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32-12 奥の手を前倒しで使ってしまえ×2

 領土を取り返した勇者ネロ陣営は、次の戦場に向かって進軍していた。

 勇者軍はすでに連合国軍と合流し、膨大な数に膨れ上がっている。しかもこれから、まだまだ幾つもの国の軍が合流する予定らしい。


「領土を取り返すといっても、魔族は町の住人の大半を殺しちゃってるのよね……」


 スィーニーが暗い面持ちで呟く。魔王軍との戦いに勝利した勇者軍が、魔王軍が占領下に収めていた都市の中へと入って、スィーニーもチャバックも驚いた。巨大な都市であったにも関わらず、すでに住人の三割以上が魔族に殺されていたというのだ。

 都市のあちこちには、虐殺用の施設が設けられ、魔族達は人間を殺すことを娯楽として楽しんでいたという。


「人間の苦痛が、魔族の糧というからね。人間を苦しめて殺すのは食事のようなものよ」


 ウスグモが硬質な声で言う。


「魔族にとって、食料として人間が必須というわけでもないし、好んで人間に害する魔族ばかりでもないという話だがね。しかし魔王軍に属する魔族は皆、人類の敵として認識しておいた方がいいだろうな」


 ミラジャが補足した。


「次の町に急がないと、その間に人が多く殺されちゃうってことだよね?」

「おう、そういうことですぜ、勇者様。だからあっしらが気張らにゃなんねえってわけよ」


 チャバックが確認すると、キンサンがはきはきとした声で答えた。


「急ぐにしても限界があるがな。道中とばしすぎて、戦場に着いたらバテていたので話にならない」


 冗談とも本気ともつかぬ口調でミラジャ。


 ネロ達には空にある魔王城の中に入る手段があると、スィーニーは旅の途中に聞いている。それが何であるまでは教えてもらっていないが、その手段に踏み切るには条件が整った後だという。


(その条件が整うまで、魔王とやらが悠長に待っていてくれるわけでもないんよね。勇者軍――人類が大規模な反撃に出たとあれば、魔族だって相応の対策を講じてくるんじゃないん?)


 スィーニーが勘繰る。


「ネロ――様、心配か?」


 浮かない顔のチャバックに、ミラジャが近寄ってきて耳元で囁く。


「うん……ちょっと……」

「記憶喪失になっていても、ネロ様の本質は変わっておられない。不思議と私にはそう感じられる。大丈夫だ。私達もついているし、私達と自身の力を信じろ」


 チャバックの肩に手を置き、力強い声で励ます。


「ミラジャは勇者様のこと、すごく信頼してるんね」


 スィーニーが言った。


「ああ。私はかつて、某国の騎士だった。しかし国に裏切られ、見捨てられ、いなかったことにされた。生存がわかったら、口封じに殺されかけた。そんな私に光を与えてくれたのが、ネロだった。おっとネロ様か」


 微笑をたたえて、己とネロとのルーツを語るミラジャであったが、ふいにその微笑が消え、話も中断された。


 前方の空にあった巨大な積乱雲の中から、空飛ぶ島が幾つも現れたのだ。


「魔王城!」


 空飛ぶ島を見上げ、ミラジャが鋭い声を発する。勇者の軍勢も、いきなり現れた魔王城と城下町を見て、騒然となった。


「まだ早いわ。こちらの準備が整っていない」


 ウスグモが慄然とした表情で言う。


「魔王軍は判断も行動も迅速だったな。即座に我々を驚異と見なし、即座に全力で排除しにくるとはね」


 眉間に皺をよせ、天空の魔王城を睨むミラジャ。


「戦うしかないの?」

「戦力が足りない。各国に呼びかけている最中であり、応じた軍隊が集結しつつはあったが、集結する前に魔王軍の本隊が現れてしまったっ」


 チャバックが問うと、ミランジャはかぶりを振った。


「どうするのよ」

「今は逃げるしかないっ。こうなることも、一応想定はしていた」


 スィーニーの問いにミラジャが答えたその時、魔王城と城下町から、攻撃が開始された。


 空から投石が行われ、兵士達に降り注ぐ。攻撃魔法も降り注ぐ。矢も放たれる。

 さらに有翼魔族の兵士達も大量に投下される。


 先手を取られ、魔王城に近い場所に陣取っていた軍は、甚大な被害を受ける。

 勇者軍にも攻撃が及んだが、命の輪を付けた勇者軍は多くは、巧みに回避していく。


(チャバック、勇者の力を解き放って)


 チャバックに呼び掛けるネロ。


(ど、どうやって……)

(そうか、わからないか。取り敢えず僕に体の操作権を――)

「桜吹雪サイクロン!」


 キンサンが叫ぶと、とんでもなく巨大な竜巻が発生する。竜巻の中には無数の桜の木が飛び交っている。


 城から下りてくる魔族が竜巻の中に飲み込まれ、竜巻の中の桜の木が次々と魔族達に直撃し、屠っていく。


 チャバックの体から淡い緑のオーラが立ち上る。

 それを見たミラジャ、ウスグモ、キンサンが顔色を変えた。


「勇者様っ、まだそれは早いですぜっ」


 キンサンが制止する。


「え? でも……」

(いいんだ。使って、チャバック。ここで使わないとっ。今、魔王にやりたい放題にさせて、被害をこれ以上広げるわけにはいかないんだ。それを皆に伝えてっ)


 板挟みになって逡巡するチャバックを、ネロが後押しした。


「えっと、今、魔王のやり直しに、奥の手の被害を皆に伝えて。使っていかないから使うよっ」


 混乱して、自分でもわけのわからないことを口走るチャバック。


「ちょいちょいちょい、勇者様、ちったあ落ち着きなすって」

「ネロ様、何を言っているかわからんっ。落ち着けっ」

(チャバック、落ち着いて……)

「ううう……」


 キンサン、ミラジャ、ネロの三人がかりでなだめられ、チャバックは気恥ずかしさでいっぱいになった。


***


 魔王城。サーレとミヤとアルレンティスと三将軍は、戦いの様子を魔法で映像に投影して眺めていた。


「輪をつけた勇者軍は大したものだ。岩も巧みに避けながら、空から襲いかかる魔族とも渡り合っているぞ」


 ヴ・ゼヴウが称賛する。


「ふん、何とまあおぞましい。これが勇者のやることかね」


 命の輪をつけた勇者の軍団を見て、ミヤが鼻を鳴らす。


「あの桜の木が舞う竜巻が厄介だな……。我が軍の降下を阻んでいる。なあ、アシュ……いないな」


 セインが話ながら振り返り、そこに誰もいないことを確認して息を吐く。


 映像が切り替わり、無数の輪を体に食い込ませたチャバックが、緑色のオーラに包まれている様子が映し出された。


(チャバック……。それにあれは命の輪)


 ミヤがキャッツアイを大きく見開く。


「あれが勇者ネロか。何かやるつもりだね」


 サーレが言う。その言葉を聞いて、ミヤは驚いた。


 チャバックが空に向けて剣を斜めに上に突き上げる。

 剣の先から緑の光が迸った。


 轟音と振動が響き渡り、何人かが体勢を崩す。


 チャバックの剣から繰り出された緑の光は、魔王城を貫き、大穴を開けていた。


「これが勇者の力だというのか……」

「ここまで攻撃が届くとはな。中々凄まじい。しかもこの振動……途轍もない威力だぞ」


 セインとヴ・ゼヴウが呻く。


(魔王の力は坩堝よりもたらされたが、勇者の力も同様に、源があるのか?)


 勘繰るクロード。


「イヴォンヌ、どうしたの?」


 ミヤの様子がおかしいことに気付いて、サーレが声をかけた。


「何でもない」


 平静を装うミヤ。


(ミヤ、よりによって貴女の友人が、勇者になっているの?)

(そのようだよ。何となくその展開も予感していたが、困ったもんだね)


 イヴォンヌに問われ、ミヤが返す。


「私とアルレンティスで勇者ネロを討ってきます」


 クロードが宣言した。


「気を付けて、クロード、アルレンティス」


 出陣しようとするクロードとミカゼカを、サーレが笑顔で見送る。


(ふん、そうはさせないよ)


 ミヤが一瞬笑みを零し、念話を送った。


***


 空を切り裂き、魔王城に穴を開けたチャバックの一撃を見て、有翼魔族の兵士達は激しく動揺していた。


「敵の攻撃の手が止まったわね」


 空を見上げ、ウスグモ。


「まだまだ油断は禁物だ。しかし――今使ってしまうとは――」


 ミラジャが複雑な表情でチャバックを見やる。


 チャバックは疲労感に包まれ、膝をついて荒い息をしている。スィーニーがチャバックを気遣い、背中を撫でている。


「見て、空間が割れる」


 ウスグモが近くの上空を指す。空間が軋む様が見える。


「空間操作封じの結界が破られました!」


 兵士の一人が叫んで報告したその時、ガラスが割れるかのように空間が大きく割れ、その割れ目から魔族の一部隊が飛び出てきた。


 その先頭には、クロードとミカゼカの姿がある。

 クロードの視線の先には、チャバックの姿があった。


(ネロを狙って奇襲か。させるか)


 ミラジャが真っ先に動いた。チャバックと魔族達の間に挟む位置へと動く。

 ウスグモ、キンサンも、チャバックとスィーニーの前に立ち、守ろうとする。


 クロードの配下の精鋭魔族達が、三人に襲いかかった。


 神泥が、巨大猫が、桜の木が、魔族達の行く手を阻む。


「もらった」


 クロードがほくそ笑み、その姿を消した。


(さらに転移だと? しまった!)


 魔族と交戦に入ったミラジャが、クロードが姿を消した意味を悟り、慄然とした。


 チャバックの後方に転移したクロードが、即座に攻撃に移る。


「させっか」


 スィーニーが反応し、ハルパーを抜く。すでに魔術を唱えてある。ハルパーの刀身から光の刃が伸びている。


 クロードは光の刃を巧みにかわし、チャバックより先にスィーニーを狙って、剣を振りかざす。


(駄目だ。こいつ、私よりずっと強いし、避けられない)


 迫るクロードを見て、スィーニーは死の運命を意識する。


 一人の兵士が、スィーニーのすぐ目の前に転移してきたかと思うと、クロードの剣を受け止めた。

 武装した、一介の兵士にしか見えない男。しかしクロードは即座にその正体を見抜いた。


「覚えがあるぞ、貴様」


 距離を取り、兵士を睨むクロード。


「先程感じた気配は気のせいではなかったな。同じ気配だ。アルレンティスの部屋にいた者だな? 勇者の密偵が魔王城にまで忍び込んでいたのか……。それも、よりによって、私の息子の部屋にいたとは」


 クロードが手をかざし、魔法を放つ。

 放たれたのは解呪の魔法だった。兵士は避けようとしなかった。


 武装した兵士が、別の姿へと変わる。黒一色の東洋風の衣装に身を包み、黒い刀を携えたエルフの青年が、そこに現れた。


「ディーグルも来てたん……」


 スィーニーが驚き、そして安堵する。かつては自分を殺そうとした男だが、ここで味方になってくれることに、心底心強いと感じてしまう。


「おう、危ねえ危ねえ。あんた誰だか知らねえが、助けてくれてあんがとよ」

「いえ、礼には及びません。彼等とは知り合いですしね」


 キンサンが戦いながら弾んだ声で礼を述べると、ディーグルはクロードを見据えたまま言った。


「アルレンティスっ! 来い!」


 クロードの声に応じて、ミカゼカが転移してくる。


「あ、ミカゼカがいるよう」


 チャバックが顔をあげて声をあげる。


「ああ……アルレンティスの人格のヤバい奴の」


 と、スィーニー。


 ミカゼカはにやにや笑って、ディーグルも涼やかな微笑をたたえて、互いに向かい合う。


「お前の力を完全解放しろ。今使ってしまえ。今が好機だ」


 自分一人で奇襲を成し遂げるのは最早困難であると、クロードは判断した。そのために、奥の手であるアルレンティスを用いる所存であったが――


「そしてディーグルと戦って、チャバックを殺すノ? 僕がにそんなことしろっていうノ? それはとても面白そうだネ」


 笑みを張り付かせたまま、ミカゼカが言う。


「でもミヤ様にもディーグルにも怒られそうだから、やめておくヨ。父上に怒られても怖くも何ともないけど、この二人に怒られるのは怖いからネ」

「お前は一体何を言ってるんだ?」


 息子の意味不明な発言に、クロードは怒りと戸惑いを覚える。


「あら? 魔族同士でモメてるの? しかも似たような風貌の魔族が」


 ウスグモが戦いの最中、クロードとミカゼカの様子を一瞥して呟いた。


「ネロ様、そろそろよろしいかと。敵の降下も止んだ。そして空飛ぶ城だけではなく、空飛ぶ城下町もある。あれにはより多くの魔族がいるはず。あれが来る前に急ぎ撤退しよう」


 クロードの部下を全て退けたミラジャが声を進言した。


「逃げきれるもんなん? 敵は空から追い回してくるんじゃない?」


 スィーニーが疑問を口にする。


「ばらばらに逃げて、同盟軍の宿営地で落ち合う。非常事態にはそうする予定だった」


 ミラジャが言ったその時、またも空間が歪む気配があった。


「逃げるのかい? せっかく魔王の僕がこうして出向いて来たんだよ? もう少しゆっくりしていきなよ」


 朗らかな声がかかる。


 その場にいる全員の視線が、出現した空間の門へと向けられる。


 開いた空間の門から、サーレとミヤが現れた。


「あ、猫婆……って、もしかして……」

「にゃんこ師匠、そっちの役なん……」


 ミヤの姿を見て、チャバックとスィーニーは表情を曇らせた。

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