31-2 立派にお仕事した結果、疑われてしまうとな
翌日。チャバックとノアとブラッシーで、魔術学院の寮の、シクラメの部屋に向かった。
「わぁい、いらっしゃあい。チャバックだけ誘ったんだけどねえ。でも人数が多い方が楽しいかも」
三人を見て、シクラメがにこやかに出迎える。
「まず用件を教えて欲しいな」
部屋の中に入り、まずノアが口を開く。
「僕のことまだ信用してないのぉ? もうK&Mアゲインは解体したし、おかしな企みはしてないよう。チャバックが人喰い絵本に二回も吸い込まれているって話を聞いて、詳しく話を聞きたいと思っただけだからねえ」
「うう……その話かあ……」
「話したくないことぉ?」
複雑な表情になるチャバックに、シクラメが安心させるかのように優しく微笑む。
「何かしら人喰い絵本と繋がりがあるのかしらねえ~? 私以外の八恐みたいに、元々はそっちの住人だったという可能性も、無きにしも非ずだわ~」
ブラッシーが言った。
「何かしらって何だろうねえ?」
「前世の縁とか、誰かとの縁という線が考えられるわねー」
シクラメが問い、ブラッシーが答える。
「人喰い絵本にというより、嬲り神に気に入られているみたいなんだよお」
言いづらそうにチャバックが言った。
「へえ、嬲り神にねえ」
笑みを消し、シクラメが興味深そうにチャバックを見る。
「言いたくないけど俺もあの汚物に気に入られている」
ノアが言った。ユーリやミヤも気に入られているように、ノアの目からは見えた。
「ノアとチャバックで何か共通あるのかなあ?」
シクラメがノアとチャバックを交互に見やる。
「今度さ、人喰い絵本にチャバックが吸い込まれた時、僕もその絵本の中にのりこめーしてみたいんだけど、いいかなあ?」
「俺達に向かって許可取っても仕方ないと思うけど。乗り込んでチャバックが人喰い絵本に何を求められているか、調べようっていうの?」
「うん、そういうことだよう。よくわかったねえ。偉い偉い」
ノアが伺うと、シクラメはにっこりと笑って手を伸ばし、ノアの頭を撫でようとした。
「普通わかる。馬鹿にしてる?」
ノアがむっとした顔で、シクラメの手を払いのける。
「そんなことないよう」
笑顔のまま言ってのけるシクラメ。
「私はそれ、賛成だわーん。シクラメ君とこの前戦ったけど、この子の力は相当なものだし、チャバック君を守ってくれるという意味では、心強いんじゃないかしら~ん」
ブラッシーが言った。
「ブラッシー、シクラメはチャバックを守るなんて一言も言ってない。まるで研究対象にするという言い草だから」
「研究対象なら、研究対象を失っても困るんだから、当然守るんじゃなあい~? 嬲り神は要注意だわーん。あの人も相当な力を持っているからね~ん。何より嬲り神は、人喰い絵本に吸い込んだ人の死亡率を上げる存在だからね~」
否定的なノアに対し、ブラッシーが告げる。ブラッシーはシクラメを味方にできれば頼もしいと、計算を働かせていた。そしてシクラメがこの期に及んで、なお敵対的な行為を働くこともないだろうと見ていた。
「嬲り神の企みを明かしてやりたい所だね」
ノアが言う。
(オイラには、嬲り神が悪い人には思えない……。以前オイラが落ち込んでいた時、夢の中でジヘを連れてきて、励ましてくれた)
嬲り神を敵視する流れの中、嬲り神を悪く思えないチャバックは、悲しい気分になっていた。
***
一日明けて、スィーニーは西の工作員であるンガフフとカークと会い、昨日のミヤとのやり取りを伝えた。
「面倒だからターゲットMに直接聞いたんよ。何で八恐が三人も集まってるのかって」
「いやいやいやいや……直接って……大胆ですねえ。そして無意味です。嘘偽りを口にするに決まってますよ」
スィーニーの台詞を聞いて、呆れるカーク。
「カークさん、あんたは固定観念の奴隷なんだね。あるいはテンプレ通りの人っていうか」
予想通りの反応を見せるカークに、スィーニーは溜息混じりに言う。
「えええ……ひどい言い草ですねえ。でも……たははは……否定はできません。そういうきらいは確かにあります。しかしスィーニーさん、直接聞いても――」
「ターゲットM曰く、人喰い絵本の対処のためだって。これ、嘘ついていると思う? はぐらかしていると思う? 私は思わない。ターゲットMはずっと人喰い絵本の対処をしてきたし、最近このア・ハイ群島では人喰い絵本の発生頻度が急速に上がっているんよ。そのうえ特殊なタイプの人喰い絵本も現れだしたとか」
「ふーむ……」
スィーニーの話を聞いて、カークの反応が変わる。
「んがふふ!」
「ンガフフさんは私の意見に同意だってさ」
「私は彼の言葉がわからないのですが……」
ンガフフを見て、苦笑するカーク。
「んがふふ!」
「あ、いえ……今何となくわかりました。段々わかってくるものですね」
力強く主張するンガフフに、カークの苦笑が消える。
「しかし……貴女はターゲットMにそのようなことも直接聞けるほど、親しい仲になっているのですか」
「任務を忠実に遂行した、私の努力の成果じゃんよ。文句あるん?」
「管理局には、貴女がそこまでターゲットMと親しいことは、黙っておきますよ。スィーニーさんも、西の関係者には今後語らないように」
「どしたん? カークさん」
いつになくシリアスな表情になって、ぴしゃりと告げるカークに、スィーニーは驚いた。
「ううん……わからないのですか。貴方がターゲットMと親しすぎることを、危険視する人も、管理局にはいそうです。カタブツが多いでしょう、あそこは」
「ああ……」
カークに言われ、スィーニーも彼が何を案じているのか理解した。
「貴女が逆にターゲットMに取り込まれていないかと、そこまで邪推する人も出かねないのですよ。そして貴女に猜疑の目を向けかねない。もっと悪いケースも考えられます。ええ」
「確かに……」
正直スィーニーは、このカークという男を見直した。卑屈で感じの悪い男という印象だったが、意外に思慮深く、親切でもあったので、見方を改めた。
「そっか。私が浅慮だったわ。ありがとさままま、カークさん」
小さく微笑み、礼を述べるスィーニー。
「いえいえ、確かにそこまで親しくなったことは、素晴らしい成果なんですよ。誇っていいことですし、褒められたとしても、疑われる謂れは無いことなのですが、ま、そういう理不尽もあるということで」
「メープルCだったら、そんな見方しないと思うから、メープルCにだけはちゃんと報告しておくわ。その機会があったらだけど」
最近はメープルCと直接の連絡がつけられなくなった。主な報告や連絡は、カークを通す形になってしまった。
***
嬲り神の前に、宝石百足が現れる。
「おやおや、俺のことが大嫌いなお前が~♪ 俺に~♪ 会いに来てくれたー♪」
宝石百足を見て嬉しそうに笑いながら、歌い始める嬲り神。
「あちらの世界のこと、色々と調べ回っているようね」
「おめーもだろ」
指摘する宝石百足に、嬲り神が言い返す。
「貴方ほど熱心じゃないわ。何が貴方をそこまで駆り立てるのかしら」
「おかしいかよ……ダチのことを知りてーのが。そういうお前はどーなんだ」
「私はユーリのため、あちらの世界の知識で、知れることがあれば知っておきたい程度よ。知識は武器ですもの。でも貴方ほど夢中じゃない」
宝石百足の言葉を聞き、嬲り神は笑みを消す。
「へっ、あらゆる真相が、色々とうやむやだ」
そう吐き捨てる嬲り神の顔が、心なしか疲れているように、宝石百足の目には映った。
「あの時、ミヤは魔王となったわね。魔王は勇者に討たれた。しかしミヤは生きている。それがどういうことか、嬲り神、貴方は真相を知っているのよね?」
「もちろんさ~♪ ああ、もちろんさっ♪」
宝石百足に問われ、嬲り神が歌い踊りながら答える。
「ミヤの台詞を思い出せ。あの時、ミヤにロジオのことを尋ねただろ?」
嬲り神の台詞を聞き、宝石百足は思い出す。人喰い絵本の中で、ミヤと嬲り神と宝石百足で顔を付き合わせた時のことを。あの時ミヤは、ユーリを魔王にするつもりなのかと、問いかけていた。その後で嬲り神が、ミヤに勇者ロジオについて質問していた。
『俺からも訊きたいことがある。勇者ロジオって何者だ? 俺もそっちの世界に関して、ちったあ知識があるんだぜ~』
『私もその話には興味があります。そちらの世界で、勇者ロジオの存在は創作ではないかという説もありますね』
『はんっ、知らなくていいさ。だが一つだけ教えてやる。腐った耳をかっぽじってよく聞きな』
二人がかりで問われ、ミヤは言った。
『戦う力だけが、力を抑える強さってわけじゃないだろう? お前達も長生きしているだろうに、そんなこともわかってないのかい。揃いも揃ってボケてるのかね』
ミヤの答えはシンプルかつ抽象的だった。
「ミヤのあの言葉の意味――命懸けの説得が、魔王の心を折ったということでしょうか」
「ダセー話だが、そうである可能性が高いな」
宝石百足が言うと、嬲り神が肩をすくめて微笑む。
「そういやよぉ、気になってたんだが、ユーリが宝石百足に化けている時、お前はどうなってるんだァ? ダァグ・アァアアに迫った時とか、あの時のお前の意識はあったのか~? あれはお前が力を貸していたのか?」
話題を急に変えて質問する嬲り神。
「答えると思う?」
宝石百足が冷たい声を発する。
「ちっ、つれないねえ。俺とお前との仲じゃねーかよぉ~」
おどけた声をあげ、嬲り神が宝石百足に近付いていく。
「たまにはよ~、また昔みたいに抱きしめて欲しいもんだぜ」
「冗談もほどほどにして」
宝石百足が嬲り神から距離を置き、険しい声を発した。
「お前が俺を抱きしめてくれなくても、ユーリは俺を抱きしめてくれたよ」
嬲り神の発言を聞き、宝石百足の胸部に埋まっている女性の表情までもが険しくなった。
「また寂しくなったらユーリにお願いするかな~? ギャハハハハッ」
「貴方が本当に抱きしめたい相手は、ヨブでしょう?」
馬鹿笑いをする嬲り神に向かって、宝石百足が柔らかな声で指摘した。
「そーかもなあ? はっ、お前、それで俺にキツいこと言ったつもりかよ」
「悲しいと思っただけよ」
嬲り神がせせら笑うと、宝石百足はそれこそ悲しげな口調で言い、姿を消した。
「同情してくれるんなら、ちょっとくらい抱きしめてくれてもいいんじゃねーの?」
宝石百足が今しがたまでいた空間を見やり、嬲り神は皮肉げに笑った。




