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38-1 組み合わせの理由


 その日、珍しくミヤとノアはユーリ抜きで行動していた。二人は山頂平野繁華街にある飲食店『刀傷の安らぎ』で、昼食を取っている。

 ユーリはとある人物から、話があるということで呼び出されている。ミヤとノアはその人物が誰であるかは知っているが、二人が何の話をしているかまでは知らない。


「師匠、すっかり言うの忘れてたけどさ、俺十四歳になった」

「へえ、そうかい」


 ノアが声をかけるも、ミヤは素っ気ない。


「誕生日プレゼント欲しい」

「自分で要求するんじゃないよ」


 ノアが要求するも、ミヤはにべもない。


「俺、生まれてから一度も誕生日プレゼントって貰ったことないんだよねえ。俺に生まれて初めて誕生日プレゼントする権利を、師匠か先輩のどっちかに上げようと思う」

「いらないよ。そんな権利」


 ノアが提案するも、ミヤはすげない。


「ひどいよ師匠。マジでひどいよ……」

「よし、じゃあ誕生日プレゼントとしてポイントプラス2やろう。これでいいだろ」

「いつもなら嬉しいけど、今は何故か嬉しくない」


 ミヤの塩対応に、ノアはしょんぼりとする。


「そういえば師匠の誕生日は何時?」

「教えないよ。いちいちそんなもの祝ってほしくないんでね」

「祝うなんて言ってないけど?」

「ふん、そう来たか。じゃあ聞くまでもなかろ」


 ノアの台詞を聞き、ミヤは鼻を鳴らす。


「そうじゃないよ。祝わないとも言ってない。俺が祝うと言う前、祝われる前提な発言している辺り、本当は師匠もちょびっと祝われること期待してるな、と」

「ふーん、少しは口賢しくなった――と言いたい所だが、微妙にズレているというか、強引だね」


 ノアの台詞を聞き、ミヤが評価を口にしたその時――


「何だよこの店はよー。さっさとオーダー聞きに来いよー。いつまで待たせるんだよーっ」

「こら、やめろって」


 昼間から酔っ払ったスダレ頭の初老の男が、ダミ声で店員に文句をぶつける。スダレ頭のツレの初老の肥満男が、慌て気味に制する。


「すみません。遅れました」


 店員がやってきて謝罪する。


「遅れましたじゃねーんだよっ。教育がなってねーんだよばーろーっ。こんな不愉快な糞店あるかーっ。この店は接客最悪だって噂流してやんぜばーろーっ。俺様を誰だと思ってんだーっ。どーせこんな所、飯も不味いに決まってらーっ」

「おい、やめろよっ。すみません、こいつ、悪酔いしちゃって。すみません。酔っているんで見逃してください」


 悪酔いしたスダレ頭が悪態をつきまくり、そのツレが擁護する。


「酔っ払ったからって、免罪符にはならないよ。店にも迷惑だし、同じ店の中で食事している儂等にしても不愉快だ。儂はこの店が気に入ってるしね。とっとと出ていきな」


 ミヤが店中に通る声でぴしゃりと告げた。


「おい、あれミヤ様だぞ」

「大魔法使いミヤが怒ってる」

「あの酔っ払い、ただでは済まないね~」


 他の客達がひそひそと囁く。


「あんだとこの糞猫が。猫の分際でげっ!」


 立ち上がり、今度はミヤに絡もうとした酔っ払いスダレ頭だが、念動力猫パンチを受けて床に突っ伏した。


「とっととそいつを連れて出ていきな」

「は、はいっ」


 ミヤが告げると、肥満男が気絶したスダレ頭を担いで、店の外から出ていく。


 店内に拍手が巻き起こる。店員も明るい顔でミヤに礼を述べていた。


「師匠最高っ。よくぞ言ったって感じ」


 ノアも喜んで称賛していた。


「酔った時にこんな風にガラが悪くなって絡む奴は、元から性根の腐った奴さね。まあ、性格の悪い奴程度にしてやってもいいが。普段は本性を隠していても、酔った時に出ちまうだけの話だ。いずれにせよ、他人を侮辱して不快にしている時点で、例え酔っ払っていようが、許す理由にならないんだよ。ノア、お前も気を付けるんだね」

「せっかくいいこと言ってるのに、そこで俺への説教に繋げるなんて台無し」


 ミヤの歯切れのいい主張を、快く聞いていたノアであったが、最後に付け加えた台詞で憮然とした。


「ところでさ、師匠。先輩がディーグルと何の話してるか、師匠は気にならない?」


 気になっていたことを口にするノア。ユーリを呼びだしたのはディーグルだった。


「儂も変わった組み合わせだと思ったよ。気にならないと言えば嘘になるが、お互い、儂等に聞かれたくない話なんだろうし、詮索しないでおきな」

「うん」


 ミヤに言われ、ノアは頷いた。


「あ、今日は夕方から、うちの会社で次のイベントする予定。チラシも撒いてる。師匠も協力して」

「内容次第だね」


 ノアに要求され、ミヤは短く答えた。


***


 ダァグ・アァアア、宝石百足、嬲り神の三者が向かい合う。


「ジヘを主人公にした物語の続編という形で、同じ世界の物語の続きを描いた。あれは僕にとっては新しい試みだったけど、成功したと思う。今後も続けたい」


 ダァグが淡々とした口調で告げる。


「そして精霊が暴走するシャクラの街の話を応用して、魔王のリメイクの話を作る事も出来た。僕はこれまでと違う形で話を作る。そして実験も兼ねて、全く干渉できないただの絵本を描いた。女神とやらの情報を、ユーリ達と共有するためにね」

「真っ先にユーリの名を出すんだなぁ。ミヤじゃなくてよ。あいつのことを一番意識しているわけか。ひゃははは」


 ダァグの言葉尻をとらえて嗤う嬲り神。


「女神は数多の世界を侵略しているようだ。僕の世界も、ユーリ達の世界も、貪欲に狙っている。だから排除しないとね」


 嬲り神の指摘を空気のように無視して、ダァグは言葉を続けた。


「その方法は考えてあるの?」

「うん。準備は進めている。しかしまずは、ユーリ達と情報の共有だ」


 宝石百足に問われ、ダァグは答えた。


***


 ミヤとノアと同じ山頂平野の繁華街に、ユーリとディーグルもいた。二人はオープンカフェで、向かい合っている。


 ディーグルが本を差し出す。読み終えた『奇跡の絵描き屋さん』という小説を、ユーリに返す。ユーリが貸していた。

 ユーリはディーグルとの会話の中で、絵描きにまつわる記録を探していると聞いたので、実在したらしい絵描きをモデルにした小説を持っていたので、それを貸した。

 その本を見た時、ディーグルは動揺し、少し興奮もしていたように、ユーリの目には映った。ディーグルらしからぬリアクションだと感じた。


「どうしたんです? ディーグルさん。浮かない顔していますよ」


 そして今も、ディーグルはあからさまに曇り顔になっている。


「そう見えますか……。実は浮かないどころではありません。その小説を読み終え、とても悲しく、寂しく、懐かしく、切ない気分になってしまいました」


 正直に心情を吐露するディーグル。


「何百年も昔の話だというのに、何百年もの間、私は自分の記憶が無いことにずっと囚われています。思い出したい、思い出さなくてはいけないと、そう思い続けています。もどかしさ――焦燥のような感覚が常にあるというか」


 そこまで喋った所で、ディーグルは小さく息を吐き、間を空ける。


「もしかしたら、前世のことか、あるいは魂の横軸の影響かもしれませんけどね。だとしたら不毛な話です」

「そうですか……」


 気の利いた言葉が見つからず、曖昧な相槌を打つユーリ。悩みを打ち明けるディーグルに対し、良い言葉が返せない自分に、もどかしさと情けなさを覚えてしまう。


「ユーリ君も私に話があるとのことですが」

「師匠のことです」


 ディーグルが話題を変えると、今度はユーリが表情を曇らせる。


「ずっと体調が思わしくなくて……。色々と策を講じていますし、持ち直したこともありますけど、決定打にはならなくて」


 辛そうに話すユーリを、ディーグルは労りの目で見る。


「最近また咳をするようにもなってきて、心配です。以前に比べれば少ないのですが、坩堝から吸った力の効果も、乏しくなってきたのではないかと……」

「そうですか。ミヤ様も……」


 ユーリの話を聞き、ディーグルはミヤとの別れが近づいていることを意識し、脱力する。


「僕が案じると怒るんです。余計な心配するなと」

「なるほど。あの方らしいですね」

「ブラッシーさんとアルレンティスさんにも、こっそりと頼んではあるのですが、ディーグルさんにもお願いしたいんです。師匠の体を癒す方法を探して欲しいんです」


 ユーリがこっそりと頼む以前に、ミヤ本人が頼んでいるだろうと判断したディーグルであるが、言わないでおいた。実の所ディーグルも、ミヤから延命策をすでに頼まれている。


(聖果カタミコがあれば確実ですが、あれを手に入れるのは流石に難易度が高いですし、ユーリ君に勧められませんね)


 ディーグルは知っている。確実な延命どころか、不老をもたらす聖果カタミコの存在。それが何処にあるのかも。


「わかりました。探ってみます。しかし期待はしないでください。すでに多くの手を尽くした後でしょうからね」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 ユーリは立ち上がり、ディーグルに向かって深々と頭を下げた。


「よろしくお願いされるような立場ではないのですけどね。私にとってミヤ様は、忠誠を誓った主なのですから」


 ディーグルはユーリを見上げて、爽やかな笑みをたたえて告げた。


***


 その街中を男が歩いていると、いちいち人が振り返る。視線が集中する。

 男の顔は獣のそれだった。多くの通行人が知らない獣だ。男はア・ハイでは非常に珍しい、獣人である。


「グロロンの兄貴、僕が見られているわけじゃないけど、僕はいつも恥ずかしいのです。この世界では獣人が珍しいみたいだし、人の姿でいた方がいいと思うのです」


 獣人の後方を歩いている大男が、控えめな口調で声をかける。その背には大きな筒のような物を背負っている。


「ズーリ・ズーリ。わかってねーな。つかよ、シラけること言ってんじゃねーよ。珍しがられるからこそ、見せつけてやってんじゃねーか。反応を楽しんでいるんじゃねーか」


 獣人グロロンが、大男ズーリ・ズーリの方に振り返り、口の端を大きく吊り上げて笑みの形を作ってみせる。


 二人には共通の特徴があった。二人とも、首からカモメのペンダントを下げていた。


「それにな、もう一つの目論見もある。こっちが目立てば、女神様を封じている奴の方から、こっちに近づいてくるかもしれねーしよ」

「確かにそれはそうなのですが」

「ドームは女神様の気配を感じ取ったと言っていた。だから俺達をここに送った。俺達は女神様を探さなくちゃならねえ」

「正確には、女神様を封じている人なのです」


 喋りながら、ズーリ・ズーリは不安を覚える。


「グロロンの兄貴はよく平気でいられるのです。女神様をも破った相手に、僕達二人で戦うことになるかもしれないのですよ?」

「本当にお前は心配性っていうか、ネガネガしすぎだろー。図体デカいくせしてよー。もっと自信持てって」


 再び振り返り、笑いかけるグロロン。


「俺とお前は長らくコンビ組んでいるが、この組み合わせは最強のタッグだ。負けるヴィジョンが見えねえ。実際負けてねーから、こうしているんだろ」

「ま、まあそうなのですけど……」

「チューコ様も俺達の働きを期待してるんだぜ。チューコ様が満足いく手土産をもちかえらねーとな」


 グロロンがそう言った直後、その顔から笑みが消えた。ズーリ・ズーリも緊張の面持ちになる。


「グロロンの兄貴、女神様の気配が早速するのです……」

「おいおいおい、運命に導かれちゃってるか? 女神様の導きか?」


 二人して十字路の真ん中で立ち止まり、左手側の道を見やる。


 左手側の道からアザラシが一頭、海の中を泳ぐかのようにして、緩やかに回転しながら飛んでくる。


「アザラシなのです」

「アザラシだなあ。しかしあいつの体の中から女神様の気配を強く感じるぞ……」


 飛んできたアザラシを見て、呆然とするズーリ・ズーリとグロロン。


(おや? 女神の魂の残り香がする)


 アザラシ――レオパも、グロロンとズーリ・ズーリを見て、一目で女神の関係者と見抜いた。


「あはっ、早速こっちにやってきたのかー。女神の神徒」


 二人の前で空中停止し、笑いかけるレオパ。


「こいつで当たりみてーだな。こいつの中に……女神様を感じるぜ」

「そのようなのです。女神様が体内に封じられているのです」


 レオパの台詞を聞き、グロロンが不敵に笑い、ズーリ・ズーリは緊張の面持ちとなった。

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