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5-4 我が家では娘の反抗期を認めません

 数分前。


 強制転移され、ノアと引き離される格好になったマミは、状況を見極めんと思索する。


 周囲には人間のハンター達がいる。絵本世界の住人だ。マミはその頭目であるポポフという人物の役を与えられた。脚本に従えば、これからステラ族の一人称の主人公と対立する事になるが、その主人公の役がノアになってしまっている。


(物語を進行させなければ、人喰い絵本の中から脱出は出来ない。あるいは物語のキーとなるキャラクターを排除する事でも出られる。後者はだめね。私かノアしかいないもの。私とノアで殺し合いをして、どちらも死なずに話を進めないといけない。問題は、どちらかを殺さなければ、出られない設定だったらどうする?)


 そこが極めて重要なポイントだ。その疑問に対する答えは見つからない。


「あの嬲り神……あの気色の悪い奴は、私達親子に殺し合いをさせて楽しんでいるのかしらね」


 声に出して呟き、ムカムカする一方で、マミは一つの可能性を抱く。


(もしかしてノア、私のことを恨んでいる? この物語の主人公は、人間の狩人達を激しく憎んでいたようだし、だからこんな配役にしたんじゃ……)


 マミとて、自分の娘に酷い扱いをしているという意識はある。しかしそれをやめようとは思わない。やめる気は無い。自分の子なのだから、虐げる事は当然の権利だと信じて疑っていない。


(思えば色々酷いことしたしね。でも優しくもしたわよ。冬に素っ裸にして逆さ吊りにして水かけて鞭打って死にそうになった時、魔法で癒した後に、優しく撫でていい子いい子してあげたじゃない。ノアの好きなものだって買って食べさせて、あの子は泣きながらすまんこありがとさまままって言ってたわ。いや……でも、もしかしたら私のこと、少しくらいは恨んでいるかもしれないけど……いいえ、愛情の方が強いに違いないし、あの子に私の奴隷として生きるようにと、散々教え込んできたんだから、私に逆らうことなんて有り得ない……有り得ないわよね)


 一瞬生じた娘に対する疑惑を、マミは打ち消そうとしたが、それでも不安が付きまとう。最近ノアはやけに反抗的になってきた気がする。だからマミはずっと苛立っていた。


(とはいえ、戦いは避けられない。それだけは確定みたいね。物語の流れを考えた限り、それ以外はあり得ないし。ま、これはノアの修行にもなるわ。そしてあの子も、絵本のストーリーの流れから、私と一戦交えることくらい判断できるでしょ)


 マミはノアを殺すつもりは無いが、戦う覚悟は早々に、そして躊躇い無く決定した。


「問題は、どう決着つけるか……ね」


 戦い、どちらも殺さずに物語を会わらせる方法が、果たしてあるのかどうか。無くても無理矢理作らなくてはならないと、マミは心に決める。


***


 崖の上で、ステラ族の役を与えられた貴族ファミリーとその召使いが、矢を射かけられ、馬で踏み潰され、馬上から槍で突かれと、次々と人間のハンター達に殺されていく様が見えた。


「母さん、あいつらの中にいなかったんだ……。流石だね」


 ゆっくりと立ち上がりながら、ノアはマミを見上げて笑う。皮肉ではなく、素直に称賛していた。こういう時だけ、ノアは母のことを少しだけ誇らしいと感じてしまう。


「先の先、裏の裏を読めって、いつも言ってるでしょ。あいつらの中に混じるのも手の一つだけど、そう疑うことを見越して、隠れて単独行動した方が、優位に立てると判断したまでよ。ノア、貴女の性格も考慮したうえでね」


 マミが冷たい声のまま諭す。言葉とは裏腹に、マミはノアの動きをそれなりに評価はしている。


「ノア、貴女はそれで考えたつもり? 私の動きを読んだうえで、罠にかけるくらいしないと。それでなくとも、私と貴女では力の差があるのよ?」

「そうだね……」


 マミの説教を受け、ノアは歯噛みする。先制攻撃を行って優位に立ちたかったというのに、逆にやられて、おまけに説教つきだ。いつものようにヒステリックに叱られるより、冷たく諭される方が心に響く。刺さる。堪える。


「母さん……物語に沿う形で、母さんに手をあげるよ」

「よくわかってるじゃない。でも断りを入れる必要なんてないわ。そうするしかない流れなんだから」


 闘志を滾らせて宣言するノアを見て、マミは不敵に微笑んだ。


 ノアが魔法を発動させる。猛吹雪を吹かせて、マミを攻撃すると同時に、周囲の視界を遮る。

 さらに吹雪の中に向かって、強烈な勢いで水を噴射する。水流がマミに直撃してマミの全身を濡らした。


 体温が急速に失われることを実感し、マミはすぐに魔法で体温を上げ、なおかつ低温から身を防ぐため、温度を維持しにかかる。


 そこに、鞭のような打撃で続け様に攻撃され、マミの体が吹き飛ばされた。


 転移の魔法を用いて、その場から逃げる。ノアの攻撃を防ぎきってやろうと思ったのに、転移で避けるのは、ある意味マミにとって屈辱だった。しかし、それ以上の屈辱がある。


「ノア……あんた……」


 転移してから、マミは瞋恚に燃えながらノアを睨む。


「昔、母さんにやられたことだよ。せっかくの機会だし、お返ししてあげた」


 小気味よさそうに笑うノア。


「そんな反抗心があったのね。まあ……最近何かと反抗的だとは思ったし、貴女も反抗期に入ったってわけね。でもね、私は貴女の反抗を断じて許す気は無いから」


 憤怒の形相になるマミを見て、ノアの背筋が凍り付きそうになる。


(臆するな。これが最初で最後の機会だ)


 ノアは必死に闘志を掻き立て、恐怖を塗りつぶさんとする。


(ここで失敗しても、ユーリとあの猫の力を借りればいい――なんて考えるな。これを唯一のチャンスと思って、全力で行け)


 自分に言い聞かせることで、退路を断つことで、闘志の火に油を注ぐ。


「勝てるはずがないけど、勝つ気で全力で向かってくる――その点に関しては評価してあげてもいいわ。根性だけはね。でも、根性だけじゃどうにもならないことがあるでしょ。その辺何も考えてないの? 馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけど、ここまで馬鹿とは……」

(せいぜいそうやって見くびっていろよ)


 罵るマミに向かって、ノアが再び攻撃した。不可視の魔力塊を飛ばす。


 マミは魔力の道を作って、飛んできた魔力塊を逸らす。


 ノアは続けて、多数の魔力の矢を撃ちだす。多くの矢は真っすぐには飛ばず、マミがいる上下左右斜め後ろ前の位置にまで飛来した所で空中制止し、あらゆる角度からマミを包囲する格好になった。


 全方位から矢が放たれたが、マミは動かない。転移すらしない。魔力の防護膜を張り、全ての魔力の矢を受けた。矢は一つもマミに届かない。


「ぬるい。そして非力」


 失望したように溜息をついた直後、ノアの体が下から上へと打ち上げられた。海岸の砂も、同時に大量に宙に舞う。攻撃が来る気配はほとんど感じられなかったが、凄まじい力がノアの体を突きあげていた。


「攻撃の気配、無かったと思ったでしょ? それはそうよ。貴女が魔法を使っている最中に、時間差で発動する魔法を使っていたからね。貴女は魔法に集中するあまり、こちらの動きを見ていなかったけど」


 落下して倒れているノアに向かって、淡々と告げるマミ。


 ノアが反撃しようとした所で、マミが先に魔法を発動させた。今度は上から力が加わる。棒のようなもので体のあちこちが穿ち抜かれ、串刺しにされた感触だ。


(またこれか……)


 うんざりするノア。魔力の棒で体を串刺しにされるのは、折檻の範疇だ。幼い頃から何度もやられた。

 魔力の棒を消そうとするノアだが、中々消えてくれない。そうこうしているうちに、衝撃波がノアを襲い、ノアの体が大きく吹き飛ばされて、海岸の波打ち際に転がった。


「おやおや、一方的じゃ~ん。それにしてもあの親子、全く躊躇しないで戦ってるな。あそこまでいくと清々しいね。へへへ」


 遠巻きに見物している嬲り神が、ノアとマミの戦いの様子を見て笑う。


 波が頭にかかり、倒れたまま、濡れた顔を上げるノア。


(力の差だけではなく、戦闘経験の差もあるか……魔法だけでは勝てない)


 ノアは右手のガントレットを意識する。


(母さんにもこの魂獄紅玉の力は見られてしまったけど……。力の全てを知られたわけでもない。こいつの扱い方、装着した俺の頭の中に流れ込んできて、全て知っているから。それにしても……魂獄紅玉って名、本当嫌だな。ダサい。何かいい名前を後で考えよう)


 名付けた人物のネーミングセンスをどうかと思うノアであった。


 ノアのガントレットの大きなルビーが、赤い光を放った。さらに追撃しようとしたマミは、それを見て思い止まった。


 先程の貴族の魂を解放する。ルビーの中に閉じ込められる魂は一人のみなのだ。


(全てではない)


 魂獄紅玉を授けた像が、ノアに念話で呼びかける。


(魂獄紅玉は……それそのものが、小さな地獄だ。忌むべき武器だ)

(その名前ダサいんだけど。変えていいよね? 変えるよ?)


 心の中で不満を訴えるノア。


(故に、私と共にこの地に封じられた。あの悪しき人間の狩人達が、その封印を緩めてくれた。故に、本当の力も引き出せる)

「封印て?」


 ノアが声に出して問う。


(君達ステラ族だよ。この地にステラ族という、平和を愛する優しき民を創造し、住まわせた事で、悪しき武器と、悪しき武器の使い手である私の封印とした)


 像のくれた情報を聞き、ノアは目を見開く。


『その武器は使い手に合わせて進化する。これまで吸い取った魂の苦痛が、力として蓄積されている』

「それは知らない情報。なるほど全てではなかったんだね。先に全て教えろって話だろ」


 文句を口にして、ガントレットのルビーから赤い光を迸らせながら、ノアは立ち上がる。服は海水でぐしょ濡れだ。


「君の名前は? 君は何者?」


 像に向かって問う。


(私は地上を侵略しようとしてしくじった、無能なる冥府の王、ミクトラン……テク……ト……)

「じゃあこの武器の名前もミクトラにしておこう。そっちの方がいい」


 像の答えを聞き、ノアは決定した。


 倒れたノアを見て、追撃をせずに、ノアの出方を見ようとしていたマミであったが、痺れを切らして攻撃を行った。光の槍を五つ、続け様に放つ。


 ノアは転移してマミの攻撃をかわす。


 空間が近くで歪む気配を感じ、マミは振り返った。

 果たして、すぐ近くにノアは転移していた。


 ノアのガントレットから出る赤い光は、刃の形状になっている。蓄積された苦痛のエネルギーを、刃に注ぎ込む。


 ノアが右腕を振るう。

 マミは魔力の壁を作ってガードする。


「ぎっ!?」


 その威力に驚くマミ。ミクトラから生じる赤い刃は、魔力の壁を容易に突き抜け、マミの体を切り裂いたのだ。

 ただの斬撃ではないことは、一発受けてわかった。肉体から霊魂が引きはがされかけた事を、身をもって理解した。


「ノア……貴女……私を本気で殺す気なの?」


 慄然として問うマミ。


「本気の勝負じゃなかったの?」

「この人喰い絵本から出る方法が、正しい解が、それだと思う?」


 残酷な笑みを浮かべて問い返すノアに、さらに問い返すマミ。


(知るか。俺の人生にとっての正しい解は、母さんをぶち殺して、自由を手に入れる事だ)


 ノアが再び右腕を振るった。赤い光の斬撃が閃く。


 マミは転移して逃げようとしたが、間に合わなかった。


「そ、そんな! まさか!?」


 致命的な一撃を食らったことを理解し、マミは悲鳴をあげた。霊魂が完全に肉体と切り離されて、ガントレットについたルビーの中に吸い込まれていくことを、はっきりと理解した。

 魂魄を失ったマミの体が、糸を切られた操り人形のように、砂浜の上に崩れ落ちた。

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