30-8 垣根を越えて助けに来た
深淵の手前。メッサラーの前に、エスタンがノアを担いで戻ってきた。
エスタンがメッサラーに全て報告すると、メッサラーは眉間に縦皺を刻む。
「何故ベ・ンハと戦いになったのか知らんが、ベ・ンハが殺されたとなると、大きな支障が出るな」
メッサラーとは異なる世界の、異なるタイプの死霊術師であるベ・ンハは、高次元生物研究に非常に貢献したし、頼りになる存在だった。その彼がいなくなったとあれば、研究が滞ってしまう可能性もある。
「でしょー? この子に責任取ってもらいましょー」
エスタンが担いでいたノアを下ろす。
「責任と言っても、実験台にするしかあるまいが。まあ、それでもよいか」
ノアを見て、メッサラーは顎に手を当てて言った。
気絶していたノアは、いつしか意識を取り戻していたが、あえてまだ意識が戻らない振りをしていた。
(実験台なんて冗談じゃない。魔力も少し回復してきたし、こいつらを出し抜かないとね)
その方法は幾つかある。意識が戻ったまま抵抗しないでいたのは、少しでも魔力を回復する時間が欲しかったからだ。ある程度回復したうえで、逃げる算段を立てていた。
「待て待て待て待てーいっ!」
と、そこに威勢のいい声がかかる。
メッサラーとエスタンの前に、東洋風衣装の術師が一人、現れた。どこの世界でも東洋、東方の衣装は、大体共通している。
「どちらさまですかー? 迷子さんなら送ってさしあげますよー?」
エスタンが呼びかけるが、エスタンはその男のことを知っていた。修験場ログスギーの中で、祈祷師という呼ばれ方で通っている人物だ。
「ふん、吾輩が迷子になるような間抜けに見えるのか? 毎日みそを食べて帰巣本能は鍛えられているわいっ」
祈祷師が腰に手を当てて胸をそらして威張る。
「ちょっとー、祈祷師さん。先走らないでください」
メープルTが修験場ログスギーの管理員複数名を連れて現れる。全員戦闘特化した術師だ。
「管理事務所まで出張ってきちゃいましたよー。どうします? 御主人様」
「考えようによっては、都合がいいとも言える。使える分を全て解放し、融合させてしまえばよい」
伺うエスタンに、事も無げに言ってのけるメッサラー。
メッサラーが魔法を使う。様々な種類の高次元生物の大群が現れ、管理事務所務めの術師達はぎょっとした。それが何であるか、彼等は知っている。
「どれだけ抗えるか、見せてもらおう」
メッサラーが厳かに告げて軽く手を払うと、高次元生物達が術師達のいる方へと向かっていった。
術師達が攻撃の術を用いる。何匹かは倒したが、数が多すぎてとても殺しきれない。
「みそバリアー!」
祈祷師が叫び、巨大なみその壁が術師達の四方を包む。
さらにメープルTがみその壁に防護膜を展開し、みそバリアーをより強固にした。
「あらら、高次元生物でも突破できないみたいですよー」
「しかし奴等の攻撃も届かん。奴等は何をしに来たという話だ」
膠着状態に陥った両者を見て、エスタンとメッサラーが言う。
「ペンギンロボ」
その時、ノアがぽつりと呟いた。
シルクハットを被り、燕尾服を着て、ステッキを手にしたペンギンが、拘束されて倒れているノアのすぐ真横に現れたかと思うと、どこから取り出したのか、大きな布でノアの全身を覆う。
「ワン、ツー、スリー!」
ペンギンロボが威勢のいいかけ声と共に、布をめくる。すると布の中にいたはずのノアが消失していた。
「な、何ですかーっ? 奇術っ?」
驚きの声をあげるエスタン。
「うまくいった……」
かなり離れた場所に移動したノアが、ぽつりと呟く。
ノアは気絶している振りをして、ずっと魔力の回復を待っていた。そしてある程度回復したために、イレギュラーであるペンギンロボの力を使って、脱出した次第である。
「ノア、無事でよかった」
と、そこにユーリが現れて、声をかける。ミヤとサユリもいる。
「ミヤ達がやってきちゃいましたよー」
「あちらに回すか」
エスタンがミヤ達を指すと、メッサラーは高次元生物を三人に差し向けた。
「見るがよいのである。必潰、メガ豚プレス」
サユリが超巨大豚を空高くに呼び出し、高次元生物達めがけて落下させる。
多くの高次元生物が豚の時期になって圧殺されたが、全てが殺されたわけではない。高次元生物は単純な攻撃で死ぬとは限らない。生物の法則性が完全に異なる者もいる。
討ち漏らされた高次元生物は、ミヤが解析したうえで対処していく。
エスタンめがけて魔力の矢が何本も放たれる。放ったのはノアだ。
「さっきの続きをやろう」
「さっきはやられていたくせにーっ」
挑発的に呼びかけて笑うノアに、エスタンはヒステリックな声をあげる。
一方、ユーリはメッサラーと対峙する。
「君とは……戦いたくないな」
メッサラーが告げる。
「僕は逆だ。貴方と戦いたい。殺したくはないけど、戦って理解できることもある」
「そうか」
ユーリの言葉を聞いて、メッサラーは微笑を零す。
「私は二百年以上生きているが、君の方がずっと大人だな。では――やろうか」
メッサラーの前に、異形が出現した。全身の輪郭が光る直線で形作られた直立した竜だ。体らしきものはなく、無数の直線だけで竜をかたどっている。
まるで何かしらのアートのように見えるが、それが何であるかは、ユーリにはすぐわかった。竜と高次元生物を混ぜたものであると。もしかしたらアンデッド化もされているのかもしれない。
直線輪郭の竜が大きく口を開き、口から吐息を放った。吐息は直線ではない。光るクリームのようなものだ。
ユーリは竜が吐きだした息を、自分が作る魔力の壁では防ぎきれないと直感した。相当な威力があると。あるいは頑張って防いだ所で、かなり消耗してしまう。
転移して避けたユーリが、メッサラーの横に現れる
メッサラーは魔力の槍を射出する。
今度は魔力の盾でもって、ピンポイントで弾くユーリ。そして盾に使った魔力を、盾から針状に変えて、メッサラー向けて飛来させる。
飛んでくる一本の針に、魔力が凝縮されている事に、メッサラーはすぐ気が付いた。
メッサラーが防護障壁を作り、魔力凝縮針を防がんとする。
針が壁に刺さった瞬間、針は爆発して、凝縮された魔力を解き放った。メッサラーの魔力障壁が破壊され、メッサラーにも爆風が及んだ。
大きくよろめいたメッサラーを見て、ユーリは魔力を波上にして連続攻撃を仕掛ける。
メッサラーは転移して逃れる。しかし転移先で攻撃を食らった。波状の魔力を浴び、全身に衝撃を受けて倒れる。
ユーリはメッサラーが転移することも呼んでいた。魔力の無駄打ちにもなるが、ユーリ自身が行ったように、ユーリの横か後ろか上に転移してくると思い、全方位に魔力の波を放っていたのだ。
倒れたメッサラーをさらに追撃しようとしたユーリだが、出来なかった。直線輪郭の竜が飛びかかってきたのだ。
竜に魔力塊を放つユーリ。しかし手応えは無い。魔力塊はすり抜けていく。
竜の前肢が薙ぎ払われ、ユーリの体が引き裂かれる。
(高次元生物は――直接攻撃が通じることもあるが、然るべき対処をしないと、こちらからの接触や干渉が出来ないんだった)
体を引き裂かれ、吹き飛ばされながら、ユーリはその事実を思い出していた。
(タスケテ……オネガイ……ボク、ココニイルンダヨ……)
倒れたユーリの頭に、また声が響く。
倒れたまま、同様に倒れているメッサラーを見るユーリ。
「今なら……助けられそうな気がする」
血まみれのユーリが立ち上がり、メッサラーを見て呟く。
直線輪郭の竜が接近する。今度は大口で噛みつこうとしたが、その攻撃が止まった。
ユーリの帽子が落ちる。服が弾け飛ぶ。
瞬時にして宝石百足に変身したユーリが、直線輪郭の竜の、直線と直線を繋ぐ頂点部分を狙って、触覚から光線を放つ。
頂点の連結が外れ、竜は竜の形を成さなくなり、光る線だけがのたうつ状態となり、やがて消滅した。
宝石百足となったユーリが、次元の壁を突き破る。
次元を越えて飛び込んだのは、メッサラーの精神世界だ。
メッサラーの精神世界を泳ぐように潜っていく宝石百足。その奥底に閉じ込められている、本物のメッサラーの元に辿り着く。
「助けて……くれるの? 僕の声……届いたの?」
膝を抱いて蹲った、やや童顔の青年が顔を上げ、明瞭な声で問うた。
「うん、助けにきたよ」
宝石百足の胸部に埋め込まれたユーリが、本物のメッサラーに向かってにっこりと微笑んだ。
ユーリの顔を見て、どきっとするメッサラー。ユーリの忠誠的な容姿と長い髪と滑らかな肌を見て、一瞬少女と勘違いしてしまったのだ。
「何十年も……救いを求めて、ずっと一人で叫び続けていたんだね」
その事実を思い、ユーリは胸を痛める。
(彼は何も悪いことをしていないのに、神様はどうしてこんな酷い仕打ちをするんだ? 神様、いい加減にしてください)
口の中で怒りを訴えるユーリ。
「僕はオトメ師匠を助けたかっただけなんだ……」
メッサラーの言葉を聞き、ユーリはぎょっとした。
ミヤからすでに聞いている。メッサラーはオトメの延命のために、不老を求めたと。
かつてミヤがゴートと念話で会話していたことを、ユーリは盗み聞きした。あの時ミヤは、自分はもう長くないだのと告げていた。そしてユーリはミヤを助けると決めた。
あれからミヤの容態はかなりよくなったが、もしミヤの体調がまた悪化したなら、ユーリとて、ミヤを助けるために、必死にその手段を探すだろう。
ユーリとメッサラーが互いに惹かれ、共鳴していた理由は、似た者同士だったからだ。それを第六感で互いに察していた。
宝石百足の体から両腕を引き抜いて、ユーリはメッサラーの体を抱きしめた。
メッサラーを抱きしめたユーリが、精神世界の上へと向かって浮上していく。
「聖果カタミコさえあれば……」
泳いでいる最中、メッサラーがぽつりと呟く。
「しかしもう全ては手遅れだよ。オトメ師匠はもう……」
宝石百足の姿のまま、ユーリが現実世界に戻ってくる。その瞬間、メッサラーの姿が変化した。老人から青年に。
「元のメッサラーに戻したのかい……」
ミヤが驚嘆して、宝石百足から戻った、全裸のユーリを見やる。ユーリはすぐに魔法で服を着て、落ちた帽子を被る。
「メッサラーさん……」
倒れているメッサラーを覗き込むユーリ。
「あああああ、また余計なこと……いや……はあ……何だかなー。御主人様までやられちゃうなんてー」
エスタンがノアとの戦闘を止め、がっくりと肩を落とすと、転移した。
「あ、逃げた」
ノアが呟く。
「これで全部台無しです。仕方ないですねー。もう諦めますかねー。あーあ……私の苦労は何だったのか」
「おっと、逃げるんじゃないよ」
走って逃げるエスタンの前に、ミヤが立ちはだかる。ユーリとノアも追ってきた。
さらに転移して逃げようとしたエスタンだが、空間操作が働かなかった。ミヤによって抑えられている。
「いつまで小間使いの振りをしているんだい? 儂の目を誤魔化せると思ったか?」
「な、何のことでしょう?」
ミヤの指摘に思いっきり狼狽するエスタン。
「とぼけるんじゃないよ。黒幕はお前だろうに。お前も高次元生物の研究を目的としている。メッサラーとベ・ンハをどんな口車でかどわかしたかは知らないが、あえて部下ポジションになって、あの二人を操っていたんじゃないのかい?」
さらに指摘するミヤに、エスタンの表情が変化する。開き直って不貞腐れているかのような、そんな顔になっていた。
「確かに私も深淵に現れる、あの生物を研究していました。御主人様でないと、あれらの生物は上手く扱えないんですよねー。御主人様がやっと復活して、中断していた計画が進められると思っていた所です。それはともかく、流石は大魔法使いミヤですね。参考なまでに、どうして見抜いたか、教えて頂けないでしょうかー?」
エスタンが不満顔のまま真相を明かし、尋ねる。
「メッサラーは高次元生物と融合したことで、これまでと人格が変わってしまった。倫理観の無いサイコパスになり、人体実験を行うようになった。そういうこともあるかと思う一方で、儂はどうも引っかかっていたんだよ。何で本来の目的だけ忘れて、不老不死だけを求めているのかとね。誰かにとって、その方が都合がいいからなんじゃないかって、疑っていたのさ。考えすぎじゃないかとも思ったけどね。歳を取るとあれこれ疑り深くなるものよ」
そこまで喋って、皮肉げに笑うミヤ。
「儂は使い魔でユーリとノアの様子を見ていた。お前、ベ・ンハが死ぬまでただ眺めていたね? そっちの事情は知らないけど、お前にとってベ・ンハは都合の悪い存在だったんじゃないかい? ま、それでお前に興味が湧いて、使い魔にお前の後を追わせたのさ。お前、メサッラーを改造しただのと呟いていたじゃないか」
「あははは、迂闊でしたー。私って独り言多くて、よくキモがられるんですよー」
エスタンがあっけらかんと笑う。開き直ってかのように、ユーリとノアの目には映った。
「私は高次元生物の研究をしていましたが、きっかけはベ・ンハさんです。彼が研究しているのを見て、興味が湧きました。その後御主人様と知り合い、御主人様の方が見込みあると思ったんです。ただ、御主人様はベ・ンハさんと違って、生きた人間を実験台にするようなことはしなかったので、ちょっぴり頭の中を操作して、非人道的な疑似人格を植え付け、本来の人格を封印したんです」
「ふん、高次元生物と融合しておかしくなったんじゃなく、お前だったわけだ」
さらなる真相を告げるエスタンに、ミヤが不機嫌顔になる。
(こいつが……)
ユーリの胸の内にドス黒い炎が噴き出す。
「先輩、落ち着いて。師匠に全て任せよう」
ユーリの心情に気付いたノアが、ユーリの手を握って諫める。
「ベ・ンハさんを見殺しにしたのは、それほど深い意味はありません。私は元々あの人に実験台にされ、高次元生物と融合させられ、失敗したわけですけど、殺されてから年数経ちすぎて、恨みも無くなってしまいました。ただ……あの人、不摂生が凄くて、不潔すぎるんですよねー。見ているだけで嫌になるっていうか。だから助けたくもなかったんです。ま、私を殺した人を助けたくも無いという気持ちも、ちょっとはありましたけど。それにベ・ンハさんは研究が行き詰まって、あっさり投げ出しちゃってました。結局は御主人様じゃないと駄目だったんですよー」
(それであんな棒読みだったんだ。で、ベ・ンハが殺されてからわざわざ出てきたんだ)
エスタンの話を聞き、ノアは納得した。
「で、どうしますー? もう私は高次元生命体の研究は無理ですよー。私に出来ることは制限がありますし、御主人様こそがその第一人者だったんです。だから私は何十年も待っていて、やっと御主人様の封印が解かれたと思ったらこの様ですよー。ひどいぬか喜びです。神様って性根腐れてますよねー」
「性根が腐れているのはお前だよ。魂の腐敗臭がぷんぷん漂ってきて、反吐が出そうだ。マイナス1744」
「わーお、四桁マイナスであるな」
「師匠もかなり怒ってる」
ミヤが侮蔑たっぷりに吐き捨てると、サユリが感心し、ノアは怒ったミヤがどう処断するか、興味津々に眺めていた。
「魂は不滅だから、私は殺せませんが、どうします? 無理矢理浄霊して冥府送りにしますー?」
「ふん、そんな程度で済ますと思ったかい?」
ミヤが意地悪く笑い、メッサラーの亡骸を一瞥する。
「あ……まさか……」
ミヤが何をしようとしているのか気付き、エスタンは青ざめた。




