35-1 ああいう女にはキツいお仕置きが必要だ
旧鉱山区下層部騎士団詰め所。旧鉱山区下層部区部長のランドは、机の上に無数のアイパッチを並べ、一つ一つ丁寧に手入れをしていた。全てのアイパッチが、微妙に色や形状が異なる。
「へーい、黒騎士団副団長おまちー」
「注文してねーっスよ」
部屋の中に文字通り飛び込んできた黒騎士団副団長イリスだか、ランドは目をくれることなく、アイパッチを拭き続けている。
「ちょっと聞いてよー。まーたサユリのアホと組まされることになりそうなのよ。これで連続三回目よー」
「ミヤ様達と組むのが一番生存率高いと、黒騎士の間では評判いいし、そっちに回して貰ったらどーですかね?」
愚痴るイリスに、気の無い口調で提案するランド。
「私もその方がいいけど、ミヤ様達が長期で人喰い絵本に入って、今は長期休暇中だっていうしー。何より、私が一番サユリを制御出来るからとか、そんな理由でサユリ率高いらしいけど、冗談じゃないっつーのっ。ストレスで羽抜けるわー」
「しかしサユリって何のかんの言って、人喰い絵本の攻略率は高いんでは?」
「過程が問題なのっ。一緒に入った騎士団を散々困らせたあげくなんだからさ」
「どんなことするんです?」
「無断で単独行動多いし、やれと言われたことはすぐにやろうとしないし、注意も一切聞かない。同じ過ちを繰り返す。何かあればすぐ豚を出して撫でろとほざく。怪我人が出ても、普通に魔法で治そうとせず、傷口にみそを塗りたくってくる。まあそれで治るからいいけど、こっちがピンチの時にも、『サユリさんは困った人の手助けなど、絶対したくないのである。人を助けていいことなんて無いのでして。そもそもあたくしが困った時に誰が助けてくれたというのだ』とかたわけたことぬかして、中々動こうとしないしっ」
「つまりは超マイペースタイプか。離れた場所から見ている分にはともかく、身近にいるとわりと困る手合いですなあ」
イリスが怒るのも無理はないと、ランドは感じた。サユリほど極端ではないが、昔ランドの同僚にも部下にも、そういうタイプはいた。円滑なコミュニケーションが取りづらくて厄介だった。
さらに来客があった。ユーリとノアだ。
「あ、オウギタカのヒステリー女だ」
「惜しいっ! って、誰がヒステリーですかーっ!」
ノアにからかわれ、イリスがヒステリックな声をあげる。
「ユーリきゅーん、ノアちゃーん、二人とも聞いてくださいよー。私もう限界ーっ。サユリの奴と組みたくなーいっ」
「サユリさんがどうしたんですか?」
それからイリスは、ランドに言った愚痴をそのままそっくり、ユーリとノアの前でも繰り返す。
「怪我人出た時には、一応治そうとするんだ。サユリも成長したんだね」
ノアが腕組みしてうんうん頷き、感心する。
「そこはマシになったという感じですねー。でもみそ妖術とやらの実験台にしている気も、無きにしも非ず」
と、イリス。
「よし、ここは俺がオウギハヤブサのために一肌脱ごう」
「オウギワシだってのー。何でも猛禽類の頭にオウギつければいいってもんじゃないから。で、一肌脱ぐって?」
「俺達でサユリを改心させる大作戦。サユリのような女にはキツいお仕置きが必要」
「サユリさんを改心させるの? どうやって?」
「改心とお仕置き、どっちをするんですかー? どっちもですかー?」
ノアの思いつきを聞いて、ユーリとイリスが尋ねる。
「んー、例え改心しなくてもお仕置きすれば、オウギハゲワシもすっきりするし、俺も面白い」
「ハゲてないしっ。ハゲ抜けば正解だしっ。気持ちはありがたいのですが、すっきりするだけじゃ、ただの陰険な嫌がらせになってしまいますよー。できれば――改心とまでいかなくても、少しは行動を改善させたいところですねー」
「改心はさせなくていいの? 改心させる作戦はともかく、お仕置き作戦はどうかと思うよ」
「そうか。じゃあお仕置きは無しで。目的は改心」
イリスとユーリに意見されて、ノアは方針を変えた。
「んー……改心させることが出来れば言うことないですけど、サユリが改心とかまず無理そうな気がしますしー」
非常に懐疑的なイリスであった。
「まあ俺にいい作戦があるから」
得意げに胸を張るノア。
「ノアの作戦じゃ不安だろー」
ランドが茶化す。
「何言ってんの? うだつのあがらない鼻毛抜きおじさんと違って、俺は十三歳の若さで起業して大成功を収めた、スーパーミラクルエリートスペシャルマジカル実業家だよ? しかも社員には八恐の一人のブラム・ブラッシーまでいるんだよ。その俺の作戦が、当たらないわけがないって、そんな簡単な理屈もわからない? 鼻毛抜きすぎて頭空っぽになった?」
「大成功したというほど儲けてはいないような……?」
「もう鼻毛ネタはしつこいしくどいわ。まあお手並み拝見だな」
自身満々に言い張るノアに、ユーリが突っ込み、ランドは投げ槍に言った。
「いや、お手並み拝見て、別に私はそんなこと頼んでないしっ」
憮然となるイリス。
「人喰い絵本以外の依頼が、今丁度来ているんだよね。それにサユリを連れて行こう。俺と先輩も行く。婆は乗り気じゃないから置いていこう」
「師匠はメンコーイは好きだけど、今体調が悪いみたいで」
「ノアちゃんはミヤ様がいない所では、ミヤ様のことを婆と言ってるんですねー」
こっそり言いつけてやろうかなとイリスは考える。
「メンコーイ島に、かなり危険な魔物が現れたらしいんですよね。魔物の軍勢を率いているとか、白騎士団が苦戦中だとか。今、白騎士団は他の地域にも分散していて、手が回らず、魔術師の協力も得ているそうです」
「あ、それなら聞いたわー」
「あの最強の騎士ロック・Dでさえ手を焼いているって、話題になっている奴だな」
ユーリの話を聞いて、イリスとランドが言った。
「そこにサユリを連れていく。そして調教する。俺、先輩、イリスの三人がかりでね。題して、サユリ真人間調教プログラム」
拳を握りしめるノア。
「うーん……メンコーイ島とか行きたくない場所ですねー。高い山ばかりで寒いと聞きます」
「この鳥公、誰のために提案してやってると思っているんだ。この俺が馬鹿鳥のために一肌脱いでやろうと言ってるのに、その口の利き方、許せないっ」
ノアがイリスに掴みかかる。
「だ、誰が鳥こ……痛い痛い痛いっ、そこは引っ張るなーっ! そのオウギワシの最大のチャンーミングポイントでシンボルですよーっ! まずはノアちゃんが真人間になってくださーい!」
「ちょっとノア、やめなって。それはあんまりだよ」
イリスの頭の羽根を引っ張るノアを、ユーリが止める。
「まあ、サユリには確かに酷い目にあわされまくってますしー、真人間になってくれたら言うこと無いですが……。ノアちゃんにこんなことされるなんて……サユリより酷いことしてますからねっ」
「これでおあいこ。まずはイリスが反省すべき」
「あ、珍しく私のこと名前で呼んだ。って、何がおあいこなんですか」
「恩知らずへの調教だよ。そんなこともこのオウギバエはわからない? ていうか、つい今さっきも名前で呼んだよ」
「鳥類から虫に退化させてる~。しかもハエとかひどーい」
ノアと一緒に行動するのは、サユリとはまた別の意味で疲れそうだと感じたイリスであったが、どうせ非番で暇な身であるし、自分のいない所でノアが何かおかしななことをして、サユリがますますおかしくなっても困るので、付き合うことにした。
***
雪山が連なるメンコーイ島。
観光地で知られるこの土地に、現在深刻な問題が起きている。山の中から大量のアンデッドが出現し、人里に降りてきたのである。
二週間前より現れた謎のアンデッド軍団のおかげで、メンコーイの観光業もレジャー産業も、大打撃を被ってしまっている。
魔物討伐を主な任務としている白騎士団がこの対処に当たったが、状況は芳しくない。数が多いうえに、一部のアンデッドには攻撃が通じない。
樹林の中から這い出たゾンビやスケルトンに向かって、ペガサスに乗った白騎士達が、上空から火のついた油樽を投下する。多くは火達磨になるものの、雪が降りしきる中で彼等も体が濡れているので、中々燃えづらい。
「ウホホホーッ!」
一人の騎士が咆哮をあげた。白い甲冑に身を包んだゴリラ――最強の白騎士と名高いロック・Dだ。メンコーイのアンデッド対策が進まないため、白騎士団は業を煮やし、とうとう彼を投入したのだ。
ロック・Dがペガサスから飛び降りると、両腕を大きく広げて、アンデッド達の間を駆け抜ける。ダブルラリアットを食らって、次々とゾンビとスケルトン達が薙ぎ払われていく。
そのロック・Dの前に、甲冑姿の騎士が姿を現した。右手には長い槍を、左手には兜をかぶった己の頭を抱いている。首無し騎士のアンデッド、デュラハンだ。
「ウホホホホーイッ!」
ロック・Dがドラミングを行ったかと思うと、デュラハンめがけて一直線に駆け出した。
デュラハンが槍を突き出すが、ロックDは直前で横に逸れて槍の穂先をかわすと、槍を片手で掴み、そのまま前方へと跳躍した。
槍を掴まれたまま跳躍されたおかげで、そしてデュラハンが槍を手放そうとしなかったために、自然とロック・Dに槍ごと体を引っ張られる形になって、体勢を崩す。
「ウホホーッ!」
隙を晒したデュラハンの胴体を、ロック・Dは両腕で抱え込む。
次の瞬間、ロック・Dはデュラハンの体をぶっこ抜き、己の頭上へと抱え上げていた。そして手近にいるゾンビめがけて投げつける。
ゾンビがデュラハンの下敷きになる。デュラハンも激しく打ち付けられ、倒れてすぐには動けない。
「ウッホーっ!」
倒れたデュラハンめがけてロック・Dが跳躍すると、激しくフットスタンプを見舞った。さらにはデュラハンの上で何度もストンプする。
たちまちデュラハンの甲冑が歪んでひしゃげる。
ロック・Dがデュラハンの上から飛びのくと、甲冑がかたたかと動くだけの無惨な状態になっていた。全身ひしゃげた甲冑では、まともに立ち上がることが出来ない。
「ウホホホホホーッ! ホ……?」
勝利のドラミングを行っているロック・Dの前に、半透明の人が無数に現れ、宙を舞う。黒い布に身を包んだ人型も現れる。ゴーストとレイスだ。
「ウホ……」
物理的には無敵と思われたロック・Dも、これには成す術なく、申し訳なさそうな声を一声漏らし、すごすごと退却した。




