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35-7 大事なことを忘れて、ヘイトに染まりかけていた

 サユリ・ブバイガは農村の大地主の家に生まれ、幼い頃に両親を亡くした。


 親に甘やかされて育てられたサユリは、非常に我儘な性格であり、礼儀知らずだった。年長者に対しても横柄な態度で接していたが、大地主の娘ということで、村の大人達は十歳にもならないサユリに頭を下げる始末。そんな周囲の接し方が、ますますサユリを増長させていた。


 しかし両親が事故で他界したことで、状況は一変する。


 幼いサユリが悲しみに暮れている中、村人達はサユリの家から土地の権利書を奪い、金品や家具も強奪していったのだ。

 残った財産だけでもサユリは生活できたし、十分贅沢に暮らしていた。だが村人達のサユリに対する態度は一変した。サユリに対し邪険になったり、あからさまに罵倒するようになったりしたのである。

 元々サユリの両親は村に流れ住み着いた東洋人一家であり、強引な方法で村の土地を買いあさって、我が物顔で村に住み着いていたとあって、村人達には嫌われていたこともあり、その娘であるサユリにも自然と嫌悪の念が向けられた。


 サユリは村八分にされてしまったことで、孤独に打ちひしがれる。


 いつからか、サユリは村の豚に話しかけるようになった。


「豚さん、あたくしはサユリさんなのだ」

「豚さんはあたくしをいじめないのだ。だから豚さんはサユリさんの友達でして」

「この間見た豚さんがいなくなっているのだ。売られてしまいまして? 殺されて肉になるのであるか? 悲しいのである……」

「そうだ。あたくしも豚さんを飼うのである」

「豚さん達と一緒ならば、あたくしはずっと幸せなのだ」


 何度も話しているうちに、サユリは自分も豚を飼うことに決めた。


 豚の飼育と管理を必死に頑張ったサユリだが、ある時、飼っていた豚が集団で病気になってしまう。


 村の中を巡り、片っ端から助けを求めたサユリだったが、救いの手を差し伸べる者はいない。


「お願いでしてっ! お金ならいくらでも払うのだ! 豚さんを助けてほしいのだ! サユリさんはどうなってもいいから豚さんを助けてほしいのだ!」


 泣き喚きながら、村人の服を掴みながら懇願するサユリ。その村人が最後だった。


「いくら金貰っても、俺は畜産しているわけでもねーし、獣医でもねーから、豚の病気なんてわからねーんだよ」


 村人がそう言って、サユリははっとする。


「じゃあ……獣医さんはどこにいるのだ?」

「この村にはいねーよ。畜産やってるボブとかには聞いたのか?」

「豚を飼っている人達には真っ先に尋ねまして。でも、病気になったら諦めて捨てろと言われまして……」

「しゃあねえなあ……」


 村人は大きく息を吐いて、その場を去った。


 サユリは肩を落とし、その場で泣き崩れていると、あの村人が馬に乗ってやってきた。


「町までひとっ走り行って、獣医を見つけてきてやる。あんまり期待するなよ。見つかるかどうかもわからねーし、見つかったとしても、こんな村まで足を運んでくれるかどうかもわからねーぞ」


 そう言い残すと、村人は馬を走らせた。


 しばらくして、村人がサユリの前に連れてきたのは、魔法使いの帽子を被りマントをかけた豚だった。


「この方は魔法使いだそうだ。獣医に代わって診てくれるとよ」

「初めまして。私は魔法使いのオトメと言います」


 村人が言うと、魔法使いの豚――オトメが丁寧な口調で挨拶する。


「おやおや、この子は――」


 オトメは一目で、サユリに魔法使いの才能があることを見抜く。


「喋る豚さんなのだっ。豚さんの神様でして?」


 サユリはオトメを見て目を輝かせた。


***


 その時になってようやく、サユリは思い出した。オトメを連れてきてくれた、名も知らぬ村人の存在を。


(忘れていたのである。あたくしは――サユリさんが困った時に誰も助けてくれなかったと、ずっとそう思っていたのである。だから人間なんて皆嫌いになったのである。でも、あの人だけは助けてくれたのである。師匠を連れてきたのである。何でそんな大事なことを忘れていまして?)


 自分に呆れながら、サユリはヒーターの前に立つ。


「あたくし達は君を殺す気は無いのだ。君を救いに来たのだ」

「はあ……?」


 サユリが静かに告げると、ヒーターは死んだ魚の目でサユリを見上げる。


「さあ、この豚の頭を叩くがいいのだ。そうすれば君の罪も浄化され、憎しみも消え去るはずなのだ」


 ヒーターの前に子豚を差し出すサユリ。

 ヒーターは反応しない。


「何故叩かないのだ? 何故無視するのであるか?」

「からわかれていると思われてるんじゃないのー?」

「あるいは変なエロねーちゃんがいると思われてる」


 不思議がるサユリに、イリスとノアが言う。


「誰がエロねーちゃんであるか。見ての通り、あたくしは露出度低目のシックな服装でしてっ」


 サユリはムッとして、ノアの方を見て主張した。


「でも体のラインがぴったり浮き出てるからエロい。エロさを消す努力が足らない。それを何とかしないと。もっとだぶだぶの服着るとか」

「余計なお世話なのだっ」


 ノアの言葉を聞いて、サユリはさらに不機嫌になる。


「ふむ、わかった」


 祈祷師がぽんと手を叩くと、サユリの手の中にある子豚の頭に、みそを塗りたくる。


「これでどうだ!」


 祈祷師がドヤ顔になるが、ヒーターは反応しない。


「真面目だから怖い」


 祈祷師を見てユーリが呟く。


「どうしてあのような雪山の奥を彷徨っていたのですか? よければお聞かせください」


 ディーグルがヒーターに尋ねる。


「僕はこの世に不要な人間だと思ってさ……。それでいなくなろうと思ったんだ。でも、意識を失う前に、凄く悔しくなって……」


 ヒーターが涙声で語る。


(わかるよ。俺と同じだ。誰にも助けて貰えなかった。悔しかった。悲しかった。俺達は同じだ)


 ヒーターの話を聞いて、崖の上から飛び降りようとした時のことを思い出すノア。


「この者を改心させたいのであれば、吾輩のみそ妖術で可能であるぞ」


 祈祷師が申し出る。


「心を無理矢理変える術とか、洗脳と変わらないし、おぞましいからやめて欲しいかな……」


 かつて祈祷師が、鬼の心を変えた話を思い出したユーリが、控えめな口調で制止した。


(心を操作する術を使えるのですか。この者、相当な使い手のようですね)


 ディーグルが祈祷師を見て思う。


「生まれてきて、こうして生きていることだけでも、奇跡だと私は思うのですよ」


 伝説の豚使いに扮したディーグルが、穏やかな声で告げる。


「生きていれば後ろ向きになることもあります。全てを放棄し、何もかも壊そうとしたくなることもあるでしょう。しかしそれを実行しても、暗い未来が待っています。同じ苦しい道であれば、その気持ちを堪えて踏みとどまり、光の中を目指した方が、まだましだと思いますよ」

(それって魔王になって世界を滅ぼそうとした師匠のことを言ってるの? ディーグルさんは魔王に加担していた人なのに、魔王を否定するように発言を……)


 ディーグルの説得を聞き、ユーリは思う。


「俺も自殺しようとした。だから気持ちはわかる」


 ノアが言った。


「でも今は生きていてよかったと思う。先輩や師匠、その他大勢と出会えて、楽しいことばかりだったからさ」

「ノアちゃん、ユーリ君とミヤ様以外はその他大勢という認識でまとめているんですねー」

「いちいち名前出すの面倒だから簡略化しただけだよ」


 イリスの突っ込みに、うるさそうに返すノア。


「大勢の人間を殺してしまった僕が、やりなおせるのか?」


 ヒーターがうなだれたまま問いかける。


「あたくし達は法の番人ではないから、好きにするがいいのだ。罪の意識に耐えられないなら、自首すればよいのでして」

「自首したら絶対死刑でしょーけどー」


 サユリが言い、イリスが付け加えた。


「わかった……。僕は元の世界に戻るよ。もう一度、頑張って生きてみる」


 ヒーターが掠れ声で言った。


(神様、ヒーターさんもフロストさんも、今後の人生は報われるようにしてあげてください)


 ユーリが両手を合わせて瞑目し、祈る。


「ダァグ、これでハッピーエンドだよ」

「うん。そうだね。ありがとう。本当に感謝している」


 ノアが言うと、ダァグは小さく微笑んで礼を述べた。


「これは没収、と」


 ノアがヒーターの首にかけてあるカモメのペンダントを取り上げた。


「これが別世界の女神とやらが作ったイレギュラーであるか?」


 サユリがカモメのペンダントを見て、解析魔法をかける。魔道具であることは確認できたが、それ以上はわからない。


「うむ。で、あるな」


 腕組みした祈祷師が頷く。


「僕や図書館亀でこれを調べてみたい所だけど、やめておくよ」


 ダァグが言った。


「どうしてやめるの?」


 ノアが尋ねる。


「ユーリがおっかない顔で僕を睨んでいるから。これを使って僕がよからぬことを企んでいると、疑っているっぽい」

「うん、警戒してるよ。こっちの世界から人を引きずり込むだけじゃなく、そっちの世界のものをダァグの意思で出せるようになるかもしれない」


 臆した顔つきでダァグが答えると、ユーリは予測しうる最悪の展開を口にする。


 ダァグはユーリの予測に対し、否定も肯定もせずに押し黙っていた。


「ダァグ。思ったんだけどさ。フロストって人、魔王サーレと似ている感じあった。真面目だったのに、周囲から見捨てられ、裏切られ。ひょっとして、これは君がモデルなの?」


 ユーリの指摘を受け、ダァグは一瞬、目を大きく見開いた。


「言われてみればそうだ。精霊さんやオットーさんもそれっぽいし」

「サユリさんもである」


 ノアとサユリが言う。


「サユリさんとオットーさんは、人喰い絵本の住人じゃないでしょ……。僕はこれまで人喰い絵本の中で、他にもそういう主人公をいっぱい見てきた。そういう傾向が強い」


 と、ユーリ。


「物語の登場人物って、他人をモデルにすることもあるけど、作者の分身のような傾向もある。僕の場合は――主人公の場合は、後者の傾向かもね。でもそれについて、あまり触れないでほしいかな。恥ずかしいし」


 ダァグがユーリから視線を逸らし、控えめな口調で述べた直後、ユーリ達の意識が暗転した。この暗転が何を意味するのかはわかっている。人喰い絵本から出る瞬間だ。


***



 フロストは数多の村や町をアンデッド軍団で滅ぼし、死者の数だけ軍団を増やしていった。 


「どんどん増えるぞ。俺のアンデッド軍団。うへへへ……」


 フロストは死体に囲まれ歓喜していた。


 この先もフロストは死体と共に歩み続けるだろう。そして死体を増やし続ける。共に歩く死体を増やし続ける。


「まだだ。この世の全ての奴を死体にしてやるんだ……」


 十分すぎるほどに復讐は果たしたフロストだが、それでもなお足りない。生きている限り、殺し続ける。ずっと死体を造り続ける。歩く死体を増やし続ける。このアンデッドこそが、フロストの家族だ。


***


 ユーリ、ノア、サユリ、イリス、伝説の豚使い、そしてヒーターは、雪山の中に出た。祈祷師はいない。


「元に戻った」


 空間の扉があった場所を見るユーリ。人喰い絵本への入口も消えている。


「人喰い絵本の物語の結末、すごく投げ槍で、まるで適当に未完に終わらせた話みたいだったわー」


 イリスが言った。他の面々も大体同感だった。


「とても大事なことを思い出したのだ。師匠以外にも一人だけ、あたくしを救ってくれた人がいたのである。その人のおかげで、師匠とも会えまして」


 サユリがいつになくシリアスな顔で話す。


「名前も知らない村人なのだ。でももう忘れないのだ」


 決然たる口調で言い切るサユリ。


「サユリさんの心、少し穏やかになったと見ていいのかな?」


 ユーリがノアの耳元で囁く。


「完全に改心とは言い難いけど、結構いい感じになったと俺は思う。イリスはどうなの?」


 ノアがイリスに伺う。


「え? ノアちゃんがまた私を名で呼んだ? ああ、サユリのことね。うん、まあ結構いい感じじゃないですかねー。私はあんなのの矯正無理と思っていたから、ちょっと驚きですよー」


 イリスが翼をはためかせ、素直に感想を述べる。


「このペンダントは師匠に見て貰うかな」


 カモメのペンダントを手に取り、ユーリが言った。


「何言ってるのだ。それはあたくしが貰うべき報酬なのだ。ただ働きはごめんなのだ。さっさとサユリさんに寄越すのだ」


 サユリがそう言ってユーリからペンダントを取ろうとする。ノアとユーリの二人がかりでそれを防ぐ。


「あまり変わって無さそうね~」


 イリスがサユリを見てかぶりを振った。


「これから僕は……どうすれば……」


 ヒーターが虚脱した表情で呟く。


「メンコーイ島は、アンデッド軍団の出現で観光業が大打撃だそうです。罪滅ぼしに、再建のボランティア活動でもしてみてはいかがですか?」


 そんなヒーターの前にやってきた伝説の豚使いが、笑顔で提案する。


「そんなことくらいで……僕のしたことが罪滅ぼしになるのか?」

「ぜんまいを一切巻かないよりはマシ。ま、どうするかは自分で決めればいい」


 ヒーターが力無く問いかけると、ノアがあっさりとした口調で言った。


(ダァグ、僕にこの前言われたからじゃなくて、普段に無い現象が起こったから出てきたわけだ)


 一方ユーリは、今回出てきたダァグを意識していた。


(嫌な感じだ。ダァグに会う度に――あの縋るような、怯えるような目つきを見る度に――あの子への怒りが薄れていく)


 宝石百足にユーリのそんな感情も伝わっていたが、特に何も言わなかった。

35章はこれにて完ヽ(・ω・)/

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