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33-1 懐古っていいよね

 それはもう何年前の話か。まだフェイスオンが教会で司教補佐を務めていた頃の話だ。


「ふっふ~ん♪ 司教補佐、またトラブル発生です」


 後輩の出世頭のマグヌスという僧が、にやにやと笑いながら声をかけてくる。

 このマグヌスは僧らしからぬ性格だった。不敵で不遜で不真面目。どことなく危険な気配もあるように、フェイスオンは感じられた。しかし不思議なことに、真面目な性格のフェイスオンとウマがあった。


「トラブルが発生したのに嬉しそうなんだな」

「神に試練を与えられたのですぞ。嬉しいに決まっているじゃないですか」


 若干皮肉をこめて尋ねるフェイスオンに、マグヌスは肩をすくめてしれっと答える。


「で、試練の内容は?」

「うちの僧数名と魔法使いシモン・ア・ハイ様が押し問答をしておりまして」


 フェイスオンが冷めた顔で問うと、マグヌスが答えた。


「お主等の手前勝手な教義を拙僧に押し付けるでないっ! 拙僧が如何なる出で立ちをしていようが、拙僧の勝手であろえう! 文句があるなら力ずくで如何ようにもすればいい! 出来まいがな! カッカッカッ!」


 現地に赴くと、未だに問答の最中だった。東洋の宗教と思われる僧衣を身にまとった南方人の巨漢を相手に、教会の僧達が困り果てている。


「なるほど、あれは迷惑かつ不都合だな。実物は初めて見るが、ブッキョーの僧か?」

「そうですな。放置しておけば教会の威信に関わりますが、魔法使いの一人をどうにかできる力も、教会にはありませんしなあ」


 フェイスオンとマグヌスが少し離れた位置から話していると、シモンが二人の存在に気付いた。


「む、お主等、揃って魔法使いの才があるぞっ」


 そう言ってシモンが、二人の方に近付いてくる。


(才があるどころか、俺はとっくに魔法使いだけど……バレてないのか?)


 シモンの台詞を聞いて、マグヌスは思う。


「お主等、魔法使いにならんか? 拙僧の弟子にしてやろうぞ。男として生まれたからには、お主等とてぶっとくでっかくごっつい男になりたかろう? 拙僧と共に男の道を開こうぞ!」

(あ、暑苦しい……)


 笑顔で勧誘してくるシモンに、マグヌスは引いていた。


(人を救うためにこの道を選んだが、正直教会では大して救えない。でも魔法使いなら)


 一方でフェイスオンは、シモンその勧誘に惹かれていた。


 その後フェイスオンはあっさりと教会から足を洗い、シモンの弟子となる。


***


 その日、診療所は休日だった。

 フェイスオンは商業区再開発地区の裏通りに足を運んだ。ここはかつて都市再開発計画が行われたことで、商店を失った者が炉端で店を開いている場所で、掘り出し物が多い。


 その裏通りを、酷く目立つ男が歩いていた。ブッキョーの僧衣を纏った、2メートル超えの禿頭の巨漢南方人だ。


「師匠。こんな所で何をしているのです? というかア・ハイの国王になったのではないですか?」


 フェイスオンがシモン・ア・ハイに声をかける。


「カッカッカッ、お忍びという奴じゃ。見逃せい」


 立ち止まり、振り返って笑うシモン。


「そんな目立つ格好してお忍びは無いでしょ。しかもこんな人の多い場所で」

「まあ……この辺りは変わっていないと思ってのう」


 裏通りを見渡し、シモンは目を細める。


「表通りはすっかり変わってしまったがな。拙僧の良い思い出がいっぱい詰まった場所が、幾つもあったものじゃよ。今はもうそれらの多くが無くなってしもーたわい。時の移り変わりは諸行無常。しかしまあ、こうして無くなったものを振り返り、懐かしむのもまた良き哉」

「あの強引な都市再開発計画のせいで……か」


 フェイスオンも、都市再開発前の風景を子供の頃に見たことがある。裏通りだけではなく表通りも、この辺はごちゃごちゃした汚い下町だった。しかし貴族達の意向で、下町商業区の大半が取り壊され、立派な建物へと入れ替わった。店舗の多くは新しい建物の中に入ることを許されたが、一部の店や施設は、様々な理由で新しい建物の入ることを拒まれた、この裏通りで商売している次第である。


「この建物がある場所には、水棲生物園があったのだが、それも今は無いな。あれも良い思い出があったものじゃが」

(師匠もあの水棲生物園と関わりがあるのか。園長とも知り合いなのかな?)


 シモンの話を聞いて、フェイスオンは思う。


「どんな思い出があったんです」

「ふっふっふっ、よくオナゴを引っかけて、連れ込んだものよ。あの頃の拙僧は金遣いが荒くて貧乏で、宿に連れ込む金も無くてのー。水棲生物園など洒落ているだろうと、上手いこと言いくるめておったものだ。しかしそれが師匠にバレて、こっぴどく叱られて、拙僧は水棲生物園の出入りを禁止されてしまったわい」

「師匠らしい思い出ですね」


 シモンの思い出話を聞いても、フェイスオンは特に驚きもしない。シモンから聞かされる昔話は、いつもこのようなものばかりだ。


「しかしその水棲生物園、別にヤリ部屋として利用していただけではないぞ。拙僧はちゃんと水棲生物に興味があったのだ。加えて、そこにいる男の子が気になってのー」

「男色もあったのですか?」

「カッカッカッ、そういう意味ではない。水棲生物園の園長の息子と仲良くなっていたのだが、その子は病弱でな。拙僧は会う度にその子を励ましてやっていたものだが……」

(バークと面識があったのか)


 シモンが話題に出した子供とは、シモンも知り合いだった。


「見つけた! おられたぞ!」

「シモン陛下発見! 応援を求む!」


 後方から声がかかる。振り返ると二人の黒騎士がいる。


「いかんっ、逃げるぞっ!」


 シモンが駆け出す。つられてフェイスオンも駆け出してしまう。


「シモン陛下ーっ! お待ちくださーいっ!」

「王宮にお戻りくだされーっ!」


 当然だが、黒騎士二人も追ってくる。


「師匠、ただ走って逃げているだけではなく、幻影を利用するとか、転移するとか、魔法を使って色々とやりようがあるのでは?」


 走りながら、フェイスオンは隣を走るシモンに提案した。


「それは卑怯というものよ。それと、お主まで共に逃げる必要は無いのではないかね?」

「まだ話を聞きたかったというか、その話、私は気になりました。水棲生物園があったことは、私も知っていますし、私にも因縁があるんですよ」


 フェイスオンが言ったその時、裏路地の角を曲がった二人は、目の前にあった建造物を見て、立ち止まって絶句してしまった。

 それは二人が知る建物だった。中に入ったこともある。つい数秒前に、フェイスオンが口にしていた施設だった。


「な、何じゃこれは……。拙僧は幻でも見ておるのか?」


 何秒かの沈黙の後、シモンが建物を見て唸る。

 それはかつて取り壊された、水棲生物園に他ならなかった。


「あの時の……ままじゃ……。異なるのは、凄まじい妖気に覆われていることだがのぉ」


 水棲生物園を見て、シモンは自然と戦闘態勢に入っていた。


「噂は本当だったか」

「噂とな?」


 フェイスオンの呟きを聞き、シモンが尋ねる。


「師匠は御存知なかったのですか。取り壊されたはずの水棲生物園が、そっくりそのまま現れる噂」

「ふーむ、物質霊の類かのー。幽霊船やお化け屋敷のような」


 シモンが振り返る。追っ手の姿が無い。


「迂闊であったな。ここはすでに異なる次元。必死で走っていたせいで気付かなかった。いや、それにしても巧みな細工であるな」


 追っ手からすれば、自分達が曲がり角を曲がった瞬間、消えたように見えたであろうと、シモンは想像する。


「中に入った者がどうなったかの噂も、色々とあります」


 フェイスオンが生物園の建物を見据えたまま言う。


「カッカッカッ、この園と縁ある儂等の前に現れたということは、確かな意思を持って招待してくれていると受け取ってよかろうて。さて、鬼が出るか蛇が出るか、入って確かめてくれようではないか」


 シモンが笑い、生物園へと足を踏み出した。シモンも躊躇いなくついていく。


 中に入る。

 人気の全く無いロビーだが、灯りだけはついている。妖気はますます濃くなっている。


 ロビーを抜けてまず入ったエリアは、水生昆虫館だった。

 タガメ、ゲンゴロウ、ガムシ、タイコウチ、アメンボ、ミズカマキリ、コオイムシ、トンボの幼虫であるヤゴ、カワゲラの幼虫、ヘビトンボとその幼虫、マツモムシ等が展示されている。


「妖気がさらに濃くなった」


 ぽつりと呟くフェイスオン。


「カカカ、用心せい。来るぞ」


 シモンが言ったその瞬間、展示されていた昆虫達が全て消えた。

 そして水生昆虫館の廊下に、それらの水生昆虫が出現していた。ただし、そのサイズは小さいもので猫ほど、大きいものは人の背丈にも及ぶ体長に、巨大化している。


「これはイメージ体ですね」


 フェイスオンが言った直後、巨大水生昆虫達が一斉に襲いかかってきた。


「師匠、ミズカマキリは管を突き刺してきて体液を――」

「ふんぬーっ!」


 フェイスオンが喋っている間に、ミズカマキリがシモンの腕に管を刺したが、シモンは気合いの雄叫びと共に腕の筋肉を膨張させ、ミズカマキリの管をへし折った。


「くすぐったいのう。ん? 今何か言ったか」


 刺さったままの管を抜き取り、フェイスオンの方を向くシモン。


「いえ、何も」


 心配はいらないとして、フェイスオンは自身の戦いに集中することにした。


 シモンとフェイスオンの二人がかりで、巨大水生昆虫達を片っ端から迎撃していく。


「カカカ、随分な歓迎じゃて」


 タガメの巨大な顎を両腕で引き裂きながら、シモンが笑う。


「自動的な防衛機能のようにも見えますね。霊体ではなく、個々の意思が感じられない」


 ゲンゴロウを凍り付かせながら、フェイスオンが言う。


 やがて巨大昆虫を殲滅した所で、新たな気配の出現を感じた。

 何も無い空間に、一人の少年が現れる。青白い肌の、十歳ほどの細身の少年だ。


「あれは……バーグ」


 フェイスエンが少年の名を口にする。


「むう。幽霊ゴーストになっているのか」


 シモンが唸る。彼も少年のことを知っていた。


「園長の息子のバークです」

「お主も知り合いか?」

「いえ、私は直接話したことはありません。園長の方とは知り合いでしたが」

「こちらはイメージ体ではないぞ。幽霊――しかもあまりよろしくない類の霊であるな」

「地縛霊か悪霊ですか」


 フェイスオンとシモンが喋っている合間も、少年の霊――バーグは、ただその場に佇んでいるだけで、何かをしてくる気配は無い。口を開こうともせず、黙って二人を見ている。


「おーい、バーク。久しぶりじゃのー。カッカッカッ、今の霊体を仕向けたのはお主か?」


 違うとわかっていながらも、あえて尋ねるシモン。


「違うよ。入ってきた人には自動的に襲いかかるようになっているんだ」


 シモンに声をかけられ、バークが答えた。


「何故人を襲わせる。それは園長の仕業か?」

「この水棲生物園は、都市開発で無理矢理取り壊されたからね。しかも中に僕がいる時に取り壊し作業が始まって、僕はその時に建物の下敷きになって死んでしまったから」


 シモンに問われ、バークは答えた。

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