギー精製どんどん大変になっていくんじゃなくて~?」
「俺がその分頑張るから大丈夫。それに、一応参加者の数には上限設けているし、足りなくなることはない」
案ずるブラッシーに、ノアが答えた。
「オイラもエニャルギー精製出来るようになったんだよう」
「あらあら~、やるじゃないチャバック君」
チャバックが主張すると、ブラッシーがチャバックの頭を撫でる。
「チャバックの精製するエニャルギーは精度低いから、ハズレ品扱いだけどね」
「ううう……いつか当たりが作れるよう、頑張るもんね……」
ミヤが言うと、チャバックは肩を落とした。
「先輩とディーグルとレオパが来なかった。用事があるからとか言って」
「ディーグルは別に社員じゃないでしょ~」
「ユーリは来るだろうさ。遅れているだけだよ」
ノア、ブラッシー、ミヤがそれぞれ言う。実はミヤは、ユーリが遅れた理由を、念話で聞いて知っている。しかしイベントに水を差す必要は無いと思って、今は黙っておくことにした。
今回のイベントは、藁で巨大人形を作るゲームだった。何人かでチームを作り、指定された大きさと形状の人形を作る。一番早くお題通りの人形が出来たチームの勝ちとなる。ただし、似て無かったり大きさが足りなかったりしたら、審査員であるノアが注意を飛ばす。
「お題の指定でかなり有利不利が出るね」
藁人形作りを行う参加者達を見て、ミヤが呟く。
大きさにも指定があるので、どのチームでも巻き尺で大きさを計りながら、調整している。
「チームの振り分けも不公平よ~ん。あっちなんて子供が多くて中々人形作りが進んでないじゃなーい」
ブラッシーが指摘する。
「でも皆楽しそうだよう」
チャバックが言った。チャバックはこのイベントが気に入った。見ているだけで楽しかった。参加してみたい気分にもなっている。
「獣人がいるね。珍しい」
参加者の一人を指すノア。
「しかも獣人であることを晒しちゃってるわ~ん。普通は人間の顔に戻して隠すものだけど~」
と、ブラッシー。
二人が言う獣人とは、女神の神徒グロロンだった。ズーリ・ズーリも肩を並べて、巨大藁人形作りを行っている。
「デカい体して本当器用だなあ、お前」
隣でてきぱきと藁を編んでいくズーリ・ズーリを見て、グロロンは感心する。
「体の大きさと器用度は関係無いと思うのです」
「イメージ的になー。ああ、それよりも、あいつらに気付いたか」
グロロンがミヤとノアとチャバックとブラッシーを見る。
「縁を感じたのです」
「ああ。あいつら、凄く微かだが、魂の残り香があるな。知り合いの知り合い程度にな」
「さっき交戦した人達の知り合いかもしれないのですね」
「向こうはこっちに気付いているのか、それとも気付いていて知らんぷりしてるのか。気付いていても気に留めていないのか。ま、やり合う気は無いようだし、上手いこと情報聞き出せねーもんか」
「それは難しいのです」
喋りながら藁人形作りを行うグロロンとズーリ・ズーリ。
その二人を、遅れてやってきたユーリが目撃した。当人達は、先程自分達を攻撃してきたユーリが現れた事に、気が付いていない。
(レオパさんを襲った二人……。ノアのイベントに参加しているなんて……。ノアや師匠を探っている?)
そう勘繰るユーリだが、すぐにその考えを打ち消す。探るためにイベントに参加しているという雰囲気ではない。
(せっかくのノアのイベントでトラブル起こして潰すのもどうかと思うし、ここは退いておこう。事情は後で話そう)
そう思って、ユーリは二人に見つかる前、その場を立ち去った。
「あれ? 先輩が今来たと思ったら、帰っちゃった」
そんなユーリの挙動を見て、ノアが不思議がる。
「何か思慮があるようだから、声をかけるのはやめておきな。後で話を聞けばいい」
「うん」
釘を刺すミヤに、ノアは頷いた。
***
メープルCからスィーニーに連絡が入る。念話ではなく通信用魔道具で肉声を発している。
『ア・ドウモで大変な事件が発生しました。人喰い絵本のような空間の門が複数個所に発生し、そこから魔物の大群が出てきたのです』
メープルCの報告を聞いても、スィーニーは特に驚かなかった。すでにスィーニーも先日、ア・ハイ群島でも似たような事件が起こっている事を、メープルCに報告したからだ。
「こっちもアンデッドの大群が人喰い絵本の中から現れたとか、破壊神の足が現れたとかありますが、関連性があるのでしょうか」
『関連しているのは間違いないかと。それはア・ハイとア・ドウモだけではなく、この世界のさまざまな場所で発生しているようです』
「世界規模での大異変ということですか?」
『そう断定するのは早計ですが、管理局はア・ドウモ内で魔物の群れが出現した際、すぐに急行できるよう、警戒態勢を敷いています。そちらはこれまで以上に、些細なことでもよいので、逐一情報を報せてください』
「承知しました」
通信が切れた。
(世界中で人喰い絵本の中から魔物が出てくるなんて……にゃんこ師匠)
この話をすぐに報告すべく、スィーニーは呪文を唱え、ミヤに念話を送った。
***
学業を終えたチューコは、別の世界へと移動し、神徒達の前で演説を行う。
「知っての通り、女神様は何年も消息を絶っているわ。とある世界に足跡はあったけど、その先は完全に行方不明だったの」
制服にマントという姿のまま、これまでの経緯から語り始めるチューコ。彼女は魔道学園のこの制服が気に入っているので、どこでもこの姿だ。
「でも私達は多くの世界を渡り歩いて、ようやく女神様がいる世界を突き止めたっ。そしておおよその場所も特定するに至り、女神と縁のある物とまで遭遇した。私達は、消えた女神様に近付いているっ」
『うおおおおーっ』
「ついに女神様が復活なさるーっ!?」
「我等、この時を待ち望んでおりましたぞーっ!」
「女神様っ、万っっ歳ぃぃーっ!」
壇上のチューコの報告を聞き、神徒達が一斉に歓声をあげる。
演説を終えたチューコが、控室に戻り、ドームと顔を突き合わせる。
「ついに――ですな」
「そうね」
ドームの言葉に、チューコが頷く。
「女神様は私達を助けてくれた。それなのに私達はいつまで経っても、女神様を助けてあげられなかった。何年何年も……。その事実を意識する度に、魂が引き裂かれるような感覚だった。申し訳なくて、悔しくて、呪わしくて」
本当に口惜しげな表情で語るチューコ。
「でもやっと女神様の手がかりを掴めた。何が何でも、女神様を取り戻さないとね」
「しかし大教皇様。報告を聞く限り、あの二人だけに任せておくのは難しいでしょう」
「ええ、私も同じ判断」
案ずるドームに、チューコも同意した。
「ドーム、今まで御苦労だったわね。人喰い絵本の中の災厄を、あっちの世界に送りまくるのは大変だったでしょう」
「そうでもありません。想定していたよりは楽でした。人喰い絵本の意思によって、妨害が入るかと思いきや、意外と野放しのままで拍子抜けしましたな」
労うチューコであったが、ドームは事も無げに言ってのけた。
「おかげさまで、女神と縁のある者を誘き寄せたってわけね。ここにきてとんとん拍子に話が進んでいるわ」
「女神さまのいる世界を見つけるまで、時間がかかりましたが、見つけてからは早かったですね」
「じゃ、私達も行くわよ。女神様がいる世界に」
マントを翻し、チューコは弾んだ口調で告げた。
***
夜、ミヤの家。
ユーリがイベントに参加せずすぐ帰った理由も、レオパがグロロンとズーリ・ズーリに襲われた件についても、ノアはユーリの口から語られて知ることとなった。
「敵が俺のイベントに参加していたとか、妙ちくりんな話。あの場ですぐに身を引いた先輩はナイス判断だね。ポイント12あげる」
「ど、どうも……」
「儂の真似するんじゃないって何度も言わすんじゃないよ」
ノアが上機嫌に言うと、ユーリは苦笑いを浮かべてミヤを見やり、ミヤは不機嫌そうに言い放った。
「女神の配下は、レオパが女神に関与していることまで突き止めたようですし、今後は無差別に魔物を送ってくる事は、無くなりそうですね」
と、ユーリ。
「あくまで無差別に――だがね。狙いをつけてまた災厄を送り込む可能性は――」
ミヤが喋っている途中に、空間が大きく歪む気配を感じて、言葉を止めた。
ミヤもユーリもノアも、それが何を意味するかすぐに理解した。空間の歪み方でわかる。人喰い絵本の扉が開いているのだ。
家の中に人喰い絵本が開いたものの、近くにいる三人を吸い込む気配は無い。そして扉の内側には、ダァグが佇んでいた。
「やっとできたよ。新しい絵本。でも今回はいつもと違う。ただ頭の中に絵本を流すだけだ」
ダァグがミヤ達三人に向かって言った。
「つまり絵本世界を創ったわけじゃないんだね」
ユーリが確認する。
「うん。レオパの記憶を再現する映像を作ってみた。レオパの記憶から、レオパが見ていない部分の記憶も、精神世界から記憶の糸を辿って、ある程度際限出来たよ。女神とやらが何者なのかも、ある程度わかったんだ。そして女神とレオパの関係もね。その情報を君達とも共有したい。だから一歩こっちに入ってきて」
「ふん、御苦労なこった」
ダァグが呼びかけると、ミヤが鼻を鳴らして笑い、真っ先に扉の中へ入った。ユーリとノアも後に続く。
三人が入った瞬間、いつも通り、頭の中に絵本が流れ込んできた。
38章はここで終わりです




