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32-21 理屈より感情に従う生き物

 退けたとはいえ、連合国軍がクロード達の襲撃による被害は馬鹿にでない代物だ。


「どっちが勝ったかわからないわね」


 そこかしこに散乱する兵士達の亡骸を見て、ウスグモが言う。


「向こうは勇者を倒すことを目的として失敗したから、敗走だと思っているだろう。こっちは勇者を護ったことを勝利としていいかもだけど、どちらの軍の被害が大きいかは明白だよ」


 死んだ兵士達に手を合わせて冥福を祈りつつ、ユーリが言った。


「思わぬ痛手を受けてしまったうえに、敵を取り逃すとは……大失態だな」


 忌々しげに吐き捨てるミラジャ。


「またやってきたらどうしよう。あんなのにまた襲われたら……」


 あからさまに脅えるチャバックの前に、ノアがやってくる。


「いや、そのぜんまいは巻かれない。心配しなくていいよ、チャバック」

「どうして?」


 力強く言い切るノアに、チャバックが尋ねる。


「社長が大丈夫と言ってるから大丈夫」

「ノア、横着しないで、ちゃんとわかるように教えてあげようよ」


 胸を軽く叩いて言い切るノアに、ユーリが苦笑気味に言った。


「先輩任せた」


 ユーリに振るノア。


「ダァグ・アァアアの声を聞いたよね? アルレンティスさんも選ばれて吸い込まれた一人なんだ。そしてアルレンティスさんの物語は、決着が着いた。アルレンティスさんは元々僕達の味方だし、自分の物語にケリがついたからには、これ以上は襲ってこないと思う」

「そ、そうなのかなあ……。オイラ頭悪いからよくわからないよう」


 ノアの説明を受けても、チャバックにはいまいち理解できなかった、


「はあ、こいつぁひでえ有様だな」


 テントの中で休んでいたキンサンが出てきて、アルの聖樹に串刺しにされて果てた兵士達の遺体を見て、が顔をしかめる。


「今回オイラも戦えば、こんなにいっぱい被害出なかったかも」

「勇者様を狙っていた敵である故に、温存して正解だった。彼等は勇者様を守護する盾として立派に機能したのだよ」


 申し訳なさそうに言うチャバックに、ミラジャが淡々と告げる。


「何それ……。オイラのために死ぬのが役割だったってこと?」


 ミラジャの言葉を聞いて、チャバックは悲しみと腹立たしさを同時に覚える。


(ミラジャさんの言い方は酷いね。例え戦略的に正しくても、言葉を選んでほしいよ)


 ユーリが反感を込めた視線で、ミラジャを見やる。


「チャバック、ここはこういう世界だから、深く考えたら駄目なんよ。人類存亡のために戦っているんだから、余裕は無いんだからさ」


 スィーニーがチャバックの肩に手を置き、柔らかい声で言った。


「余裕が無いと人は残酷になる。余裕がある世界は恵まれている分、優しくなれる。俺はその二つを経験した」


 ノアがそう言って、スィーニーが置いた反対側のチャバックの型に手を置く。


「社員チャバック。これは社長命令。気に病まないように。君は何も間違ってないけど、その間違いを正す必要も無い」

「ううう……」


 ノアが有無を言わせぬ口調で言うも、チャバックはますます悩ましい表情になって唸る。


「僕もスィーニーとノアの言う通りだと思う」


 ユーリも賛同を示す。


(理屈のうえではね)


 賛同を示してから、口の中で付け加えるユーリだった。理屈で正しかろうと、チャバックのような純粋な子が、飲み込むのは難しいだろうと感じていた。


(チャバック、理屈に従う必要は無い。君は君の判断で好きにしていいよ。ミラジャ達を気にしないでいいから。好きに僕の力を使って)


 ネロが見かねて、チャバックの心の中で告げる。


(そんなこと言われても、オイラにそんな大事なこと任せられても……)


 しかしチャバックにはますます負担になるのだった。


***


 魔王城に戻ったクロードは、サーレ、ミヤ、セイン、ヴ・ゼヴウを前に申し開きを行っていた。


「無許可で先走ったあげく敗走とは……。何たる愚行! 何たる醜態か! そんなに手柄をあげたかったのか!?」

「あーあ、クロードよ、お前はもっと賢い奴だと思っていたし、こんな愚挙に及ぶ奴だとは思わなかったよ。あーあ……」


 ヴ・ゼヴウが憤慨し、セインは気怠そうな顔で落胆する。


「セインの言う通りだよ、クロード。どうしてこんなことを? ずっと僕を導き、支えてくれていた貴方らしくもない」


 サーレが不思議そうに尋ねる。何かよほどの理由があるのではないかと考えた。


「手柄を欲したわけではない。実質魔王軍のナンバー2である私の現在の地位で、手柄も糞も無いだろう」


 クロードが冷めた口調で言い捨てる。


「しかし愚行であったことは認める。ああ、その通りだ。愚行だったな」

「で、理由は何なの? それを教えてよ」


 捨て鉢になったかのようなクロードに、サーレが再度尋ねる。


「サーレ様、元人間の貴方には理解し難いかもしれんが、我々魔族は人間よりずっと、繊細なメンタルを持つ、哀しい種だ。理屈よりも感情に従う愚物が多い」

「それは人間も同じだと思うけどね」


 クロードの話を聞き、苦笑するサーレ。


「魔族はその部分がさらに顕著なのだ。此度、私も感情を暴走させてしまった。だが私は、自身の行いを恥じない。間違っていたとも思わない」

「それで納得できないのは、僕が元人間だからなのかな? ヴ・ゼヴウとセインは納得できた?」


 サーレが伺う。


「いや……俺はちっともわからない……。アシュはわかるか? いや、アシュはいなかった」

「ふーむ……わかるようなわからないような。その感情の暴走の原因が何であるかも語れという話ですな」


 セインはどうでもよさそうに肩をすくめて振り返る。ヴ・ゼヴウは腕組みして首を傾げて言った。


「成功率の高い手をうったまでだ。勇者を少数で急襲し、一気に首を取るという手は、私と私の息子が、最も適していると考えた」


 クロードは悪びれることなく堂々と言ってのける。


「そして失敗した――と」


 大きく息を吐くセイン。


「ま、勇者の暗殺を狙って死角を放つというのは、悪い手では無いと思うよ。魔界沈没にも暗殺用の駒は幾つもあるし、手段の一つだ」


 サーレがクロードをフォローする。


「魔王様、またそれか……。卓上ゲームのノリからいつまで経っても離れないんだな。馬鹿にしているわけではないが……」

「あのゲームは現実の戦争の数々をベースにしているから、現実の戦争にも応用出来るんだよ」


 からかい半分に笑うセインに、サーレも微笑みながら自慢するかのように言う。


「勇者ネロの暗殺は失敗し、敗退はしたが、連合国軍に大打撃を与えたことも事実だろう? 成果は十分にあったと見ていいよ」


 ミヤが思ったことをストレートに発言する。


(うん、私もそう思う。流石ミヤ。私の言って欲しいこと言ってくれたわ)

(儂は事実を口にしただけだよ)


 嬉しそうなイヴォンヌに、ミヤはあっさりと答えた。


「イヴォンヌの言う通りだ。暗殺は失敗したものの、連合国軍にかなりの打撃を与えたことは事実であるし、クロードにその功績はある。総力戦前にもう一度、人類の戦力を削ぐ作戦を行おう。できれば彼等の行軍中にね」


 サーレが微笑をたたえたまま、決定した。


***


 クロードが自室に戻ると、アルレンティスが待っていた。


「父上、さっき言った話をしたい。以前は助けられなかったって、僕が言ったあれの話ね」

「ふむ……未来から歴史を変えに、過去にやってきたとでもいうつもりか?」


 アルレンティスの言葉を聞き、クロードが冗談めかす。


 二人が室内で向かい合って座る。


「違うとも言えるし、そうでもあるけどやっぱり違うかな。この世界は――」


 アルレンティス、クロードに人喰い絵本のことを話した。この世界が絵本世界であり、しかもアルレンティスにとっては過去に起きた事を、リメイクした世界である事も。

 そしてアルレンティスの知るリメイク前の世界では、あの勇者軍急襲の際に、クロードはミラジャに殺されていたことも話した。


「ふーむ、では――あの台詞を口にするか。にわかに信じられん話だ。よし、言ったぞ。しかし、このタイミングで、お前がそんな嘘をつくとも考えられん。さて、どう受け止めたらよいものか」


 クロードはアルレンティスの話を頭から否定せず。顎に手を当てて考え込んでしまう。


「証明の一つを見せるよ。ディーグル、出てきて」


 アルレンティスが呼びかけると、空間の扉が開く。


「貴様……」


 空間の扉からディーグルが現れ、クロードが思わず立ち上がって身構える。


「落ち着いて……父上。彼は僕が世話になった恩人だ……。僕の主となって、僕を守り、導いてくれたんだ。そんな面倒なことをしてくれたディーグルには、とつても感謝している。ここでも色々と世話になっているしね」


 アルレンティスがやんわりとした口調で、クロードを制した。


「今アルレンティスが申した通り、私はアルレンティスと最も親しい間柄と言っても、過言ではありません。何百年もの付き合いになります」


 ディーグルが柔らかい口調で話す。


「しかし貴様は幾度も勇者側について、私の邪魔をしてくれたぞ?」

「現在の勇者ネロも、別の世界の住人です。故に、死なせるわけにはいきません。勇者ネロから分離しない限りは、守る必要があります」


 相対した理由をディーグルから語られ、クロードは再び椅子に座り、顎に手を当てて考え込む。


「信じがたい話ではあるが、その話を信じるとしたら、色々と腑に落ちる点もあるな」


 クロードがアルレンティスとディーグルを交互に見やる。


(アルレンティスの解放制御の仕方は見事だった。まるで初めてではないかのようだった。そしてディーグルなる者の言動も、偽りとは思えん。アルレンティスによって呼び出された時点でな)


 そしてアルレンティスの急な多重人格化も、アルレンティスの持つ力が、クロードの知るアルレンティスよりずっと強大になっている事も、より年月を経たアルレンティスであるという話ならば、腑に落ちる。


「僕はもう思い残すことないけど、できれば父さんには死んでほしくないな……。だからもう無理はしないで欲しい。やり直しの世界のその後がどうなるかわからないけどさ。ここは過去の世界であるけど、僕達の過去ではないから」

「異なる世界線か……。不思議な話だ。リメイクであるが故に、私は死なず生き残ったなど」


 喋っている最中、クロードの眼光が煌めく。


「リメイク前、魔王様と勇者の戦いはどうなった?」


 自分が最もすべきであった、肝心の質問をぶつけるクロード。


「魔王サーレは勇者ネロに討たれた。でも、勇者ネロも聖女ミラジャに暗殺される」

「そうか。然様な展開にならないようにせねばな」


 アルレンティスの話を聞き、クロードは気を引き締めた。

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