表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
210/302

30-5 好奇心は猫の弟子も殺す

「精霊さんと同じようなものか。強い自我を持つ霊体。あれも実際には精霊じゃなくて、幽霊だったし」


 エスタンを見てノアが呟く。


 そのノアに、今度は亡霊ファントムの塊を放つベ・ンハ。

 ノアも魔力の塊を放ち、亡霊塊を迎撃する。


「きっとあのメイドは兄弟子に使役されているのだ。師匠は死霊魔法が得意だったのである。兄弟子もそれを受け継いでいるようだ」


 サユリがエスタンを見て言った。


「サユリは死霊魔法使わないの? 使っている所見たことない」

「どういうわけか師匠は、あたくしに死霊魔法を一切教えてくれなかったのである。その手の魔法を覚えることも使うことも禁止したのである」


 ノアが尋ねると、サユリは言いづらそうに答えた。


(オトメさん……メッサラーがあんな風になったから、サユリに同じ轍を踏んでほしくなかったんだね……。そしてオトメさん自身があんな状態になったからもあるのかねえ)


 ミヤがオトメの心情を推し量る。


 さらにベ・ンハが攻撃してくる。今度は幻霊スペクターを放ってきた。淡く発光する長く伸びた霊体が渦を巻いて、ノアに迫る。


 ノアは魔力の矢を何本も放つが、スペクターには当たらない。すり抜けている。目に見えている霊の位置と、実際の位置が、スペクターの力によってズラされているということに、ノアはすぐに気が付いた。探知と解析と遠視の魔法で一を確認しようとするが、スペクターはそれすらも妨害している。


 かなり大きめの魔力の壁を作り、スペクターが接近した所で前方に飛ばすノア。スペクターの位置はおおよそしかわからなかったが、この当てずっぽうの攻撃を食らってしまい、浄化される。


「あの男、執拗にノアちんを狙ってまして?」


 サユリが言った。


「うん、あのキモいおっさん、俺にやたら突っかかってくるね。何か気に入らないことあった? それとも俺を気に入った?」


 ベ・ンハを見て、おかしそうに笑うノア。ベ・ンハの見た目は気持ち悪いと思う一方で、初対面にも関わらず自分を執拗に狙ってくる事そのものに、興味が湧いていた。悪い気はしない。


(気に入ったというわけじゃないけど、僕もメッサラーのことが気になって仕方が無い。何かを感じる)


 メッサラーを見つめて、ユーリは思う。


(僕に何か呼びかけているような……? 何でそんな風に感じるんだ?)


 ユーリが意識する一方で、メッサラーもユーリが自分を見ていることに気付く。


(ミヤの弟子のあの少年、随分と私を意識しているような? どうしてそんな目で私を見る?)


 疑問に思った所で、メッサラーはふと気付く。


(いや、彼が私を意識しているだけではない。私も何か……あの少年に共鳴しているような……。何故だ……? 私が彫像にされている時に、何かあったのか? あるいは私と同じ思想の持ち主なのか?)


 メッサラーが魔法を使う。マンティコア、ヒュドラ、サイクロプス、カトプレパス、ワイアームといった大型の魔物のゾンビが、一斉に湧きだす。


 殺到する魔物のゾンビ相手に、ユーリとサユリが魔法で応戦するが、通常の魔物と違って、生半可な攻撃では動きが止まらない。何しろ相手はすでに死んでいる。致命傷の概念が無い。頭部が吹き飛んでも、体の三分の一が吹き飛ばされても、それでも向かってくる。


「サユリさん、足を狙いましょう」

「合点承知の助である」


 ユーリに促され、サユリは魔物ゾンビの足を狙ってビームを放った。正確には、サユリが呼び出した豚が鼻から出しているビームである。


 メッサラーはなおも魔法で魔物ゾンビを呼んでいる。


 ユーリがメッサラー本人に向かって、魔力弾を放ったが、魔力の障壁に遮られた。エスタンの術だ。


「あのメイドさん、呪文が凄く速い。いや、短い詠唱でかなりの力を出せる」


 エスタンを見てユーリが言う。


「きりがないのだ。数は多いし、次々湧いてくるし、守りも固いのだ」


 サユリが言いつつ、ミヤの方を見る。


 ミヤは一人で多数の高次元生物達とわたりあっていた。危うげなく戦っているが、敵の数が多いために、他に手を回す余裕は無さそうだと、サユリは見なす。


(ふん、しかし成果はあったね)


 高次元生物を蹴散らしながら、ミヤはほくそ笑んでいた。


「お前達、引き上げるよ」


 メッサラーを一瞥し、ミヤが呼びかける。


(力の源――どこからどのように奴等に力が流れてくるか、解析できたよ。だからもういい。前回の戦いではそれがわからなかった。戦っていたのが儂だけで、解析に集中できんかったからね)


 ミヤが念話で三人に伝えた。


 四人が一斉に転移し、メッサラー達の後方に移動する。そのまま深淵から出るために駆けていく。


「奴等、引き上げていったぞ」

「前回のように強力な封印魔法をしかけてくるとも思ったが、そうでもなかったな」

「そのための対策もちゃんと立てていたんですけどねー」


 ミヤ達に追撃しようとはせず、ベ・ンハ、メッサラー、エスタンがそれぞれ言う。


(あの娘は是非とも俺の芸術に協力させたい。この修験場ログスギーから出る前に捕えたい)


 小さくなっていくノアの後ろ姿を見送りながら、ベ・ンハは心をときめかせていた。


***


 ミヤ、ユーリ、ノア、サユリの四名は、オトメの家に戻った。


「オトメさん、奴の不死の力の提供元がわかりましたよ」

「あらあら、流石はミヤちゃんねえ。力の源さえ叩けば、あの子は不死の呪縛から解かれそう?」


 ミヤの報告を聞いて、期待を込めて問うオトメ。


(豚の笑顔だ。可愛い)


 オトメの笑顔を見て、ほっこりとしてしまうノア。


「ええ。また封印する手も考えていましたけど、不死の源を突き止めたからには、そちらの手を使いますよ」

「それはよかったわ。あのまま彫像にして封印したままじゃ可哀想だったからね。もちろんまた彫像にしちゃうのも」


 そこまで喋って、オトメは笑みを消して憂い顔になった。


(豚の悲しむ顔だ。これも可愛い。サユリの気持ちがだんだんわかってきてしまっている俺)


 オトメの表情の変化を見て、ノアは複雑な気分になる。


「あの子をあんな風にしたのは私の責任だし、そのせいであの子は人体実験をして、何人もの命を奪って……」

「そんなことないのだ。師匠に責任は無いのだ」

「うーん……サユリ、弟子の失態は師匠の責任なるのよ」


 きっぱりと言い切るサユリに、オトメは微苦笑を零した。


「それで、メッサラーの不死の源って何なの? ミヤちゃん」

「実にシンプルでした。この修験場ログスギーに漂う力の残滓ですよ。奴が魔法を使っただけで、周囲の力の残滓が引き寄せられる流れを見ました」


 オトメの問いに、ミヤが答える。


「ここでは多くの術師が修行を行う。その際に魔力や妖力や奇跡の力が用いられる。それらの力は全て消化するわけではなく、残滓が生じ、この狭間の空間に漂う。あの深淵と呼ばれる領域は、それらの残滓が蓄積して、高次元生命体を呼び寄せているのです」

「あの子も……メッサラーもその残滓を利用していたと」

「はい。空間を超越して、彼奴の命を支えているのでしょう」


 ミヤが淀みない口調でメッサラーについて報告する。


「しかし……師匠の敬語、違和感すごすぎる」

「同感」


 ノアとユーリが言った。


「ごめんね、ノアちゃん、ユーリ。私のせいね」

「別に師匠が謝ることないのだっ。師匠は何も悪くないのだっ」


 オトメが謝ると、サユリがきっぱりと否定する。


「うん。オトメさんのせいじゃない。うちの師匠が悪い」

「何でそうなるんだいっ。マイナス1っ」


 ノアの言葉を聞き、ミヤが不機嫌な面持ちになってマイナスを飛ばした。


***


 ログスギー、深淵。


「あのユーリという少年、何者なのだ?」

「何者って? 何か特別なものを感じたんですかー?」


 思案顔で呟いたメッサラーの言葉を聞き、小首を傾げるエスタン。


「うむ……これは縁なのか? 向こうも私のことを意識していたようであった」


 あの少年とは何かあるし、それを知りたいと考えるメッサラー。


「俺はあの男装の娘が気になる」


 ベ・ンハが言う。


「あの子をモデルにしたいんですかー? まだ子供じゃないですか」

「しかし美形だ。あの顔の変化を見たい。恐怖に歪む様も。絶望に暮れる様も」


 エスタンが半眼になってベ・ンハを見たが、ベ・ンハは気に留めない。


 ベ・ンハはメッサラー達とは異なる世界の死霊術師であるが、術師としてより、芸術家としての自分に比重を置いている。

 彼はモデルを必要とする。女の彫刻を作る際に、生きた女を使ってから、その女を死体にして改めて使う。そうすることでリアリティーを高め、より良い彫像が作れると信じているし、そうすることで満足のいく彫像を作ってきた。


 ベ・ンハの父親も彫刻家だった。そして彼の父親も異常だった。人をさらってきて、縛り上げて、拷問して色々な表情を見て、モデルとする。その様を幼い頃のベ・ンハに見せつけた。ベ・ンハの性癖も自然と歪み、父親の行いに感化されてしまったのである。

 成長したベ・ンハは父親を縛りあげ、彼がモデルにしたこと同様に、拷問しながら彫刻のモデルにしたが、ベ・ンハはその行為を途中で止めた。男の彫刻など美しくないと感じたのだ。ベ・ンハは作りかけの彫像を、縛られて寝かされている父親の頭部へと倒して、父親を亡き者とした。


「じゃあその二人を呼び出してみますかー? 話がしたいということで」


 エスタンの提案に、メッサラーは眉を寄せ、ベ・ンハは小さく鼻を鳴らす。


「敵同士なのだぞ。そんなことを言って来るはずが……」

「案外、来るんじゃないですかねー。好奇心は猫の弟子も殺しますよ」


 メッサラーの言葉を、エスタンは笑顔で遮った。


「そう……か。まあ、試すだけでも試してみるか」


 自身もユーリへの興味が抑えられず、メッサラーはエスタンの提案を受け入れることにした。


***


 そんなわけでエスタン一人、オトメの家に訪れて、用件を伝える。


「御主人様――メッサラー様はこちらの長髪の方、ベ・ンハ様はこちらの男装している娘さんと、それぞれお話がしたいようなのですが」

「話だって? 何とも藪から棒だね」


 白旗をぱたぱた振りながら喋るエスタンの用件を訊き、ノアは胡散臭がりながらも、同時に興味を抱いていた。


「さっき殺し合ったばかりなのに、今度は話し合いたいとか、どう考えても罠なのだ」


 オトメに寄りかかっているサユリが言い切る。


「でも罠にしてはあからさまだね。まあ、あからさまなだけの罠なのかもだけど」


 と、ミヤ。


「面白そうだから行ってみたい」

「僕の方も、あのメッサラーという人に興味があったところです」


 ノアとユーリがミヤに訴える。


「ふん、いいよ。行ってきな。好奇心が猫の弟子を殺すことにならないようにね」

(うわ、私と同じ台詞言ってますねー)


 ミヤの許可の台詞を聞いて、エスタンは苦笑いを浮かべた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ