32-14 自分を乗っ取られても怒らない
突然現れ、気が付いたらサーレの後ろから首に腕を回して、がっちりと裸絞めにして拘束した嬲り神。その光景を見て、その場にいる全員が驚いた。
「何者だ! 下郎! どこから湧いて出てきた! 魔王様から離れろ!」
クロードが嬲り神に向かって怒号をあげる。
「ぎゃはははは、命の恩人に向かってそれはねーだろ。俺はお前を助けてやったんだぜ~。あ、恩知らず♪ 命の恩人だと気づかぬ馬鹿ったれ~♪」
「助けただと……?」
嬲り神の思いもよらぬ台詞を聞いて、クロードは不審がる。サーレにも意味がわからない。
(魔王が勇者を殺しても、ハッピーエンドにはならないということかい)
ミヤは即座に理解していた。
「君は……只者じゃないようだけど、何者かな?」
嬲り神の腕を掴み、拘束を緩めようと力を込めながら、サーレが問う。
「お前等が揃いも揃ってボンクラばかりでよぉ、物語をあっさりバッドエンドで終わらせちまいそうだったから、ついつい手出しちまったぜ。ヒャハハハハハッ」
高笑いをあげながら、嬲り神はサーレの拘束を解いて離れた。
「これは魔王が主人公の話だからかい?」
ミヤが魔法で、嬲り神にだけ届く声を発して問う。
「そのわりには、主人公の役をする者がおらず、主人公のキャラクターがそのままになっているという、珍しいパターンだがね」
「当たりと言っておくが、魔王に限った話じゃねーとも言っておくぜ」
嬲り神もミヤにのみ聞こえる声で返す。
「俺がずっと調べていた勇者ロジオみてーに、な」
嬲り神のその台詞に、ミヤは訝る
「わからないね。何であんたはそんなにロジオにこだわる」
「ロジオの魂の横軸が、俺と馴染みの深い奴じゃないかと疑っていたからさ。だから探っていた。わかったからどうこうする気もねーけど、それでも知っておきたかったのさ」
常よりもシリアスな口調になって語る嬲り神。
「そしてミヤ、ロジオの魂の縦軸は、お前のわりと近くにいることが、わかったんだ。どうする? 教えて欲しいか?」
「必要無いよ。ロジオはもう死んだ。転生したところで、そいつはロジオではない別人だよ。同じ魂だろうとね」
「つれねーのなー。あははは、ロジオも可哀想によ~」
嬲り神がいつもの調子に戻って笑った。
「不吉な予感がするな……」
サーレがぽつりと呟く。
「不吉な予感ですと? それは如何様な?」
クロードが尋ねる。
「わからない。いや、気にしない方がいい。いくら不吉な予感がしたところで、漠然とした予感に、どんな備えをするんだって話だからさ。不吉な予感に意味は無い。気を付けていても、どうにもならない」
後方にいる嬲り神を意識しつつ、サーレは話す。
「しかし、一つの答えは出せる。ここは退いた方がいい。このままここにいる事で、悪い事態に陥る予感がある」
そう言ってサーレはクロードを見た。
「僕の予感、信じられないかい?」
「滅相も無い。我等は魔王様の判断に従うのみです」
微笑みながらサーレが伺うと、クロードは恭しい口調で答えた。
「何だかよくわからない、怪しいのも出てきたしね。彼が一体何者なのか気になるが。何となく、超越者的な存在とは感じるね」
嬲り神の方に振り返って言うサーレ。
「へっへっへっ、俺はただの通りすがりの神様だよォ~」
いつも以上におどけた口調で答える嬲り神。
「神様?」
「嬲り神だ。覚えておかなくていいぜィ」
怪訝な声を出すサーレに、嬲り神は言った。
「撤退だ」
サーレが短く告げ、空間の門を開く。
魔王軍が一斉に撤退を始める。空にある魔王城へと戻っていく。サーレとミヤとクロードとミカゼカは、空間の門に入って消えた。
「助かった~」
「よかったあ~」
安堵の声を漏らすスィーニーとチャバック。
「貴公は何者だ? 魔王をあっさりと取り押さえるなど尋常ではない」
ミラジャが嬲り神に近寄り、尋ねた。
「ああん? 何度も自己紹介させんなよぉ。ただの通りすがりの神様だっつってんだろォ~」
「そんな自己紹介で納得いくわけないじゃんよ」
嬲り神に向かってスィーニーが突っ込む。
「スィーニー、お前もいたのか。ああ、お前等にいいこと教えてやる。ユーリとノアも来ているぜぇ。じゃあなー」
そう言い残し、ひらひらと手を振ったかと思うと、嬲り神は姿を消した。ぱっといなくなった。
「おう、スィーニーちゃんよ。今のけったいな男と知り合いなのかい?」
「うーん……前に一度会っただけよ。私もよく知らないんよね」
キンサンに問われ、スィーニーは微苦笑を浮かべて答えた。
「味方という雰囲気でもなかったわね。自分の都合にそぐわないから、干渉してきたように見えたわ」
ウスグモが言った。
(ディーグルもいつの間にかいなくなってるんよ。魔王サーレの妃イヴォンヌになったにゃんこ師匠と、行動を共にしてるんかな?)
周囲を見渡し、スィーニーは思う。
(ネロ、オイラ達はこれからどうするの?)
心の中で問いかけるチャバック。
(予定通りに行こう。近くにある魔王軍に取られた都市を奪還し、そして同盟軍と合流する。チャバック、皆不安がっているから、それを皆に宣言して)
(わかった)
ネロの指示に、チャバックは頷いた。
「皆、不安かもだけど、予定通りに行くよー。近くにある魔王軍に取られた都市を取り返して、その後は……ええっと……同盟軍と合流するっ。わかったあ?」
『おーっ!』
チャバックが指示通りにすると、周囲の勇者軍の兵士から歓声があがった。
(最後のわかったあ? は、いらなかったかな。いや、あれが逆に個性になっていてよかったかな?)
(ううう……ごめんよう)
苦笑気味に言うネロに、チャバックは謝る。
(謝らなくていいよ。いきなり勇者なんてやることになって、大変だろう。こちらこそ申し訳ない)
(ネロが謝ること無いよう。ネロはオイラに体を乗っ取られちゃっているようなものだし……)
(チャバックは悪意があって、僕になったわけじゃないだろう。それに、僕に代わって、僕の役割をこなしてくれている。僕からすれば申し訳ないという気持ちと、感謝の念でいっぱいだ。それに、チャバックのような素直で真面目な子は好感持てる)
(そ、そうかな……)
ストレートに褒められ、恐縮してしまうチャバックであった。
***
サーレ達は魔王城に戻って、すぐに会議を開いた。
「勇者ネロ達は想像以上の力を有していたね。僕の勘だけど、あれでも全ての札を出していない気がする」
将軍達が居並ぶ中、サーレはクロードの方を向いて話す。
「全ての札を出していないのはこちらも同じです」
クロードが厳かな口調で告げる。
「勇者ネロは地上から、空にあるこの城まで届く攻撃をしてきたな……」
セインが物憂げな顔で言った。
「城に穴が開いちゃったね。でもよかったよ。敵の手札がちょっとだけわかったし、対策も立てられる。何より、勇者ネロとその軍勢が、こちらを脅かすに値する力の持ち主だと、知ることが出来た。これは大いなる収穫だね。魔族達にも認知出来たと思うし、気を引き締めてかかれるというものさ」
(ふん、こいつはどこまでいっても前向きだねえ)
爽やかな笑みを張り付かせたままま語るサーレを見て、ミヤは思う。
(サーレはいつだって前向きだったのよ。表向きはね。でも、内心参っている時も結構あった)
ミヤの心の声を聞き、イヴォンヌが発言する。
(今回はどうだね? 勇者達の思わぬ強さや、嬲り神の介入に、参っているのか?)
(参っているってほどではないけど、戸惑いくらいは感じているかもねー。つかさ、私もサーレの気持ちが全てわかるわけじゃないの。正直私は……どこかサーレは自棄になっているように見える)
(自棄か……。儂もそうだったよ)
(魔王になるとそうなっちゃう? それともそうなっちゃうから魔王になる?)
(どうだかね。たった二人の例で、断定はできん)
イヴォンヌの疑問に、ミヤは自身の過去を思い出しながら答える。
(儂に体を奪われて、忌々しく思わんのか?)
話を変えて、ミヤの方から問う。
(全然。私の体を乗っ取ったのが、次世代の魔王で、しかも猫ちゃんとか、面白いよね。いざとなったら、その魔王の力で、サーレの助けになってあげてほしいんだけど)
ミヤの知り合いであるチャバックが勇者役をしていて、サーレがチャバックを殺そうとした時、ミヤが止めようとした事も、イヴォンヌはもちろん知っている。場合によっては、ミヤがサーレの敵に回りかねないことも留意したうえで、イヴォンヌはお願いした。
(一応、そのつもりではいるよ。しかし……今後どうなるのか、儂にもわからんのさ。何をどうすればいいのかもわからん。勇者は儂の知り合いが役をやっているから、それを倒して終わりにするわけにもいかんしね)
(そっかー、複雑だなあ)
ミヤの話を聞き、イヴォンヌは頭を巡らすが、いい考えは思いつかなかった。
「勇者軍の今後の動きは大体わかる。推測できる」
サーレが言った。
「勇者軍は確かに凄いけどね。連合国軍はどうかな? ただの有象無象の寄せ集めに過ぎない。ま、それでも数があつまれば面倒であるけどね。人類側の士気にも影響する存在だし。つまり――こちらを叩けば、あちらの士気も落とせる。勇者達の予定も狂わせられると、僕は見る。皆はどう思うかな?」
会議室にいる将軍達を見渡し、伺うサーレ。
「魔王様の軍略に任せておけば、それですべてが上手くことでしょうっ」
ヴ・ゼヴウが覇気に見た声で言い切った。
「はあ……また思考停止のおべっかか……」
「思考停止ではないっ。イエスマンなわけでもないっ。心の底より賛同しているっ。そして感心しているっ」
呆れてぼやくセインに、ヴ・ゼヴウが言った。
「もちろん、変則的な動きを行うかもしれない。僕が勇者軍の立場だったら、同盟軍は囮にするよ。贅沢な囮だけどね。しかし勇者を名乗って、人類を護る立場の者が、果たしてそんな手に踏み切れるかどうか、甚だ疑問だ」
サーレはこの見解が間違っていたと、後で思い知ることになる。




