32-24 先に言え
空間の狭間。ダァグ・アァアアと嬲り神は無数の映像を映し出し、それぞれに目をやってチェックしていたが、やがて二人の視線が一つの映像に向けられた。
映像の中では、ユリーとノアとチャバックとスィーニーが、ジットクとカンザンと向かい合っている。
「彼等はあの二人と初対面なんだっけ?」
「ああ、初お披露目だ~♪ めでてーこーとさー♪」
ダァグが尋ねると、嬲り神は上機嫌に歌う。
「ま、こっちが忙しいから、あいつらにお出まし願った次第だぜ」
喋りながら嬲り神は視線を映し、さらには映像の幾つかを切り替える。
「お、発見発見~はーっけん♪」
キラキラ光る白い玉を見て、喜びの声をあげる嬲り神。
映像の中の白い玉が消滅する。
「つーかよ。宝石百足のこれは、明確な反逆行為なんじゃねーの?」
嬲り神が影像を切り替えながら問う。
「うん、僕の意に反しているのは確かだよ。でもね、僕が明確に禁じた行為でもない。彼女は僕の命令には絶対に従うけど、僕の行いに否定的な思想を植え付けて、僕や嬲り神の行動を抑えるために創った」
「はははは、あいつはアンチテーゼか。つーかそんな目的で創った奴を俺に――いや、これは言わねー方がいいな。俺が余計にみじめになっちまうぜ」
ダァグの話を聞いて、嬲り神が笑う。いつもと異なり、無理して笑っているかのようにダァグには思えて、痛々しく感じる。
「これは実験だよ」
ダァグが呟く。
「偉大なる実験か?」
「偉大かどうかは僕にもわからないけど、とにかく実験だ」
皮肉っぽく尋ねる嬲り神に、ダァグは答えた。
***
戦いの火蓋は、カンザンとジットク側から切って落とされた。
カンザンの巻物が大きく広がり、巻物に書かれていた文字が光り輝く。
何らかの力の作用が働いたことは明らかだった。ユーリとノアは急ぎ解析の魔法をかける。
(不味い。広範囲に力が広がっている)
(チャバックのいる位置にも及んでいる)
ユーリとノアは反射的にチャバックの方を向いて、安否を確かめようとした。
「え?」
「あれ?」
ユーリとノア、二人して呆気に取られる。二人とその呆気に取られた顔を、互いに見合わせていた。
さらに解析を行い、自分達も力の効果範囲内にあり、影響を受けていることを知る。
「方向感覚が狂わされている! いや、視線を変える度に狂う!」
先にユーリが、カンザンの巻物が如何なる作用をもたらすか見抜き、周囲に聞こえるように叫ぶ。
「チャバック、力を使っちゃ駄目よ。方向感覚が狂わされているから、この状態で勇者の力をぶっ放したら危険なんよ。連合国軍に当てかねないわ」
「わ、わかった……。やらないっ」
スィーニーに注意され、チャバックは直立不動のポーズを取る。
「そこまで動きを止めなくてもよかろうものよ」
カンザンがチャバックを見て笑う。
「ほーいっ!」
ジットクがかけ声と共に箒を振るう。その動きに合わせて無数の光の柱が降り注ぎ、ミラジャ、ユーリ、ノア、勇者軍を襲う。
多くの者が回避したものの、方向感覚を狂わされているせいで、回避後に他の者と衝突したり、転んだりする者が多かった。
かわせずに光の柱を受けた者は、倒れて呻いている。痛みと痺れで体を動かすことができなくなっている。しかし死者はいない。
「先輩。こいつらは俺達が相手を務めようか」
「それがいいね」
ノアがカンザンとジットクを見て言い、ユーリも二人の僧に視線を向けたまま頷いた。
二人は解除魔法を用いて、自身にかけられた方向感覚の操作は解除している。しかしカンザンの影響力は思いの外強く、自分の解除だけで精一杯だ。
「おやおや、嬲り神様のお気に入りの子二名が、あちき達を御指名とは」
二人の声が聞こえたジットクが、笑みを張り付かせたまま、ユーリとノアの方を向き、再び箒を振るった。
かなり太めの光の柱がユーリとノアのいる空間に落ちたが、二人は難なく左右に移動して回避する。
だがそれだけでは終わらなかった。光の柱はすぐには消えず、その場に残り続けている。
ジットクが箒を横に奮う。その動きに合わせ、光の柱から無数の電撃が放たれ、ユーリとノアに襲いかかる。
連続攻撃にも慌てず対処しようとした二人であったが、ノアの動きが途中で止まった。
「何これ……? あぁっ!」
戸惑いの表情を浮かべて動きを停止しているノアを、電撃が襲う。
「ノア!?」
ノアの悲鳴を聞いて振り返ったユーリが、倒れるノアを見て叫ぶ。
(このままだと先輩も危ない)
魔法で急速に回復を促しつつ、ノアはユーリに念話を送り、自分に何が起こったか、ユーリの頭の中で映像再現した。
ノアは光の柱を避けた直後、全面を石壁によって遮られ、閉じ込められた。魔力を纏って石壁に突っ込んでみたが、石壁は壊せなかった。戸惑っているうちに、電撃を浴びた。
(石壁が現れたわけじゃない。幻術の類だ。ノアの脳は壊せない石壁に閉じ込められたと認識した)
ノアが何をやられたか把握し、ユーリはカンザンを見た。
「おお、某の力に気付いたか。賢い子よ」
ユーリが自分の方を見てきたので、カンザンは笑いながら称賛する。
(方向感覚を狂わせるだけじゃない。その力を発動させたまま、さらに別の力も使えるのか)
ノアを幻術の支配下に置くなど、かなりの力の持ち主だ。
(でも幻術をかけたのはノアだけだった)
二人同時には幻術をかけられないのではないかと、ユーリは見なす。
ジットクが箒を振るう。光柱から、今度はビームがユーリめがけて連続で放たれた。
ユーリは魔力の盾でビームを全て受け流しつつ、素早く考えを巡らす。
(ノア、君は今幻術の支配下にあるけど、どうも敵は、複数の敵に幻術をかけられないみたい。敵が僕に幻術をかけたら、多分ノアの幻術が解けるから、その時はすぐに動けるように心構えを。あの巻物を持った方が、幻術使いだ)
(了解)
ユーリがノアに念話で考えを伝える。
ユーリが魔法を発動させ、小さな魔力の針を作り、ジットクめがけて飛ばす。小さい針に、ありったけの魔力を凝縮させ、刺さった瞬間に魔力を一気に解放して爆発させる、爆破式魔力凝縮針だ。
「見えにくい攻撃だが、あちきの目は誤魔化せないねえ」
ジットクが箒を振るう。光柱がジットクの目の前に降り注ぎ、魔力凝縮針は光柱に触れた瞬間に爆発を起こした。
「うぷっ」
爆破の威力は想定していたより強く、ジットクにまで爆風が届いた。ジットクが顔を覆い、体勢を崩しかける。
完全な隙を晒したジットクを見て、ユーリはさらに連続攻撃を繰り出す。魔力を波上にして幾重にも放出する。
「ほっほっほっ、やりおるのー」
カンザンが笑い、巻物を撫でた。巻物に書かれた文字が光る。
直後、ユーリは漆黒の闇の中で、両手足を含めて全身が鎖で雁字搦めにされていた。魔力の波のコントロールもできなくなり、攻撃が強制的に中断させられた。
(これは凄い……くるとわかっていても、抵抗できなかった。凄く強烈な幻術だ)
感心し、脅威に思うユーリ。
一方でノアは幻術から解放されていた。解放されるや否や、ユーリに言われた通りに、巻物を持つカンザンめがけて重力弾を放つ。
「うおっ!?」
幻術の対象をノアからユーリに変えた瞬間、自分にすぐさま攻撃が飛んでくるとは思わなかったカンザンは、ノアの魔法を避けられなかった。重力弾に押し潰され、地面にうつ伏せに突っ伏す。
「ほいっとなー」
ジットクがおどけた声をあげて、箒を振りかざす。光柱がノアめがけて降り注ぐ。
ノアは転移して光柱を避けた。移動して中途半端に避けても、電撃だのビームだのが放たれてさらに攻撃されるので、多少消耗してね、転移して大きく距離を取った方がよいと判断した。
ジットクの後方に転移したノアが、過冷却水を浴びせんとする。
「そりゃっ」
しかしジットクは自らに向けて光の柱を降らせて、柱の光でノアが放った過冷却水のビームを防いだ。
「やるなあ」
ノアが感心して微笑んだその時――
「そこまでよ」
空間の門が開き、宝石百足が現れた。
「カンザン、ジットク。貴方達は何のために現れ、堂々と干渉しているの?」
「あ、貴女のせいでありましょう。宝石百足様」
未だ重力弾で押し潰されたままのカンザンが答える。
「どういうこと?」
ノアが宝石百足に尋ねる。
「話す前にノア、悪いけどカンザンを解放してあげて。カンザンもすぐにユーリにかけた幻術を解きなさい」
「わかった」
「承知しました」
ノアとカンザンが頷き、それぞれ解除した。
(セント……来たんだ)
幻術を解かれたユーリが、宝石百足の姿を見て嬉しそうに微笑む。
「宝石百足様、何の目的で現れたかと聞かれましたな?」
「そこにいるミラジャの判断は正しいと言っておきましょうぞ。故に、チャバックにこの場で力を使わせぬためでありますよ」
カンザンとジットクが宝石百足の方を向いて、かしこまった口調で語ると、二人揃ってユーリとノア、そしてチャバックに視線を向けた。
「其方らは――チャバックは、忘れてしまっているのかね? 連合軍を組織した理由の一つは、魔王軍の地上主力軍団と戦わせるためでもある。その構図が成り立ったというのに、ここで勇者が闇雲に力を使うなど、本末転倒ではないか」
「勇者の力、幾度も安々と使うなかれ。先に一度使っているだけでも危うい。何度も使えば、魔王達に対抗策を練られてしまう可能性があるのだ。今は堪えよ」
へらへらと、にやにやと笑いながら、カンザンとジットクは、襲撃した理由を述べた。すでに方向感覚を狂わせる力も解除している。
「理には叶っているけど、なら先に口で言えば済む話。何で先に手出したの? 頭空っぽ?」
むっとした顔で問うノア。
「遊んでもよいと嬲り神様に言われていたでの」
「ほっほっほっ、もう少し楽しみたかったわい」
おどけた口調で答えると、ジットクとカンザンは姿を消した。
「チャバック、彼等の言うこともミラジャの制止も正しいと思う。ここは抑えて」
ユーリがチャバックの方を向いて言った。
「あうう……で、でもオイラが何もしなかったら、人が沢山死ぬんじゃ……」
「我慢しないで力を使って、その力を解析されて対策されたら、魔王の勝利になって、人類全滅だよ? 下手すればチャバックや僕達の身にも危険が及ぶ。だからミラジャの言葉に従って、魔王との戦いの切り札に取っておこう」
「わ、わかったよう……」
ユーリにも説得され、チャバックはようやく納得した。
「説得感謝する」
「いえ」
ミラジャが礼を述べ、ユーリはかしこまる。
「ミラジャ達に宝石百足は見えてない?」
ノアがミラジャを見て言った。宝石百足が現れているのに、その異形があっても、ミラジャも兵士達も一切反応していない。
「話がややこしくなるから、私達の姿は認識できなくしている。さっきのカンザンとジットクも、魔族が襲ってきて戦ったと、脳内変換されているわ」
言いながら宝石百足は、キラキラ光る白い玉を、女性の頭部の前に出現させた。
「これを渡しておくわ。嬲り神が気付いて解除して回っているけどね」
「これは?」
白い玉を受け取るユーリ。
「貴方達の力になるものよ。私は直接脱出の手引きは禁じられたけど、貴方達の支援全てを禁じられているわけじゃないわ。だから出来る範囲で貴方達の脱出の支援をする。ただ、私の行動も嬲り神に妨害されているけど」
宝石百足が言った。
「嬲り神とダァグ・アァアアの目的は……教えてくれないよね?」
期待せずに尋ねるユーリ。
「実験としか言えないわ。私も全容を理解していない。それどころか実験を行っているダァグ・アァアアでさえ、明確な目的があるかどうか疑わしいわ」
「面白半分で遊んでいるだけってこと?」
「そこまでではないと思うけど」
宝石百足は言葉を濁す。
「でも嬲り神が何に執心しているのかは、私にはわかる」
宝石百足がチャバックの方を向く。
「チャバックの魂の横軸であるジヘ。その魂の縦軸――前世は、嬲り神の親友だったのよ。名前はヨブ。でも、嬲り神も最初から気付いていたわけじゃないわ。わりと最近になって気付いたみたい」
「え……オイラが嬲り神の……」
突然真実を暴露され、戸惑うチャバック。ユーリ、ノア、スィーニーも驚いている。
「その親友を蘇らせたいとか?」
「それは無理でしょう。ただ単純に、かつての親友と同じ魂を持つ者だからこそ、嬲り神はチャバックを放っておけないんだと思うわ」
ノアに問いに答える宝石百足。
「ごめんなさい。教えられるのはここまでよ。ダァグ・アァアアに悟られた。これ以上は言えない。私の口からは言えない」
そう言って宝石百足は再び空間の門を開き、長い体を素早く空間の門の中へと滑り込ませて、姿を消した。




