6-3 復讐の大義名分があれば、何をしても正当性を示せちゃうの?
村の門が開かれ、村に押し寄せていた者達が村の中になだれ込んでくる。
「ピーター! ああ、よく無事だった! よかったー!」
「アイリン! うちのアイリンはどこーっ!?」
「ぱぱーっ! 会いたかったーっ! うわぁぁん! でもお鬚伸びてるッ!」
「畜生ーっ! 俺の子がいないじゃないかっ! どこへやったー!?」
あちこちで歓喜の声があがるが、嘆きの声もあがっている。
「ゴート団長~!」
と、無の外に押しかけてきた者達に混じって、先に入ったまま音沙汰を失くしていた、騎士と魔術師達も村の中に入ってきた。
「おお、無事でよかった。しかし、村には来なかったのか?」
「反対に行ってました……。絵本の端に辿り着いてしまったので、引き返したら村があった次第です。そして中には入れず」
ゴートが顔を綻ばせ、騎士の一人が報告する。
「おでましのようだね。気を付けな」
妖気を感じ取り、ミヤが警戒を促した。ユーリ、ゴート、他騎士と魔術師達も気配を感じ取り、身構える。
「う、うわああぁっ! お鼠様だーっ!」
「お鼠様のおなーりーっ! ひえぇぇ!」
「もうおしまいだ~。うわ~ん」
村人達が悲鳴をあげる。
鼠頭の筋骨隆々な巨人が、柵の外に立っていた。柵もかなりの高さだが、巨人は柵を一跨ぎできそうなサイズだ。
「あれがお鼠様……」
マッチョ巨人の体に頭だけ鼠というデザインが、妙にコミカルに感じられてしまうユーリであった。
「せっかくさらってきた子供達も解放されてしまっているから、うちらの村の子供達を差し出さなくてはならない。何てことだ……」
村人の一人が頭を抱えて嘆く。その身勝手な言い分を聞いて、ユーリはまた苛立つ。
「お前達は何だ? 村の者が俺を退治するために雇ったのか?」
お鼠様がミヤ達を見下ろして問いかける。
「ち、違うんですっ、お鼠様っ。この者達が勝手に……」
「お前に聞いてねーっ!」
「ぶげばッ!」
弁解しようとした村人に対し、お鼠様は癇癪を起こし、拳で村人を頭から叩き潰した。
「村に恨みがあるのか? 村では鼠狩りをしていたというが、その恨みか?」
ミヤがお鼠様を見上げて尋ねた。
「この村はずっと鼠狩りをしていた。狩られた鼠は効果で取引され、この村は裕福だった」
お鼠様が語りだす。
「食うために殺されるならわかる。この世界は弱肉強食が常だからな。しかし俺の父も母も兄弟も、食うために捕らわれ、殺されたわけではない。人間の化粧のためだぞ」
そこまで喋った所で、お鼠様の声が怒りに震えだした。
「化粧品を作るため、鼠を使って実験台にしていたのだ。人に塗っても人の体に悪い影響が出ない化粧品を作るために、鼠で大丈夫かどうか試していた。夥しい数の鼠が村の者に捕まえられて、化粧品の工場へと送られ、殺されたぞ。俺の家族は得体の知れない液体を塗られ、おかしな病気にかかって苦しんで死んでいった。だが俺は、薬品が頭に作用して、このような体に変化した。体だけじゃないぞ。知恵と力も得ることが出来た。故にこうして復讐をしている」
お鼠様の話を聞き、ミヤは虚しげに嘆息する。
(此奴も儂とよう似ておる。人喰い絵本でよく見るパターンよ。やはり人喰い絵本は儂がルーツ……あの時の儂の憎悪に染まった心に由来するものなのか?)
ミヤの中にはずっと疑念があった。その疑念の裏付けになりそうな出来事を、シチュエーションを、人喰い絵本の中で何度も体験した。今回もまたそうだ。
「これはお前達人間全員の罪だ。化粧品を作るために鼠を殺している奴だけが悪いんじゃない。化粧を使った女も同罪。そんな女と子を作った男も、出来た子も同罪。全て悪いっ」
「馬鹿げてる」
朗々と語るお鼠様であったが、ユーリが暗く冷たい声で切って捨てる。
「こら、ユーリっ」
無表情に前に出たユーリを、ミヤが叱責する。しかしユーリは引っ込もうとしない。
(ああ、またキレてるね。全くしょうがない子だよ。しかも今度はキレ具合が大きいから、儂が止めても止まらなそうだ。ま、気持ちはわからんでもないし、見逃してやるかね)
諦めて首を横に振るミヤ。
「貴方の境遇、同情はするよ。ポイント4くらいプラスかな? でもさ、村の人間に復讐するのはいいけど、そのやり方の陰惨さに呆れる。復讐と憎しみに陶酔でもしてるの? ポイントマイナス219って所だ。復讐の大義名分があるからって、何やってもいいってわけじゃないだろ」
「何だと小僧~」
冷ややかな口調で告げるユーリに、お鼠様の表情が歪む。鼠の顔なのに、怒りの表情になっている事が如実にわかる。
「ふふふ、ユーリ殿も言う時は言うものだな。流石はミヤ殿のお弟子」
髭をいじりながら感心するゴート。
「は~……そこで何で儂を引き合いにだすのやら。あんたらは手出ししないでおきな。ユーリにやらせよう」
ミヤが言った。
ユーリのマントが大きくたなびく。先に仕掛けてきたのはお鼠様だった。先程村人を潰したように、拳を叩きつけてきたのだ。
ユーリは横に跳んでかわしていた。かわすと同時に、魔法を使う。
衝撃波がお鼠様を襲うが、お鼠様はよろけることすらなかった。
お鼠様が腕を薙ぐ。ユーリは再びかわそうとしたが、お鼠様の動きの方が早かった。
(しまった!)
ユーリの体は、お鼠様の手によって掴まれていた。
お鼠様はユーリを口元に運ぶと、その首にかじりつく。
ユーリの首が切断されて、体から落ちて地面に転がる。首の切断面からは血が噴き出す。村人達や、村に子供を取り返しに来た者達が、悲鳴をあげる。
「他愛もない」
お鼠様がせせら笑い、掴んでいたユーリを放したその時、ユーリが再び魔法を発動させた。
「ぶふっ!?」
広範囲の魔力の斬撃が、お鼠様の脇腹から肩にかけて、逆袈裟に斬りつけた。今度はお鼠様が顔をしかめて大きくのけぞる。
地面に落ちたユーリの頭部が高速で移動し、倒れた胴体の首に接着する。
「浅い……固い……」
胴から血が噴き出しているお鼠様を見て、ユーリは呻いた。斬撃はお鼠様の体の表面を切り裂いただけだ。出血はしているが、大したダメージにはなっていない。相当に頑丈な体をしている。
お鼠様が蹴りを放つ。ユーリは避けられず、またしても攻撃を食らってしまった。蹴り飛ばされ、大きく吹き飛ばされて倒れるユーリ。
ユーリはすぐに起き上がって反撃を試みようとするが、かなりのダメージを受けているため、自身の回復が追いつかない。そして回復させても、体が痺れて動かない。
お鼠様が村の中に生えていた木を引き抜き、ユーリめがけて投げつける。投てき槍の如く降ってきた木が、ユーリの体に直撃して、またダメージが蓄積される。
「ミヤ殿、加勢はしなくてよいのですか? ユーリ殿が不利に見えますぞ」
ゴートがミヤに伺う。
「はっ。大口叩いて先走ったあのバカ弟子は、少し痛い目を見た方がいいかもね。ま、確かに予想外の手強さだが、勝てないほどでもないだろ」
ミヤは弟子を案ずる様子を見せず、笑っていた。この時点では余裕だった。
お鼠様が倒れたままのユーリとの距離を詰めるため、走っていく。
そのお鼠様の足が止まった。ユーリの前方に、まるでユーリを護るかのようにして、お鼠様と遜色無いサイズの存在が実体化した。
煌めく白い体のあちこちに、色取り取りの宝石が埋め込まれた、巨大な百足。人喰い絵本の中に何の前触れも無しに現れるイレギュラー。宝石百足と呼ばれる存在だ。彼女は人喰い絵本の中に吸い込まれた者を、絵本の外に出す力が有る、
(セント、来てくれたんだ)
宝石百足を見上げ、ユーリは微笑んだ。
「いつもなら強制的に終わらせる所だけど、今回は無理よ」
心の中で話しかけるユーリに対してだけではなく、その場にいる者達全員に向けて、宝石百足は柔らかな女性の声で告げた。
「何故ですか? 宝石百足殿」
ゴートが問う。
「最初に吸い込まれた人が、この絵本世界に同調してしまっているから。このまま帰したら、何が起こるかわからないわ」
宝石百足が答えた。何人かは理解したが、理解できない者もいた。
(セントでさえ迂闊に手出しできない事態?)
(そうよ。気を付けて)
声に出さずに尋ねるユーリに、宝石百足は念話で答える。
「絵本に同調ですと?」
魔術師がぽかんと口を開く。
「以前何度か同調のケースを見たことがある。これで四度目か」
「ふん。私は二桁以上見たよ」
ゴートとミヤが言った。しかしユーリは知らない。
「師匠、絵本に同調ってどういうことです?」
「言葉通りだよ。つまり……」
ユーリの問いにミヤが答えようとした所で、お鼠様の後ろから、それが現れた。
村の柵を一跨ぎで乗り越え、お鼠様の後ろに現れたそれは、お鼠様だった。
「お鼠様がもう一人現れた!」
「お鼠様が二人になったぞーっ!」
「えーっ? つまり生贄も倍になるの? ヤダー!」
村人達が悲鳴をあげる。
もう一人のお鼠様が現れても、最初からいたお鼠様は振り返って一瞥しただけで、大した反応は無い。そして新しく現れたお鼠様は、デザインが微妙に違う。
「新しく現れたもう一人は、最初に吸い込まれた者が変貌した姿だろうよ。お鼠様に同調して、ああなったのさ」
ミヤが言い、同調という意味話、他の者達も何となく理解した。
「どうすればいいんです? 師匠とゴートさんは、同調したケースでも、攻略して静観したわけですから、その方法は知っているんでしょう?」
ユーリが身を起こしながら尋ねる。やって身体を回復出来た。
「私は過去三度共、同調した者も討って、絵本世界から解放された」
と、ゴート。
(でもセントは慎重を促している。それでは簡単に済まない事態なんじゃないかな?)
ユーリは思う。
「儂の場合、それだけではないの。同調者を討つのは方針として有りじゃが、必ずしもそうとは限らん。説得して同調者を戻した事もあるが……」
ミヤが言った。
もう一人のお鼠様が呪文を唱え始める。騎士と魔術師達がそれぞれ驚きの反応を見せる。
「魔術師?」
ユーリが怪訝な声をあげた直後、魔術が発動した。
大量の蜂が出現して、ユーリ達めがけて飛来する。
ミヤとユーリと宝石百足の三人が、衝撃波を何発も放ち、蜂を片っ端から空中で粉々にしていく。
「虫を使役する魔術――お前、ジャン・アンリか!?」
同調したという、もう一人のお鼠様に向かって、魔術師が叫んだ。
「ジャン・アンリだと……」
その名を知るゴートが呻く。
「師匠。ジャン・アンリって、あの魔術師ジャン・アンリのことですよね」
「他におらんだろうな」
ユーリとミヤもその名を知っていた。
ジャン・アンリ。ア・ハイ群島では、虫を操る魔術師という事で知られている。さらには、魔法使いにも匹敵する力を持つと噂されるほどに、魔術師界隈では非常に評価が高い。
そして現在は、王政復権と魔術師ギルド復権を目指す過激派組織、『K&Mアゲイン』の副棟梁であることが知られ、お尋ね者として手配されている男である。




