32-4 絵本【魔王】(リメイク) 後編
ある日サーレとイヴォンヌの前に、クロードが自分と同じ水色の髪の少年を連れてきた。
「私の子の一人で、アルレンティスと言います。以後お見知りおきを」
「初めまして……」
紹介された少年――アルレンティスが、サーレを前にして、臆した顔つきで頭を垂れる。
「怖がらなくていいよ。アルレンティス。よろしくね」
そんなアルレンティスに、サーレがにっこりと微笑む。
「この子は、竜族と聖樹を混ぜた、三人の親をもつ改造魔族です。しかし聖樹の影響か、非常に魔族らしくない性格をしていて困りますよ」
「そうなんだ。むしろ僕は興味湧いたな」
などと、クロードとサーレが話している所に、三代将軍のセインとヴ・ゼヴウがやってきた。
「サーレ様、各地から勇者などと名乗る者が次から次へと現れ、我々に挑んでおります。まあその全てが、魔王城の中にも入れず殺されていくのですが」
残念そうな口振りで言うヴ・ゼヴウ。彼としては、強い勇者が出現して自分の前に現れ、死闘を繰り広げる展開を期待していたが、それが実現する気配は今の所微塵も無かった。
「自分で自分のことを勇者と名乗るなんて、何とも痛々しいものだ。そう思うよな、アシュ。ああ……いなかった」
セインが喋りながら振り返り、肩を落とす。
「話は変わるが、皆、僕の我儘を一つ聞いて貰えないだろうか」
サーレが三代将軍を見渡して伺う。
「何でも遠慮せずお申し付けくださいっ」
「サーレ、貴方は魔王なのですよ。下手に出ることはない。命令してよいのです」
ヴ・ゼヴウとクロードが言った。
「舞踏会を開きたいんだ。イヴォンヌと僕のために」
「そのようなことですか」
「うーむ……人間の文化の一つということは知っていますが、何やら恥ずかしい気持ちにはなりますな」
「人間の真似事なら散々している。多くの文化はあの下等生物発祥だろう」
サーレの要望を聞き、クロードは微笑み、ヴ・ゼヴウは微苦笑と共に頭を掻き、セインがヴ・ゼヴウに突っ込んだ。
「アシュも人間の作った料理を作るのが上手くてな。アシュ、今夜も――アシュ……いないな……いないよな。そうだ。アシュはいない」
再び振り返り、肩を落とすセイン。
「報告します!」
下位将軍の一人が現れ、血相を変えて報告した。
「勇者を名乗る者がかつてない大軍団を率いて進行中! 人間世界の半分以上の国をまとめあげたとの報告です! 一晩のうちに、幾つもの我々の占領地が奪い返されており、我々の軍団も各地で壊滅が相次いでいます!」
下位将軍の報告を聞き、一同、表情を引き締める。
「次の勇者はこれまでとは一味違うようだ」
クロードが不敵に笑う
「放置してはおけない。見くびってかかっても駄目だ。急ぎ対策を」
サーレに命じられ、将軍達は部屋を出ていった。
「舞踏会どころじゃなくなっちゃったわね」
傍らで黙って聞いていたイヴォンヌが言う。
「そんなことはないよ。今から慌ただしくなるけど、二人だけの舞踏会を開催する程度の猶予はある」
サーレがいつもの優しい笑みをたたえて告げた。
「サーレ。貴方……もしかして、終わりを予感してる?」
イヴォンヌが問うと、サーレは笑みを消し、視線を外した。
「僕の悪い予感はよく当たる。漠然とした不吉な予感が今もしている。そして不吉な予感なんて、対処のしようもない。どんな心構えや準備をしても、それを上回る惨事が襲ってきて、台無しにしてしまうんだ」
「貴方はどうしてそんな悲観的な性格になっちゃったのかしらね」
「嫌なこといっぱい経験して、そうなってしまった。僕はそれでも誠実に生きてきたつもりだけどね。運命はそんな僕を嘲笑っているかのようだったよ。そして僕は限界がきて、魔王になった」
そこまで話した所で、サーレは力なく笑う。
「僕は絶望の奈落に落とされた。僕は世界を呪い、世界は僕から報いを受けたんだ。そして僕も報いを受ける立場にある。多くの人から呪われ、憎まれている。その報いを受ける時が来たんじゃないかと思う」
「魔族の長である貴方がそんな弱気でどうするのよ。貴方に忠誠を誓っている魔族達が可哀想だわ。これから命懸けで戦うっていうのに、魔王である貴方がそんな風に敗北を予感しているなんて……」
「そうだね。イヴォンヌの言う通りだ。こんなネガティブではいけないね」
サーレがいつもの笑顔に戻り、立ち上がった。
「勝利を祈願して、僕と踊ってくれないか?」
片手を己の胸に手を当て、もう片方の手をイヴォンヌへと差し出すサーレ。
「誰に祈願するの? 神様? 私達は神に弓引く者なのに、お祈り?」
「運命に祈るくらいはしていいよ。もっとも僕は、その運命に弄ばれ続けてきたけどね。それでもなお、追い詰められれば祈るしかなくなる。縋りたくなる」
差し出されたサーレの手を、イヴォンヌは取ろうとしなかった。
「舞踏会は勝ってから盛大に行いましょう。今二人だけで、やる必要は無いでしょ」
「そうだね」
イヴォンヌの言葉を聞き、サーレは笑顔のまま手を引っ込めた。
***
夥しい数の魔族の軍と、勇者がまとめあげた連合国軍が向かい合っている。
最後の戦いが始まった。
魔族の軍団の中に、一人の少年が飛び込む。
魔族の兵士が、魔物が、さくさくと切り裂かれていく。
少年の体には、複数の輪が食い込んでいた。それは命の輪と呼ばれるものだ。そのため彼のことを、輪の勇者と呼ぶ者もいる。
少年の名はネロ。人類を滅ぼさんとする魔王の軍勢に抗うため、自らを勇者と名乗り、勇者軍を束ねる者だ。
ネロに仕える勇者軍の精鋭達は、いずれも命の輪を装着している。それ故に、常人を遥かに超える戦闘力を有し、複数の魔族相手にも引けを取らずに戦っている。
魔族が使役する竜が飛来し、上空から勇者の軍に炎を浴びせかける。
しかし炎は届かなかった。勇者軍の兵士達の上に、泥の膜が出現し、炎を遮ったからだ。
竜の吐息を防いだ泥は、細かく分裂して無数の小さな泥の塊になって飛び、竜の全身に付着する。泥まみれになった竜は空中で苦しげに悶えると、やがて動きを鈍らせ、飛ぶ事も出来なくなって落下した。
落下した竜の上に、一人の尼僧が立つ。勇者ネロを導いたとされる聖女ミラジャだ。
ミラジャに向かって魔族が殺到するが、竜を仕留めた泥が舞い上がり、魔族達の体に覆いかぶさり、その動きを止める。
泥を避けてミラジャに接近した魔族もいたが、ミラジャが手を振るうと、全身を炎に包まれて果てた。
神泥と聖炎を操る聖女ミラジャ。この最後の戦いでは、彼女が最も多くの魔物と魔族を屠った。
勇者ネロの仲間には他にも二人の強者がいた。謎の自称遊び人キンサン・ニシチョと、遊び女のウスグモ・ニシチョの兄妹だ。この兄妹も、一人で一軍に匹敵するのではないかと思われる、高い戦闘力を有し、魔族達を次から次へと撃滅していった。
ミラジャ、キンサン、ウスグモの三人は、元々ネロと一緒に組んでいた冒険者パーティーである。魔王サーレが人類に戦争を仕掛けたその時、ミラジャが天啓を受け、ネロ達を勇者の力の元へと導き、四人は大きな力を手に入れたのである。
「地上の軍が押されています」
「ヴ・ゼヴウ様が討ち死にしました」
「何ということだ。しかし奴等はここまで来られない」
あからさまに形勢不利であるうえに、三将軍の一人であるヴ・ゼヴウ死亡の報を受け、魔王軍の下位将軍達は揃って暗い顔になる。
一方、そんな様子を見ても、サーレ一人だけは全く動じていない。
全てを悟り、達観しているかのようなサーレを見て、イヴォンヌは深い悲しみを覚える。
(もう、終わりが近づいているのね)
サーレの様子を見て、イヴォンヌも確信し、覚悟を決めた。
(この人は、自分を裏切った者達への憎しみもあったけど、それ以上に悲しみがあった。痛みがあった。そもそもこの人は……元から悪人だったわけでもないのよ。運命に振り回され、悪い人達に利用されて、そのせいで……。でも、最期は悪者として倒されて、それで終わりになっちゃうの)
そう意識することで、イヴォンヌの胸の内は哀しさと悔しさでいっぱいになる。
「勇者軍、城内に侵入してきました!」
伝令の報告に、将軍達は仰天した。
「馬鹿な! どうやって!?」
「奴等に翼でも生えたのか!?」
「如何なる方法で空にあるこの城に!?
魔王の城は空に浮かぶ島にあったにも関わらず、勇者軍は空の島にまで攻め入ってきたという事実を受け、将軍達は混乱する。
残り二人の三将軍クロードとセインが、城内に入った勇者軍を迎えうちに出たが、二人共戦死した。
「アルレンティス……」
クロードは今際の際に、息子の名を呟く。
「お前にもう少し、魔族らしい強い心があればな……。聖樹も混ぜたのは失敗だった」
息子のアルレンティスを、切り札として戦いに投入してはみたものの、上手く戦うことが出来ずに終わった。クロードはそれを悔みながら逝った。
魔王城の謁見の間にて、サーレとイヴォンヌは舞踏会を開く。
幻影で作った偽物の観客や参加者で溢れている、二人だけの舞踏会の会場。イヴォンヌは笑いながら、涙しながら、魔王と踊る。
「幸せよ。サーレ」
泣きながら、笑いながら、踊りながら、イヴォンヌは何度も同じ台詞を口にした。
「僕もだよ。イヴォンヌ。君がいてくれたことがどんなに心強かったか。それだけでどんなに救われたかわからない。ただ、一つだけ君に申し訳ないことをしたと思っている」
「何?」
「あの裁判の時、僕は君を疑ってしまった。君も僕を――」
喋っている途中に、イヴォンヌがサーレの口に乱暴に手を押し付ける。
「言わなくていい。そんなこと聞きたくなかったわ」
頬を膨らませて抗議気味に言うイヴォンヌに、サーレが目を細める。
その直後、謁見の間に、勇者ネロと聖女ミラジャ、キンサンとウスグモが飛び込んできた。
一瞥しただけで、気にせず踊り続けるサーレとイヴォンヌを見て、ネロ達は呆気に取られる。
「勇者様」
「いい。踊りが終わるまで待とう」
ミラジャが声をかけたが、ネロは魔王夫婦を見ながら、穏やかな口調で告げる。
「待ってくれるらしいね」
「それならずっと踊っていれば、ずっと待ってくれるのかしら?」
勇者達の様子を見ながら、サーレとイヴォンヌは笑い合った。




