37-2 ヒョウアザラシがやってきた!
「じゃあ魔術教えるよー。俺の真似してねっ」
挨拶した直後、レオパはそう断りを入れてから、呪文を詠唱し始める。
「ちょっとちょっとレオバさんっ、勝手に授業の進行しないでっ。ていうか、俺の真似して――で、魔術は出来るものじゃないでしょ」
レオパの突拍子の無い行動を見て、エルフ少年担当教師が慌てて制止する。
「何かヤバそうなのが来た気配?」
「そう感じるな……」
ウルスラとオットーが囁き合う。
「じゃあ俺何するの?」
レオパがエルフ少年担当教師の方を見て尋ねる。
「先に指導あったでしょ……。聞いてなかったの?」
「あは、退屈で寝てた。すまんこっ」
「はあ……取り敢えず、僕の補佐して。僕がこうしてああしてって言った時に、指示に従って」
「らじゃっ」
エルフ少年担当教師に言われ、前肢で敬礼ポーズを取るレオパだが、前肢が短いせいで、それが敬礼したと気付かない生徒も多かった。
その後はわりとスムーズに授業が進み、レオパも大人しく担任教師の指示に従っていた。
魔術の実技訓練の時間になる。各々が呪文を唱えたり、印を結んだりして、魔術を発動させようとする。
「ねね、皆は魔術師になりたいんだよねっ? でも魔術師になってからどうしたいの? 魔術でお金儲けしたい? 魔術の研究を極めたいの? あるいは人喰い絵本の攻略したい? それとも冒険者になりたい?」
突然沈黙を破って、弾んだ声で問いかけるレオパ。
「レオパさん、皆集中しているんだからさ。雑談は休憩時間にしてよ」
エルフ少年担当教師が困り顔で注意する。
「いいじゃない。行き詰っている子が多いようだし、息抜きは今のタイミングで入れるのがベターと、俺は判断したよっ」
「勝手に決めないでよ。僕の指示に従ってよ」
レオパが主張すると、エルフ少年担当教師は額に手を当てて言った。
「私は魔術師になったら冒険者になりたいなあ」
「オイラはすっごく強い魔術師になってみせるよう。猫婆――大魔法使いミヤより強い魔術師になるんだあ」
ウルスラとチャバックが答えた。
「あっしが魔術師になったら、権力を手に入れて、幼女偏愛が認められる世の中に作り変えるぜっ」
「朕は魔術の力を利用して、羊毛フェルトのマエストロになることを志すぞ」
「拙者は人喰い絵本を出現させない魔術を編み出し、人喰い絵本の被害を防ぐのが夢にて候」
「おいどんは魔術師になったら、東洋の地に赴き、魔術を使える相撲取りになるでごわす。魔術の力で角界をのし上がり、横綱を目指すでごわす」
「僕は死霊術師になって、死体の良さを伝えて回りたい。死体のあの冷ややかな感触。人が腐っていく過程の素晴らしさを、一人でも多くの人にわかってもらいたい」
「麻呂は魔術の力で、麻呂の包茎を治したいでおじゃる」
クラスの皆がそれぞれ夢を語り出す。
「じゃあさー、こうなりたい自分というのを、いつみ強く心に秘めて、それで授業に臨もうっ。行き詰ったらその気持ち、その意識を思い出すんだよっ。そうすると自然とやる気が戻る。今の皆、魔術が発現しなくて、げんなりした空気ばかり漂っていたよー?」
レオパが弾んだ声で告げると、教室内の空気が変わったかのように感じられた。教室内の何名かは、爽やかな風が吹き抜けたかのような錯覚を覚えた。皆のやる気が目に見えて上がっていた。
(わりとまともな所もあるんだ)
ガリリネがレオパを見て思う。
「俺にも夢があるんだ。俺は以前ここに、水棲生物園を経営していたんだけど、潰れちゃってね。それをまた再建するって夢さ。あはっ、開園した時には皆来てよねっ」
笑顔でウインクするレオパ。
「でも私、集中力無くて……邪念や雑念が入って、魔術の精神集中がいつもうまくいかないんです」
ウルスラが挙手して、申し訳なさそうに言う。
「そっかー。じゃあさ、邪念を認めて受け入れればいいじゃーん」
レオパがあっけらかんと言い放つ。
「邪念とも友達になるんだよっ。邪念も力の糧にするんだ。邪念を否定しようとするから集中できないのさっ。否定すれば余計に足を引っ張られる。邪念だらけでこそありのままの自分だって、認めて受け入れておけば、集中できるよ。あははっ、この理屈、わかるかなあ?」
「わかるようなわからないような。でも言われた通りにやってみますっ。その方が自分にあっているような気がするしっ」
レオパの話を聞いて、ウルスラの表情が輝く。
「あいつ、ちょっと見直したぜ」
「うん。おかしい所もあるけど、僕の中でちょっと好感度上がった」
オットーとガリリネが言う。
「あ、今日の授業は何時までだっけ?」
レオパがエルフ少年担当教師に伺う。
「今日は午前だけだよ」
「そっかー。んじゃ、午後になったらお暇してもいい?」
「うん、問題無いかと」
本当は問題有る。授業は午前だけだが、午後になっても業務がある。だがここで駄目というとまた面倒な気がするし、エルフ少年担当教師からすると、どうにもこのレオパが苦手なので、問題無いと答えてしまった次第である。
***
ユーリの母親の命日ということで、ミヤ、ユーリ、ノアの三名は墓参りに訪れた。
「前にも言ったけど、僕は母さんの記憶があまり無くてさ。神様にお祈りをするようにと言って、お祈りしていたことは覚えているけどね。僕も母さんに倣って隣でお祈りしていた」
献花を手にして歩くユーリが、肩を並べて歩くノアの方を向いて喋る。
「記憶がほとんどないことが、母さんに対して申し訳なく感じる。小さかったから仕方ないとはいえ、寂しい話だよ」
「う……うん……」
ユーリの話を聞いていると、ノアはどうしてもマミのことを意識してしまう。
(俺さ、母さんにいつも虐待されまくって、辛い想いばかりしていたけど……)
声に出さずに、マミに向けて話しかけるノア。意識して伝えようとすれば、心の声がマミには伝わる。
(それでも、先輩の今の話聞いて思った。母さんと過ごした時間があってよかった。その時間を覚えていてよかったって。こんなこと思う俺、おかしいのかな? 母さん、からかわないで真面目に答えて)
(ノア。私は貴女を大事にしたつもりよ。私なりにね。貴女はそれが気に入らなかったようだけど)
真面目なトーンで訴えるノアに対し、マミも真面目な声で答えた。
(俺さ、親ガチャ大ハズレだと思うんだ。客観的に見たら、絶対に親ガチャ大々ハズレだよ。殺人鬼の娘として生まれて、殺しの片棒担ぎさせられて、毎日いびられまくってさ、理不尽極まりない運命の元に生まれた。こんな親ガチャ超大ハズレも無いよね)
嘲るでも自虐するでもなく、淡々と話すノア。マミは黙って聞いている。
気がつけばユーリとミヤが墓石に向かって祈りを捧げている。ユーリの母親の墓に着いていた。ノアも真似しながら、しかし祈ることはなく、ずっとマミに向かって話し続けていた。
(でもさ……不思議な気持ちなんだ。じゃあ生まれてこなければよかったのかと問われれば、俺は俺の生まれを否定したくない。最低の母さんの元に生まれて、最悪の人生送ってきたってのに――世界で一番不幸なんじゃないかって何度も思って、自殺もしかけたのに――それでも母さんから生まれ、育てられたことを、今は否定したくない。その道程も含めて、今の俺があるんだからさ。否定したら俺は空っぽになってしまう)
(私もイカレていた時間が長かった。どうしてああなったのか……)
ノアの話を黙って聞いていたマミが、ぽつりと呟いた。
(ん? 母さん?)
思いもよらなかった台詞に、ノアは目をぱちくりさせる。
(気のせいよ。今のは聞かなかったことにして忘れなさい)
(凄い強引な誤魔化し方)
マミに言われ、ノアは笑いそうになったが、何とか堪える。
「ん? あれは――」
いち早く祈りを止めたノアが、その存在に気付いた。
「どうしたんだい?」
ミヤがノアの視線の先を見る。
少し離れた場所で、アザラシが墓石に向かって頭を垂れ、瞑目していた。胴の前で前肢の先も合わせている。
「バーク、本当にもう逝っちゃったんだね。いないんだね。凄く寂しいよ。幽霊の状態で留まっていたのは、こんな情けない俺のためだったんだ。悲しいなあ」
アザラシは墓石を見て呟きながら、涙ぐんでいた。
「アザラシが墓参りしてる。シュール」
「あれが噂のレオパじゃないですか?」
ノアとユーリが言った。
ミヤ達の視線に気付いたアザラシ――レオパが、三人の方を向く。
「うん? 俺の顔に何かついてる?」
じっと見つめられているので、レオパは尋ねた。
「うん。アザラシがついてる」
「あはっ、それは大変だー」
ノアの答えに、けらけらと笑うレオパ。
「儂は魔法使いミヤ。こちらは弟子のユーリとノアだ。レオパとやら、お前に聞きたいことがあるんだ。墓参りが終わったら、話をしてもいいかね?」
ミヤが声をかけた。
「あははっ、大魔法使いミヤが、俺のこと知ってるんだ。それなら――ちょっと遅めだけど、昼飯奢ってくれたら、話を聞いてあげてもいいよっ。墓参りの後で食べようと思ったけど、ここに来るまでに思ったより時間かかっちゃって」
「ふん、それで手をうってやるよ」
アザラシフェイスに朗らかな笑みを広げて要求するレオパを見て、ミヤも相好を崩した。
「ゴォォ、よーしっ、契約成立っ。いっぱい食べるぞーっ」
心底嬉しそうな歓声をあげ、空中に大きく飛び上がるレオパ。
「何か面白いな、このアザラシ。快活で、声も耳に心地よい。笑顔も可愛い」
「うん。でも凄い力を秘めているのがわかる」
ノアはレオパに対する印象がすこぶるよかった。一方でユーリは警戒を忘れなかった。
***
ア・ハイ群島西部。ホンマーヤ地方の山地。
轟音が響き渡る。土煙が舞い上がる。樹木が次々と薙ぎ倒される。人々が悲鳴をあげて逃げ惑う。
それは空中高く跳ね上がったかと思うと、勢いをつけて落下する。下には家屋があった。それら家屋は全てぺちゃんこに潰された。
さらにそれが跳ね上がる。そして地面に落下する。その繰り返し。樹木が、建造物が、そして時には逃げ遅れた大勢の人が、下敷きになっていた。
それは途轍もなく巨大な足だった。膝から下の片足。灰色の足。尖った爪は真っ赤だ。
足だけの怪物なのか、あるいは超巨大な巨人の足だけが石をもって暴れているのか、それはわからない。ただわかるのは、明確な破壊と殺戮の意思が見受けられる動きをしている事だ。
「でかい足……あれは何だよ」
「積極的に建物壊して、人を襲っているように見えるぞ」
「ああ、動きに意思を感じる。うわっ、こっち来るっ!」
「逃げろーっ!」
人々が一斉に逃げる。
「儂は……あれを昔……見たことがあるぞい……」
「おおっ、御年百二十五歳の大長老殿っ」
「大長老が何か喋るぞっ! 逃げずに清聴ーっ!」
「どうぞ! 大長老様!」
枯れ枝のような老人が現れたことで、逃げていた人々の一部が止まり、老人の言葉に耳を傾ける。
「あれは……魔王の残した災厄、破壊神の足じゃっ」
こちらに向かって大きく跳びはねる巨大足を見て、大長老が高らかにさけぶ。
「でもそれって大魔法使いミヤ様が退治したんじゃねーの……?」
「あの時の足は左足じゃったよ。あそこに見えるのは右足。つまり、ミヤ様が討伐したものとは別物じゃ」
疑問を口にする若者に、大長老が告げた直後――
「ていうか、喋っている間にきたーっ!」
「ボケた爺の糞みてーな世迷言なんか聞いてたせいで――」
大長老とその周囲で足を止めていた者達が、巨大足の下敷きになる。
大長老の前で止まることなく走り続けた者達も、数秒後には同じ運命を辿った。




