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32-27 魔王だから許される

 最大限に膨れ上がった連合国軍は、魔王城に向かって進軍していた。


「この世界に入ってからもう何日になるかな?」


 ノアが歩きながら疑問を口にする。


「三週間以上経ってる。こんなに長く人喰い絵本の中にいたのは初めてだよ」


 隣を歩くユーリが言った。


「歩いているだけの時間が長いね。一日中。しかも埃っぽい。環境最悪」

「何十万の兵士と一緒に進軍だもんね」


 不満を口にするノアに、苦笑するユーリ。


「早く帰りたいよう……。こんな世界……戦争の世界なんて嫌だ」


 うつむき加減になって歩きながら、チャバックが弱音を吐く。


「ミラジャの言葉を信じるなら、次で最後の決戦になるみたいだし、頑張ろ」


 スィーニーがチャバックの頭をぽんぽん叩いて励ます。


「先輩、俺の頭あんな風に叩いて」

「え? 何でさ」


 ノアに要求され、ユーリは戸惑う。


「あれをやられると俺、凄く落ち着いたような。ムルルンが昔よく俺にやってたって言ってた」

「そっか。でも今落ち着く必要あるの? 落ち着いてないの?」

「先輩、俺にあれやるのが嫌なの?」


 むっとした顔になるノア。


「いや、そういう話じゃなくてさ……」

「歩いてばかりでストレスたまってるから、あれで落ち着きたい」

「わかったよ。はい、ぶっひんぶっひん」

「それサユリの豚にやる奴っ。もうちょっと心込めてよっ」


 ユーリにぞんざいに頭を叩かれて、笑いながら要求するノア。


 一方、チャバックは落ち込みっぱなしだった。


(チャバック、こんなことに付き合わせて、辛い目に合わせてごめん。でももう少しで終わるよ。最後の戦いになるんだ。だから頑張って)


 チャバックの頭の中で、ネロも励ましてくる。


(ううう……わかったよ)


 落ち込んでいるより前向きになった方が楽になると判断し、チャバックは顔を上げた。


(頑張ってなんて言うだけで、無責任だけどね。僕の代わりにこんなことさせちゃってさ。そして僕は応援することしか出来ない。実に歯痒いもんだ)


 ネロの言葉を受け、チャバックはネロに意識を傾けた。


(ネロもオイラと一緒に戦って)

(もちろんそのつもりさ)


 チャバックに声をかけられ、そこに確かな決意を感じ、ネロは嬉しそうにえなずいた。


「ところでこれ、勇者と魔王が戦って、物語通りに勇者が魔王を倒したらそれで終わり?」


 ノアが疑問を口にする。


「そんなシンプルな話だとしたら、つまらない物語に隋分と大掛かりに手間をかけさせたもんだと、ダァグ・アァアアのセンスの無さを疑うね」


 続けて口にしたノアの発言に対し、そんなわけはないとユーリは思う。


「それだけなら、リメイクする理由も無い。チャバックを勇者の役にしたことに、何か狙いがあると僕は見ている。そもそもチャバックが呼ばれるのが三回目だし」

「そっか。やっぱそうだよね。何があるのか知らないけど、手間かけ過ぎ時間かけ過ぎだよ」


 ユーリの考えに納得しつつ、なお不満を口にするノアだった。


***


 連合国軍の中に、魔法使いの格好をした少年と少女がいた。


「この世界に入ってから随分経つなあ。もう何日めだ?」


 軍隊と混じって行軍しながら、ボロボロの赤い帽子を被り、同じくボロボロの赤いマントを羽織った少女が、うんざりした様子で問う。


「三週間過ぎだよう。お兄ちゃんはちゃんと数えていたからねえ。よかったねえ、アザミ」


 白い中折れとんがり帽子に白マント、他も白一色の服装の少年が、甘ったるい口調で答えた。


「そんな程度で恩着せがましくすんな。馬鹿兄貴が」


 赤い魔法使いアザミ・タマレイが、白い魔法使いシクラメ・タマレイに向かって毒づく。


「こっちに来てからひたすら歩いてばかりだぜ。物語のスケールがデカい分、引きずり込まれた奴は移動に苦労するってことかよ。んで、やっと勇者の軍に合流できたと思ったら、次が最後の決戦だとよ。ケッ、しかもそこからもまた歩き歩き」


 アザミは人喰い絵本に入るのは初めてではない。K&Mアゲインを作るまでは、ア・ハイの魔法使いの一人として、人喰い絵本に対処する役割も果たしていたし、その際に何度も入っている。だがここまで長い期間絵本の中に入った事は無いし、しかもその間、これといった出来事が無い状態で、実に無為な時間を過ごしているよう、感じられる。


「一度頭の中に絵本が流れただけで、特に面白いことは何もねーな」

「チャバックはどこにいるんだろうねえ」


 二人が絵本の中に入った目的は、チャバックだった。彼が人喰い絵本に狙われているということで、もしまたチャバックが人喰い絵本に引きずり込まれたら、同じ人喰い絵本に入って、チャバックと人喰い絵本の繋がりの謎を調べるつもりでいたからだ。


***


 魔王城。アルレンティスの私室。アルレンティス=ビリー、ディーグル、そしてミヤの三名がいる。


「色々改変されていやがる。魔王軍がかなり強めに設定されてるわ。俺の知る戦いでは、魔王軍が追い込まれるまで、もっと早かったぜ。なのによ、このリメイク世界では、勇者サイドがかなり苦戦していたし、時間がかかった」


 ビリーが言った。


「こちら陣営にいて平気なのでしょうか? ユーリとノア、それにスィーニーとチャバックも勇者サイドで、しかも勇者の役はチャバックという少年がなっていますよ」


 ディーグルがミヤの方を向いて確認する。


「魔王サーレとその配下がチャバックを殺そうとしたら、阻止せねばならん。そして勇者側がサーレを殺害しようとした際にも、止める必要がある」


 ミヤが言った。


「魔王サーレを護る必要はあるのですか?」

「へっ、サーレが殺されちまったらよー、リメイクする意味が薄くならねーか? それじゃ前と同じ結末ってね。ミヤ様はその辺も考えておられるのさ。サーレが殺されて終わる以外で、物語がいい感じで終わる算段をよ。ミヤ様だからこそ、そいつは考えつく方法とも言えるかもな」


 ディーグルの疑問に対し、ミヤではなくビリーが答えた。


「なるほど。ビリーにしては考えていますね」

「まあビリーの言う通りだが、知った風な口の叩き方気に入らないね。マイナス1ポイントだ」

「え~? そりゃねーぜミヤ様。暴言吐いたわけでも間違ったこと言ったわけでもねーのによー」


 ミヤのマイナスの仕方に、ビリーは落ち込む。


(ミヤ、あの人のことを助けるつもりでいるのね。ありがとう。嬉しいわ)


 イヴォンヌが声をかける。


(お前のために助けるわけでもないけどね。この件の仕掛け人であるダァグ・アァアア達の目論見を見抜くには、ある程度はあいつらの思惑通りに踊ってやらなくちゃならない)

(今は何もわからないのね?)

(そうでもないさ。おぼろげながら見えていることがある。何、儂に任せておきな)


 イヴォンヌを安心させるように言うミヤ。


「アルレンティスの物語はおそらく終わった。あとは儂とチャバックにまつわるストーリーだ。そして儂が何故今このポジションにいるかと言われれば、すべきことがあるからだよ。それが何であるかもわかる。前世代魔王と最も近い場所に、次世代魔王がいるんだよ? 破滅の運命から救わんとすることこそが、物語の流れとしては自然じゃないかい?」


 ミヤが肉声に出して言った言葉は、ディーグルとビリー相手だけではなく、イヴォンヌに聞かせる意識も働いていた。


「サーレが救う価値の無い屑だったら、話は違っていたけどね。しかし、あ奴は儂と似ておるのよ。こう言えばわかるだろう?」

「なるほど……」

「よーくわかるぜ」


 どこか茶目っ気を孕んだミヤの物言いに、しかしディーグルとビリーは曇り顔になっていた。


「助ける方法は、ロジオと同じやり方ですか?」

「さてね。その時になってみないと、わからないよ」


 ディーグルが尋ねると、ミヤはキャットスマイルを浮かべて、心なしかとぼけた口調で言った。


(そっかー。ミヤはサーレと同じなんだ)

(まるっきり同じとは言っとらん。似てると言ったろ)


 イヴォンヌが親近感を抱くが、ミヤは訂正した。


(いずれにしても哀しいよね)

(お前はその哀しさをサーレ一人に背負わせたくなくて、サーレと共にする覚悟を決めたんだね)

(ミヤにはそういう人いなかった?)


 ミヤが指摘すると、イヴォンヌが問い返してくる。


(目の前の二人と、他にもブラッシーって奴が、儂についてきてくれた。それともう一人――儂には親友がいてね。そいつが儂を救ってくれたのさ)


 ミヤが答えたその時、ノックの音がした。ディーグルはすぐに隠れる。


 やってきたのはサーレだった。


「おや、イヴォンヌ――ではなかったね。ミヤもいたのか。クロードがどこにもいないんだけど、アルレンティス、知らない?」

「知らねーな」


 サーレの問いに、素っ気なく堪えるビリー。


「丁度いい。ミヤにもイヴォンヌに伝えて欲しいことがあるんだよ」


 ミヤの方を向いてにっこりと笑うサーレ。


「サーレ、イヴォンヌにもお前の声は届いているから、イヴォンヌのつもりで語りかけても構わないよ。儂もイヴォンヌの言葉を伝えてやるし」


 と、ミヤ。


「俺は席を外しておこーかい?」

「いや、別にいても構わんだろ」


 気遣うビリーに、ミヤが告げた。


(じゃ、まずこっちからっ。ミヤはサーレの味方してくれるから信じてって伝えて)

(それを儂の口から言わせるのかい。こっぱずかしいね)


 イヴォンヌの要求に、ミヤは難色を示す。


「舞踏会の準備が出来たんだ」


 サーレが嬉しそうな笑顔で告げると、ミヤの中でイヴォンヌの喜びの感情がダイレクトに伝わってくる。


「最後の戦いの前に踊っておこう」

「まるで死亡フラグだね」


 思わず笑ってしまうミヤ。


「脂肪フラグ?」

「ん? この世界では無い言葉だったか。しかも補正変換もされないときた。説明は面倒だから、今のは聞かなかったことにしな」

「そっか。よくわからないけどわかった」

「魔法で一時的に体の操作権もイヴォンヌに渡すよ。これならちゃんとイヴォンヌと踊っていることになる」


 そう言ってミヤは魔法を発動させる。


「わー、久しぶりに体が戻ってきたー」


 はしゃぐイヴォンヌ。


「サーレーっ」


 弾んだ声と共に、イヴォンヌがサーレに抱き着く。


「ちょっとイヴォンヌ、ビリーも見てるんだからさ」

「俺の部屋でいちゃつくとは、魔王様とその妃様は節操無ねーこって」


 サーレが困り顔になり、ビリーがからかう。


 三人が舞踏会会場へと移動する。魔族達が着飾って集まっている。


「うわあ……あの王宮と同じ舞踏会会場だあ」


 目の前の風景を見て、感動するイヴォンヌ。人間ではなく魔族という大きな違いはあるが、会場の構造などは、完全にかつて二人がいた王国の舞踏会を再現している。


(記憶を掘り返す魔法を駆使したんだろうが、これは中々大変だったはずだよ)


 ミヤは思う。


 そして舞踏会が開催される。演奏が行われ、魔族達が踊る。


「やーっと夢がかなったわー。うほほーいっ」


 イヴォンヌはとても嬉しそうに、とても満足気に、サーレと踊っていた。


「ところでイヴォンヌ。何でそんなに舞踏会をしたがったの?」


 イヴォンヌの手を取って踊りながら、サーレが尋ねる。


「えー? それ聞くのー?」

「聞いたらいけないことなのかな? そんな踊るの好きなの?」


 悪戯っぽく微笑むイヴォンヌに、サーレが不思議そうに尋ねたその時――


「連合国軍が見えました!」


 無粋な伝令の報告に、ざわつきと共に舞踏会が中断された。音楽も止まる。参加していた魔族達の表情も固まる。


「サーレ……」


 不安げにサーレを見るイヴォンヌ。


「皆、狼狽えなくていい。舞踏会は続けよう。勇者軍の登場如きで、せっかくの催しを潰すこともない」


 満面に爽やかな笑みを広げたサーレが告げると、演奏が再開される。


「本当にいいの?」


 踊りを再開するサーレに、イヴォンヌが尋ねる。


「別にいいよ。戦いに少しくらい遅れても。魔王なんだし」

「何それ。魔王なのは関係あるの?」

「大ありだよ。魔王だから、戦をそっちのけで、愛しい妃との大事なひと時を優先することも許されるのさ」


 微笑むイヴォンヌに、サーレも微笑み返して言い切る。


「意味わからなさすぎるけど、サーレらしいわ」


 うれし涙が出そうになるのを堪え、イヴォンヌは笑顔を維持しようと努めながら踊っていた。

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