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32-25 宝石百足はしっかりと働いていた

 ミヤとサーレは、ヴ・ゼヴウの陸軍と連合国軍の戦いを、映像で見ていた。


「イヴォンヌ、勇者は力を出し惜しみしているようだね。あの力をもう一度披露すれば、攻略法も見いだせるかもしれないのに、残念。こちらの目論見を見抜いたのは、抜け目ない軍師として名高い聖女ミラジャかな」


 こちらの目論見が見抜かれて警戒され、思い通りにいかない状況にも関わらず、それを楽しむかのような口振りのサーレ。


「敵の切り札を最初から見切ってしまうのも、確かに味気ないものだね」

「そうそう、それだよ。流石はイヴォンヌだ」

(うんうん、それそれ。流石はミヤね)


 ミヤの台詞を聞いて、サーレとイヴォンヌが同時に感心する。


「ところで君は――イヴォンヌではないよね?」


 唐突に真実を言い当てたサーレだが、ミヤは少しも動じなかった。


「今更気が付いたのかい? いや、気付くきっかけがあったようだね」


 ミヤが壁の天井近くに視線を向ける。次元が一つズレた場所に、キラキラ光る白い玉が設置されていた。


(あれのおかげで、儂がイヴォンヌと重なって見えたようだね。誰の仕掛けだい、これは。ああ……宝石百足か)


 白い玉を解析して、正体を見抜くミヤ。しかし別段気に留めなかった。


「何故かな? 最近たまに君が猫に見えるね。イヴォンヌと猫が重なって見える。どういうことかな」

「ふん。猫だからね。今更気付いたのかい」


 サーレが指摘すると、ミヤはあっさりと認めてしまった。


「しかしイヴォンヌの気配も色濃く感じる。そしてとても安定している。どういうことかな。よくよく見れば、強い魔力も感じる。そして悪意の類も全く感じない。何者なのかな? どういう意図でイヴォンヌの体を乗っ取っているの?」

「確かにイヴォンヌを乗っ取る形にはなっているけど、イヴォンヌを苦しめる形ではないからさ。このようなことになったのは、儂とて本意ではない。話せば長くなるが、気付いてしまったからには話すとしようかね」


 魔王軍と連合国軍の戦いを見物しながら、ミヤは人喰い絵本のことに関して語った。別の世界からやってきた者達がいることも、自分達が吸い込まれたことも、イヴォンヌの役にされている事も話した。しかしミヤ自身のことは全て明かさなかった。ただ、人喰い絵本に対処している魔法使いとだけ告げる。


「この世界が絵本の中だとか、ミヤが違う世界の住人だとか喋る猫の魔法使いだとか、とても面白い話だ。でももしかしたら、全ての世界がそうであるのかもしれないね。幾つもの世界があって、それらは誰かが創って誰かが観ている物語で、観ている側も創っている側も、実は誰かに創られて観られている世界とかさ」

「儂もその可能性は考えたよ」


 サーレの考えにミヤは頷いた。


(ねね、ミヤも魔王であることは伝えないの?)

(それは今言わんでもいいだろう。言わないままでもいいし)


 尋ねるイヴォンヌに、ミヤが答える。


「猫と踊れるかな?」


 サーレが悪戯っぽい笑みを浮かべて、そんな疑問を口走る。


「舞踏会を開いて、イヴォンヌと踊る約束をしていたんだ。忙しくてずっと先延ばしにしていたけどね」

「儂とイヴォンヌは感覚を共有しているさ。儂と踊ればイヴォンヌにもちゃんと伝わる」

「でもイヴォンヌが踊っていることにはならないね。うーん……」

「その時は儂が魔法で、一時的に体の操作権をイヴォンヌに渡してみるよ。どれくらいもつかわからないけどね」

「ありがとう。よろしく頼むね。ミヤ」

(ミヤ、ありがとさままま)


 ミヤが申し出ると、サーレとイヴォンヌは心底感謝した。


***


 ヴ・ゼヴウの陸軍の中にも有翼魔族はいる。飛べる魔物と一緒に、空から攻撃も仕掛けてくる。

 勇者軍は空の敵のみ狙い、迎えうつことに専念していた。連合国軍は地上の魔族と戦っている。


「兄さん、お疲れ?」


 荒い息をついているキンサンに、ウスグモがからかうように声をかける。


「へっ、何の何のこれしき。どんどん来やがれってんだ。べ、べらぼうめ」

「強がるくらいの元気はあるみたいね」


 汗だくで強がるキンサンを見て、微笑むウスグモ。


「そろそろ私達も限界が近いわ。後退して少し休憩しましょう」

「敵はまだいっぱいいるが、仕方ねえ」


 自分達が抜けたら、さらに魔族達は勢いを増してしまう。それはわかっているが、このままでは力を使いすぎて倒れてしまうので、ウスグモとキンサンは後退を余儀なくされた。


「思ったより奮闘しているな」


 ミラジャが戦場を見渡して言う。その奮闘の理由はわかっていた。人類側は、負ければ後が無いという思いで戦っている。精神的な後押しが、個で勝る魔王軍相手に食らいついている。


(それだけじゃない)


 ユーリは魔法で戦場の細部もチェックし、ある物の存在に気が付いていた。


(セントの仕掛けが働いている)


 最前線のあちこちに、次元を一つずらした場所に、光る白い玉がある。それは宝石百足がこっそりと仕掛けているものであると、ユーリは見抜いていた。それらは連合国軍の兵士達の力を大きく引き出している。


(潜在能力を引き出す程度の効果なら、気付かれにくいってことか。そしてセントは人間サイドについて、パワーバランスを取ろうとしている)


 先程現れたジットクとカンザンもそうだった。嬲り神の手足である彼等は、チャバックを抑えようとしたのは、チャバックの力をこれ以上乱発させまいとする判断だ。つまるところ、嬲り神も宝石百足も、勇者と魔王が一騎打ちになるように干渉している。


「良いぞ良いぞ! やはり人間達は侮れぬ!」


 魔王軍陸軍を率いるヴ・ゼヴウは、連合国軍の粘り具合を見て、上機嫌であった。


「やはり人間は優れた種族だ! 素晴らしい種族だ! 単なる肉体的な力や魔力では、魔族に劣るかもしれん。だが、団結力と精神力と創造力と爆発力は目を見張るものがある!」


 目をきらきらと輝かせて、敵である人間を精一杯称えるヴ・ゼヴウに、将軍達は苛立ちも呆れも通り越して、空気のように無反応だった。これが昔からのヴ・ゼヴウなので仕方が無いと、諦めきっている。


「ヴ・ゼヴウ様! ボロォン軍が後方から奇襲されています!」

「後方からだと!?」


 伝令の報告を受け、ヴ・ゼヴウは上機嫌から一転、驚愕に目を剥いた。


「何も無い所から大人数の兵士が現れたとのことです!」


 伝令も信じられないといった顔で報告する。


「総司令! ポロリ軍が人間の軍と交戦に入りました! 何処かに潜んでいた大軍が、いきなり襲いかかってきたとのことです!」


 さらに別の伝令から、同様の報告がなされる。


「ヴ・ゼヴウ将軍に伝令! 何も無い空間から人間の軍隊が湧いて出て、ヴルンヴルン師団が奇襲を受け、半壊しておりますっ!」

「ヴ・ゼヴウ様ーっ! 我がウィンナー遊軍が人間達に襲われて壊滅状態ですーっ!」


 さらに二つ、計四つの奇襲報告がなされた。


「後方から――しかも何も無い場所から人間の軍が出現し、奇襲だと?」


 顎髭をいじりながら、ヴ・ゼヴウは思案する。


「透明化の魔法で潜んでいたのか? それとも空間転移したのか? いや、しかし軍隊まるごとそのような魔法をかけるなど……」


 ヴ・ゼヴウが唸る。不可能とは言わないが、途方も無い魔力を消費する。あるいは事前の準備が必要だ。現実的とは言えない話だ。


 同じ報告は、勇者側にももたらされていた。


「ミラジャ様! 魔王軍の後方に、これから合流する予定だった四国の軍隊が現れ、同時に奇襲をかけました!」

「何!?」


 伝令の報告に、ミラジャは驚いた。完全に寝耳に水だ。


(そんなことをするなら、事前に報せるくらいのことはしそうなものだが、いや、情報漏れを恐れたのか?)


 ミラジャが推測するが、答えはわからない。


「魔王軍の部隊もチェックしていたけど、軍隊一つが転移してきたよ。空間が大きく裂けて、その中から現れた」


 ノアがユーリの耳元で囁いた。


「どの辺り?」

「えっとね、念話で伝えるね」


 ユーリが尋ねると、ノアはユーリの頭の中に自分が見た映像を送り、場所を示す。

 ノアに伝えられた場所に向けて、ユーリは遠視の魔法を発動させる。確かに人間の軍団がひしめいている。相当な数だ。


(やっぱりあった)


 人間の軍の後方に、ユーリはそれを見つけた。多分それがあるのではないかと、思っていた。


 ユーリの遠視は、次元が一つズレた場所までチェックしていた。複数の白く光る玉が、空中に固定されている。


(こんなに大量の人間を転移させる門を維持するのは流石に骨が折れたわ)


 宝石百足がユーリの頭の中に現れ、話しかける。


(セント、陰で頑張っていたんだ)

(ええ。出来る範囲でね)


 ユーリが労いの意を込めて言うと、セントは笑みを含んだ声を漏らした。


 その後、魔王軍陸軍は前後を挟まれる格好となり、見る見るうちにその数を減らしていった。


「このままでは被害が拡大するだけだな。撤退! 撤退だ!」


 総崩れとなる前に、ヴ・ゼヴウは退却の判断に至った。


 空いている側面から逃げていく魔王軍に、連合国軍は適度に追撃をかけはしたものの、深追いはしない。


「勇者様、締めをよろしくお願いします」


 魔王軍が完全に逃走した所で、ミラジャがチャバックを促す」


「オイラ達の勝ちだよーっ!」


 ヤケクソ気味に大声で叫ぶチャバック。それに呼応して、連合国軍の勝ち鬨が伝播していき、平野に大合唱が谺した。


 その後、新たに加わった四国の連合国軍の指揮官が本陣に現れ、どのような経緯で魔王軍の後方に突然出現したのかを語った。


「キラキラ光る白い玉が無数に出現し、魔王軍とこれから戦うようにと、全員の頭の中に声が響いたんだ」

「我々もだ。その後巨大な空間の穴が開き、穴を通った先で魔王軍と連語国軍が戦っていたので、すぐに戦闘を仕掛けたという運びだ」

「あ、うちもそれだ」

「我が国もですよ。勇者様の導きかと思ったが違うのですか?」


 四国の指揮官達の話を聞いて、ミラジャ達は首を捻る。


「どこかの何者かが、我々に味方してくれているようだ。ありがたい話ではある」


 ミラジャは推測する。自分達に力を授けたあの図書館亀か、それに連なる者の仕業ではないかと。彼等にとっては、この戦争で人間側が勝つことを望んでいるのではないかと。

 それならこちらも利用するまでだと、ミラジャは腹をくくる。いや、そうするしかない。


(勇者側に加担して、魔王側を追い込む形に誘導しているってことは、セントは勇者が魔王を倒すストーリーで終わらせたいってこと? 絵本を見た限り、魔王が主人公だったけど)


 ユーリはミラジャと似たような疑問を抱き、それを頭の中で宝石百足に向かって、ストレートにぶつける。


(私はそんなことを望んでいないわ。でも、それがわかっている終わりの一つ。前回と同じ結末になれば、絵本は終了するでしょう。ダァグ・アァアアや嬲り神は、異なる結末を望んでいそうだけどね)


 宝石百足は答えた。


(嬲り神も私の動きを察知して、私の仕掛けを解除して回っている。だから自分の代わりにカンザンとジットクを差し向けてきたのよ)

(でも勇者と魔王を戦わせるまでにもっていきたいのは、セントも嬲り神も同じだよ?)

(ええ、その点だけは同じよ。このリメイクされた世界は、ダァグ・アァアアが色々といじったおかげで、そして貴方達を呼び込んだおかげで、魔王と勇者が対面できるまで到達できるか、どうか怪しくなってきたからね)

(なるほど……)


 漠然とではあるが、ユーリは理解した。話をいじったら、話の整合性が合わなくなって、あるべき形の物語にならないがために、嬲り神や宝石百足が話を整えているのだろうと。

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