32-37 チャバックの正体
クロードも戦線に加わり、戦闘が再開された。
ユーリとノアは休憩モードに入る。ヴ・ゼヴウとの戦いで全て出し尽し、戦う余力は無い。
「お前の相手は私だ」
ミラジャがクロードの前に立つ。
「参謀同士の対決というわけか。これは大きな鍵になるな。負けた方は大幅に力を失うことになる」
クロードがミラジャを見据えて笑う。
ミラジャがクロードめがけて、大量の神炎の礫を飛ばす。
クロードの前方に薄い黒い膜が出現し、全ての神炎を受け止めるが、神炎は消えることがなく、黒い膜に付着するかのようにして燃えている。
神炎の礫がいずれ膜を突き抜けてくると見たクロードは、黒槍を手にして、黒膜の内側から高速で礫を突きまくり、消滅させていく。
そのクロードの足元から、聖泥が噴き上がる。黒膜にくっついて燃える神炎の礫に気を取られていたクロードは、床伝いに聖泥が接近していた事に気付かなかった。
下半身を聖泥にまとわりつかれて、クロードは一瞬顔色を変えたが、すぐに平静を取り戻して対処した。自身の周囲に黒霧を発生させて、聖泥にまとわりつかせると泥は黒ずんで、蒸発するように消えていく。
「どうしてだ……。魔王にも敵わず、その腹心にも勝てず、私は結局何もできないのか? あ
あああ……おのれっ! 何が聖女だ! 私の復讐は敵わないじゃないか!」
突然ミラジャが、憤怒の形相になってヒステリックに喚きだす。
「何だ?」
戦っていたクロードがミラジャを見て不審がる。
「お前にはわからんだろう! ここまで来て! ここまで来たというのに! 私の目的が叶う目前で! ネロ! 君のせいだ!」
ミラジャがクロードから目を離し、唾を飛ばしてがなる。
「君が非力だからだ! もっと強ければよかったのに! ウスグモとキンサンもだ! あっさり魔王にやられて! 私もだ! あの亀に力を与えられたが、大した力ではなかった! 魔王サーレにも、参謀のクロードにも及ばないじゃないか!」
いきなり喚き散らすミラジャに、その場にいる者達は呆気に取られてしまう。
「俺の母さんばりのヒステリーだ。変なぜんまい巻かれたね」
ノアが半眼になってミラジャを見る。
「勇者ネロは魔王サーレを倒した後、暗殺されてるのー」
ムルルンがユーリとノアに聞こえる声で囁いた。
「殺したのはミラジャなのー。何でそうなったかは知らないのー。その話は父上にも話したのー」
「それが早まったと?」
「何か思い通りにならなくてヒス起こして殺しちゃったのかな?」
ムルルンの話を聞いて、ユーリとノアが顔を見合わせる。
「ミラジャさんがおかしいよう」
(チャバック、ミラジャにこう言ってほしい)
案ずるチャバックに、ネロが声をかける。
(わかった)
ネロの頼みに頷くチャバック。
「ミラジャさんっ、オイラは絶対ミラジャさんの期待を裏切らないよっ。だからミラジャさんっ、オイラを信じてっ」
チャバックが必死に訴える。
「本当か? 本当か? 本当の本当か? 嗚呼……私は今何を言っていた? 私は何をしていたんだ? 私は何がしたいんだ?」
ミラジャがチャバックの方を見て、ぶつぶつと呟く。
「よくわからないけど、ネロ、僕との戦いに集中してはどうかな?」
サーレが声をかけながら、攻撃魔法を放つ。
チャバックの足元から氷のツタのようなものが伸びあがり、チャバックの全身に絡みつく。
命の輪が一際強く光り、チャバックにまとわりつく氷のツタを跡形もなく弾き飛ばす。
「うぐっ!?」
攻撃を防いだと思ったチャバックであったが、突然目を白黒させて、くぐもって呻き声をあげた。そして苦悶の表情になって口や喉を手で掻き毟り、藻掻き始める。
「どうしたの!? チャバック!」
スィーニーが叫ぶ。
「水だね。体内に侵入させてしまえば、弾いて防いで終わりというわけにもいかない」
ミヤが呟くと、チャバックの上方を見た。空間の揺らぎが微かに感じられる。
「氷のツタで気を逸らしているうちに、肺に水を侵入させて、窒息させようとしているのか」
ユーリも解析して、サーレの攻撃を見抜く。
「チャバック!」
最も近くにいるスィーニーが、居ても立っても射られずに、チャバックに駆け寄った。
「乱入はお断りだよ」
サーレが笑顔で言い、スィーニーとチャバック二人まとめて、攻撃しようと手をかざす。
「師匠、解説してないでさっさとヘルプのぜんまい回してよ」
「その必要は無いさ。儂が助けなくても、あいつらが助ける」
ノアが訴えると、ミヤはチャバックの上を見たまま、冷静に答えた。
サーレの掌から電撃が放たれる。
電撃はチャバックとスィーニーに届かなかった。届く前に消えた。
「え?」
サーレがきょとんとした顔になる。消えたのは電撃だけではない。チャバックの体内の水も消失した。
ミヤの視線の先――チャバックとスィーニーのいる上方に、サーレが視線を向ける。サーレも空間の揺らぎに気が付いた。
空間の裂け目が広がり、白ずくめの衣装の少年と、赤ずくめのボロボロの衣装の少女がゆっくり降りてくる。シクラメとアザミだ。
「あははは、いいタイミングだったあ。危なかったねえ、チャバック。遅れてごめんねえ」
「ケッ、あと数分遅れていたら、あたしらの苦労も水の泡だった所かもしれねーぜ?」
チャバックとスィーニーの前に降りたシクラメが笑い、アザミが毒づく。
(あの二人が来てくれたのか)
シクラメとアザミを見て、意外な援軍と思うユーリ。
「そういやチャバックを研究対象にするとか、シクラメは言ってたけど、来るの遅すぎ」
「ふざけんなてめー。こっちはかなーりしんどかったんだぞ」
「勇者軍を見つけるまでも大変だったよう」
ノアが苦笑気味に言うと、アザミが険のある声を、シクラメが甘えた声をあげる。
「ふむふむ。大分強い力を持った助っ人のようだけど――」
サーレは何をされたか理解していた。電撃もチャバックの水も、魔力を吸い取られて無力化されたのだと。
「出来れば僕は勇者ネロと一対一がいいなあ。イヴォンヌ、彼等の相手はしてくれない?」
「今は断るよ」
サーレが笑顔で頼むが、ミヤは断った。
「今は――ね」
サーレがチャバックを見る。回復したチャバックが、全身から緑のオーラを放っている。
「えーい!」
チャバックが剣を振るい、緑色の光を放つ。以前魔王城を貫いたような全力攻撃ではない。ある程度セーブしている。
サーレはチャバックの攻撃を避けた。受けるには攻撃が重すぎると判断した。
(やはり……ネロの力であれば、サーレに通じるということか)
ミラジャが期待を込めてチャバックを見る。サーレが受けずに避けた時点で、そうなのだろうと見て取れる。
回避した直後に、サーレは反撃に転じる。電撃の網がチャバックの周囲に広がり、チャバックを包み込む。
シクラメはチャバックを守るために手を出そうとしたが、思い止まった。チャバックが自身の力で防げると見たからだ。
キンサンとウスグモを倒した電撃の網は、チャバックに触れる前に、チャバックの体から放たれる緑のオーラの表面を流れて、ホールの床に当たって消え去った。
(電撃系の攻撃は初動が速く、食らったら問答無用で筋肉を硬直させる。脳にも心臓にも致命的な効果を及ぼす。でも、防ぎ方さえ知っていれば、これは実に防ぎやすい)
電撃の網が防がれた様を見て、ノアは思う。かつてノアはマミに電撃の攻撃を行ったが、魔力で電気の通り道を作られることで、いともあっさり防がれてしまった経験がある。
「うおりゃーっ」
チャバックが叫び、剣を床に突き立てる。
緑の光が、床伝いにサーレの近くまであっという間に伸びたかと思うと、床から槍が突き上げるかの如く、先端の尖った緑の光の刃が幾つも突き上げ、サーレを襲う。
サーレはそれらを回避していったが、一度だけ攻撃を食らってしまった。緑の光の槍に貫かれ、血飛沫があがる。
すぐに血は止まった。傷口は再生させた。しかしチャバックの攻撃は、サーレの防御を確実に貫いていた。
「チャバック、凄い力を身に着けてるう」
「絵本の中限定の勇者の力だろ」
サーレと互角以上に渡り合うチャバックを見て、シクラメが感心し、アザミが冷めた目で言う。
「絵本限定かあ。やっぱりチャバックは人喰い絵本に選ばれた存在なんじゃないかなあ」
「三回も指定して呼び寄せられているからね」
シクラメとノアが言った。
「チャバックは三回も絵本に呼ばれたなのー?」
「それが謎なんだよ。シクラメが言うには、何か理由があるから、それを解き明かしたいとか」
ムルルンが尋ねると、ユーリが答えた。チュバックとサーレの戦いは、彼等の会話の間も続いている。
「そいつはお前達だけじゃ絶対にわからなーい♪ わからなーい♪」
音痴な歌声が響く。空間の門が開く。
「あひゃひゃっ、いい感じに盛り上がってるじゃねーか。俺も側で見物させてもらうぜ~」
突然現れた嬲り神が、ミヤの隣で腰を下ろし、床の上で胡坐をかく。
「君は以前も現れたね。かなりの力を持っているようだけど」
現れた嬲り神を見て、サーレは戦闘を中断したが、チャバックが戦いを止めずに仕掛けてくるので、すぐにそちらの相手をする。
「嬲り神、お前がチャバックを人喰い絵本の中に呼んでいるようだね」
ミヤが指摘する。
「最初の一回目は俺じゃねーぜ。縁によって導かれたようなもんだ。二回目、三回目は、俺とダァグの意思が働いているな」
嬲り神は隣のミヤを見て、肩をすくめて正直に答えた。
「一体どうしてチャバックを人喰い絵本に何度も呼ぶのさ? うちの社員なんだし、社長としてはその理由は知る権利がある」
ノアが嬲り神を睨み、毅然とした口振りで問う。
「魔王を討伐した勇者ロジオってのは、俺のダチ――ヨブなんだ。ずっと疑って調べていたけど、ようやく確信したぜ」
嬲り神が笑みを消し、遠い目で虚空を見上げて、また正直に答えた。
「ミヤ、お前の大事なお友達のロジオはさ、俺のダチでもあったんだよなあ~……。名前はヨブ。それがロジオの魂の横軸だ。そしてロジオはヨブと接触した。それが何のためであるかはわかるよな?」
嬲り神の話を聞いて、ミヤは凍り付いた。それだけ聞いて、全て氷解した。
宝石百足からすでに、ヨブとジヘのことは聞いているが、ロジオの関連は、ここで初めて聞く。
「ジヘの前世は、俺の親友のヨブ。そしてジへの魂の横軸であるチャバックの前世が、勇者ロジオだったってことだよ」
嬲り神の口より明かされた真実を聞き、ミヤ、ユーリ、ノア、スィーニー、ムルルン、シクラメ、アザミは揃って驚愕し、絶句した。当のチャバックは、サーレとの戦いに夢中で話を聞いていない。




