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32-42 リメイクのその後

 勇者ネロは魔王サーレを討ち取れなかったが、異世界から来た次代の魔王の力を借りた王妃イヴォンヌと戦い、これに敗北した。

 次代魔王に退くよう説得され、サーレはこれを受け入れた。そして人類との戦いから手を引く。


 その後、魔王サーレと王妃イヴォンヌは、慎ましく幸福に暮らしたという。


 クロードはアルレンティスを後継者にして隠居。


 勇者ネロはキンサンとウスグモと共に冒険者生活を再開。


 聖女ミラジャは精神に異常をきたし、他者とコミュニケーションが取れなくなり、一人で水も食料も無しに砂漠を彷徨い、やがて力尽きた。


***


 図書館亀内部の図書館。その本体である図書館亀の前に、ダァグ・アァアアと宝石百足と嬲り神が現れる。


「皆さまお疲れ様ですのん」

「全くお疲れだよぉ~。どこかの誰かさんが色々と仕掛けてくれたおかげでよォ」


 労う図書館亀に、皮肉る嬲り神。


「絵はぼかし、名前は表記せず、異世界から来た次代の魔王――と表現されておりますが、絵本の中に、絵本の外から呼び込んだ者まで記述されてますのん。これは新しい試みですねん」

「そうしないと話の整合性が取れなかったからね」


 図書館亀の指摘に対し、ダァグ・アァアアがその理由を端的に述べる。


「リメイクした世界の未来のアルレンティスは、どうなるの?」

「あれもまた魂の横軸だよ。リメイク前のアルレンティスは、あっちの世界に行って、ミヤに仕えた。リメイク後のアルレンティスはこっちの世界に留まるだろう。交わることは無い。しかし同じ魂であり、重なっている」


 宝石百足の疑問に、ダァグは答えた。


「リメイク後は聖女ミラジャだけは救われませんでしたねん」

「一人だけひでー結末だ。ダァグはあいつが嫌いだったのか?」


 図書館亀と嬲り神が言う。


「彼女が救われる機会は沢山あったよ。でも憎しみに囚われた彼女は、自分でそれを拒んだ。その結果がこれさ」


 溜息をつくダァグ。


「ははは、ユーリも気を付けねーとな。なぁ?」


 嬲り神が笑って宝石百足を見たが、宝石百足は黙殺する。


「ダァグ・アァアア。リメイクは、あちらの世界の勇者ロジオと魔王ミヤのストーリーを、なぞらえたのですのん?」

「もちろんその意識はあったよ。だから準拠する人達を呼んだんだ。けど、僕はあっちの話をよく知っているわけではないよ。僕が創る世界のことでさえ把握しきれていないのに。嬲り神から聞いたおおまかな話から、それをなぞれないかと期待して、あの人選だよ」


 図書館亀に問われ、ダァグは正直に明かした。


「勇者ロジオは魔王と戦い、討伐したわけじゃない。魔王と成り果てたミヤを説得して、救ったと推測できるわね」

「俺も全く同じ考えだぜ。だからこそ、ミヤは今も生きている。だからこそ、ミヤも同じことをした」


 宝石百足と嬲り神の考えが珍しく一致する。


「ま、俺も同じだからな~。俺のこの嬲り神と成り果てた魂から……ヨブに救ってもらった。そしてヨブの魂の横軸が、ロジオなんだ。あいつら性格も性質も、そっくり似ていやがる」


 遠くを見る目になって語る嬲り神。そんな彼が、宝石百足とダァグの目からは痛ましく映る。嬲り神と成り果てた魂という意味が何を示すか、彼等はよく知っているし、他人事ではない。


「ミヤが魔王になる前に、こっちとあっちの世界が繋がった。坩堝の前に、俺とミヤがやってきた。そしてミヤは魔王の力を得た。魔王が消える直前にも、こっちとあっちが繋がった。その時……ミヤの前には俺がいた。二人の魂の慟哭が互いを引き合い、夢の世界で重なったんだ」


 それが全ての始まりであり、嬲り神とミヤの出会いが、二つの世界が繋がる原因だった。人喰い絵本と呼ばれるものが発生する起因だ。


「嬲り神とミヤとの邂逅が、起点になっているのね」


 憂いを込めた声を出す宝石百足。


「それがこっちの世界とあっちの世界が、最初に繋がった瞬間だね。その後ミヤは魔王の力を振るい、こっちの世界の住人――魔物や亜人達をあっちへと呼び込んだ」


 ダァグが嬲り神の言葉を継ぐようにして、歴史を振り返る。


「破壊神の足や魔物化現象もこっちの世界由来の災厄ですよん。全てミヤが招いた災厄ですよん。どうしてそれがミヤの仕業とわかったのかは謎ですけどん」

「悪いことは全部魔王みたいに、魔王に押し付けていたら、たまたま的を射ていたって話だろ」


 図書館亀の言葉を聞いて、嬲り神が苦笑気味に言った。


「何より、僕が向こうの世界に手を伸ばせるようになった。門を開き、魂の横軸にある者を吸い込めるようになった。これが大きい。それらはメープル一族との接触により、魂の横軸や平行世界の存在を知り、ミヤと嬲り神が惹かれ合った事にもヒントを得た」


 ダァグが言う。つまりはダァクが、二つの世界の繋がりを利用して、人喰い絵本を発生させている。


「気になることがあるわね。二つの世界を跨いでまでも、引き合った二人。つまり貴方とミヤは――」

「流石にお前にはわかるか。そりゃそうだな。お前にもそういう奴がいるもんなァ。ひゃははははっ」


 宝石百足の言葉を遮り、嬲り神が笑う。


「そう。ミヤは間違いなく、俺の魂の横軸。俺と同じ魂を持つ者。あっちの世界の俺がミヤで、人喰い絵本のミヤが俺なのさ。あいつも薄々気付いているようで、精霊さんの件の時に、確認してきたけどなァ。ははははっ」


***


 アザミとシクラメは数週間ぶりに魔術学院の私室に戻り、一息ついた。


「しんどかったなー……」


 ベッドの上にうつ伏せになって寝たアザミがぼやく。


「色んなことがわかったねえ。チャバックが勇者ロジオの転生だとか、嬲り神の友達が、ロジオの魂の横軸だったとか、ミヤが魔王だったとかさあ。お兄ちゃんびっくりだよう」


 シクラメはそのアザミの上に跨り、背中のマッサージを行っていた。


「ブラム・ブラッシー、アルレンティス、ウィンド・デッド・ルヴァディーグル。これら魔王の幹部達が、ミヤにへーこらしているのも納得の理屈だが、魔王は滅びたものという話が大前提にあるせいでよ、ミヤが魔王なのかもしれないなんて、誰も疑うこたあねえよな」

「発想が常人と違う人じゃないと無理だよねえ。ジャン・アンリみたいに」

「ミヤの弟子のユーリが、人喰い絵本の創造主ダァグ・アァアアに色々と言っていたな。あいつらどういう仲なんだ。つーか兄貴、もうちょっと強く。効いてねーって。痛たたたたっ、今度は痛えって!」


 シクラメがアザミの注文を聞いて力を強めると、アザミは抗議の声をあげてじたばたと藻掻く。


「真実に迫っているというか、いつもいつもミヤ中心に大きく事が動いているような気がするよう。そしてこれからもそうなるんじゃなあい?」

「そうだな。坩堝にも怪しい動きがあるみてーだしな」


 シクラメの見立てに、アザミも同意した。


***


 ミヤとノアは帰宅して即座に眠りについた。広間のソファーで二人して重なって眠っていた。

 ユーリだけは眠っていなかった。広間のソファーに深く腰掛け、天井を見上げて物思いに耽る。


「んー? 先輩?」


 向かいのソファーで、一人だけ起きているユーリを見て、ノアは怪訝な顔で声をかける。


「よく眠ってたね。夜眠れなくなるよ」


 ユーリがノアを見て微笑む。窓からは夕日が射し込み、時計は五時半を指している。


「先輩は眠らなかったんだ」


 ノアが身を起こす。そのはずみに、ノアの上で寝ていたミヤがソファーの下に転がり落ちるが、ミヤは目を覚まそうとしない。


「ずっと考え事していた。ダァグ・アァアアのことをさ」

「あいつに執着しすぎだよ」

「わかってる」


 ノアに呆れ気味に指摘され、ユーリは微笑んだ。


「ダァグ・アァアア、あれは弱い子だ。救われない悲劇の絵本を救いたいのは、救われない自分が救われたいという願望の現れだ」


 ユーリはダァグを分析し、そう結論づけた。


「ふむ……。言われてみるとそんな感じだね」


 ノアの足元で寝ていたと思われていたミヤが、声を発した。


「つまりダァグ・アァアアは、儂等に救いを求めているとも言える」

「ええ――だから……」


 ミヤを一瞥し、ユーリは瞳に暗い火を宿してうつむく。


「見えた気がする」

「何が?」


 ユーリが言い、ノアが尋ねる。


「人喰い絵本の致命的綻び。ダァグ・アァアアの弱味が。でもこれは――」


 ユーリは思い出した。ダァグに言い放った台詞を。


『一歩離れたポジションにいるより、僕達と同じ目線に立てば、見えなかったものを見えてくるし、わからなかったこともわかるようになる。そう思わない?』


 ユーリのこの言葉に嘘は無い。言葉通りの真理がある。しかし異なる企みもある。


(この手は残酷だ。彼の救われたいという気持ちを――弱さを利用するのは)


 うつむいていたユーリが顔を上げた。


「師匠……前にも聞きましたが、何か理由があって魔王になったんですよね? 僕には未だ信じ――」

「いきなり話題を変えるんじゃないよ。しかも触れてほしくもない話を」


 ユーリが口にした言葉を、ミヤは不快感をにじませた声で遮る。


「ダァグも師匠と似たようなものかなと、そう思いまして。彼が悲劇の創造主となった事にも、理由があります。しかも彼は望んでいない」 

「理由が有れば悪に堕ちてもいいというのかい? そりゃ理由はあったさ。けどね、その理由の果てに――儂は数多くの悲劇を世にばら撒いた。この世で最も罪深い存在だ。それは決して儂の意図せぬ不首尾からではなく、確固たる儂の意思による決定であり、儂の怒りと憎しみから生じた行いなんだよ。儂が生きている限り背負わねばならぬ、重すぎる業の枷よ。十字架を背負うという表現もあるの」


 ミヤが厳かな口調で語る


「儂は途轍もなく恐ろしいことをしてしまった。どんな罰も――地獄すら生温い、途方も無く重い重い罪を犯してしまった。悔やんでも悔やみきれず、許しを請うても決して許されず、いくら償っても償いきれぬほど、多くの悲劇をこの世にもたらした。この世界で最悪の存在なんだよ」


 そこまで喋って、ミヤは大きく息を吐いて虚空を見上げ、目を閉じた。


「でもね、儂はあの時、そうならざるを得なかった。そういう運命だったのさ」

「神様がそういう運命のシナリオを……書いたのですか?」

「そうかもね」


 ユーリが伺うと、ミヤはユーリの方を見て小さく笑った。


「儂はその後もこうして生きている。生き恥を晒しているのか? それは儂にもわからんが、儂は自らの手で死んで詫びるという選択はできなかった。何故なら……あの子が、ロジオが儂を救ってくれたからね。儂が罪の意識に潰されて死んだら、ロジオに申し訳が立たん」

「ロジオって……魔王と刺し違えたっていう、勇者ロジオ?」


 ノアが尋ねる。


「その話は作り話さ。儂が魔王になった時には、あの子は死んでいたよ。でもね、ロジオが儂を魔王という軛から解き放ったのも、また事実だよ」


 世間一般で伝わる話とは粉執る衝撃の真実を、さらっと話すミヤ。


「そしてこうも思う。これこそロジオの呪いじゃないかって。ロジオが救ってくれた心と命だから、死ぬ気になれない儂。死なないで生き続け、悔み、償い、祈り続ける日々の方がよほど辛いからね……」

「でも……師匠が生きていたおかげで、僕とノアは師匠に拾われ、救われましたよ」

「うんうん」


 ユーリが悲しげな顔になって言う。ノアも頷いている。


「そもそも儂が魔王になったのも――坩堝に手を出したのも、ロジオの死が発端だった」

「ではどうしてロジオさんが師匠を救ったんです? 誰がそんな作り話を?」


 ユーリが質問する。


「ロジオを殺した連中が、ロジオを勇者と祀り上げて利用した。いや、まあこの話は今はいい。ダァグの話をしていたのに、何で儂とロジオの話になっておるか」

(でも師匠も誰かに打ち明けたい気持ちがあったから、いっぱい話してくれたんじゃないかな?)


 憮然となってそっぽを向くミヤを見て、ユーリは思った。

三十二章はこれにて終幕です。

三十三章は七月頃を予定しています。


・追記

七月の再開を予定していましたが、作者闘病中につき、再開は九月以降に変更します。

申し訳ありません。

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