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33-2 ぶっとくてでっかくてごっつい男は無理でした

 シモンがバークと出会ったのは、水棲生物園の外での話だ。

 山頂平野の草原の上に胡坐をかいたシモンと、その隣に座るバークが会話を交わしている。


「そうか。お主は孤児だったのか」

「うん。水棲生物園の園長が俺を引き取ってくれて、そこでお世話になってる。園長は、自分を実の父親と思うようにって言ってくれてる」


 バークはまだ十歳とのことだが、妙に大人びた雰囲気を持っていた。


「園長は変わった人だけど――あ、人間じゃないけど、優しいし面白いよ。ちょっと滅茶苦茶なことするけど」

「カッカッカッ、あれは中々の豪傑よ」


 バークの言葉を聞いてシモンが笑う。


 バークが草の上にいるテントウムシに手を伸ばす。するとテントウムシは飛んで逃げる。

 虚しげに息を吐くバークを見て、シモンは気になった。


「しかしバーク、お主はいつも浮かない顔をしておるな。何か悩み事があるのではないか?」


 ストレートに問うシモン。


「俺……病気がちで、学校休んでばかりいるから、中々友達も出来ないし。園長にも迷惑かけてばかりでさ……」


 今度は草の根元にいたバッタに手を伸ばしたバークが、バッタはあっさりと跳びはねて逃げていく。


 しかしその跳んだバッタを、シモンが手でキャッチした。


「病は気からと言う。ぶっとくてでっかくてごっつい男になれぃ。病などぶち殺してやれぃっ」

「う……うん……」


 バッタを取った手を力いっぱい握り、力強い口調で告げるシモンに、バークは思い切り引きながら頷く。


 シモンがニヤリと笑い、握った手をバークの前に突き出す。


「え……? うわっ」

「カッカッカッカッ」


 握った手を開いた瞬間、バッタが自分の顔に向かって飛び出してきたので、バークは思わず目を閉じてのけぞる。その様子を見て、シモンはおかしそうに笑っていた。


***


「シモンさん、俺、ぶっとくもでっかくもごっつくもなれなかった。病に殺される前に、人に殺された」

「そうであったか……。むごいことよ。南無阿弥陀仏」


 バークの話を聞き、シモンはバークの側へと歩み寄り、その巨体をかがめる。


「叩くがよかろう」


 禿げ頭を突き出し、平手でばちんと頭を叩いてみせるシモン。


「え?」


 戸惑うバーク。


「死したお主に出来ることは、経をあげることと、拙僧のこの頭を叩かせることくらいじゃ。拙僧の頭を叩いて成仏するがよい」

「そんなことじゃ成仏できないし、俺、幽霊だから叩けないよ」


 シモンに意味不明なことを言われ、バークは困り顔になる。


「君が殺された復讐のために、この幽霊生物園を作って、人を引き込んで殺しているのか?」


 フェイスオンが尋ねる。この幽霊生物園に入った者は、生物園にいた生き物の霊によって殺されているという話を聞いている。取り壊しの際、中にいた生き物が避難する前に、まとめて潰されて建物の瓦礫の下敷きになって死んだという話である。


「そうだよ。でも……俺がしていることじゃない」


 バークが悲しげに言った。


「つまり園長の仕業か」


 フェイスオンが顎に手をあてて結論づける。


「園長が地方に出張していない隙をついて、ここの取り壊しを強引にやったんだよ。地上げ屋と貴族が結託してさ。園長……凄く怒っていたし悲しんでいた」

「それはそうじゃろ……。お主も殺され、ここの生き物も皆殺され、あ奴が愛したこの園も壊されたんじゃな……」


 園長に同情するシモン。


「ここが潰された理由は都市開発だけではなく、それ以前に園長が色々と馬鹿なことしてたからもありそうだ」


 園長にも問題があったことを、フェイスオンは知っていた。


「うむっ。それもきっとあるな。カッカッカッ」


 シモンが笑う。


「確かに園長はね……無邪気に酷いことしてたし。でも、だからといって俺が殺されていい理由になるのかな?」


 バークが悲しげな顔のまま言う。


「ならないよ。それはまた別問題だ。園長がそれで復讐に走るのも、当然と言える」


 と、フェイスオン。


「つまりここに引きずり込まれて殺された者達は、ここを取り壊した関係者なのか? 園長の復讐かい?」

「その通り。でももうほとんど復讐は終わったみたいだよ。園長があの都市開発計画に携わった責任者の多くを、色々な手を使ってここに招いて、殺害したからね」


 フェイスオンが問い、バークが答えた。


「まだ大物が一人残っているけどね。ガードが堅いって、園長は悩んでいたよ」


 そこまで話したところで、バークははっとする。


「あ、園長が呼んでいる。じゃあ」


 バークが消える。


「酷い話じゃのー。あの園長も色々と馬鹿な真似はしていたが、それでも中にいた生き物やバークを生き埋めにされるなど、非道もよいところじゃよ」

「生き物はともかく、バークの存在は、壊す側も認知していなかったかもしれませんね」


 フェイスオンとシモンは、会話を交わしながら移動する。さらに妖気が濃い方へと。


 二人は昆虫エリアから海鳥エリアに入る。


「ああいう話を聞くと、気が滅入る」

「お主は繊細じゃからのー。カッカッカッ」

「そうですね。師匠とは正反対にね」


 笑うシモンに、フェイスオンは珍しく皮肉っぽい口調で言う。


「すぐ人に感化されるお主のそういう性格、拙僧は嫌いではないぞ。仕える者が神と仏で違うが、お主も昔は教会にいた身であるのは――」

「もう辞めたんですよ。その話はしないでくださいと、前にも言ったでしょう」


 フェイスオンが露骨に嫌そうな顔をして、シモンの言葉を遮った。


「しかし、聞いておきたいぞ。拙僧のせいやもしれん。儂の元で魔法の修行をする際、教会を抜け、司教補佐という役職も辞めてしまったのだな。あの地位のまま修行すればよかったであろうに。拙僧がこんな身であるから、それが原因か?」


 シモンがなおも問うと、フェイスオンは諦めたように大きく息を吐いた。


「私が教会を辞めた理由は、教会では救える人に限りがある。もっと多くの人を救える方法があるなら、そっちがいいと思ったからですよ。それだけです」

「そうか」


 フェイスオンの話を聞いて、シモンは短く頷いた。


(そのために、人を犠牲にしてでも医学を伸ばす方法に飛びつくのは、どうかと思ったがの。ま、過ぎたことよ)


 言うとまた嫌がられそうなので、それは流石に口に出さないシモンであった。


「お、次のお出迎えか」


 廊下の先に横一列に並ぶ小さな影を見て、シモンとフェイスオンが立ち止まる。

 廊下に並んでいたのはペンギンの群れだった。


 二人が立ち止まったその時、ペンギン達は弾かれたかのように動く。宙に舞い上がり、飛来する。


「カカカ、ペンギンが飛んでおるぞっ」

「いえ、泳いでいるんですよ」


 笑うシモンの言葉を否定するフェイスオン。


「泳いでいるだと?」

「昔この水棲生物園でペンギンが泳ぐ場面を見たことがありますが、動きが泳ぎのそれです」


 水中を泳ぐかのように空中を高速移動するペンギン達を見て、フェイスオンが言った。


 ペンギン達が迫る。


「喝ッ!」


 シモンが両手を合わせて、気合いと共に魔力を解き放つと、全てのペンギンが吹っ飛んで、床や壁に打ち付けられた。


 ペンギン達が消える。


「これもイメージ体か」


 シモンが呟く。


 数秒後、今度は複数の海鳥が通路に出現した。カツオドリ、オオミズナギドリ、ウミウ、ミサゴ、オオフルマカモメなどが、一斉に飛んで来た。


 フェイスオンが軽く指を払いながら、短く呪文を唱える。

 すると床から大量の小さな玉のようなものが飛び出し、飛んでくる鳥達を下から穿ち抜いていく。玉によって体を貫かれた鳥はすぐに消滅する。


「む? 魔術だと?」


 魔術を用いて対処するフェイスオンを、意外そうに見るシモン。


「世間一般では、魔術はありとあらゆる面において、魔法に劣るとされています。しかし私はそれに異を唱えます。場合によっては魔術が勝る局面もある。例えば私には不可能な魔法でも、予めインプットされた術という形態から引き出す形であれば、それは実行可能になるのですよ」

「ふーむ。目から鱗だのー。しかし魔術師でありながら魔法使いを凌駕するジャン・アンリという例もあることだし、有り得ぬ話ではなかったな」

「まさしく私はそのジャン・アンリの影響を受けたのです」


 と、二人がその場で喋っていると――


「ゴォォオォォ……」


 低い唸り声が響く。その声を、シモンもフェイスオンも知っていた。


 愛くるしい顔のアザラシが、先程ペンギンや海鳥がやってきた方から、二人の方に向かって張ってくる。くりっとした黒目が、フェイスオンとシモンを交互に見やる。


「カカカ、久しぶりじゃのー、レオパ園長」

「やあ、お久しぶり。シモンもいればフェイスオンもいる。二人は知り合いだったの?」


 喋るヒョウアザラシの園長――レオパが尋ねる。愛嬌に満ちた可愛い顔立ちをしているが、開いた口には鋭く尖って牙が並んでいる。獰猛で残忍な捕食者の証だ。そして通常のアザラシとは体型が異なり、体も頭部も細長い。


「知り合いどころかフェイスオンは儂の弟子じゃよ」

「あはっ、ミスマッチな組み合わせだねっ。いや、正反対だからこそ、釣り合いが取れているのかなー?」


 楽しそうな笑顔で、弾んだ声で、レオパは喋る。


「レオパ、この幽霊屋敷ならぬ幽霊生物園は何なんだ?」


 フェイスオンが問う。


「見ての通りだよー? 答えは自分で言ってるじゃんっ。生物園そのものが幽霊みたいなものだ。正確には違うけどね。物質霊だから精霊と言った方がいい。あ、ここにいる生き物は元々生物園にいた霊体ゴーストだけどー。あははっ」

「どうしてそんなものが出来たかと聞いているんだ。そして何故私達も呼び込んだ?」


 楽しそうに話すレオパに、真面目に問い続けるフェイスオン。


「俺がよからぬことを企んでいるとでも思っているのー? 俺はあいつらに復讐したいだけさっ。この園を取り壊し、生き物達も、バークも殺した奴等への復讐。いや、もう復讐はしたんだよねっ。当事者も関係者も、一人を除いて皆ここに呼び込んで、ペンギンみたいに殺してあげたよー。君達がここに迷い込んできたのは、多分縁に惹かれてだと思うなー。俺が誘い込んだわけじゃないよっ」


 レオパは正直に自分の目的を述べ、推測としての答えを述べる。


「バークからその話は聞いたわい。虚しいことをしよってからに。お主はそんなキャラじゃなかったろう」

「そうだよねっ。復讐なんて俺らしくない。でも見過ごせないんだなー。断じてっ」


 シモンが厳しい口調で告げると、レオパも、相変わらず弾んだ声ではあるが、口調はシリアスなものへと変えた。


「そもそもレオパ、君が滅茶苦茶やっていたからだろ」


 フェイスオンが指摘する。


「園長による水中のペンギン捕食ショー、あれは残酷すぎると抗議殺到してたよね。おまけに観客の子供達に嬲り殺したペンギンの死体をプレゼント。氷上エリアにいた客を氷の下から水の中に引きずり込むタチの悪い悪戯。湖の中に潜んで、バードウォッチング中の人達の前で、水鳥に襲いかかって貪り食って驚かす。親には無許可で子供達をプールに入れて、ペンギンを追い回させる。他にも色々ありそうだが、私の知っている限りだとこれくらいかな」

「カッカッカッ、ペンギンが特に被害にあってるのー」


 フェイスオンが並べ立てたレオパの罪状を聞いて、シモンは笑っていた。


「あはっ、あれはただのお茶目だよっ。それなのに皆ムキになっちゃってさあ」


 レオパも一切悪びれることなく、笑っていた。


「まだ殺したい者がいるってバークが言ってたけど、それは誰?」

「うん。残るは連盟議長のワグナーだけだっ。でもあいつはねー、ガードが高くて中々ここに誘い込めなーい」


 フェイスオンが尋ねると、レオパはまたしても正直に答える。


「ここに誘い込む意味はあるのか?」


 今度はシモンが問う。


「そうじゃないと意味が無いと言える。あいつらが壊したここで殺すことに意味がある。どこでも殺していいなら、俺が直接ワグナーを殺しにいくさ。俺から全てを奪った奴等、俺は絶対に許さないよっ。残酷な方法で殺してやらないとさっ。自分達が壊した物の中で、殺した者の手で、殺してやらないとさっ」


 喋っているうちに、レオパの語気に怒りが宿り、荒くなっていく。


「この生物園も君が作ったイメージ体か?」

「そうだよっ」


 フェイスオンの問いに、あっさり答えるレオパ。


(建造物まるごと一つ、イメージ体で再現か。これは相当なレベルの魔法使い。あるいは儀式魔術の産物の可能性もあるが、いずれにしても凄い話だ)


 レオパの力をかなりの脅威と、フェイスオンは感じていた。


「今は拙僧が――いや、余がこのア・ハイの国王であるっ。責任なら余に問いかけよっ」

「あはっ、そんなこと言われてもねー。シモンに恨みは無いし」

「やれやれ、話は通じないようじゃな。それなら、ちいとばかしお灸をすえてやろうぞ」

「そう簡単にはいかない相手だと思いますよ」


 闘志を滾らすシモンに、フェイスオンが言った。


「私はメープルFから、レオパの正体を聞いて知っています。彼は絵本世界とも異なる別の世界の住人で、世界を渡り歩く者達の一人です。次元の狭間の修験場ログスギーを通じて、この世界にやってきたそうです」

「何と……」


 フェイスオンの話を聞き、シモンが唸る。修験場ログスギーの存在は、シモンも知っていた。

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