37-3 破壊神の真実
レオパから詳しい話を聞くために、ミヤ、ユーリ、ノアは、レオパを定食屋へと連れて行った。ミヤ達はすでに昼食を済ましているので、食べるのはレオパだけである。
「これおかわりっ。あとこれも追加でっ」
すでに二人前平らげたレオパが、さらに追加注文する。
「レオパいっぱい食うねえ」
「大食漢だ」
「ふんっ、人の金だと思って」
感心するノア、ユーリ。呆れるミヤ。
「腹の中の女神のせいだよ。消化できないしさ。少しでも栄養不足になると、俺が女神を抑える力も低下して、女神が俺の腹を食い破って出てこようとするからね」
「いきなり女神の話のぜんまいが当人によって巻かれた」
「この調子で本人の口から喋りまくってるっぽいね」
レオパの台詞を聞いて、ノアとユーリはレオパの性格が少しわかった気がした。
「その女神ってのが何なのか、興味があるんだ。それでお前に声をかけた」
ミヤがカモメのペンダントの模倣品を魔法で作り、レオパに見せる。
「これは幻術で見せているイミテーションだが、こんな魔道具があって、こいつで人喰い絵本からアンデッド軍団を、こっちの世界に送りこんでいた奴がいたのさ」
「ふむふむ。次元を跨ぐ魔道具ってわけねっ。しかも女神関連かー」
レオパにも話が見えてきた。
「ずっと昔にだけどね、儂は人喰い絵本の中で、凄まじい力を持つカモメと会ったことがある」
「あはは、それが女神さー」
ミヤの話を聞いて、レオパが笑う。
そのレオパの肌を、隣にいるノアが掌で撫でまわす。
「ちょっとちょっとノア、失礼だよ」
「アザラシの体、見た目つるつるなのに触ってみるとそうでもない。ちゃんと毛が生えてるんだ」
ユーリが止めるが、ノアは聞こうとせずに撫で続ける、
「あはっ、別に失礼じゃないよっ。気にいったらいくらでもどーぞ。子供は大好きだよっ。よく一緒に遊んでるしね」
水棲生物園の園長をしていた時も、園長と遊ぶコーナーを設けて、子供と遊んでいたレオパであった。水棲生物園が潰れた後も、公園でも道端でも、子供と遊ぶ機会は多かった。
「ぎゅーっとしてもいい?」
「ゴォ、どうぞどうぞ」
「じゃあ遠慮なくぎゅーっ」
ノアがレオパを抱きしめる。すっかり気に入った様子だ。
「ねえ、これ連れ帰っていい? うちで飼いたい。いいよね?」
「いいよー」
ノアがミヤに伺うと、レオパが弾んだ声で即答する。
「レオパはいいってさ。じゃあ決まりー」
「駄目に決まってんだろ。ここに捨てていきな」
勝手位に決定するノアに、ミヤはぴしゃりと告げた。
「何で? 先輩が言ってたよ。俺が家に来る前に野良猫拾って飼ってたって。ならいいじゃない」
「あはっ、いいよね。俺はいいと思うよっ」
「猫飼うのとヒョウアザラシ飼うんじゃ全然違うだろっ。しつこいよっ」
食い下がるノアに、レオパも後押しするが、ミヤが許可するはずもなかった。
「ところで、女神に興味あるってことはさっ、ひょっとして、俺の腹の中の女神が狙いー? 女神の力を自分のものにしようとか、そんなこと考えちゃってる?」
レオパがいきなり核心に触れる。三人が真顔になる。
「これはあげられないよっ。出せないよっ。もしこれが狙いだってんなら、俺と一戦交える覚悟が必要だねー。言っておくけど、俺めちゃくちゃ強いからー。女神だってやっつけたし、多分この世界に昔いた魔王より強い。あっちの世界の魔王だって、俺にはびびってたし」
「あっちの世界の魔王?」
「サーレかな?」
顔を見合わせるユーリとノア。
「俺が元いた世界に現れた魔王さ。ちなみに俺がいた世界って、この世界と違って、喋る動物なんていなかったよっ。俺はとあるきっかけで、喋れるようになったけど。まあ、ざっくり言うと、女神は悪い侵略者。俺は女神を退治したけど、腹の中に封印しているような状態ね」
「女神のことだけじゃなく、お前のことも色々と気になってくるね」
レオパの話を聞いて、ミヤが言った。
「儂等は自分達の欲望のために、女神の力が欲しいとか、そんなんじゃないよ。女神が何やら画策して、この世界に害をなそうとしているんじゃないかって、危ぶんでいるだけさ。実際、今見せたペンダントの力で、人喰い絵本の中からアンデッドの群れが現れ続けて、大変なことになっていたそうだからね」
「ごちそうさままま。うん、やっぱり悪い人達ではなさそうだ。でも念のため確認したよっ。あは」
ミヤの話を聞いて、レオパは満足顔で納得する。
「ようするに女神が間接的に災厄を及ぼしている可能性を、危惧しているわけだね。話はわかったよ。女神は俺の腹の中にいるから、やっているのは女神の手下――神徒だろう。まあ、たまたま魔道具が暴走しただけの可能性もあるけどー。質問は以上かな? 他に聞きたいことは無い?」
「いや、今はこれくらいで十分さ。話てくれてありがとうよ」
「じゃ、ごちそうさまー。何かあったら連絡してっ。俺も力を貸すから。念話回線開いておくねー」
ミヤが礼を述べると、レオパは弾んだ声で告げ、前肢を高速で振ってさよならの仕草をして、先に店を出ていった。
(凄く朗らかで快活で、横にいるとこっちの心も温まるタイプの人だ。でも……)
ユーリはレオパを完全に信じ切っていなかった。一抹の不安がまとわりついている。気を許せるタイプのように見えて、何かよろしくない性質もあるのではないかと、危ぶんでいた。
「ああ……レオパが行っちゃう。うちで飼いたかったのに~。師匠~……」
「しつこいってんだよ。お前はヒョウアザラシの飼い方知ってるのかい? 責任持つことも出来ないのに、可愛いって理由だけで衝動的にペットを飼おうとするもんじゃないよっ」
涙声で訴えるノアに、ミヤは厳しい口調で叱った。
(レオパは人の言語話せて、人間並みの知能もあるみたいだし、水棲生物園の園長までしていたって話だから、二人してそれをペット扱いってのも……。いや、ノアはともかく、師匠まで……)
二人のやり取りを聞いて、ユーリが苦笑する。
レオパと別れたミヤ達は、店を出て帰路に就く。
その途中で、ゴートからミヤに念話が入った。
ゴートから伝えられた内容を聞き、ミヤは顔色を変えて立ち止まる。
「どうしたの? 師匠。フレーメン反応みたいな顔しちゃって」
ノアが尋ねる。
「ゴートから連絡だ。ホンマーヤ地方に、破壊神の足が現れたとの報告があったそうだ」
ミヤの口から出た言葉を聞き、ノアとユーリも驚いた。
「それって師匠が昔やつっけたんじゃないんです?」
「儂が以前退けたのは左足だよ。今度現れたのは右足だそうだ」
ユーリが問うと、ミヤが答える。
「まあ……儂が蒔いた種だし、例えそうでなくても放ってはおけんがね」
ミヤが溜息混じりにいう。
「魔王が残した災厄の一つって言われてるけど、本当にそうだったんですか?」
さらに問うユーリ。
「儂が魔王だった時、儂が人喰い絵本から呼び出そうとして、失敗した破壊神の左足だけが、世界をさまよっていたのさ」
ミヤはトホホ顔になり、より大きな溜息をついて答えた。
「それを倒して、大魔法使いミヤの名前が全世界に知れ渡ったってことは、師匠がマッチポンプしたってことだ」
「失礼な奴だね。マイナス1。初めから売名のために狙ってやったわけじゃないよ。結果的にそうなっただけだ」
からかうように言うノアの言葉を、ミヤが否定する。
「そもそも破壊神て何? 人喰い絵本の中にいたってことは、それもダァグが描いた物語?」
今度はノアが尋ねる。
「破壊神の正体は魔王のなりそこないだ。このなりそこないが現れる事を防ぐために、坩堝に管理人がいる。しかし管理人が現れる前は、怒りや憎悪にだけ染まった者が、坩堝の力を得て、暴走させちまうことが度々あったらしい。その暴走によって、理性が吹き飛び、ただ破壊衝動だけに囚われる破壊神になっちまうのさ。管理人は、そうした者は坩堝を継ぐ素質無しと見なして、坩堝に近付かせないと聞いたよ」
「理性を留めているのが魔王、理性が壊れてただ暴れるのが破壊神ていう区分か」
「そうなるね。破壊神は破壊をもたらすだけだが、魔王は自分の軍勢を作り、支配を目論む傾向にあるからね。必ずしもそうなるとは限らないけど」
ノアの言葉を肯定したうえで、補足するミヤ。
「魔王が呼び出そうとした破壊神は、人喰い絵本の中にいたものですよね?」
ユーリが確認する。
「そうだよ。こいつもその可能性が高い。タイミング的に考えて、メンコーイ島にアンデッド軍団を送り込んだ黒幕と、同じ可能性も高い」
可能性が高いとは言ったものの、ミヤとしてはほぼ確信している。このタイミングでそんなものが現れたとして、それが別の要因とは考えにくい。絶対に有り得ないとも言いきれないが。
「女神の神徒とやらが、次元を越えて、人喰い絵本の中からこっちの世界に、災厄となるものを送り込んでいる。でも、何が目的で?」
疑問を口にするノア
「さてね。推測はできるが、真実は黒幕に聞くしかないさ」
ミヤが言った。最終目的は女神の復活なのだろう。しかし魔物だの破壊神の足だのと、災厄を送り込むことで、どう繋がるのか――それはまだ推測の域だ。
「女神を封印しているレオパを呼び出すためかな? それにしては大雑把なやり方だけど」
「あり得るね。敵さんにも事情があれこれあって、今はそれしか手が無いのかも」
ユーリとノアが推測を口にした。
「取り敢えず、ゴートに呼び出し食らってるから、そっちに行くよ」
そう言ってミヤが踵を返した。
***
ミヤ、ノア、ユーリは、連盟議事堂の会議室に赴き、ゴート、シモン、マリア、ワグナーと共に、破壊神の足出現における緊急会議に参加した。
「破壊神の足の討伐隊を組織する必要があるよ」
会議室に入るなり、ミヤが告げた。
「師匠が昔やっつけたんじゃなかったの?」
ミヤ一人では倒せないのかというニュアンスで、不思議がるノア。
「大分昔の話さね。あの時と今とじゃ違う。儂はあの頃元気いっぱいだったが、今の儂は歳をとって力が衰えている。悔しいが今の儂一人の手に負える代物じゃないのさ」
渋い顔でいうミヤ。
「カッカッカッ、かつての破壊神の足も、ブラッシー殿とアルレンティス殿でも敵わなかったという話ですしなっ」
腕組みしたシモンが笑う。
「そのブラッシーとアルレンティスも呼ぶ。ディーグルもね」
「ソッスカー滞在中の八恐全員招集ですか」
方針を述べるミヤに、ワグナーが言った。
「レオパとサユリとアザミとシクラメとジャン・アンリとフェイスオンとシモン先輩も呼ぼう」
ノアが勝手に決めようとする。
「レオパには来てもらう。他は却下だ。強い奴全部かき集めて、ソッスカーが手薄になるのも不味いだろ。その間に人喰い絵本のデカいのが現れたり、人喰い絵本の中からこっちにも魔物の大群が出たりしたら、そっちの掃討も必要だしね」
と、ミヤ。
「レオパを連れて行くのですか。ならば拙僧も参りましょうぞっ」
「駄目に決まってるだろ。お前は王様だろうに」
意気揚々と申し出るシモンだが、ミヤはにべもなく却下する。
「カカカ、王自ら先陣を切って戦って何の問題がありましょうかっ。拙僧も是非戦陣に加えて頂きたく存じますっ」
「駄目だと言ってるだろ。しつこいよ。マイナス1」
食い下がるシモンだが、ミヤは認めない。
「陛下、どうか御自重ください」
「ぐぬぬぬぬ、破壊神の足なる存在、この目に収め、師匠と肩を並べて戦えるかと、血沸き肉躍っていたというのに……。やはり王などになるべきではなかったわい」
マリアが諫める。シモンは悔み、唸る。
「師匠、レオパさんを連れて行くという選択はどうかと思います。敵の狙いは、レオパさんの可能性もありますよ。レオパさんを誘き寄せるために、人喰い絵本の中から災厄を送り込んでいるのでは?」
「そうかもね。だからあえてそれに乗ってやるのさ。敵の尻尾を掴むためにね」
危惧するユーリに、ミヤは不敵な笑みを浮かべて告げた。
「なるほど。でも危険な賭けになるかもしれませんよ?」
「ユーリ、お前は危険な賭けはわりと好きだろ? この作戦は、お前のやり方を見習ってみたのさ。お前が好きそうな大胆な作戦じゃないか」
「えー? 僕は師匠に慎重になれと言われたから、日々慎重になるように、心がけていたのに」
若干意地悪な口調で言うミヤに、ユーリはおかしそうに微笑んだ。
「ここにいる面々にもレオパのことは話しておいた方がよさそうだ。女神のことも。無論、他言無用だ。シモンは酔った弾みにべらべら喋るんじゃないよ」
「師匠、それはあんまりですぞ。拙僧が然様なことを過去に致しましたか?」
ミヤの言葉を聞いて、シモンが問いかける。
「儂が覚えている限り四度ある」
「ぐっ……」
あっさりと告げるミヤに、シモンは言葉を失う。
「じゃあ最初から、シモン先輩はこの会議に呼ばない方がよかったような……」
「これユーリよ。酷いことを言うでない。拙僧とて、後輩にまで然様なことを言われれば傷つくぞ」
ユーリの発言に、ますます情けない気持ちになって訴えるシモンであった。
「そうしたいが、今のシモンは王様やっているんだし、そうもいかないのさ」
と、ミヤ。
その後ミヤは、レオパと女神のこと、女神という存在の勢力が、人喰い絵本の中から災厄を放っている可能性について、シモンとワグナーとゴートとマリアに伝えた。
「人喰い絵本の中からアンデッド軍団や破壊神の足が送り込まれ、その原因が女神なる者にあるとは……。ううむ……」
ゴートが唸る。
「何とも壮大な話になってきましたなあ。これはやはり、拙僧も王などやっている場合ではないのでは?」
「しつこいと言いたいところだが、もしもの時は、お前は魔法使いとしての力で、このソッスカーを守りに回れ。それが適材適所だ」
シモンが申し出ると、ミヤが静かな口調で告げる。破壊神の足と戦っている際に、ソッスカーにも災厄が放たれる可能性も無くは無いと、ミヤは見ていた。




