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32-22 理屈より感情に振り回される生き物

 クロードの一族の襲撃によって、連合国軍は思わぬ被害を出した。


 二日かけて立て直した連語国軍は、いよいよ進軍を開始する。しかし兵士達の士気は低い。魔王軍の恐ろしさを思い知ったからだ。


「あんなとんでもない化け物が襲ってくるなんて……」

「我が国の師団が三つも壊滅したんだぞ。これは本当に勝てる戦いなのか?」

「人類存亡を賭けた戦いだ。やるしかない……のはわかっているが……」

「ぷにぷにっ」

「勝てるヴィジョンが見えねーよな。人がゴミのように薙ぎ払われていた」

「でも勇者軍が追い返したし、昨日の戦いは勝利でしょ」

「ケッ、勇者軍以外役立たずって証明されたも同然だぞ。俺達何のためにいるんだよ」


 行軍する何十万もの大部隊のあちこちで、不安や不満の言葉が囁かれている。


「てやんでい。連合国軍の奴等、すっかりしょげちまってらあ。どいつもこいつもしみったれた顔しやがってよう」


 連合国軍の様子を見てきたキンサンが、渋い顔で報告した。


「ま、彼等の役割は囮だから、士気が低くても問題無いでしょ」


 冷めた表情で切り捨てるウスグモ。


「向こうの兵士さん達は、自分達が囮にされることも知らないんだよね」

「知らんな。そんな事実を知ったら、余計に士気が下がるだろう。それが必要不可欠な重大な役割で、人類と魔族の戦いに勝利するための一翼を担うと、理屈でわかってもなお、感情で飲み込める者はそう多くはない」


 確認するチャバックに、ミラジャが無表情に語る。


「人間て、感情に振り回される生き物なんよ」


 と、スィーニー。


「そう。だから余計な情報を極力与えず、士気を維持させたまま戦って欲しかったが、一昨日のあれで一気に崩れてしまった」

(管理局と似たような発想じゃんよ。組織のトッブや中枢って、皆こんなんばかりなん?)


 冷めた目で話すミラジャに、スィーニーは苛立ちを覚える。


(チャバック、君を嫌な気分にさせることばかりでごめんよ)


 ネロがチャバックに謝罪する


(ネロが謝ることじゃないよう。ネロ達はこんな大変な世界で頑張ってる。こうするしかない世界で……)

(戦争って嫌なものだよね。でもその嫌なものから、逃げるわけにはいかない)


 チャバックの気持ちを理解したうえで、ネロは決意を込めて言った。


(逃げようと思えば、多分逃げられる。自分以外の誰かが何とかしてくれると思って、戦わない道もある。それは悪いことではないと思う。例え魔王軍に敗れても、魔族に見つからないよう、捕まらないように、逃げ回って生きるのもアリだと、僕は思っている)

(でもネロは……自分で立ち向かう道を選んだんだよね?)

(うん。でもさ、ただ正義感だけで勇者を名乗ったわけでもないんだよね。僕はそんなに御立派でもないんだ。目立ちたかったから。英雄と呼ばれてチヤホヤされて、語り継がれたかったからっていう、下心の方が強かったよ。最初はね)


 ネロの声に照れるようなトーンが混じる。 


(最初はってことは……)

(僕は冒険者だったからね。富も名声も欲しかった。でも冒険者だから、人助けもしなくちゃって思いもあったし、勇者を名乗って活動するようになってからは、そっちの気持ちが強くなっていったよ)


 ネロの話を聞いて、今度はチャバックが恥ずかしくなった。自分とネロを比べてしまった。申し訳なくも思った。


(オイラ、そんなネロの体を乗っ取って……しかもこんな臆病でダメダメなオイラで……)

(チャバック、君が僕になったことには、きっと意味があるんだと思う。悪く考えちゃ駄目だ。少なくとも僕は、君のことを認めているよ)


 ネガティブ思考なチャバックに対し、ネロは肯定的な姿勢を示し続けた。それは決して、ただの慰めでも励ましでもない。偽りなき本心だ。そもそも心が繋がっている状態なので、互いに偽ることは出来ない。


***


・【偽りの聖女ミラジャ】


 ミラジャはランス・オフ王国の騎士として生まれた。

 騎士として、人として生まれる前は魔族だった。ミラジャは魔族の時も騎士であり、人間達と戦い続ける日々に明け暮れていた。


 ある時、ミラジャは仲間達に見捨てられ、敵陣の中に単身取り残された。

 突出しすぎたミラジャ自身にも責任はあったが、我が身可愛さにさっさと逃げ出した味方達に、ミラジャは怒りと呆れを同時に覚える。

 それだけではない。ミラジャを見捨てて帰った同胞の魔族達は、ミラジャが自分達に復讐してくるのではないかと恐れ、あらぬ噂を吹聴してまわった。ミラジャが人間達と内通していると。

 這う這うの体で帰ったミラジャを、魔族達は滅多打ちにして殺した。


 魔族に殺されたミラジャは、同胞を呪うがあまりか、記憶を持ったまま、ランス・オフ王国に人間に転生する。


 ミラジャは人間として育ち、騎士になったが、ここでも前世と同様の裏切りを行われた。ランス・オフ王国から与えられていた調査任務をこなしている最中、危険な環境へと送り込まれてしまった。国側はその失態を隠すために、救助隊を出さず、ミラジャの存在を記録上から抹消したのである。

 ランス・オフ王国に帰還したミラジャは、また前世と同じことが行われたと知り、絶望する。今度は殺されるようなことは無かったが、すでに社会的に抹殺された後だった。騎士のリストに、彼女の名は無かった。

 実家に戻ったミラジャは、家族になじられた。自分のせいで調査隊を全滅させたのだろうと言われた。


 ミラジャはすっかり絶望し、酒場に入り浸り、荒れた生活を送るようになる。


 そんなミラジャに手を差し伸べたのが、ネロ達であった。


 冒険者としての生活は、ミラジャの心に潤いを与えた。最初はネロのことも疑っていたミラジャであったが、ネロは決して裏切らないと信じることが出来た。


 だが、ミラジャの中から暗い感情が消えてわけではない。


 やがて魔王と名乗る者が現れ、世界を荒らす。

 勇者を名乗る者も現れまくるが、全て魔王に殺されていった。


 ミラジャは魔族に復讐するチャンスだと考えたが、魔王の力は圧倒的で、とてもかなうものではない。


 そんなミラジャが、不思議な場所に呼び出された。膨大な量の書物が並ぶ。超巨大図書館。

 そこでミラジャは、直立したゾウガメと出会う。モノクルをかけ、見たことのない衣装に身を包んでいるそれは、自らを図書館亀と名乗った。


「小生の実験に協力してくれるのでしたら、貴女達に魔王と戦える力を授けますよん」


 図書館亀のその提案に、ミラジャは飛びついた。


 ミラジャは謎の天啓を受けたという事にして、ネロ達を導く。魔王討伐にかこつけ、魔族に復讐するチャンスだと思ったミラジャは、ネロを焚きつけ、勇者に祀り上げることを考えた。


 そしてネロ達は、力を手に入れる。同時に、大量の命の輪も発見した。それが何であるか知ったうえで、勇者軍を組織して装着させていった。

 ミラジャは聖女と自称しているが、それはネロを勇者として祀り上げ、利用するに適した設定だと思ってやっているに過ぎない。ミラジャは偽りの聖女である。


***


 魔王城内、アルレンティスの私室。


 ディーグルの頭の中に、映像が流れた。絵本世界に入ると頭の中に映し出される絵本だ。


(聖女ミラジャ――彼女のエピソードがここで流され、勇者達のルーツが明かされるとは。これも人喰い絵本の創造主とやらの計らいですか)


 ディーグルが横にいるアルレンティスを見やる。


「へっ、精霊さんの時と同じかよ。途中で絵本が乱入してきやがる現象だ。しかも図書館亀が絵本のストーリーに出現するとは、これまた驚きだぜ」

「おや、ビリーに代わったのですか」


 粗野な口調で話す青年――アルレンティス・ビリーを見て、ディーグルが微笑む。


「ミラジャが人間になってから国に裏切られたのは嘘だと思ったが、そっちも事実だったのかよ」


 ビリーは――というかアルレンティスの人格全員、ミラジャが人間の国に裏切られたのは、魔族に裏切られたことを隠すための設定かと思っていたが、そちらも真実であり、実はダブルで裏切られたという話だった。


「ミラジャって奴、アホ親父にも似ているし、魔王になる前のサーレとも被っていやがるな」

「この物語は、どこか似ている者、共通する過去を持つ者が何人か描かれているようですね」


 ビリーの台詞を聞き、ディーグルが言う。


「魔王軍のナンバー2のアホ親父、今の絵本の勇者軍のナンバー2の聖女様。どっちも自分の都合で、自分にできねーことをしたくて、それぞれ魔王と勇者を生み出したってわけだ。大した被りようだぜ」


 ディーグルに同意するビリー。


「そういえば、勇者ネロは魔王討伐後、聖女ミラジャに暗殺されたと言ってましたね。魔王サーレが生き残っても、クロードが魔王サーレを殺すという可能性はありますか?」

「タイムパラドックスの肩代わりか? そいつは可能性としては考えにくいぜ。無いと断言もできないが。そもそもダァグ・アァアアは悲劇から救いたいのに、そんな真似するのか? いや、そもそもこの絵本は過去を御妙に改変したうえでやり直しはしているが、過去に戻ったわけでもねーんだからよ」


 ディーグルの疑問に対し、ビリーが私見を述べる。


「ビリー、アルレンティスは今後どうしたいのですか?」


 話題を変えて問うディーグル。


「へっ、どうもこうもねーよ。俺はもうケリをつけたと思っているし、アルレンティスもそのせいで脱力しちまって、しばらく休憩タイムだ。やるこたぁ一つ。ミヤ様の命に従うだけよ」


 すでに自分の問題は決着したというのが、アルレンティスの人格の総意である。


「そうですね。ミヤ様が望まぬ展開を避け、ミヤ様の望む展開へと事を運ぶよう尽力しましょうか」


 微笑むディーグル。


「しかし――ミヤ様も今後の方針は決めあぐねている御様子」

「ははっ、そりゃそうだ。物語がもう少しはっきりと動かなければ、何したらいいかわかんねーだろ」


 ディーグルが言うと、ビリーが笑い飛ばした。

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