表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/298

5-3 お前達は滅べばいい

「これから……どうするんだ?」


 貴族の一人がノアに尋ねたが、ノアは空気のように無視した。実際ノアにとって、彼等は空気そのもの――いや、呼吸しなくてはならない空気は生きるために必須であるが、ノアにとって彼等の存在価値はゼロなので、空気にも劣る存在だ。


(今から母さんと人間の狩人達が攻めてくる。ステラ族の役をしているこいつらが殺されていく。それは別に放っておいていいな。俺は死なない。その間に俺はどうするのか?)


 思案するノア。


(物語に沿うなら、何か台詞言った方がいいのかな?)


 ノアが顔を上げ、貴族とその家族と召使い達を見回した。


「お前達は滅べばいい」


 ステラ族の一人称主人公が口にした台詞を、なぞってみせるユーリであった。


「この台詞いいよね。うん、凄くいい」


 同じ台詞を口にして、ユーリはとても気に入った。


(俺はこんな世界滅べばいいって、俺は常日頃から思ってるからね。魔王に滅ぼされておけばよかったんだ。一番いいのは、俺が魔王になって滅ぼしてやることだけどさ。だから――主人公がこの台詞を吐いた時、胸がじーんとした。俺以外にも思う人がいたんだって。何だか嬉しいな)


 一人で悦に入るノアだったが――


「いやいや、その前にも色々と台詞があったでしょう?」

「間すっ飛ばして、いきなり滅べばいいと言われても……」

「いきなりそんなこと言われても……」

「私達は絵本の通りだと殺される展開よ……」

「嫌だ、私は殺されたくないっ!」


 貴族達と召使い達がツッコミを入れた後、急に不安顔になり、当主が慄きながら叫んだ。


(確かにストーリーでは、主人公は同族を制止したり、戦おうと訴えたり、色々やるんだよね。その後の台詞だった。確かに間を飛ばし過ぎた)


 貴族達と召使い達を見て、小さく息を吐いてかぶりを振るノア。


「ぴーぴーとうるさいな。絵本の中に吸い込まれなくてもさ。あのままだったら、あんたらは母さんに殺されていたよ。そして今後の進行でもきっと死ぬ。自分の命も自分で救えないような奴は、とっとと死ねばいいんだよ」


 冷たく突き放すノアだが、その言葉には自虐も込められている。


「わ、私は生き延びてやるぞ! このまま死んでたまるか! 助かる可能性が出来たんだ! 一縷の望みに賭けてやる!」


 貴族の当主が気合いの入った声で宣言する。


(うるさいからこの場で俺が殺しちゃおうかな? いや、それはシナリオを狂わせる可能性があるのか)


 一切相手などしたくないが仕方なく話をしてみることにした


「このままいくと死ぬし、生き延びるための対抗策は考えてあるの?」


 ノアが貴族達の方を向いて問う。


「ある! 逃げる! そういうわけで皆、逃げるぞ!」

「はいっ」

「わかったわ!」

「ついていきます!」


 当主が叫んで逃げ出すと、その家族や召使いが、当主の後を追って走っていく。ノアはシラけた顔でそれを見送る。


(逃がしていいのかな? ストーリー狂わないかな? まあいいか。母さんがちゃんとシナリオに沿ってステラ族狩りをするなら、あいつらが逃げ切れるとは思わない。それに、俺も間をすっ飛ばしまくっていたし、ストーリーはとっくに狂っている)


 あれこれ考えながら、ノアは海岸に向かって歩いていた。


「忌み神の像からアイテム貰うんだったね」


 そんなわけで、ノアは村の裏の海岸へとやってきた。


 海岸の崖にある小さな祠の中に、忌み神の像がある。


「これか。ねえ、神様、神様、起きて」


 像の頭を掌でぺしぺしと叩きだすノア。


「早く起きてよ。ちゃんと仕事して。さっさと俺に強いアイテムちょーだい」


 ノアが像を叩きながら要求するが、像は反応しない。


「あ、台詞も合わせなくちゃいけないのかな。あの時の台詞――主人公の叫びもよかったなー。村の皆は救わなくていいから、俺だけ救えー。うん、こんなんだったね。これ本当よかったー」


 あの台詞もノアは好きだった。


「アイテム出してくれないな。もっと感情込めて叫ばないと駄目ってこと?」


 ノアが像に問いかけるが、やはり反応は無い。


(俺の気持ちを込めて……)


 瞑目して息を吸い込み、魔法を使う時と同じくらいに、精神を研ぎ澄ます。


「母さんを殺せる武器を寄越せ。どいつもこいつもぶち殺して世界を滅ぼせるくらいの、ナイスな武器を寄越せ。持ち出し可能なイレギュラーとして寄越せ」


 心からの渇望を、肉声にして訴えたその時だった。


 ノアの右手に、意匠が凝らされた金属製の篭手ガントレットが装着された。手の甲の部分には、大きな赤い宝石がはめこまれている。


「デザイン、凄くいいね。気に入った」

『魂獄紅玉』


 ノアが言った直後、ノアの脳裏に文字が横切った。


(頭の中に、この宝石の名前が見えた。じゃあ武器の名は……? そっちは見えない。宝石が武器を創り出したから、宝石の名前イコール武器で、魂獄紅玉でいいのか。正直このネーミングセンス、俺は好きじゃないけど)

『使いこなせなかった……』


 突然、ノアの頭の中に、悔恨の声が響いた。


『どんなに強い武器でも、扱う者が未熟であれば意味はない。私は使いこなせず、武器を腐らせただけで終わった。冥府の神ともあろう者が、情けない話だよ』

「像が喋ってるの? 神様の独り言?」


 頭の中に響く声に対し、ノアは問いかける。すると――


『役に立たない子』

『使えない子』

『顔以外価値の無い子』

『無能』

『低能』

『頭、ちゃんとあるの? あんたが私の子だなんて恥ずかしいわ』

『親の役に立たない子は、生きている価値が無いのよ。無意味な存在よ。未来は無いのよ』

『子は親の奴隷よ。私がそう決めたの。私に尽くして、私の機嫌を損なわないように振舞う義務が貴方にはあるのよ。それが出来ないのなら、生きる価値なんてないわ』


 あらゆる否定、あらゆる抑圧が、耳障りな声を伴って次から次へと響き、ノアの心を苛む。全てマミがノアに言い付けてきた言葉の数々だ。


「これ、像の神様の仕業?」


 ノアは不快感と嫌悪感たっぷりの最悪な気分になって、像を睨み、問いかける。


『君と私を共感させた。似た者同士であると言える。だからこそ響いた。だからこそ託せる。君は私のようにしくじるな。勝利を掴め。自由を掴め』

「ふーん……脇役にも細かい設定があるんだ」


 像の言葉を聞き、まず別な所で感心するノアだった。


「チープな励ましだったけど、これまたぐっときたよ。だって俺、勝利も自由も欲しいから」


 気を良くしてノアが告げると、像に背を向けて歩き出す。


(今の像……何なんだろ。本当に心があるかのように感じた)


 海岸を歩きながら、ノアは思う。


(ここは現実世界と変わらないような気もする。絵本の住人にも心がある? 何者かに操作されている異世界と繋がっているとか?)


 人喰い絵本が如何なる存在であるか。空想は出来ても正体はわからない。


 装着された篭手ガントレットと、大きな赤い宝石を見る。おそらくはルビーと思われる。宝石のついたガントレットの正体もわからないが、物語の進行に必要であるし、重要なものに違いない。


「あいつらはどこに行ったかな?」


 ステラ族の役となった貴族や召使い達の居場所を、魔法で探知することを試みるノア。


 彼等の居場所はすぐに見つけた。魔法で飛翔すると、高速で貴族達のいる場所へと向かう。

 貴族達は崖の上の林の中を逃げ惑っている。その後方から、人間の狩人達が馬に乗って追い回しているが、雑草や林に阻まれて、追撃が上手くいっていない様子だった。


 ノアは彼等を離れた位置からじっと観察している。いや、追われている貴族達よりも、追っている者達の方を見ている。その中から探している。


(母さん、どこだ?)


 さらに魔法を使い、マミの探知も試みる。


 反応は無かった。しかし母親がいないとは、頭から信じない。マミは探知魔法にひっかからないように、魔法を用いて隠れている可能性がある。彼女はそうやってずっと、見つからないように潜み続けていたのだ。


(やっぱり本気だね、母さん)


 母親の姿が見えないという時点で、ノアは確信した。


(母さんはきっと物語に合わせて、本気で俺とぶつかってくる。俺の修行のためにと。でも俺は母さんの修行に付き合うんじゃない。母さんを殺すために戦う。ここでくびきを断ってやるんだ)


 ノアは闘志を燃やし、人間の狩人の中の誰かに、変身しているのではないかと考えた。狩人達に向けて、探知魔法を三重にかけた。


 反応は無い。ノアの力を上回る隠蔽魔法か、あるいは最初から追っ手の中にいないのか。


 人間の狩人達はやっとのことで、逃げ惑うステラ族の役割を担う貴族や召使いに追いつき、矢を射かけていく。

 貴族は召使いを盾にして矢を防ぐ。その光景を見て、ノアは気を良くしてにっこりと微笑む。我が身可愛さに平然と他者を切り捨てる貴族の振る舞いは、見ていて心地好いと感じた。


「何をするんだ!」

「いくらなんでも、やっていいことと悪いことがあるぞ!」


 他の召使い達が激昂する。今にも貴族に襲いかからんとする勢いだ。


「黙れ! お前達の命などその程度の価値だ! お前達は私達にただ尽くせばいい! お前達はそのためにいるのだ!」


 貴族の当主が唾を撒き散らして叫ぶ。


 気を良くしていたノアだが、貴族の台詞を聞いて一気に不快になった。


「丁度いい。あいつで試してみよう」


 貰った武器をいきなり使うのもどうかと思っていたので、ノアは貴族に向かって接近して、魂獄紅玉のガントレットをはめた手を、貴族に向けてかざした。


「な、何だあ!?」


 空を飛んで接近してきたノアを見て、貴族の当主が目を剥いて慄く。ガントレットをはめたノアの右手から、赤い光が迸っていたのだ。


 赤い光は宝石から出ていたが、少しと御目にはノアの右手から出ているようにも見えた。それが刃の形状となる。


 ノアの頭の中に、宝石の使い方が自然と流れ込んでくる。刃だけではなく、様々な形状に変化出来る。鞭にすることも出来れば、膜状にしてバリアーにも出来る。現時点では、遠距離攻撃はできないが、形状次第では中距離から攻撃が可能だ。


「結構長い。でもこれが限界か」


 2メートル以上伸びた赤い光の刃を見て、ノアは満足そうに呟くと、右手を振った。


 貴族の当主の胴が両断される。


 切られた貴族の体から、半透明の白い人型が飛び出て、ノアに向かってくる。いや、ノアのガントレットにはめられたルビーに向かってきた。


(霊魂? 吸われた?)


 貴族の体から出たのは、そして吸い込まれたのは、貴族の霊魂だった。胴体を真っ二つにされた貴族の体が、崩れ落ちる。


 その恐るべき力を、ノアは理解する。赤い光の刃で斬られたら、魔法使いや魔術師はともかく、抵抗力の弱い者には防げない。防げなかったらどうなるのか? それはこの魔道具の名前通り、魂を抜かれ、ガントレットのルビーの中に封じられるのだ。

 ルビーの中の魂の様子も、ノアは知ることが出来た。見ることが出来た。ルビーに目を近づけてみると、中にいる貴族の魂が藻掻き続けている様が見えた。


(引きずり込まれた魂が……ずっと苦しんでいる。宝石の中は地獄か。ネーミングそのまんまだね)


 恍惚とした表情になるノア。


(でもこれ……凄い。母さんの魂を地獄に引きずり込んで、ずっと苦しませておくことだって出来るんだ。いいね。考えただけで凄くわくわくする)


 復讐の情念を燃やし、まだ成し得てもいないことを成し得た気分になって喜悦に浸っていたノアであったが、凄まじい熱と衝撃を浴びせられ、思考も喜悦もノアの体も、全て吹き飛ばされていた。


 それがマミの急襲であったという事は、数秒後に気が付いた。崖の下に落下し、ぼろぼろになって倒れた己の体を、ノアは高速で再生させていく。

 ノアは起き上がろうとしたが、思い止まる。すぐ側に、何者かが接近してきたからだ。見て確認するまでもなく、それは母であると察した。


「周囲の警戒を怠ってこの様よ……。本っ当にあんたは能無しのゴミね。いつになったら使えるようになるの? ていうか、何であいつを攻撃したの? 手に入れた武器の実験?」


 横向きに倒れているノアに向かって歩きながら、マミが冷ややか声をかける。


「どんなに強い武器だろうとね、使い手が愚鈍で無能だったら、ただの宝の持ち腐れなのよ?」

(あの像と同じことを……)


 マミの台詞を受け、ノアの中で屈辱の念が沸き起こり、同時に闘志が燃え上がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ