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32-32 分断しようそうしよう

 巨大な竜巻と、途切れることのない落雷によって、最早空間の門に入ることは不可能と思われた。


「後方、攻撃にあっているようです!」

「分断されました! 後続が竜巻に遮られて門の中に入れません!」

「空島からの投石も門を狙って攻撃しています! 被害甚大!」


 勇者軍の兵士達が大声で状況を報告室告げる。


「予想していたよりずっと、気付かれるのが早かったな」


 ミラジャが眉間に皺を寄せる。


「入れたのはどれほどだ!?」

「三百程かと……いや、三百には満たないと思われますが、それに近い数かと……」

「上出来だ」


 ミラジャは不敵に笑ってうそぶく。


 一方、チャバックは中庭に戻り、空間の門の先にある光景を見て、固まってしまっていた。自分達がくぐる前の場所に巨大な竜巻が発生し、何人もの兵士達が竜巻の中で回っている様を。


(せっかく……やっとここまで辿り着いたのに、何も出来ずに殺されていくなんて……)

(それが戦争なんだよ。チャバック)


 愕然とするチャバックに、ネロが声をかける。


(嫌だよ……オイラ……こんなの……)

(嫌なのは僕も同じだよ。でもどうしょうもない。魔族は人類を滅ぼしにかかっているし、戦うしかないんだ)

(わかってる。でも、戦いに来て、戦うこともなく殺されちゃうのはひどいよ)

(僕と君とで、彼等の分も背負って戦えばいい)

(そうか。わかったよ)


 ネロの言葉にチャバックが頷いたその時、 チャバックの体に複数の命の輪が浮かび上がる。


「な、何これ? また自然に浮かび上がったよう」

(危険が迫っていると自動的に反応するんだ。気を付けてチャバック)


 驚くチャバックに、ネロが警戒を促す。


 周囲の空間が大きく歪みだす。


「転移させられる!」

「引きずり込まれるぞ!」

「逃げろ!」


 兵士達が、ミラジャが、一斉に叫ぶ。


 逃げようのない広範囲に歪みが広がり、チャバックが中に引きずり込まれて消える。隣にいたスィーニーも消える。ミラジャもキンサンもウスグモも、兵士達も多くが歪みに飲み込まれて消える。


 ユーリとノア、そして大体数の兵士はその場に残された。


「外に出されたとはかはないかな? 空に放り出されちゃったら、あとはヒュー……ポトンで、一巻の終わり」


 ノアが悪い想像を口にする。


「いや、これは元々城内にある転移装置を使ったんだと思う。空間の歪みが城の外にまでは及んでいない」


 ユーリが私見を述べる。


「つまり城内のあちこちに飛ばされて、ばらばらにされたわけか」


 ノアが言いつつ、勇者軍の兵士達の方を見た。


「ウスグモ殿もキンサン殿……それに勇者様がおられない」

「聖女ミラジャ様も消えたぞ」

「急ぎ捜索に城内へっ」

「散開するか?」

「いや、ばらけるのは危険だ」

「しかし固まっていても効率が悪いですし、狭い場所では一網打尽にされかねないのですよ」

「ここは敵の腹の中のようなものであるし」


 突然の分断展開に、兵士達がざわつく。


「船頭多くして船山に上りそうな構図」

「勇者軍が精鋭と言っても、指揮者がいなければ烏合の衆になってしまうね」


 勇者軍の兵士達を見て、ノアとユーリが言った。


「スィーニーもいないね。チャバックの側だといいけど」

「うん。スィーニーが側にいれば、チャバックの心の支えになってくれる感」


 ユーリの言葉に、ノアも同感だった。


***


 ウスグモ、キンサン、ミラジャと勇者軍の数十名は、まとめて転移されて、魔王城のホールにひしめていた。


「おい、こいつぁ一体何が起こったんでい?」

「強制転移されたみたい。多分城の中でばらばらにされたのよ」


 周囲を見回すキンサンに、ウスグモが告げる。


「そんなことして何の意味がありやがるんだ」

「兄さん、少しは頭を使って。ばらばらにされたってことは、数を少なくされたってことよ。つまり――」


 キンサンの発言に、頭を押さえて吐息をつくウスグモ。


「おう、そこまで言われればわかるわ。大勢でまとまっているより、引き離して少ない数にした方が、始末もしやすいだろうからな」


 キンサンがにやりと笑い、敵の目論見を理解した。


「勇者様と離されてしまったか。私達三名が同じ場所にいることは幸運と言っていいのか?」


 神妙な面持ちで言うミラジャ。


「勇者様には特別の加護があったが故に、ピンポイントで魔法がかかるはずはないと、たかをくくっていたが、そうでもなかっ……」


 台詞途中に、ミラジャは硬直した。接近してくる強烈な妖気を感じ取ったからだ。


 キンサンとウスグモも、そして兵士達も陽気に気付き、全員硬直して押し黙る。

 何十人もいる中、静寂が支配する。


 その静寂を破ったのは、近付いてくる足音だった。

 全員が足音のする方――ホールから伸びた廊下の方に視線を向ける。


 廊下から現れたのは二人。その場にいる全員には、若い男女が現れたかのように見えた。


「皆さん、ようこそ魔王城へ」


 よく通る朗らかな声が、ホールに響く。声を発した青年から、強烈な妖気が噴き出している。


「お初に御目にかかる。僕の名はサーレ。この城の城主であり、魔族達を率いる魔王と称される者であり、君達の敵だ。こちらは妃のイヴォンヌ」


 サーレが恭しい仕草で一礼して自己紹介し、隣にいるミヤも紹介する。


「ははっ、べらぼうめ。こいつぁ大当たりじゃねーか。俺達の前に魔王が現れやがったぜ」


 全身総毛立ちながらも、うそぶくキンサン。

 ウスグモも、勇者軍の兵士達も、突如目の前に現れた魔王を見て、計り知れない恐怖を感じていた。ただそこにいるだけで、逃げ出したくなるような、そんな感覚に囚われてしまっていた。 


「勇者様の仲間である私達三名をまとめて転移させ、その前に魔王が直々に現れるとはな」

「あん? 何か意味あるのか?」


 ミラジャの言葉の意味が分からず、キンサンが問う。


「聖女ミラジャは流石に理解が早いね。勇者にとって最も頼りになる仲間を勇者と引き離し、こちらの最大戦力である僕が出て、まとめてさっさと始末してしまう。そういう算段だよ」


 サーレが爽やかな笑みをたたえたまま言う。


「てやんでいっ! そんなことが出来るなら、勇者様とお前とでさっさとタイマンしろってんだ!」

「それは後でするかもね。勇者には先に、僕の頼れる部下と遊んでもらうことにした。僕の部下にそのまま倒されるかもしれないし、勇者が勝つかもしれない。勇者が勝つにせよ、彼と戦って無傷とは考えにくい。適度に弱るはずさ」


 キンサンが威勢よく吠えると、サーレは笑顔を崩すことなく、淀みない口調で己が狙いを口にする。


「それなら私達も全力で魔王と戦い、少しでも弱らせてやる」


 ミラジャが剣を抜く。それに合わせて、勇者軍の兵士達も恐怖を押し殺し、身構える。


 戦いが始まろうとしたその間際であった。ミヤが進み出て、魔王と勇者軍の間に入る格好となった。


「イヴォンヌ?」


 訝るサーレ。


「一つ聞きたいことがあるんだけどね。その命の輪を兵達に装着させたのは、どこのどいつだい? それが何であるか、わかっているのかね?」


 絵本を見てミラジャだということはわかっている。あえて揺さぶりをかけるために口にしたミヤである。


「ああ、お前か。勇者を名乗る者の仲間が、随分とろくでもないことをするもんだね」


 ミラジャ達が答える前に、ミヤがミラジャを見て、侮蔑を込めた口調で告げる。


(ま、それだと、ユーリもろくでもないことをしているってわけだけどね。まあ、実際ろくでもないが)


 命の輪を手に入れて、いざという時に装着しているユーリのことを思い出すミヤ。


「ろくでもないかもしれんが、貴様等魔族と戦うには必要な力だ」


 ミラジャが言った。


「そうかい。命の輪は、人間の命を素材にして造られたと、知っているわけだ」


 ミヤか非難めいた口振りで言う。


「彼女は人ではない。猫よ」


 ウスグモがミヤの正体を見抜いた。その言葉の意味が、勇者軍の兵士の多くには理解できなかった。


(こいつ、中々出来そうだね)


 ミヤもまた、ウスグモの猫撫でスキルの高さを見抜いていた。


「行くぞ! 魔王!」


 ミラジャが叫び、真っ先に飛び出した。勇者軍達の兵士も後に続く。


「イヴォンヌ――いや、ミヤは下がって。僕が遊ぶよ」


 サーレに促され、ミヤは後退する。


(さて、チャバックのことは頼んだよ)


 後退しながら、ミヤは心の中である人物に向かって語り掛けていた。


***


 チャバックはスィーニーと二人だけで転移していた。二人は城の廊下にいる。勇者軍の兵士達は周囲に一人もいない。


「オイラ、よく吸い込まれて飛ばされる~……」


 おどけた口調で言うチャバック。


「そういう星の元に生まれたのかもね。って、誰か来る。気を付けて」


 スィーニーが警戒を促し廊下の先を見据えながら、鎌剣ハルパーを両手に構える。


 全身タトゥーだらけの魔族が一人、廊下を歩いてきた。そして少し離れた場所で立ち止まり、チャバックを見る。


「ああ……何、お前?」


 三将軍の一人セインが、チャバックを見て驚く。


「アシュに似ている。アシュと同じような目をしている。そしてアシュと同じように脅えている」


 セインの姿を見て、そしてその口からアシュという名を聞いて、チャバックとスィーニーは、先程見た絵本を思い出していた。


「えとさ……お前、アシュなの?」

「違うよう。勇者ネロだよう」


 問いかけるセインに、チャバックが答える。


「本当に勇者なのかい? それなのにアシュみたいに臆病な感じで、勇者とは真逆じゃないかよ。はぁ……何か変な話だなあ」


 額を押さえて考え込むセイン。


「お前……アシュなんじゃないのか。なあ? アシュなんだろ? 転生して、俺の元に帰ってきてくれたんだろ? お前がいなくなって俺は……いつもお前が後ろにいたってのにさ、声をかけて振り返っても、いつもいつもいないんだよっ! それなのに俺はアシュのこと忘れられなくてさあ、いつもいつもそこにアシュがいるつもりで、声かけちまうんだよっ! 振り返って、いないことに気付いて……何年経っても、何十年経っても、アシュがいなくなったことを受け入れられないんだよっ! これはよう、アシュ、お前の呪いなのか!?」


 セインは喋っているうちに徐々にヒートアップしていき、しまいには頭を掻きむしりながら叫んでいた。


(怖い……この人。でも、怖いよりも……可哀想……)


 セインを見て、チャバックは思う。


 自分が興奮して喚いていた事に気付いたセインは、大きく深呼吸して、気持ちを鎮める。


「アシュ……いや、勇者なんだろ? じゃあさっさと剣を取って戦えよ」


 セインがチャバックを見て、静かに告げた。


「お前が何で――そんなにビビって震えているような――アシュみたいなお前がさ、何で勇者として祀り上げられているのか、事情はさっぱり知らないよ。でも、お前は魔王様を屠るため、ここに乗り込んできた勇者なんだろ? だったら――怖くても剣を抜け。戦え。アシュだってな……臆病で弱虫でどうしょうもない奴だったけど、いつも戦っていたんだよ……そして最期に……俺の命令に逆らって……死んじまったんだ……」


 喋っているうちに、セインの声から次第に力が失われていく。悲痛に溢れたトーンに変わっていく。


 チャバックは再びアシュの絵本を思い出す。


(アシュはセインが死ぬのが嫌だったんだ。自分が死んでもいいからセインを助けたいほど、セインのことが大事だったんだ。そして……そんなアシュを失ったことで、セインはずっとずっと悲しんだまま……)


 こんな相手と戦わなくちゃいけないのかと意識して、チャバックはこの場から逃げ出したい衝動に駆られたが、すぐにその想いを振り払った。


「わかったよ。オイラ……戦うよ」


 チャバックが剣を抜く。それと同時に、チャバックの体に食い込んだ複数の命の輪が、仄かに光りだした。

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