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30-9 罪を犯しても救われる

 メッサラーは仰向けに寝たまま、ぼんやりとユーリを見上げていた。


「僕は罪を犯したから……地獄行きかな。ずっとずっと一人で闇の中で、苦しんでいたけどね……」


 悲しげな瞳で語るメッサラーの手の上に、ユーリがそっと手を重ねた。


「地獄に落ちることはないよ」


 力強い声で言い切るユーリ。


「神様はきっと、今度こそメッサラーさんを救ってくれる。だってメッサラーさんは何も悪いことはしていない。メッサラーさんはオトメさんを救いたかっただけなのにさ。だから……僕が今から神様に祈る。お願いする。神様に、メッサラーさんを救ってくれるように」

「もう……僕は救って貰ったよ。神様にじゃなく……ユーリにね……」


 メッサラーが力無く微笑み、ユーリの手を軽く握り返した。


 魔力が働く。メッサラーが魔法を発動させたのだ。

 ユーリとメッサラーの横に、奇妙な装置が出現する。小ぶりなメロンほどの大きさのカラフルな球体が四つ、カラフルな針金のようなもので連結された、前衛芸術作品とも、がらくたとも取れる、不可思議なものだ。


「あれだよ。あの装置が、僕を不死にしている。このログスギーの中に満ちる力の残滓を吸収し、僕に送り続けているんだ」


 カラフル装置の方を向いて、メッサラーが告げた。


「凄いシステムだね」

「偶然の産物で、量産は出来ない。僕だけにしか適合しない。そして不老には至らない」


 そう言ってメッサラーは大きく息を吐いた。


「ユーリ……その……壊してくれないか? 僕がやるべきなんだろうけど、怖い」

「わかった」


 メッサラーの頼みに、ユーリは即答した。


「僕もメッサラーと同じだよ。師匠が体調悪くて、何とかしたいと思っていた。今は落ち着いているけどね」

「そうか……それで……」


 ユーリの言葉を聞いて、メッサラーはミヤを一瞥した。ミヤは何とも言えぬ表情で、ユーリとメッサラーを見ている。


「やるよ」


 断りを入れるユーリに、メッサラーは無言で頷いた。


 ユーリが魔法で装置を破壊する。針金がばらばらに切断され、球体が残らず粉々になった。


「ありがとう……ユーリ。ありがとう。本当に……感謝の気持ちでいっぱいだよ。ずっと諦めずに……ずっとずっと叫び続けて、よかった……。ありがとう……」


 泣きながら笑いかけると、メッサラーは事切れた。


 ユーリはメッサラーの目を閉ざし、両手を合わせて瞑目する。


(神様……お願いですから、メッサラーさんは天国に送ってください)


 ユーリが切に祈る。心の底から祈る。


(このお願いを聞いてくれなかったら、メッサラーさんが味わった分の地獄を神様に味わわせてやりますよ)


 怒りを込めて付け加えるユーリであった。


***


 ミヤ、ユーリ、ノア、サユリの四名は、オトメの家へと戻った。


 メッサラーの亡骸を運び、オトメはかつての弟子と対面した。オトメはしばらくの間無言でメッサラーを見ていたが、やがてオトメの家の庭に埋葬するに至った。

 作業の際、ミヤがオトメに、メッサラーをユーリが救ったことを報告した。


 メッサラーを葬り、弔いを終え、一息つく。


「皆さんお疲れ様でした。私はお茶とお菓子を出してあげるだけしか出来なくて、ごめんなさいね」


 茶菓子を出して、労いの言葉をかけるオトメ。


「お構いなく、オトメさん」

「お茶とお菓子最高。素晴らしい報酬」

「ぶっひっひっ、サユリさんの師匠は素晴らしいだろう」


 ミヤ、ノア、サユリがそれぞれ言う。


「師匠、あたくしは西方大陸に興味があるのだ。しかしサユリさんは師匠とは長期間離れたくもないのだ。悩ましくて仕方が無いのだ」

西方大陸ア・ドウモに何かあるのかしら?」


 サユリの話を聞いて、オトメが首を傾げる。


「あの土地に起こるという魔物化現象に興味津々なのだ」

「そうなの。でも西方大陸はねえ……」


 オトメが言葉を濁し、ミヤを見やる。


「ふん……ろくな所じゃないよ」


 お菓子を食べながら、ミヤが吐き捨てる。


「ミヤは知っていまして? それならガイドしてほしいのである」

「冗談じゃないよ。儂が今ろくでもない所と言ったのが聞こえなかったのかい」


 サユリに要求され、ミヤが険のある声を発する。


(本当に婆は西方大陸ア・ドウモが嫌いなんだな。何あったんだろ)


 ノアが思う。 


「ユーリも、いつまで落ち込んでいるんだい」


 ずっと無言のままで、茶菓子にも手をつけようとしないユーリを見て、ミヤが声をかける。


「いつまでってついさっきの今ですよ……」


 覇気の無い声でユーリ。


「どうしたの? ユーリ君」

「メッサラーに同情しているようですよ。共感もしたみたいです」


 訝るオトメに、ミヤが告げた。


「あの人、オトメさんを救おうとしていただけで、ただ運が悪かっただけじゃないですか……」


 ユーリが不貞腐れた顔で言う。


「さっき高次元生命と融合して、そのせいでメッサラーの頭がおかしくなったって言いましたね。あれは間違いです」

「え?」


 ミヤの言葉を聞き、サユリが怪訝な声をあげる。メッサラーの変貌の話は、まだ報告していなかった。そしてサユリは現場にいても、エスタンの話を聞いていなかったので知らない。


「間違いってどういうこと? ミヤちゃん」

「ぶひーっ、師匠が嘘吐きだって言うのであるか? 豚は猫と違って嘘つかないのだっ」


 オトメが問い、サユリが声を荒げる。


「オトメさんを嘘吐き呼ばわりしているわけではないですよ。ですがオトメさんの推測は間違っていたのです。メッサラーはメイドのエスタンに操られていたのですよ。あ奴の魔法で心を捻じ曲げられていた」

「つまり黒幕はエスタンであるか?」

「そうとも言えるね。ま、そちらの始末も、もうつけてあるさ」


 サユリが確認し、ミヤが頷いた。


(そういえばエスタンて人、言動がおかしい時あった。メッサラーの頭に細工をするのが、余計なことなんていう発言、おかしいと思った)


 ふと思い出すユーリ。


「そうだったのね……。メッサラー……可哀想に……」


 オトメが悲しげな顔になって、ユーリの方を見る。


「ユーリ君、本当にありがとうね。私の弟子の苦しみに気付いてくれて。そして助けてくれて。悲しんでくれて……。ありがとう」

「いえ……」


 改めて礼を述べるオトメに、ユーリはうつむく。


「エスタンて結局何者だったの?」


 ノアがミヤに尋ねる。


「大した奴じゃないよ。ベ・ンハやメッサラーと志は同じだった。メッサラーに才能があると見込んだが、手段を選ぶ良識を邪魔として、本来の人格を封じて、疑似人格を植え付けたのさ」

「酷い話です……」


 ミヤの話を聞き、怒りが再燃するユーリ。


 そこに、祈祷師とメープルTがやってきた。


「お疲れ様でした、皆さん。ログスギー管理事務所の責任者として、御礼を述べます」


 メープルTが恭しく一礼する。


「それがそなたのもう一人の師か。初めて御目にかかる。吾輩はこの娘のみそ妖術の師であるぞ」


 祈祷師がサユリとオトメを交互に見て、胸を張って得意げに言う。


「あらあら、そうでしたの。サユリが世話になりまして」

「こんな変なおじさん、師匠にした覚えはないのだ。師匠、騙されてはならないのであるっ」


 礼を述べるオトメに、サユリが仏頂面で訴えた。


***


 ミヤ達は修験場ログスギーから、ミヤの家へと帰ってきた。

 柱時計にはもう老人の彫像は無い。代わりに、大口を開けて泣いているメイドの彫像が取り付けられている。


 帰宅してからユーリは、メッサラーの声が聞こえた事も、何か自分と通じ合っていたことも全てミヤに告げる。


「あの場所に行った事で、お前の感覚が鋭敏になったみたいだね」


 ミヤがユーリに向かって言った。


「メッサラーさんは罪を犯したと言ってましたが、罪を犯したのは人格が変わってからの老人のメッサラーで、元々のメッサラーさんではないですよね」

「そりゃそうだよ」


 躊躇いがちに口にしたユーリの言葉に対し、ノアが断言した。


「まあ……儂もその考えでいいと思うね。だがね……本人がどう感じ取るかは別だよ……」


 ミヤが歯切れの悪い口調で話す。


「儂が魔王になった事にも理由があるさ。しかし理由を盾にして、儂が罪を意識せずにいられるわけではない。ずっと罪悪感を引きずっているからね」

(馬鹿馬鹿しい。罪だの罰だのなんて、人の心で勝手に作られた、存在しないものだ。空気より実体が無い。俺が魔王になって世界を滅茶苦茶にしても、絶対にそんな概念抱くことは無いから)


 ミヤの話を聞いて、ノアは反感を抱きながら決意した。 


「メッサラーさんの代わりにサユリさんが、オトメさんの延命に――」

「無理だね。オトメさんはもう死んでいるんだよ。無理矢理現世に留まっているんだ。今のオトメさんの体は、防腐処理した死体人形なんだよ」


 言いかけたユーリの言葉を遮り、ミヤが衝撃の真相を口にする。ユーリもノアも目を見開く。


「当たり前だけど、これもサユリには秘密だよ。サユリが心配だから、オトメさんは死んでなお、魂を現世に留めているんだよ。あいつはいつまでたっても頭の中が子供のままだからね」


 ミヤが言い、二人は無言で頷いた。


(儂にも同じことが出来れば……ね。優秀な死霊術師ネクロマンサーである、オトメ姉さんだからこそ可能な離れ業だ。いや、可能だとしても、同じことをするかね? 死体になってまで……。流石にそれは御免こうむりたいがね)


 その時にならなければ、オトメの心境はわからないとミヤは思い、考えるのをやめた。


「ノア、何してるの?」


 洗濯物として出す予定の履いたあとの靴下を、柱時計の彫像の顔に押しあてるという、ノアの奇行を見て、ユーリが尋ねる。


「エスタンに餌あげてるんだよ」

「食べられないでしょ」


 ノアの言葉を聞いて微笑むユーリ。


「泣き顔のままなのはナイスだね。意識があればもっといいんだけど」

「メッサラーさんの時はあまり意識無かったみたいだよ。ていうか、意識あったら地獄だよ」


 ユーリの笑みが消え、沈んだ表情に変わる。


「先輩、朝から元気無いね」


 案ずるノア。


「うん。昨日のことがまだ尾を引いているよ」

「メッサラーの件?」

「そう。あの人と僕は似ている」

「俺も境遇は同じだ。俺だって具合の悪い婆の弟子だ。年数は違うけどさ」

「そうだね」


 主張するノアに、ユーリが小さく微笑む。


「具合の悪い師匠を助けたかっただけの人だったのに、あんなひどい目にあって、死ななくちゃならないなんてさ」

「そしてそんな運命を見せつけられて、先輩はまた神様にムカついてる?」

「ムカついてはいないけど、運命の悪ふざけみたいには受け取っているかな」


 一瞬顔を険しくして答えるユーリを見て、やっぱりムカついているじゃないかと思うノアだった。

三十章はこれにて閉幕です。

三十一章の開幕まで少々間が空きます。すみません。

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