35-5 死ぬのが正解?
村は廃墟化していた。人の気配は全く無い。高濃度の邪気が満ち溢れている。
「ユーリ君、ノアさん、お気を付けて。アンデッド特有の妖気を感じます。しかもこの怨念はただごとではない」
ディーグルが魔術を用いて、二人にだけ届く音声で注意を促す。
「生者もいなければ死体もない。村人は全部ゾンビになった?」
辺りを見回しながらノアが言う。
「しかし雪山の中にいた、あのアンデッドの数は異常ですよー。大きな都市の住人丸ごとゾンビ化している勢いでした」
そう言ってイリスが上空に舞い上がり、偵察を行う。
「あちらにかなり大きな都市が見えますよ」
少し離れた場所から、伝説の豚使いに扮したディーグルが声をかけた。
ディーグルが指した方向には、丘を下った平野の先に、巨大な城下町があった。そして――
「大軍がこっちに向かっていますよー」
イリスが降りてきて、羽根をばたつかせる。アンデッドの大群が、街道をゆっくりと村に迫っている光景が見えた。
「この穴を目指しているわけだ」
ユーリが振り返り、村の外にある空間の門を見やる。
「子豚が反応しています。皆さん、御用心ください」
ディーグルが警戒を促した直後、地響きが鳴り響く。
家屋の一つが倒壊する。家屋の中から――全身腐った竜が現れた。ドラゴンゾンビだ。
「竜にしては小さい?」
家一軒の中に納まるサイズの竜を見て、ノアが言った。
「油断しない方がよいですよ。これはかなり強い竜のゾンビですね。おそらく魔法も使ってくると思われます」
ディーグルがさらに警戒を促している間に、呪文を唱えるドラゴンゾンビ。
「魔法じゃなくて魔術だったよ」
「そのようですね」
ノアが言い、ディーグルが微笑んだ直後、ドラゴンゾンビの魔術が発動した。
眩い光球が三つ出現し、一行に放たれる。
全員その場から飛びのく。光球が力を解き放ち、立て続けに三回、爆発が起こった。微妙に逃げ遅れたサユリとノアが、爆風を受けて倒れた。
ユーリが魔法で攻撃する。巨大な魔力塊がドラゴンゾンビの頭部に直撃したと思われた。
だが魔力塊はあっさりと弾かれ、魔力が弾け飛んだ。
「ユーリ、これは魔力の直接攻撃は通じにくい相手でして。魔法によって起こす現象での攻撃の方が、有効と見たのだ」
サユリが身を起こしながら解析魔法でドラゴンゾンビの性質を見抜き、それを口にする。
「了解」
ユーリが頷き、サユリの忠告に沿う形で魔法を使う。魔力を熱へと還元し、ドラゴンゾンビを巨大な炎柱で包む。
「私の出る幕は無いかしらねー」
イリスが上空へと飛び立ち、ドラゴンゾンビを包み込んだ炎柱を見て呟いた。
炎柱が消える。ドラゴンゾンビは全くダメージを受けた様子無く、その場に健在だった。
今度はノアが攻撃した。重力弾がドラゴンゾンビに降り注ぎ、全身が地面に押し潰される格好となった。
「むー……」
ノアが不満げに唸る。完全にぺちゃんこにしてやったつもりであったが、そうはいかなかった。確かに地面にへばりついている状態であるが、堪えている。それどころか、ドラゴンゾンビは少しずつ体を起こし、重力を押し返している。
「ブヒビーム!」
サユリが叫ぶと、いつの間にか呼び出されていた四匹の羽根つき豚が、鼻からビームを放った。ドラゴンゾンビの体をビームが薙ぎ払う。
ビームによって、体に幾つもの穴が開き、腕や背中や腐って機能しそうにない翼が切断されたが、腐った体が盛り上がり、再生を始める。
「ゾンビなのに再生しちゃうんだー。それなら腐敗も治らないの?」
イリスがその様子を見て言う。
ドラゴンゾンビが大きく口を開き、ブレスを吐こうとする。
「させない」
ユーリが小さく呟くと、念動力猫パンチを放ち、ドラゴンゾンビの頭部を地面に押し付ける。さらには魔力の強制放出を行おうとしたが、これはいまいち効いていない。魔力による直接攻撃が防がれているのと同じ理屈で、効きづらい。
「ブヒィーム!」
さらに豚にビームを放たせるサユリ。ドラゴンゾンビの体がずたずたになったが、またすぐに再生した。
「頑丈だなあ。ゾンビボディーなのに固いし、再生能力まであるし」
「この人数で立て続けに攻撃しているのに、ピンピンしているなんてね」
辟易するノアとユーリ。
「肉体の頑健さもありますが、全身魔力の薄膜で覆われていることも作用しています」
魔術で解析したディーグルが告げたその時――
「みそメテオっ!」
叫び声と共に無数の茶色い塊が飛来し、ドラゴンゾンビの全身に降り注いだ。
サユリの仕業ではない。サユリは驚いて、攻撃した人物の方に視線を送った。他の面々も、唐突に現れた人物の方を見る。
「あ、祈祷師だ」
東洋風衣装に身を包んだ壮年の男を見て、ノアが言った。
「ふっ、奇遇じゃの、お主等」
祈祷師がにやりと笑う。
「グ……ゥぅゥぅぅ……」
これまでどんな攻撃をしても大して通じなかったドラゴンゾンビが、苦しげなうめき声を漏らしている。
「みその力で浄化されて弱っているのだ。なるほどっ、みそには退魔の力も備わっているのであるかっ」
サユリが感心の声をあげる。
「うむっ! 吾輩はそこまで教授していなかったが、出来れば自身で気付いてほしかったぞっ! みそがあれば何でも出来る!」
得意げに叫ぶ祈祷師。
「今なら攻撃も通りやすいと思われまして。あたくしもみそパワーで浄化作用を強めてやるのだ。みそメテオっ」
サユリが言い、祈祷師と同じ術を用いる。
「では私もこの子豚の力で浄化の炎を使いましょう」
ディーグルが言うと、鮮やかな緑色の炎が渦巻き、ドラゴンゾンビの全身を包み込んだ。
この浄化の炎は肉体には作用しづらいので、ゾンビには効果が薄いが、ドラゴンゾンビの全身を取り巻く魔力の膜を破壊することは出来ると見て、用いた次第である。そしてディーグルの目論見通り、魔力の膜は破壊出来た。
「何でも子豚の力にするのは無理があるんじゃないかなあ……」
「一方でみその力で何でもできると豪語している人もいるから、誤魔化すのは楽ちん」
ユーリとノアが言った。
「さあ、とどめを」
ディーグルが促す。
「先輩、あれをやろう」
「了解」
ノアのあれという台詞だけで、ユーリは何を意味するか察し、微笑んだ。
ノアとユーリが同時に同じ魔法を使う。念動力猫パンチを同時にドラゴンゾンビに見舞う。
ダブル念動力猫パンチでドラゴンゾンビの全身が潰され、さらには魔力の強制放出効果が発動する。先程とは異なり、今度は効いた。
ぺちゃんこに潰れたドラゴンゾンビは、再生することもなく、そのまま果てた。
「御見事です」
ディーグルが微笑み、称賛する
「我が弟子っ! 壮健で何よりっ!」
「みそ妖術は伝授してもらったが、弟子になったつもりは無いのだ。あたくしの師匠はオトメ師匠だけなのだ」
「それって弟子になったってことでは?」
嬉しそうに叫ぶ祈祷師に、サユリが嫌そうな顔で否定し、イリスがそんなサユリに突っ込んだ。
「祈祷師、この世界について何か知っていることはある?」
ノアが尋ねる。
「うむ。調査していた所だ。ここはお主等の世界と繋がりっぱなしなのだろう? そして互いに行き来が出来る。その理由は大体察しがついている」
祈祷師が言ったその時だった。
「その理由とやらを、僕も聞きたいな」
声と共に空間が歪む。歪みの中から、東洋風の服で身を包んだ、おかっぱ頭の少年が現れた。
「ダァグ・アァアア……」
ユーリがたちまち険しい顔になって、現れた少年の名を口にした。
***
ヒーターは大商人の嫡男として生まれたが、要領が悪いうえにおっちょこちょいで物忘れも激しく、何をやっても失敗することが多かった。
「弟達は優秀だというのに、長男のお前だけ役立たずの出来損ないだ」
父親はいつも侮蔑と怒りを込めて、ヒーターを罵った。
ヒーターはそれでもめげることなく、一生懸命頑張った。父親の期待に答えようとした。
しかし要領の悪さは改善しない。それだけはない。運にも恵まれなかった。
パーティーでヒーターの口にした食事に、たまたま異物が混入していて、ヒーターは七転八倒して苦しんだ。テストで満点を取ったので、両親に喜んでもらおうと意気揚々と帰宅したら、母親が事故で他界していた。母親の葬式の最中、蜂がヒーターを刺して、ヒーターは大騒ぎを起こしてしまった。それを後で父親がひどく叱責した。父親が大事にしている壺を次男が割ったが、次男は逃げ出し、たまたま通りがかったヒーターが片付けていたら、それを見た父親はヒーターが割ったと思い込んだ。
祟られているのではないかというくらい、しょっちゅう悪いことばかり起こる人生だった。そのうえ誠実に生きているつもりなのに、何をやっても裏目に出る
やがてヒーターは王族の女性と見合い結婚をすることになった。
「役立たずだったお前が、やっと家の役に立てるな」
父親がせいせいしたといった顔で吐き捨てた。
結婚式の日。ヒーターはたまたま腹を壊してしまっていた。そして式の最中に、嘔吐した。
結婚は破談となった。ヒーターは勘当された。
ヒーターも自分を心底嫌になっていた。運命を呪った。自分は呪われているとも思った。
生きていてもこの先絶対にろくなことはない。運命にいじめられ続ける。こんなに苦しい思いをしながら生きることはないと、ヒーターは結論づける。
自殺の名所である場所に行くと、思い留まるよう訴える看板がかけられていた。
『生きてください。生きていれば、あなたの命はきっと意味を成す』
「こんなに苦しいのに、何でまだ生きなくちゃならないんだ。僕なんて、死ぬのが正解だろ」
そう吐き捨てるも、その自殺の名所ではどうしても死ぬ気になれなかった。死ぬ勇気がなかった。
ヒーターはメンコーイへと移動した。
雪山の中で彷徨い、そこで自然に身を任せて凍死して果てようと思ったヒーターであるが、人喰い絵本に吸い込まれ、フロストの役になる。そして大きな力を手に入れた。
ヒーターは心の中にいるフロストと会話ができる。二人は互いの境遇を知り、意気投合して、復讐を誓いあう。
「これがあれば、この世界だけではない。フロストの分だけじゃない。僕のいた世界にも、僕の分も、復讐できる」
カモメのペンダントを握りしめ、ヒーターは怨嗟の炎を滾らせた。




